2010年08月29日

2010年オセロ王座戦

さて8月29日はオセロ王座戦の日である。オセロ王座戦は、オセロ名人戦または全日本オセロ選手権大会で一定の成績を残した人が出場できる大会である。私は今年の全日本オセロ選手権で3勝したので王座戦に出場することができた。

その結果は3勝4敗。昨年は4勝3敗でかろうじて勝ち越したのだが、今年はかろうじて負け越してしまった。しかし、1回戦で今年の全日本選手権準優勝者に、2回戦で今年の全日本選手権4位者に、それぞれ勝っているので、内容はそんなに悪くなく、まだ一応現役オセロプレーヤーとしては通用するかなと思った。

現在のところ、仕事や趣味で、オセロより面白かったりオセロよりも大事だったりすることがあまりにも多すぎるので、残念ながらオセロに割ける時間はほとんどない。おそらく王座戦や全日本選手権など、オセロの季節(主として夏)が過ぎると、再びオセロをしなくなる時期に入るのであろう。しかし、いつかチャンスがあれば、再びオセロに狂ったようにはまってみたいとは思う。しかしたぶんそれは相当先。

最近私はオセロ自体というより、オセロをする人に会ったり遠方から来る人たちとオセロを打ったり、久々(例えば、5年ぶりとか10年ぶりとか)に対局をする人との対局を楽しんだりと、オセロを通じた人との邂逅に関心がある。これからも、あくせくと勝負するよりは、オセロに遊ぶ人たちとの邂逅を楽しみたい。

こんな風に書いていると、最近オセロで勝てなくなったことの負け惜しみみたいであるが、実はその通りで、王座戦に限らず負け越しをすると、ちょっと悔しく、「うちで寝てりゃよかった」と思ったりもする。しかし、かといってオセロに励んだりするかというと、そういうことはなく、年をとると徐々に色々なことが面倒くさくなるのだなぁと思う。

とりあえず9月にさいたまオープンというオセロ大会があって、毎年私はそれに招待されており、かつ過去に9回中2回優勝しているという相性のいい大会なので、こちらには出てみるが、それ以後は多分、相当気が向かないとオセロ大会には出ないんだろうなぁ。

ちなみに今大会で、大会の責任者の人がルール説明の際に、「対局中のかぶりものは禁止です」と言っていたのが妙におかしかった。その人は、対局中に帽子をかぶってはいけないという趣旨で言っていた。しかし、「かぶりものは禁止です」と言っていたので、思わずガチャピンやムックがオセロ大会に出ようとしているところ大会役員に制止されている図を思い出してしまい、心の中で一人ニヤニヤ笑いをしてしまった。

それにしてもこの週末は忙しかった。前日は一応仕事という建前で京王線の準特急が臨時停車する駅から徒歩10分程度のところで行われたイベントに行ってきた。そしてこの日はオセロ大会である。やはり土日のうちどちらか一日は家でのんびりしたいものだ。

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2010年07月19日

第38回全日本オセロ選手権大会

 7月18日全日本オセロ選手権大会に出場した。私が全日本大会に初めて出場したのは1979年の第7回のとき。それからもう30年以上の月日が流れた。よくもまぁ今までオセロをやっているものだと思う。ちなみに今回の大会で一番昔から出ている人は第3回から出ている人で、その人から数えて4番目に古いプレーヤーである。

 この日の結果は3勝3敗であった。2回戦で負けてしまって優勝と昇段の目がなくなり、残り試合全部勝ってやろうというモチベーションは失せたが、6戦中3勝すると、8月に開催される王座戦という全国規模の大会に出場できるため、王座戦狙いという目標はできる。ところがこの3勝というのが意外と難しい。

 昔は地区ごとにオセロプレイヤーのレベルにバラツキがあり、しかも全国大会に出てくるレベルのプレイヤーであってもトッププレイヤーとそうでないプレイヤーの差が大きかったため、全国大会レベルでも6戦やって3勝というのは比較的やさしかった。
 ところが、最近はインターネットでオセロの練習対局をできるようになったため、実力の地域差がなくなり、プレイヤーの実力が平準化されてきている。そのため、誰とやっても簡単には勝てないという状況になっている。
 現に、この日は世界選手権で何度も優勝したプレイヤーがこの日1勝6敗だったり、全日本大会で複数回優勝したプレイヤーが2勝4敗だったりという状況である。昨年の全日本チャンピオンも今年は3勝3敗であった。
 これは、実力低下とか練習不足とかそういう問題ではなく、オセロプレイヤー全体の実力が底上げされているという如実な証左である。

私も、午前中は2勝1敗で王座戦出場マジック1としたものの、午後2連敗し、最終戦に勝ってようやく王座戦出場をものにしたという感じである。

 この日優勝したのは佐々木惣平氏。かつてオセロの発明者の長谷川五郎氏が著した「オセロ100人の名選手」と題する本の中で、氏と私との対局が「サファイヤのように人間味あふれる対局」としてとりあげられていた。年齢は私より一つ下で、ほぼ同年代。こういう方に優勝していただくと、実にうれしいものである。ちなみに昨年優勝された滝沢雅樹氏は私より一つ上の方。
 ここ2年、私と同年代の方が優勝されているのをみると、オセロは中年になっても上のレベルを保つことができるのだなぁと思う。昔は若手のオセロプレイヤーが多くて新陳代謝が激しく、「20代はオセロ界では既に中年」と言われていたらしいが、最近は「40代くらいの真の中年はオセロ界でも中年」である。オセロ界の年齢がようやく真の年齢に追いついたようだ。

 そういうわけで、8月29日に開催される王座戦ではどこまでいけるかわからないが、また全国大会に出られることを素直に喜びつつ、また全国から集まってくるオセロ仲間とオセロをしたいものである。

 それにしても、先週末は千葉400kmブルベで、房総半島を自転車で一周、今週末は全日本オセロ選手権大会で全国各地の強豪とオセロと、結構タフなイベントが続いた。7月19日が休日であることを感謝する。

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2010年06月07日

オセロ全国大会出場

 昨年に続いて全日本オセロ選手権大会に出場することになった。

 全日本オセロ選手権大会は今年で38回を迎えるオセロ界でもっとも歴史のある全国規模の大会である。毎年7月頃行われ、その予選である各地区のブロック大会が全国各地で6月ころ行われる。全国を数ブロックに分割し、その各ブロックで予選を行い、全国大会の代表を選抜するのである。
 全日本大会の予選の特色は、各ブロック大会には各ブロックに居住する人だけでなく、他ブロックに居住する人も参加できることである。したがって、自分の居住するブロックのブロック大会の日程が都合が悪い場合には、都合のよい日程で開催するブロックのブロック大会に参加できる。

 私は東京に居住しているので、本来私は東京ブロック大会に出場すべきところである。しかし、私は北関東ブロックである群馬県の出身であり、北関東ブロックには思い入れがあることから、6月6日に開催される北関東ブロック大会に出場することとしたのである。
 例年この日はMt.富士ヒルクライム大会と重なるので北関東ブロック大会には出場できないのだが、今年はMt.富士ヒルクライムの申し込みを締め切られてしまって参加できなかったので、こちらに参加することができたわけである。

 北関東ブロック大会の会場は霞が関である。霞が関とはいっても、私がいつも通勤で通過する東京の霞が関ではなく、川越市にある東武東上線沿線の霞が関である。こちらの霞が関はのどかな住宅街という感じ。

 午前9時半受付、午前10時試合開始であり、家から相当離れた場所にあるので、午前7時くらいに家を出る。池袋に午前8時くらいにつき、東武東上線の急行に乗って午前8時半くらいに川越市駅につき、そこから各駅停車に乗り換えて、午前8時40分くらいには霞が関についてしまった。
 会場は霞が関駅北口から比較的広めの道をまっすぐ歩いて10分くらいのところなので、明らかに早く着き過ぎである。今から会場に行くと、あまりにも早く着き過ぎていかにもオセロ大好きです気合い満々と見られそうで何かはずかしい、どうしようと思っていたところ、駅前にガストがあったので、そこで食事を取っていくことにする。

 ガストで食事を済ませてガストの面した道をまっすぐ10分ほど歩いて行き、会場である川越西文化会館に到着する。参加者が三々五々来ている。会場である部屋はどこかと探すと、どうも2階にある和室らしいことがわかるので、そこに行ってみる。
 数名の参加者と和室でゴロゴロしながら主催者を待つが、受付時間を過ぎても一向に主催者がくる気配がない。これはどうしたものかと不審に思ったところ、主催者の人が来て、この和室も大会で使うが、受付は別の部屋だというので、そちらに行ってみる。

 別の部屋に行ってみると、そこには結構参加者が詰め掛けている。このブロック大会を事実上仕切っているのが北関東ブロックの事実上のドンであるオセロ連盟理事の北島さんである。
 この人は私がオセロを始めた30年以上前からの知己。四半世紀前に川越オセロ研究会を開いて以来事実上北関東ブロックを仕切っている。体重100kgを超す巨漢で、その人柄も実におおらか。北島さんとはよくオセロ界のあぶない昔話をしては爆笑している。

