11月20日に第2級アマチュア無線技士の免許証がワタシの許に到着!!ついに第2級アマチュア無線技士(2アマ)になってしまった。
1977年、小学6年生の夏ごろ、新聞に電話級アマチュア無線技士(電話アマ)の国家試験のための通信教育(ラジオ教育研究所)の新聞広告が出ていて、かねてからアマチュア無線へのあこがれを持っていたワタシはその通信教育の案内書を取り寄せて通信教育を申し込んだ。
無線工学には中学校程度の数学や理科の知識が必要で、かなりちんぷんかんぷんだったが、それでも何とかテストを提出したりして通信教育をやり遂げた。ちょうどそのころかなりアマチュア無線にかなり興味を持ち、アマチュア無線の本を買いあさっては読んでいた。その当時免許を取ったらDX(海外無線通信)をやってみたいと思っていた。そのためには電話級だけではダメで、将来2アマ以上の免許を取って、2アマ以上にだけ認められている14MHzというDX向けの周波数を使ってバシバシDXやりたいと思っていた。当時から2アマを取りたいと思っていて、なかなか野望のある子どもであった。
小学校卒業直後の3月に電話級の国家試験を受けたが不合格。以来アマチュア無線への関心は失せていた。
しかし1981年に高校に入学して物理部に入ったら、部室にTS520という古の名機があって、物理部でクラブ局を運用したいと思い、その年の夏休みに半月ほど日本アマチュア無線連盟の養成課程を受け、無線工学と電波法規をミッチリそこで勉強して修了試験に合格し、電話級アマチュア無線技士の免許を取った。
しかしその後生徒会やら受験やらでスッカリ物理部とはご無沙汰になりアマチュア無線のことはスッカリ忘れたまま35年ほど経過した。
その後JVCケンウッド=旧トリオの法務部長としての職を得た。ここはアマチュア無線機の製造をしており、先に言及したTS520も旧トリオの製造したアマチュア無線トランシーバーである。ちょうど折も折「無線を愛好する法律家協会」(無法協)という団体のことが「自由と正義」という業界紙のエッセイに書いてあって、アマチュア無線製造業の法務部長であるワタシは矢も楯もたまらず入会した。
そんなわけで、若干アマチュア無線への熱意が復活したが、まだ開局を現実のものとして考えていなかった。
しかし、無法協10周年総会にて大勢の法律家OMたちが結集し、それぞれの挨拶でアマチュア無線への熱意とか愛が示されていたので、ワタシもすっかりその情熱にほだされた。そこでワタシは、2アマを取って開局します宣言をその場で力強く言い放ってしまった。
昔は2アマを取るには年2回の国家試験に合格しなければならなかった。昔の2アマは無線工学10問、電波法規5問の記述式の問題の他、1分間45字の英文モールス符号の送受信(電気通信術)が課されるという、恐ろしいほどの難関であった、しかし現在、2アマは4か月のe-learningの養成課程講習会を受けて修了試験に合格すれば取得できる。昔に比べるとかなりハードルが低くなった。なお、2アマの国家試験も無線工学と電波法規が記述式から択一式になり、かつ電気通信術が廃止されたので、ずいぶんハードルが下がったようである。
そのe-learningを受ける前提として、まず3アマを取らなくてはならない。幸いワタシは電話アマを持っていたので、ワタシは1日の講習と修了試験で3アマを取れる養成課程講習会を受講できた。なので8月6日にその講習会を受け、修了試験に合格してまずは3アマを取る(このネタだけで十分長い記述を8月6日と13日の投稿で書いた)。
その上で、10月1日に開講する2アマのe-learning養成課程講習会を9月1日に申込み、9月の間予習期間ということでテキストにペロっと目を通したうえで、全100問の「中間試験」という問題を1日でひとまわしし、それを予習期間の間毎日繰り返した。そして10月1日の開講と同時に「判定試験」という、最後の修了試験の模擬試験みたいな試験に合格し、そこから最短で受けられる10月5日の修了試験を受けて10月8日に修了試験の合格通知を得たわけである(このネタだけで十分長い記述を10月8日の投稿で書いた)。
そんなわけで、10月8日に晴れて2アマ取得の資格を得たわけだが、そこから2アマの免許が届くまでが長い長い。ネットの記事をみると、「2週間できました」というものから、「2か月近くかかりました」というものまでピンからキリまでの免許証到着までの期間である。どうも私の場合「キリ」の部類である。3アマの時も1か月半近く待たされた。そして2アマの時も10月8日から11月20日だから、やはり1か月半くらい待たされたわけである。その間、毎日郵便受けを覗いては、「ああ、今日も来なかったか」と嘆息する日々が続いていた。
この日も在宅勤務の昼間郵便受けを見て、「ああ、今日も来なかったか」と嘆息していた。ところが今日の夜フィットネスに行っていた奥さんが「免許きたよー」と言って、関東総合通信局無線通信部航空海上課からの郵便を持ってきてくれた。ずいぶん遅くになって郵便を届けてくれたのだな。実にうれしかった。
そこで郵便の封を切って中を確かめると、例によって送り状も何にもなく単にゴロンと免許証のカードが入っているだけの趣も何もない送付である。しかし、12歳の頃から欲しかった2アマの免許を半世紀近い時を経て還暦の今になってようやく取得できたので、万感の思いがある。
ちなみに、電話アマと3アマだと、発行者の名義が関東電波監理局長ないし関東総合通信局長なのだが、2アマになると発行者の名義が総務大臣になる。2アマになって発行者名義がランクアップ笑
ちなみに、どうもワタシは資格に関しては2級ハンターのようである。高校の時英検2級を取って以来英検は受けていない。簿記は2級だしFPは2級。そこに第2級アマチュア無線技士が加わる。何か1級の資格を取ってみたいな。そういえば中学2年の頃オセロで1級とったが、今は五段だわ。
さてこれでようやく念願のアマチュア無線局の開局をできる。12歳の頃にアマチュア無線に興味を持ち、2アマにあこがれて以来半世紀近く経っての開局の試み。現在POTA(Parks On The Air)という、公園でのアマチュア無線局の運用が流行っているらしい。しかもワタシは自転車が趣味で、自転車でブラブラすることをポタリングという。なので、ポタリングしてPOTAをする、「ポタでポタ」とでも称するオヤジ・ギャグみたいなアマチュア無線運用をやってみるかなと思い、アンテナとリグを何にしようかなと思いを巡らせている。
とりあえず2アマを取っておけば、POTAのための移動局の最大空中線電力の50W出せるし、DX用の14MHzも使えるので、とりあえずのところは運用には十分かな。FT8による交信を主とし、おいおいCWの耳を鍛えることにしよう。
そういえばワタシの故郷である群馬県高崎市に、藤倉無線電機というアマチュア無線の店があって、ワタシの中学の同級生の親御さんが経営していた。ワタシが高崎で開局するときには、そこで無線機とアンテナを買おうと思っていたのだが、どうも店を閉めた模様である。もっと早く2アマの免許を取っておけばよかったとすごく残念である。
2025年12月21日
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