 それはそれとして、私は昨年全日本大会に出場しており、昨年全日本大会に出場した選手はシード選手として、シード選手同士の対戦は組まれないようになっている。シード選手には、過去の全日本チャンピオンが2名おり、この二人と対戦しなくて済むのはありがたかった。

 今回は全部で7回戦行われるスイス方式のトーナメントである。7回戦やって、5勝した人が勝ち抜けで全日本大会の代表資格を得る。5勝勝ち抜けで5名の代表を選ぶのだが、最終戦で5勝勝ち抜けの人が5人以上になるときは最終戦で5勝した人の間でのプレーオフで代表を決める。
 
 参加者数が奇数なので、不戦勝の人が1名でることになった。じゃんけんで私が不戦勝の権利を得た。5勝中1勝を戦わずして得られたのは大きい。そういうわけで、1回戦不戦勝。

 1回戦の間、隣の部屋が琉球舞踊の発表会の控え室のため、なにやら騒がしかった。特に、へたくそなバイオリンでキーキーと沖縄民謡が奏でられているのには参った。対局中にもかかわらず、肩をプルプルと震わせながら随所ですすり笑いの声が漏れていた。
 このままだとどうしよう、別の和室に移動しようかという案もあったが、どういうわけか2回戦以後バイオリンや騒ぎはおさまった。

2回戦から対局に入る。棋譜を覚えているものについてはここにあげる。

2回戦 U四段 
 この人と対戦するのは四半世紀ぶりくらいかもしれない。お互いにオセロのトーナメントにはあまりでないので結果としてそうなってしまうのだろう。大きな困難を伴うことなく快勝することができた。

3回戦 N三段 
 この人には昨年の名人戦予選で、あと1勝すれば名人戦本戦出場というところで負けている。若手の伸び盛りのプレイヤーという感じ。中盤の入り口でやや無理目な手を打ってしまい、ああやっちゃったと思うも後のフェスティヴァル、終始押されぎみになって負けてしまった。力づくの無理目な手は、結構すきなのだが、やりすぎはいけない。

4回戦 S三段 
 この人はかつてちいさいひよこのフィギュアをもって現れたことから、ピヨピヨさんと異名をとった。しかしピヨピヨさんとのかわいい異名とはうらはらにオセロは結構強い。かつてこの人が全日本大会北関東予選を通過したときのこの人のうれし涙には感動した。
 私の白番。私の得意の進行から若干変化したところ、どこで間違えたか若干無理目の進行になった。えーいこうなったら白一色の辺を作って種石を消し、一気に押しつぶしてやる〜、という、決まるとめちゃくちゃ快感だが、薄氷を踏むように神経を使い、かつ失敗すると一気にサンドバッグにされる戦法に出る。こういう戦法は嫌いなのだが、私のオセロの場合、成り行き上そうなってしまうことが少なくない。
 途中相手に誤算があったか、意外と打ちやすいなと思い、最後相手の意表をつく、ホワイトラインの切れないX打ちを放って相手の手を詰め、寄り切ることができた。

黒S3段 29 白goiss5段 35

 どうもゼブラ的にみると、33手目が変調だったもよう。ここで次34手目を打ったあたりから白に急激に流れが移ったようだ。36手目あたりでは白優勢になっている。37手目までで白勝ちの形勢となった。

5回戦 K初段 
 この人と対戦するのは初めて。しかし対戦カードであたった相手と成績をみると、結構強そうな感じ。
 最近はインターネットやソフトでオセロの修行をしてあっという間に強くなる人が続々と出ている。そのため、オセロプレーヤーの間にさほど大きな力の差はなくなってきた。誰と打っても楽な試合はひとつとしてない。
 私の黒番。いわゆる戦車定石のヴァリエーションからの進行で、一瞬やばいかと思った場面もあったが、結局いいタイミングで相手に手を渡して黒壁を崩させることに成功した。途中例によって力技の手を放ち、ちょっとやっちゃったかなぁと思ったが、結果として大勢に影響はなく、勝勢を築いた。時間が押してきたため最後やっつけ仕事であまりよく読まずに打ったが、それでも33対31での勝ちであった。

黒goiss5段 33 白K初段 31

 ゼブラ的にみると、32手目のX打ちがどうだったかというところのようである。時間に追われて打った47手目が失着だったようで、ここで左辺を取っていれば18石勝ちのようである。しかし、その後13手は双方最善、特に私の方は一手でも間違えたら負け、というシチュエーションだった。何も考えずに一瞬で57手目を打ったあたり、野生の勘がさえていたのかもしれない。

6回戦 O3段 
 ついに4勝までこぎつけ、あと1勝すれば代表だというところまできた。私の白番でいわゆる蛇定石から、途中まで一昨年の世界選手権決勝戦と同じ進行。途中までやや押され気味ながらも互角の進行と思ったが、どこかで間違えたか結局負けてしまった。

7回戦 U初段(?)
 泣いても笑っても最終戦である。ここで負けると全日本大会への出場の目はない。対戦カードの相手と成績から見ると、なかなかの打ち手であることがわかる。最近は本当にプレイヤー間の実力差が縮まり、誰と打っても安心できない。
 私の白番。いわゆる裏こうもり定石からの進行。私に勘違いがあったか私の思ったより形勢が芳しいというわけではない。しかも、よせばいいのに「やっちゃった」の一手があり、そこで「ちょっと今年はだめかもな」と思った。しかし、根気よく粘っているうちに、すこしはやれるかなという感じになってきた。
 中盤に相手がX打ちをして形勢が緊迫し、詰むや詰まざるやという感じになってきた。薄氷を踏むように神経を使う対戦である。しかし、相手の最後の勝負手に対するこちらの返し技が決まり、最後相手の時間不足もあってバタバタと進み、結果として快勝してしまった。

白 U初段 20 白goiss5段 44

 ゼブラ的には45手目が敗着のようで、これはg7にX打ちすべきだったようである。白安心してa1に打ち、以下黒に勝ちはなさそう。

 そういうわけで、最後の最後で5勝勝ち抜けし、全日本オセロ選手権大会への出場を決めることができた。大会前、まったくオセロの勉強をしておらず、しかも今年に入ってオセロ大会には一回も出ていない。そんな中で何とか全日本大会への出場を決めることができてとてもラッキーだったと思う。7月18日の全日本大会までまだ間があるので、少しは最近の棋譜ならべや定石の研究をし、少なくとも序盤でサンドバッグにされるような試合だけは避けることができるようにしたい。

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2009年10月26日

天王洲スペシャルオセロ大会

 さて10月25日は天王洲スペシャルオセロ大会(以下「天スペ」)の日である。10月に入ってから今年いっぱい土曜日に大学の講義が入り、主として土曜日に行われる日本オセロ連盟品川支部での大会にほとんど出られなくなった。
 オセロ大会に出てオセロ好きな人と交流するのは好きなのだが、他方オセロ大会に出られる時期は限られているので、とにかく出られるときに出ておかないと出られない。
 この日さほどオセロ大会への準備をしているわけではなく、大会に出てもさほど勝てる見込みはないのだが、オセロ大会出場のために限られた機会なので、とにかく出場する。

 家から豊洲に出てしまえば、天王洲へのアクセスはよいのだが、それまでが少々難がある。
 豊洲駅まで自転車で行けば問題ないのだが、この日大会を終えてから職場に向かい、そこから東西線に乗って帰宅するつもりだったので、豊洲へは自転車で行かずにバスで行く。
 最寄のバス停でバスを待っていたが待てど暮らせどバスは来ない。たまりかねて次のバス停へと歩いていく。すると、最寄のバス停からかなり歩いたところだが次のバス停まで相当の距離があるところでふと後ろを振り返ってみると、なんと最寄りのバス停からバスが発車するところではないか。これはなんとしても次のバス停でバスに乗らねばと次のバス停へとダッシュする。
 幸いそのバスは交差点を左折するところで信号待ちに引っかかっており、その間を利用して次のバス停にダッシュして事なきを得た。
 このところ数年間自転車に常習的に乗っているためか心肺機能が従来よりも向上し、少々のダッシュでは息切れしなくなった。最近自転車走行距離が激減したので、心肺機能を落とさないよう再びローラー台トレーニングなどで心肺機能を鍛えたい。

 そういうわけで、豊洲に午後12時半ころ到着してゆりかもめに乗り、有明駅でりんかい線に乗り換えて天王洲アイルへと向かう。
 途中東京テレポートを通ると、ついこの間まで執務していた場所のことを思い出す。よい執務先とは思ったが、結局そこでの私の職責は私のやりたいこととは180度異なっていた。ただし勉強にはよい場所と思っており、事実よい勉強はした。組織内、とりわけ会社において法律家たる管理職がどのような動きをすべきかということに関しては非常によい勉強になった。
 しかし、そこで身につけたことを生かすにはそこにいる限り何年かかるかわからないので、そこは長く勤める場所ではないと思っており、そこで勉強をするだけしてから動こうと考えていた。そのため動いたのは予定通りの行動であった(ただ1年足らずで動いたのはちょっと早かったか。)。後悔は120%ない。

 それはそれとして、午後1時開始の大会にその10分前に到着し、何とか大会開始に間に合う。この日40名以上の参加があって久々の大盛況であった。
 ちなみに今を去ること1年前、昨年の10月12日に私が優勝した天王洲スペシャルでも、やはり36名参加と比較的盛況だったらしい。どうも私は招き猫の気があるようだと勝手に思う。それにしても天王洲スペシャルオセロ大会で優勝してからもう1年もたってしまうとは。ついこの間のようにそのことを思っていたが意外と年月は早く流れるものだ。

 大会の結果は予想通り惨憺たるもので、3勝3敗で24位であった。どうも中盤先が読めずにえいやあで打った手で形勢を損じることが多かった。
 頻繁に棋譜を並べたりして実戦勘をつけていればありえないミスが多かった。そういうわけで、ここで取り上げるに値する棋譜は今回は残念ながらなかった。しかし、逆に言えば、ある程度勉強さえしておけば、まだ現役プレイヤーとしては通用すると思うので、時間と興味と才能に応じてオセロの修練をしたいと思う。

 そういうわけで、オセロの話題をしようとしたが大してこの日のオセロ大会で語れることはなかったので、この程度。
 ただし、この日特筆すべきことは、この日の天スペとても参加者が多く、しかも若い人や子供が特に多いことである。若い人や子供は将来のオセロを担う人たちであり、そういう人たちの裾野が増えるとオセロの未来は明るい。
 そうした裾野を広げたのはひとえにわが畏友nakaji氏をはじめとするオセロ普及に熱心な人々の努力のたまものであり、そうした活動には襟を正される思いである。そんなことを考えながらこの日大会の会場を後にした。
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2009年09月24日

オセロ地区対抗戦(後編)

【準決勝】

 さて第8回地区対抗戦トーナメント1回戦においてわが群馬チームは鉄板の優勝候補品川スーパーリーガーチームをまさかの4勝1敗で圧倒し、準決勝に進出した。

 準決勝の相手は北関東Aチームである。このチーム、北関東の強豪を集めたチームである。キャプテンはオセロ連盟理事の北島正人氏。ここでは自らを捨て駒と位置づけ、副将以下に精鋭を揃えて圧倒しようという作戦である。

 そういうわけで、私と対戦するのは事実上の大将格であるW引5段である。このW引5段、過去の資料をさかのぼってみると、どうも2006年のさいたまオープン2回戦で対戦し、最後相手の石を2個にしてしまったことがあるようだ。
 しかし現在では若手の強豪として成長している。昨年私が優勝した天王洲スペシャルオセロ大会でも対戦し、圧倒的に負けそうなところをなんとか踏みとどまって勝負手を放ち、これが功を奏するという危ない勝ち方をしている。そういうわけで、これはタフな勝負になると思った。


黒goiss5段 28 白W引5段 36

 序盤黒ヨット定石という珍妙な形になるが、これはどうもあまり黒が良くならないっぽい。23手目b3がいまいちで、ここはf8に打っておくのがよさそう。
 お互いに壁を派手に破らないようけん制しあう展開だが、結局黒31で白壁をド派手に破らざるを得なくなって不利になる。そこで、37、39とかく乱の勝負手を放って局面の紛糾を図る。しかし白に正確に応じられてなすすべがない。
 ただ50手目が緩手で、白4石勝まで形勢が縮まった。そこでなんとかごまかすすべはないかと思ったがあまり変化の余地がない。しかも私の残された制限時間はあと10数秒しかない。そういうわけで全く脳を使わず打つのがやっとという感じ。結果は白8石勝と、まぁまぁ穏便に負かされた。

 その時私を除く対局はすべて終わっており、私の対局の結果次第で群馬チームが決勝に進むかどうかわかるところであったが、結局私は負けてしまい、チームとしては2勝3敗でわが群馬チームは3位決定戦に進むこととなった。

【3位決定戦】

 3位決定戦の相手は東大オセロサークルGOROである。当然東京地区からの出場である。GOROのネーミングは、オセロ連盟会長の長谷川五郎氏とはまったく関係ない。Global Othello Revolutional Organization、すなわち世界オセロ革命機構である。何ともラディカルなネーミングであるが、何とか思想とか何とか主義とか何とか粉砕とか、そういった時代錯誤がかったものとは全く無縁の普通のサークルである。
 これから日本の将来を担う旧帝大エリート学生がオセロにうつつを抜かすとは、全く頭脳の無駄遣いではないだろうか。そんなことを私は、断じて、許す!! もっとヤレヤレ。

 私の対戦相手はT崎2段である。何とも頭のよさそうな学生さんであり、私などは平伏せざるをえないが、それはそれ、オセロとなれば話は別である。


黒 T崎2段 21 白 goiss5段 43

 序盤は予選でのN島4段との対局と同じ進行。23手目でb6と来たので、24手目でa5と打って相手の手を詰めにかかる。しかし、ここではいったんe1と打って上辺を取らせるように仕向ける方が良かったかもしれない。
 33手目までで黒壁は厚く黒の手は狭いが、ここからどうやって決めるかが難しいところ。黒右辺にウィングの悪形があっていざとなればこちらを攻めることになるが、これを攻めることになるとしても、できるだけ効果的な形で攻められるように持っていきたい。
 37でa7に黒打ってくれたので、大分黒の手に制約が出てきた。黒手が狭くて打つ手に制約ができたので、これはもう負けられない。寄せでは左辺と下辺を犠牲にする形となったが、予定通り右辺のウィングを効果的に攻める形で進めることができ、しかも42手目で上辺を白一色のピュア・スカートの形にしてあったことが幸いして、h1、g2を連打することができ、結果として3隅取られながらも美しく勝つことができた。

【3位入賞】

 結局群馬チームが4勝1敗と日本の将来を担う青年オセロ軍団を圧倒し、3位に入賞することになった。何というか、オセロは最終的には個人でやるものであるが、そこにチーム構成員相互間の微妙な連帯感があって、そこにいつもの大会と異なるやりがいとか面白さがある。それが団体戦の面白いところだろうか。私の個人は、4勝2敗、規定のポイント差により16チームの副将格中3位になった。
 ちなみに、われわれを破って決勝に進んだ北関東Aチームは、中部チームに敗れて準優勝となった。北関東から出た2チームが準優勝、3位を占め、館林での開催に花を添えた結果となったと思う。

 そういうわけで、オセロ団体戦を久々に満喫して館林を後にする。今度はどこで地区対抗戦をするか分からないし、どういう形で私が参加するかわからないが、とても面白かったので、来年もまた参加してみたいと思う。

(完)

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2009年09月23日

オセロ地区対抗戦(前篇)

 さて9月22日はオセロ地区対抗戦の日である。オセロ地区対抗戦とは、各地区からひと組5名のチームを出し、チームでの勝敗を競う、団体戦である。各地区(例えば、北関東とか、東京とか、神奈川とか)からの出場チーム数には限定はなく、先着16チームが出場できる。

 オセロ地区対抗戦も回を重ねてついに第8回となった。その間、各地区の持ち回りで開催される。今年は群馬県館林市で開催された。

 群馬県には30年以上前、日本オセロ連盟群馬県本部が存在し、広瀬修二氏という医師を本部長にして活動していた。しかし、広瀬氏が30年ほど前に急逝されていらい、群馬県におけるオセロ連盟の組織的活動は行われていなかった。しかし、ここ数年、群馬県においては、館林を中心としてオセロ大会が開催され、活発な活動が行われている。

 そういうわけで、ついに群馬県において、地区対抗戦という、全国規模でのオセロ大会を行うにいたった。30年前の日本オセロ連盟群馬県本部を知る私としては、感無量である。そういうわけで、私は群馬チームに副将格として参加する。ちなみに大将は、中学生ながら全日本選手権4位、王座戦3位と全国レベルでの大会での実績のある天才少年K田6段である。

 この日午前10時10分浅草発の特急りょうもうに乗って館林へと向かう。館林までおよそ1時間10分程度の道のりである。電車は割合空いていて快適だった。

 館林駅に到着すると、数人の地区対抗戦参加者がいて、タクシーに分乗して会場の館林文化会館へと向かう。タクシーで5分くらいか。

 地区対抗戦では、16チームが4つのリーグに分かれ、最初リーグ戦を行う。そして、各リーグの上位2チームが、1位から8位まで決定トーナメントを行い、下位2チームが9位から16位まで決定トーナメントを行う。

【予選リーグ】

 わが群馬チームは、東海チーム、茨城チーム、品川フレッシャーチームとリーグ戦を戦う。

 初戦は東海チームと戦う。私はE本4段と対戦する。この方、私が1988年に全日本選手権で3位になった時に、上位16名で行う決勝トーナメント1回戦で対戦し、序盤圧倒的に不利だったにも関わらず一手の相手の緩手をついてなんとか勝たせてもらった相手である。序盤当方が緩手を打って終始おされぎみのまま完敗。群馬チームもメンバーも全員負け。まずはチームとしては1敗を喫する。

 2回戦は品川フレッシャーズチームと対戦する。フレッシャーズチームはふた組の親子+全日本女子チャンピオンという、面白い組み合わせのチーム。私はT1級と対戦する。序盤〜中盤にかけてはなかなかいい勝負であったが、中盤の終わり頃に相手が一連の緩手を打ったため、そこを突いて当方が強烈なウィニングショットを放ち、勝ち。群馬チームメンバーも3勝2敗で、チームとしてはまず片目をあける。

 3回戦は茨城チームと対戦する。私はN島4段との対戦。6月に行われた全日本選手権茨城ブロック大会でも対戦している。その時は何とか勝たせてもらったが、全く勝てる自信のない強豪である。これは棋譜を覚えていたので、いかに棋譜をあげる。


黒N島4段:24 白goiss5段:40 (ただし記録上は黒23−白41)

 9手目は30年ほど前にも結構流行っていた手。21手目でe1に付けたため、22と取ってh5に打つ手がなくなり、24と打たれて黒意外と手が狭くなる。28で、黒は一歩間違えると手が詰まる。今29を打たないと、その後白にg1に打たれてそこに打てなくなるし、29を打ってh4に打つ手を増やすということで、29はやむを得ない。しかしこれに対する30がなかなかの手で、31と入らざるを得ず、32と打って手を渡す。こうなると黒は手詰まり寸前なので、35、37と勝負手を放つがその後淡々と対処した後42と冷静に対処し、以下白の読み筋どおりの進行で勝ち。群馬チームのメンバー全体でも4勝1敗、チームとしては2勝目をあげる。

 その結果、群馬チーム、東海チーム、茨城チームが2勝1敗で並んだ。そこで、キャプテン(大将格)の勝ち数により、東海チームと群馬チームが1位〜8位決定決勝トーナメントへと進む。

【決勝トーナメント】

 決勝トーナメント1回戦は品川スーパーリーガーズチームである。このチームは、品川スーパーリーグという、一定の参加資格を有する強豪だけが集まる品川で行われているオセロ大会の中から選りすぐりのメンバーを集めたチームである。その中には、世界チャンピオン経験者、全日本チャンピオン&オセロ名人経験者、現オセロ名人、全日本選手権4位経験者が含まれているという恐ろしいチームである。

 私はその中で、若手で進境著しい(通称)たおる5段と対戦する。たおる5段は全日本選手権4位を経験し、昨年のさいたまオープンオセロ大会優勝者である。私はまだ対戦したことがない強豪なので、結構ソワソワクネクネしていた。この対戦も棋譜を覚えてるので、以下にあげる。


黒たおる5段:18 白goiss5段:46

 バッファロー定石からの進行。6手目でe3に打つ手でなぜか負けが込んでいたので、気分を変えてe2に打ってみる。16手目あたりから、何となく打ちやすいような気がしていたが、それは気のせいかもしれないし、相手は名にし負うたおる5段のため、全く油断できない。

 25手目c8に打ったため、白26と打たれてややf1に打ちづらくなっている。そこで27と辺を取るが、いやらしく白28と付ける。一旦29と中を割るが、白30と打っていけいけどんどんとばかりに白壁に誘い込む。そこで白壁を温存するため31と下辺を取ったため、32と下辺ウイングを攻撃する。

 そこで黒は33と猛烈な手を打つ。これは、b列が黒いことを利用して、隅をとった時に白がb8に割り込めないようにすることを狙ったものである。これを避けるために白34は必然と思われたが、ゼブラ(オセロのコンピューターソフト)によれば、a3の方が評価値は高い。

 ここで、黒35と左辺をとったのがどうだっただろうか。それで、将来的にa7に攻撃する手もできてしまって白の手が広くなったと思う。黒37と打って白f2とa7の手を消し、かつ左下隅をとることを狙ったが、白素直素直に応じて白勝ちの形勢である。結局狙いの46手目a7に打って美しく勝つことができた。

 他のメンバーの結果も含めて4勝1敗。メンバーの顔ぶれからみて鉄板の優勝候補だった品川スーパーリーガーズを相手に、よもやの圧勝。わが群馬チームは、堂々の準決勝進出を決める。

(つづく)

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2009年09月21日

さいたまオープンオセロ大会

さて9月21日はさいたまオープンオセロ大会である。さいたま市の成立にちなんで開催されたこの大会ももう9回目になる。第1回からベストドレッサー賞・アットホーム賞(要は仮装大会)の審査員として招待されてから毎回参加させてもらっている。この大会とは相性がよく、私はこの大会で2回優勝している。複数回優勝しているのは、ひょっとしたら私だけかもしれない。

この大会での優勝のうち、一度は王座戦という全国レベルでの大会と同日に開催されたときに優勝している。これを私は2ちゃんねるでネタにされたことがある。
要は全国レベルでの大会で強豪が参加しないときに優勝したことを茶化されているのだが、私はオセロ関係のネットでは「アンチオセロ大王」というHNを用いているため、「空き巣狙いとは大王さすがだな」とカキコされたわけである。これはなかなかセンスのあるカキコだと思って大爆笑した覚えがある。これを書いた人、褒めてあげるからぜひ名乗り出てほしいと思う。

それはそれとして、今回はスイススタイルの6試合やって4勝2敗。うち2敗は優勝者と準優勝者にあたってのものであるが、優勝者との試合は惜しかった。


黒 優勝者  白goiss

何というか、変な進行。しかし、うまい具合に黒に手を渡して白壁を破らせ、後はいけいけという感じ。しかし形勢を楽観したか、46手目が緩手で、これはd1が先、それで白6石勝。しかし本譜の46でも白2石勝の形勢である。敗着は50手目で、ここでもd1で白2石勝である。52手目が大悪手で、差が開いてしまった。こういうところでこういう手を打っているようでは修行が足りない。

なお、この棋譜は、後藤幸信氏が開発したHamliteというソフトを使っている。これほどすぐれた棋譜ソフトがあるのは、最近村上健氏のブログから知った。改めて後藤氏と村上氏に謝意を表したい。

ちなみに、村上氏はオセロ世界選手権に三度優勝した斯界の巨匠である。後藤氏も実は1985年全日本大会で3位に入賞している。私はこのとき後藤氏と決勝トーナメント(64人中上位16人が決勝トーナメントを行う)1回戦で当たり、あたら好局をふいにしてしまった。

それはそれとして、明日もオセロ大会である。ひと月に3回もオセロ大会に出るのは、四半世紀ぶりくらいである。まぁこういうことがたまにはあってもいいか。

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2009年09月07日

オセロ王座戦と自転車

 9月6日オセロ王座戦に参加してきた。品川にあるハートンホテル品川で行われた。近時オセロの全国レベルでの大会はすべてここでやっている。

 オセロ王座戦はオセロ名人戦、全日本オセロ選手権大会と並ぶ第3の全日本レベルでのオセロ大会である。オセロ名人戦と全日本オセロ選手権大会で一定の成績を収めた者のみが参加できる大会である。この大会の優勝者は、3人目のオセロ世界大会の日本代表となる。今回で第4回目となり、全国レベルでのオセロ大会の中では比較的新し目の大会である。

 私は先に行われた全日本オセロ選手権大会で4勝2敗の成績を収めたので王座戦の出場資格を得た。1年間に2回も全国レベルの大会に出るのは、おそらく私が高校生だったころ以来、四半世紀ぶりくらいの感じである。

 まさかこんなに長いことオセロをやっているとは思わなかった。もっとも私の場合、大学受験や司法試験受験、留学、多忙など、さまざまなブランクがあったため、実際に現役プレーヤーとしてやっているのは、そう長いわけではない。

 大会の結果は、7戦やって4勝3敗でやっと勝ち越し。最後の方は脳が疲弊していて頭脳競技の体をなしていなかった。この年になると体調も考慮してオセロを打たねばならない。ちなみにこの日7戦中3戦が女性の方との対戦であった。30年を数えるオセロ歴の中、これほど女性の方とオセロ大会で当たったのは初めてである。オセロの女神の采配であろうか、この日たまたまぐーぜんにモテモテの一日となった。

 成績はともあれ、全国レベルでのオセロ大会の楽しさを改めて感じた。こうした大会に出ると、数年ぶりに遠方から来るプレーヤーと久々に会ってとても楽しい。また最近、オセロをやる若い人が爆発的に増え、こうした人たちとの交流がまたとても楽しい。趣味を持つことのいいことは、地域と年齢を隔てた友人が趣味のもとに一挙に集うことができることである。オセロに関しては、まさに「オセロの下の平等」というところである。

 ただ、私に関して言えば、困ったことはオセロ以外にも、時間を割くことがとても多いことである。オセロに集中して時間を割いていれば、今以上にオセロに強くなるのは比較的たやすい。しかし、オセロと同じくらい、否、オセロ以上に大事なこと、そして楽しいことが、私には多すぎるのである。

 そういうわけで、現在のところ、オセロの実力はそこそこにして、オセロを通じたオセロ大好きな人々とのコミュニケーションを大事にすることを重視している。

 この日自転車のヘルメットをもって大会に出ている女性の人がいて驚いた。この人比較的昔からオセロ大会に出ている人で、最近仕事で行っていたエチオピアから帰ってきてトライアスロンを始め、この日自転車で大会に来たのだという。この日私は富士チャレンジ200という自転車のイベントのシャツを着てきたので、向こうもちょっとこちらのことが気になっていたらしい。

 ちなみにこの人エチオピアでは環境関係のNGOで働いていたらしい、発展途上国での活動つながりで、私もかつてやっていたカンボディア司法支援プロジェクトの話をして盛り上がる。

 そのひとこの日乗ってきた自転車を見せてくれた。ケルビムでオーダーし、アルテグラで組んである立派な自転車であった。そういえば最近自転車でオセロ大会に行っていないなぁ、そのうち自転車でまた行ってみるかそんなに距離もないことだし、と思った。

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2009年07月19日

第37回全日本オセロ選手権大会

 さてこの日第37回全日本オセロ選手権大会の日である。私が競技オセロを始めたのは1977年。そして生まれて初めてオセロの全国大会に出たのが1978年。私がまだ13歳11か月の時である。

 それからついに30年の月日が経過した。その間毎年オセロをやっていたかというとそうではなく、高校入試や大学入試があったり、司法試験の勉強があったり、仕事が忙しかったり、留学や海外研修をしたりと、むしろオセロに関してはブランクの月日の方が多かった。

 それでも、時折思い出したようにオセロ大会に出てみるのも面白いもので、3年に一度くらいは全日本大会の予選に出てみる。私の場合、全日本大会の予選通過率はそれほど悪くなく、ブランクが多い割には多いなりにどうにかこうにか予選を通過して全日本に出ている。今年も何とか予選を通過した。

 さて以前今年の全日本大会予選通過の旨をこのブログに書いた時は、20年ぶりの昇段を狙ってみるかと書いたが、私の場合、もう5段になってしまっているので、もし昇段するとなると、全日本3位以内に入らなければならない。確かに私は20年以上前に3位に入賞して5段をとった(当時3位で5段)、現在昔に比べるとオセロに割ける時間は少なく、とてもとても昇段は難しいだろうと思っていた。

 実際に出場してみると、確かに3位は無理であった。しかし、この日4勝2敗、64人中13位であった。仕事をするようになるとオセロに割く時間が少なく、しかも数年ぶりの出場であった。それにしては、まずまずの結果であろうと思う。特に、最終局は、昨年のオセロ名人&世界選手権準優勝の相手に勝つことができたのだから、まだまだ私は現役オセロプレーヤーとして通用するのだなと思った。以下にその記譜をあげる。

54 34 31 18 27 14 60 56
33 55 10 09 13 16 35 37
26 17 02 03 08 07 24 43
25 21 01 00 XX 06 32 40
28 20 04 XX 00 15 30 41
29 22 12 05 19 11 44 42
53 51 23 39 38 36 57 47
52 50 49 48 45 46 59 58

白60パス

黒=M7段 26石  
白=goiss5段 38石

 いわゆる戦車定石からの進行。名人戦の時にこの展開を忘れていてひどい目にあったので、若干研究していた。14手目のA打ちと18手目が白番のポイント。30が意外と好手だと思う。その後一気に寄り切った感じ。

 今回3勝以上すると、9月に開催される王座戦というタイトル戦への出場資格を得ることができる。この王座戦に優勝すると、オセロ世界選手権に出場できる。むろん3位以内になれば6段以上の段位を取得できる。
 幸い今回4勝したので、9月の王座戦への出場資格を得た。オセロトーナメント出場30周年にあたり、まだ昇段の可能性はあるので、無理とは思いつつも、若干の僥倖に賭けて、ちょっと昇段を狙ってみたいなと思う。
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2009年06月14日

オセロ全国大会出場

 第37回全日本オセロ選手権大会に久々に出場することになった。私は第7回全日本オセロ選手権に初めて出場してから30年が経つ。このオセロ人生30年の節目の年に全日本選手権に出場できてよかったと思う。ことに今年はオセロ名人戦予選で、6戦中4勝すれば予選通過のところで、最初3連勝して、3戦中あと1回勝てば予選通過のところ、残り3戦全敗で予選通過できず、悔しい思いをしていたのでなおさらよかったと思う。

 6月13日が予選の日で、私は茨城ブロック予選大会に出場した。私は東京に住んでいるので、本来東京ブロック予選大会に出場すべきところであるが、私の日程と合わない。全日本選手権の予選の場合、全国どこでも好きな所の予選に出場してよいことになっているので、関東近辺で唯一私の日程とあう茨城ブロック予選大会に出場したのである。

 茨城ブロック予選は水戸で行うので、午前8時上野発のスーパーひたちに乗り、1時間20分程度で水戸に到着する。会場は「水戸男女文化センターびよんど」である。この、「男女文化センター」というネーミングが何とも微妙に趣深い。「男女文化って何?」と突っ込みを入れたくなる。また、「びよんど」とあるのが、R&Bの好きな私にとっては何となく「ビヨンセ」と間違いやすい感じ。交番で道を尋ねるときも、「男女文化センタービヨンセってどこですか」と聞き間違いそうになった。蛇足であるが、「ビヨンセ」は、R&Bのユニット「ディスティニーチャイルド」から独立したシンガーである。

 水戸駅北口から1km位の感じのところであるため、一応は歩いて行こうかと交番に道を尋ねたが、午前9時半受け付け開始・午前10時試合開始のところで道に迷って焦るのもつまらないので、ここはタクシーで会場に赴く。中学生だった30年前と異なり、特急+タクシーを使ってオセロ大会に出ることができるようになったかと感無量である。

 大体午前9時半ちょっと前に到着して受付を済ませる。茨城の強豪たちが手ぐすね引いて待っている。この中には元全日本オセロチャンピオンもいるのだ。この強豪たちとこの日8局もオセロを打つわけである。通常オセロ大会というと、一日大体6局くらいで終わるので、一日8局は結構多い。最近年をとって疲れてくると集中力に欠けるところが出てくるので要注意である。

1回戦A三段 
 小〜中学生くらいの感じの人。最初よく知らない手を打たれたが、うまくかわして優勢裡に試合を進めていたが、一手勘違いをした大悪手を打って負けにしてしまった。ちょっと悔しい。しかし僅差での負けだったので、ダメージは少ない。

2回戦O初段 
 序盤で相手が見落としの緩手を繰り返してくれたため、中盤の早い段階で相手の手を詰め、快勝できた。

3回戦N四段
 茨城の超強豪。前半の山場である。中盤に差し掛かるあたりで、N四段がちょっと緩手を打ったすきをついて打ちやすくすすめ、中盤決め手の一手を放って形勢を一気に優勢に傾けた。最後は相手の時間不足もあってか大勝をおさめることができた。

 ここで午前中は終わり、昼休みである。食欲がないのでそこら辺のコンビニでおにぎり二個と一本満足バーを買い、おにぎり二個を食べておく。一本満足バーはハンガーノックに陥らないための補給食である。何しろエネルギーを補給しておかないと脳が働かなくなる。

4回戦W三段
 この人は最近のしてきた強豪である。各種大会で優勝している。序盤私の強引な攻めの前に勝負手を相手が繰り出し、形勢が一気に緊迫した。どちらかが一手間違えればそこで一気に形勢が傾くという状況のもと、綱渡りのような応酬が続き、終盤へ。結局私が一手間違えてそこで勝負が決まった。2敗してしまったので、ちょっと後がなくなった感じ。

5回戦K初段
 この人初段ではあるが、午前中3連勝しているため油断ならない相手とみた。序盤互角であったが、序盤から中盤にさしかかるあたりで相手が緩手を打ち、そのままこちらが上手く打って快勝。

6回戦T六段
 元全日本チャンピオンである。この日はこういう強豪たちと何局も打たなければならないのでなかなかきつい。この人とオセロを打つのは16年ぶり位。
 序盤から何となくあやしい進行。中盤の入口のところで好手と思われる手をこちらが打ったため、何となく打ちやすいかとは思っていたが、一手変な手を打つとそこからサンドバッグにされてしまうため全く油断できない。そこで一手一手慎重に進めて最後は相手の手を完全に詰んでの快勝を収めることができた。

7回戦K初段
 この人も最近新人向けの茨城の大会で優勝するなど油断ができない。最近、新人があっという間に全国レベルの強豪に育つという傾向がある。序盤の相手の緩手をついてこれでもかこれでもかと波状攻撃を放ち、完全に手を詰んでの完勝を収める。

8回戦I三段
 この人がこの大会をこの日仕切っている。茨城にあってオセロ大会を仕切り、そしてオセロ普及に努めている方である。その努力・活動には本当に頭が下がる。それはそれとして、この人私が苦手とする相手である。最後にあたりたくない相手と当たってしまった。しかし組み合わせでは往々にしてそういうことがありがちなので仕方がない。
 今回も、序盤で早くも手を詰められそうになった。そこを何とかしのぐが中盤も結構苦しい展開。こちらが脂汗を絞られる思いで辛抱の一手を打つ一方で、相手は涼しい顔をしてほとんど時間を使わずバシバシと攻めてくる。
 ところが辛抱の甲斐があったかチャンスは突如として到来し、そこを突いて勝負手を放ったところ、これが功を奏した。勝ち手順はありそうだったが、ほぼ一本道になる簡明な手順で引き分けになることがわかり、引き分けなら十分予選を通過できるので、その手順に従って引き分けとなった。
 ただ、後でゼブラで同じ手順をやってみると、私の2石勝ち(白33対黒31)になる。どこかで返し忘れがあったか(それとも、ゼブラで同じ手順をやってみたときに私が間違えたか)。

 結局、茨城ブロック予選大会の3位に入り、茨城ブロック代表4人の中になんとか入った。優勝はW三段で、今回の優勝で四段に昇段した。私はW四段には負けたくせに、W四段の優勝争いのライバルとなろうT六段やN四段には勝っているので、結果としてW四段の優勝=昇段をアシストしてしまう形になってしまった(というよりも、そういうのって「アシスト」って言うか???)。

 それはそれとして、久々にオセロ全国大会に駒を進めたので満足して水戸を後にする。水戸駅までT六段に車で送ってもらった。ありがとうございました。

 感激と緊張感の中で初めての全日本オセロ選手権大会の日を帝国ホテルで迎えた14歳の少年のときからもう30年もたち、「オセロ何か嫌いだよ」とうそぶいている私であるが、やはり「全日本オセロ選手権大会」には、今でも特別な思いがある。今回は一つ21年ぶりの昇段を目標に存分にオセロを嫌ってみるか。
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2007年09月17日

さいたまオープン優勝!!

 さて9月16日はさいたまオープンである。市町村合併でさいたま市が発足した年に第1回が開かれ、その後一年に一度開催され、すでにもう第7回を数える大会となった。私はここ1年位はオセロ大会には出ていないのだが、この大会だけは皆勤賞である。そのためこの日も午前9時半の受付に間に合うために午前8時頃家を出る。オセロ大会にでるためにこれほど早く家を出るのも珍しい。もっとも私が中学生くらいの時には、私の故郷である群馬県高崎市ではオセロ大会はなく、朝5時起きして電車に乗り、東京にオセロ大会にでかけたものである。ちなみに来年(2008年)で、私が本格的にオセロを始めてから30年になる。

 午前9時20分頃に会場である埼玉県労働会館に到着する。この日はオセロ世界選手権日本代表の一人を決める王座戦が水戸市で行われているため、参加者は少ないだろうと思われたが、30人近い参加者があって意外と参加者は多く、なかなか盛況であった。
 この日、王座戦に出ていると思われたオセロ連盟理事の北島氏がこちらの大会にいらっしゃる。この人は北関東(埼玉、群馬、栃木)の顔というべき人であり、20年以上もの間北関東オセロの運営に従事されてきた。その貢献度の高さから、北島氏は近時名誉6段を認定された。やはり北島氏抜きではさいたまオープンは成り立たない。

 例年大会に仮装してくる人の中からベストドレッサー賞・アットホーム賞を選出しており、なぜか私がコメンテーターを毎年勤めていた。ところが今年は王座戦と重なったせいか、こちらの賞に参加しようという人がいなかった。来年に是非期待したいところである。しかし、毎年対戦の合間に腕相撲大会が行われ、男子8人、女子4人の参加があってこちらはなかなか盛り上がった。

 さて午前10時から対戦である。対戦方式は午前2戦、午後4戦のスイススタイルトーナメントである。

第1局 K2級:割とご年配の方であるが、2級を認定されているところをみると、そこそこはオセロをやりこんでいる感じの人である。序盤15手位で相手の手を詰めてしまい、以下相手をサンドバッグにして、最後には相手の石を全部取ってしまった。
 相手の方の手が詰まったため、相手の方が「ここしか打つところないですよねぇ」とたずねた。さすがに対戦相手という立場上相手にアドバイスを送るわけにもいかず、「う〜んご自分でご判断ください」と実もふたもなく冷たく切り返す。ところがどういうわけか、隣で対局していた北島氏が私のこの冷たい切り返しに笑ってしまい、北島氏は手拍子の手を打ってしまった。結局北島氏はその手がもとで負けたらしい。
 ちなみにこの方、他の対局者にもことごとくサンドバッグにされたらしく、最後やる気をなくしたか姿を消してしまった。これにこりずにまた遊びに来て欲しいと思う。

第2局 K納3段:昨年もさいたまオープンで対局して負かされた若手のホープ。今回は私好みの古い定石での進行となったが、結局中盤に相手の好手が出て、僅差で負かされる。負けは負けだが、僅差なのでダメージはそれほど大きくない。

第3局 N二段:女性の方。昔は女性にはそれほど強いプレーヤーはいなかったが、最近は強い人が多く、全く油断できない。今回も、それほど不利を意識したわけではないが、どうにかこうにか相手の手を詰めることができ、意外なほどの大差で勝つことができた。

第4局 S初段:この方も女性。私が全く知らない定石を打たれ、序盤20手目位で私の手が詰みそうになった。何とか首の皮一枚でしのぎきり、ワンチャンスをものにして何とか勝負になるまでに持ち込んだ。
 そのときからどうも相手の手が変調気味になり、「ここに打ってほしいなぁ」と私が思ったところに、ズバズバと打ち込んでくるので、徐々に私は優勢を意識するようになり、最後は意外なほどの大差がついた。この第4局目を拾えたのは大きい。

第5局 S三段:この人とはよくあたる。とにかくこの人が出ている大会に私が出た場合、ほとんどのこの人とあたっている。まだ負けてはいないが、決して油断できる相手ではない。この日も序盤であっと驚く手を打たれ、ここで間違ったら一方的に形勢が傾くという場面で何とか土俵際でもちこたえ、最後は偶数理論で何とか僅差で逃げ切った。

第6局 K五段:この人は強い。全日本選手権大会準優勝の経験がある。この人は強い日と弱い日があり、強い日は何人も寄せ付けない圧倒的な強さがあるが、弱い日は簡単にコロコロと負かされる。この日はK五段の強い日であり、かつ私はこの人にここ数年勝っていないので、今日この人に勝つのはちょっと難しいだろうなぁと思っていた。しかし、この人との対戦で勝てば、取った石数によっては優勝の目がある。この人との対戦だけ棋譜を上げる。

55 47 37 40 35 49 53 52
56 48 38 06 18 17 51 54
12 13 02 03 08 46 33 57
16 05 01 00 XX 28 50 58
19 15 04 XX 00 27 31 36
20 11 10 07 09 26 29 30
43 39 22 14 21 25 44 45
42 41 32 23 34 24 60 59

 中辺牛定石からの進行。20手目まで白石が圧倒的に多いが、黒石を外側に押し出す感じ。私がもっとも得意とする戦法である。31がどうも敗着のようで、46のところに打っていれば黒勝ちらしい。32手目が自慢の手。33とはずしたあと34と取って優勢を意識した。34と取るような手で相手の種石を切って相手の手を狭め、後は偶数理論の利を生かすというのが、私の鉄壁の白番の勝ちパターンである。37は、38を見落とした手で、39と一見うまく白の悪形を攻めたように見えるが、白40に手があり、かつ41〜43のあと、44のX打ちが残っていることを見通していたので、おそらく勝てるであろうことは意識していた。あとは取った石数の問題である。終局してみると、やはり私の勝ち。これでK五段と私は勝ち数で並んだが、取った石数の関係で私の優勝が決まった。平成16年に優勝して以来2回目の優勝である。

 昨年は3勝2敗1引き分けと不本意な結果だったが、今年は優勝である。私はオセロを始めた当初北関東ブロックに所属していたため、北関東ブロックは私の故郷という感じである。そのため、その故郷で催された大会で優勝するのはなんともうれしいものである。しばらくオセロ大会に出ていなかった私ではあるが、現役のプレーヤーとしてはまだ通用することがわかって、何となくうれしい。
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2006年09月18日

さいたまオープンオセロ大会

9月18日はさいたまオープンオセロ大会の日である。さいたまオープンは、さいたま市の誕生に時をあわせて2001年に第1回が開催されて以来もう6回目の開催となる。私はプレーヤーとしても参加しているのだが、同時にベストドレッサー賞の審査員としても招待されている。このオセロ大会は、無論競技オセロの場であるのだが、昼休みを使ってベストドレッサーコンテストを行っている。参加者の有志が思い思いの仮装を競うのである。

そういうわけで昼休みのベストドレッサーコンテストをみてみる。今回は6名ほど参加し、着飾って参加していただいた女性の方もいらっしゃったのだが、それ以上にインパクトがあったのは、女装した男性の参加者である。メイド女装、通常の女装、そして竹刀をもった女子高生(桜塚やっくん風)の女装、といったいでたちで、それはそれで女性として通用しそうな人もいた。残念ながら女性の方々の盛装はこの時点で吹っ飛んでしまった。私は4半世紀以上競技オセロをやっているが、25年前にまさかこういう方向にオセロ大会がすすむとは思わなかった。しかし、これはこれでありかなぁとも思った。中にはTバックをはいて女装をしたという人もいて(ただしそれは本人の陳述によるもので、実際にそれを見たわけではない)、その人は対局中にさかんに「股がかゆい股がかゆい」と連発していた。

それはさておき私の対局である。対局方式は、6回戦やって勝ち数を競うスイススタイルトーナメントと呼ばれる方式のものである。

1回戦 W辺3段:この人と対局するのは10年ぶりくらいであろうか。新宿歌舞伎町にかつてあったコスモという碁会所でかつてオセロの練習会が火曜日と木曜日の夜に行われていたころは、よくそこで対局したものであった。この人過去の世界チャンピオンを何人か負かしておりなかなかの腕前なので油断ならない。私の黒番。特段打ちやすいという形勢でもなかったがなんとかごまかして勝ち。

2回戦 中学生くらいの方(2級):この人1回戦でT島4段を下しており油断ならないと思って気合を入れた。私の白番。相手は早打ちでなかなかテンポよく打つが、さすがに私の方が老練で早めに相手の手を詰め、最後相手の石を2個にして圧勝。

3回戦 N崎4段:東京の若手のホープである。私の白番。序盤危うく手を詰められそうになるが、私は白番で綱渡りのように打ちまわして最後ごちゃごちゃしているうちに勝負にしてしまうという展開が結構得意であり、本局もそんな感じで進む。結局どう考えても負けという試合を最後ごまかして引き分け。

4回戦 W辺4段:この人も既に東京の強豪である。私の黒番。私は黒番があまり好きではない。最初押し気味に進め、これは勝ちかと思ったが、時間不足のため自分で悪手を打ってころんで負け。

5回戦 W辺2段:どうもこの日W辺さんとよく当たる。私の白番。序盤から恐ろしく取り捲る相手の戦法を牛若丸のようにひらりひらりとかわしつつ、最後美しく決めて圧勝。

6回戦 K納3段:北関東の若手のホープである。私の黒番。どうも黒番はいやである。中盤あたりからやや押されぎみになり、終盤で相手があっと驚く勝負手を放つもわずかに石数足らず負け。

そういうわけで今回は3勝2敗1引き分け。最近殆どオセロなんかしていないため、誰とオセロをやっても全く勝つ気がしなかったが、それでも一方的にやられっぱなしという対局は一局もなかったので、まぁよしとしよう。

それにしても数年前に比べるとオセロ大会に出てくる人が増えた。しかも昔だったらオセロのことを何も知らないで出てくる人が多かったが、最近はインターネットである程度オセロを対局し、戦術に通暁した人が大勢出てくるので、どなたと対局しても全く勝てる気がしない。全く恐ろしい世の中になったものであるが、反面競技オセロを楽しむ人が増えてうれしい。
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2006年05月29日

オセロ全日本大会北関東予選

5月28日は全日本オセロ選手権大会北関東ブロック予選の日である。オセロにも毎年全国大会があり、優勝者はオセロ世界大会の日本代表となる。そのための北関東ブロックの地区予選である。

北関東ブロックは群馬・栃木・埼玉を統括するブロックであるが、今年は全国どのブロックでも一つ選んで出場してよいことになっているので私は迷わず北関東ブロックを選ぶ。私は結構住処を転々としていた時期があったため、北関東、東京、東関東、関西と4つのブロックからの全日本大会予選通貨の経験がある。しかし北関東は私がオセロを始めてから初めて全日本大会に参加したブロックであり、かつ所属するプレーヤーが個性的で面白いので私は北関東ブロックに強い思い入れを持っている。そのため私は北関東ブロックから出ることにしたのである。

午前9時半川越福祉センター集合、午前10時開始なので、午前7時半ころ家を出る。東西線から丸の内線に乗って池袋に出、東武東上線で池袋から川越まで急行で30分。午前8時50分ころに川越についてしまう。午前9時ころ会場到着。到着早すぎ。そうこうしていくうちに参加者が集まり、この日は18名の参加者で4名の全国大会出場枠を争うことになった。参加者の中では私が一番高い段位を持っているが、オセロの段位なんて所詮特定の大会の瞬間最高順位を反映するに過ぎないもの、特に北関東はなかなか中堅どころが強く、私は誰とオセロしても勝つ自信は全くなかった。

この日はスイス方式のトーナメントで7回戦行って勝敗数で代表を決定する。持ち時間は一人20分なので1局40分。厳しい時間制限の中一騎当千のつわものと1日7局もオセロをするのは結構疲れるしエネルギーを使う。結局この日7局やって何とか6勝1敗、2位で予選を通過した。しかし、1局として楽な試合はなかった。互角か敗勢の試合を何とか勝負手の連続でひっくり返した感じである。とりあえず覚えている棋譜のうちとりあえず時間がないので1局掲載。

60 56 45 32 27 42 49 55
34 44 22 31 24 21 53 54
28 33 11 13 06 07 20 19
29 23 14 00 XX 08 10 18
30 25 05 XX 00 01 09 16
59 26 12 04 03 02 15 17
58 48 39 35 36 38 47 52
57 46 51 41 37 40 43 50

黒(先手)が私 黒34−白30。これは1回戦。相手は特に段級位を持っていない人であるが、やってみると強い強い。何でこんな強い人と1回戦で当ったのかと思わずいぶかしく思う。40の時42のところに取っていたらどうだっただろう。敗着は50で、ここは51のところに打って黒に下辺を取らせてから50のところに取るのがよかった。黒53を打てて命拾いした。
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2006年03月12日

品川シーサイドオープンオセロ大会

3月11日に久々に品川シーサイドオープンオセロ大会に参加する。一昨年の7月以来の参加である。例によって自転車で会場へ。平ペにハーフクリップをつけていた一昨年時に比べると、ビンディングペダルをつけ、かつ体重もその当時よりおそらく5kgは減っていると思われるので大分楽に自転車走行できるようになった。自転車ウェアを着て会場に行ったので、あからさまに体の線が細くなったことが他の人によくわかるようであり、会う人会う人が口々にやせましたねぇと言ってくれるのが何かうれしい。

今回オセロ世界チャンピオンとかオセロ名人とかの経験者が結構多く参加し、レベルの高い大会であった。その中で私は結構好調であり、全6回戦行う大会で前半3回戦3連勝。4回戦で元世界チャンピオンであるM上九段、元名人であるN島六段を破るなど破竹の勢い。しかし最終戦で疲れてN崎四段に負けて5勝1敗。終わってみれば5勝1敗が5人出る大混戦。結局対戦相手の成績との関係で決まるポイントの差で私は4位。久々にオセロ大会に出て元世界チャンピオンや元名人と対戦して勝てるので、まだまだ現役プレイヤーとして通用することがわかってよかった。気分がよいのでM上九段とN島六段との試合の棋譜を上げておく。

黒goiss 34石 白M上九段 30石

47 45 46 36 50 49 34 51
60 43 35 32 26 27 44 52
38 28 11 13 06 07 33 30
37 22 20 00 XX 08 25 31
41 21 05 XX 00 01 09 29
42 23 14 04 03 02 10 12
59 48 16 15 17 24 53 56
57 58 19 18 40 39 54 55

19が白の意表をついた手であると思う。気がついてみると18で打った白石が微妙に邪魔な位置にあって白左辺に手を付けづらい。25で、次に白30のところに打てず、逆に29と付け手で攻撃する余地が出てきたのが黒の自慢。以後なんとなく黒押し気味のまま39と対角線を通して43と打ちほぼ決まり。コンピューター的にはもっとよい手順があったのだろうが、黒番でこういう場面で気がついたら負けていたという場面をいくつも経験しているため、とにかく簡明に勝つ手順を心がけた。

黒N島六段 24石  白goiss 40石

55 56 16 29 28 27 30 50
12 33 25 07 26 19 49 51
11 18 02 03 06 20 24 38
10 05 01 00 XX 23 34 35
31 08 04 XX 00 17 41 52
15 22 09 13 14 21 40 43
32 48 47 39 36 42 59 60
53 54 44 37 46 45 57 58

当然と思われた黒21に対する白22が意外とよい手で、その後黒外回りに終始して黒苦戦となる。黒は上辺を取らせて33で左上隅を白に取らせて56の箇所に割り込み上辺を取る作戦。36は、将来的に18から22まで箇所の石を白石とするように打ち、左上隅をとっても56の箇所に黒が割り込めないようにする作戦。これを避けるためには37とあまり意味のないB打ちをせざるを得ない。引き続き黒にあまり意味のない手を打たせ続け、最後48でとどめ。日ごろ「調和のN島」と異名をとるN島六段には、37対27位でいつも穏便に負かされていたため、私がこれほどはっきり勝つのも珍しい。

大会が終わったあとオセロの大好きな人たちは近辺のオセロのできるレストランに行って食事をしながらオセロをしたらしい。どうも会場近辺にはオセロをしていると文句を言うレストランがあるらしくそこは避けたようである。しかし大会が終わるともうオセロなんか見たくもない私は他の数人とオセロをしないで食事をする。気がついたら午後11時になっていた。それでも明日は日曜で、またもう一日休めると思うと、土曜のオセロ大会はいいなぁと思った。また気が向いたらオセロ大会に出ることにしよう。
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2006年02月08日

デラックスオセロ

今日はseesaaのサーバーで午前2時から午前8時半までメンテナンスが行われていた。そのため今日はいつにもまして拙ブログを閲覧してくださる方が少ない。どうも夜になるとseesaaのサーバーがえらく重くなるのだがメンテで改善されたのだろうか。

それはさておき2月4日にヤフオクで2600円でデラックスオセロを落札した。そのデラックスオセロ盤が今日送付された。今デラックスオセロというと、緑色のビロードが張ってあるのは普通のオセロ盤と同じだが木でできていて、桐の箱にやや重量感のある石が入っているオセロ盤であるが、実は1978年ころ、既にデラックスオセロが存在した。盤はプラスティックでできているがロココ調の装丁が施してありちょいとバブリーな感じである。私が今回入手したのは、その「元祖デラックスオセロ」である。今私が落札したデラックスオセロの写真をアップするのは面倒くさいので後日アップする予定である。とりあえず元祖デラックスオセロはこちらで見ることができる。私の家にはスタンダードオセロ位の大きさのオセロ盤がなく、かつその位の大きさのオセロ盤が欲しかったのでちょうどよかった。1978年ころこのデラックスオセロはデパートで普通に売っていたのだが、現在では当然製造していないしどこにも売っていない。何か偶然の機会がないととても手に入らないだろう。

1978年5月、私は高島屋デパートで行われたオセロ大会に参加し、生まれて初めてオセロの大会というものに出た。そのとき使用された盤がこのデラックスオセロである。第6回(1978年)〜第8回(1980年)までの全日本オセロ選手権大会では全ての対局にこの盤が用いられた。当時全日本大会は帝国ホテル孔雀南の間で行われ、最高級の場所で最高級のオセロ盤を用いてオセロをした。無差別の部の参加賞はなんとワインであった(私はその時中学生だったので、無差別級の部ではなく、ガキの部に出ていたためもらっていない)。「オセロワイン」というワインだったが、あまりおいしくなかったらしい。また昼食代として1000円が選手に支給された。今のオセロ環境からは考えられない実にバブリーな時代だった。当時中学生だった私は田舎のガキのくせに帝国ホテルを闊歩しデラックスオセロを用いて試合をしたものである。

そんなわけで、このデラックスオセロは特に思い出深いものがある。現在上に述べた木製のデラックスオセロは、お金を出せば買えるらしいが、元祖デラックスオセロは、お金だけあっても買うことができないし、それにまつわる思いがなければそれほど価値のあるものでもない。よい買い物をしたと思う。さてどうやって使うか。何か使うのがもったいない。
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2006年02月04日

たまにはオセロの話

Othello!! Japan”というインターネットのサイトがある。どこかのポータルサイトに似ているのはご愛嬌。我が畏友nakaji氏により運営されている。このゴイス日記からもリンクしてある。彼はオセロプレイヤーとしての実績もさることながら、オセロ普及者として恐ろしく有能である。彼がオセロ界に天才少年としてデビューした1980年代後半以後、川越オセロ研究会の会報を彼が作成し、鋭い棋譜解説、鋭い記事、そして鋭いギャグでその才能を遺憾なく発揮していた。その後も伝説の棋譜集”ONIC”(彼は「オゥニック」と呼ばせたかったらしいが、どうみても「お肉」としか読めない。)の編集や、”Nakaji’s Othello Page”という出色のウエッブサイトの作成を行い、現在ではOthello !! Japanの管理、品川でのオセロ大会の主宰、各種棋譜集の作成など、八面六臂の活躍である。私のブログも、この”Othello !! Japan”にリンクしてもらっており、幸いなことにそこから私のブログを閲覧してくださる方も結構いらっしゃる。そういうわけで、たまにはオセロの話をしてみることにする。なおこの記事を書くにあたり、何を聞きながら書くか悩んだが、とりあえず”Fruitcake”という昔のオランダのフュージョンのバンドの作品を聞きながら書いて様子を見る。

私がオセロを始めたのは13歳のころである。高島屋デパートで5月の連休にオセロ大会をやっていて、興味があって参加したところ4位に入賞したが、優勝できなかったのが悔しかったので、「逆転の発見―オセロの定石と必勝戦術」という井上博氏(初代・三代オセロ世界チャンピオン)が書いて昭和52年に出版された本を13歳の私は入手してむさぼり読み、棋譜を並べたのである。その結果、3ヶ月もすると私の周りに私にオセロで勝てる人間は誰もいなくなり、1年の後出場した全日本大会関東ブロック大会少年少女の部で、50名は軽く超えているであろう参加者のうち、見事三位に入賞したのである。ちなみにそのときの関東ブロック大会の優勝者は数年後に世界を制することになる石井健一氏であった。

この本は、序盤の定石を数多く上げて丁寧に解説している。今でもオセロの本は数多あれど、取り上げてある定石の数および緻密な分析と説明の質の高さでは他の追随を許さない。ただ4半世紀前の分析なので、現在において用いられていない定石がある。また、中盤の手筋や終盤の読みに関しても、オセロの戦術の基本原理が具体例を用いて過不足なく体系的に解説してある。ここに書いてあるオセロの中盤・終盤戦術の基本的な考え方・発想はもちろん現在でも通用するものであり、かつこの本の記述ほど平明・的確かつ正確に中盤戦術を書いた本は現在でも存在しないと断言できる。

さらにこの本の出色なところは実戦譜解説である。その解説の対象となった棋譜の質の高さについてはいうまでもない。特筆したいのは解説の質である。当時の最高のプレーヤーが書いたものなので、一手一手の意味の分析については最高のものを読むことができる。そればかりか、対局者の微妙な心理状態、一手にのせられた対局者の祈りとか思いまでもがはしなくも描写され、読み物としても相当楽しめる。最近の棋譜集の実戦解説は、スペースの都合上止むを得ず簡略なものにならざるを得ず、解説内容の高度さ的確さと文章の面白さを双方兼ね備えた読み応えのある実戦譜はそう多くはない。そのような棋譜集も、ないことはないのだが、そのような実戦解説を掲載するオセロの戦術書(当然内容は高度かつ平易であることを要する)となると、これを探すのはらくだが針の穴を通るより難しいのである。

最後に詰オセロ30問。私はこの詰オセロでオセロの深み、戦術、面白さを学んだ。詰オセロ集でこれをしのぐものを私は不幸にして知らない。無論、現在においてはコンピュータ解析により、終盤の場面はいくらでも蒐集することができるであろう。しかし、終盤オセロの発想とか考え方とか基本原理とかを学ぶ教材としての詰オセロ集では、これほどの完成度を有するものを私は知らない。

このように、内容についてはほぼ完璧であるばかりでなく、13歳の子供である私がその内容を完璧に理解できるほど記述も平易であった。オセロが世に出てすでに30年以上を経過するが、私はこれを超えるオセロの本を知らない。知ってたら教えて欲しい。ただ、私は今のところ、この本を諸手を上げて推薦するわけにはいかない。この本はすでに市場に存在しないからである。15年くらい前に再版されたのであるが、既に市場で見ることはできない。図書館をあたってみるか、古本屋を地道に漁るか、私のようにオセロ歴四半世紀程度の古株のプレーヤーを拝み倒して譲ってもらうか、ヤフーのオークションで競り落とすかする位しか入手方法はないであろう。また、これをしのぐ内容のオセロの本が出版される可能性であるが、それも現段階では絶望的に困難であると言わざるを得ない。「逆転の発見」をしのぐ内容を書けるほどの実力をもつ、オセロの第一線で戦う油ののった超一流プレーヤーは、同時に社会人としても第一線で激務と戦う油ののった人たちであり、その執筆には時間的・労力的に困難を極めると考えられるからである。

では、「逆転の発見」がないからオセロを勉強するのは困難なのだろうか。とんでもない。現在においては、「逆転の発見」がなくても、nakaji氏がつくった”Othello !! Japan”をはじめとしたオセロ関係の情報の流通、インターネットによる対局の整備、各地においてオセロ普及に努める人の努力によるオセロ大会の頻繁な開催など、オセロに関する行動の選択肢は私がオセロを始めた四半世紀以上前に比べると格段に広がっている。こうした環境を利用してオセロ愛好家の人たちはオセロを存分に楽しんでもらいたいと思っている。

今回はもっと昔のオセロの状況とか、オセロの本を使ったオセロの学び方とかを書きたかったが、結局「逆転の発見」の紹介だけで終わってしまった。オセロというものは、私の想像以上に奥が深いものである。他のオセロの話題については他日を期したい。
posted by goiss at 13:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | オセロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月25日

携帯用オセロ

かつて私がオセロの定石とか戦術を勉強して本格的にオセロを始めた中学生の頃、携帯用オセロ盤を持ち歩いてはだれかれかまわずオセロの試合をし、相手を100%完膚なきまでに叩き潰しては「どうしてお前はそんなにオセロが強いんだ」と不思議がられたものであった。

そんなわけで、私は携帯用オセロについては結構思い出があるのだが、最近、というかここ25年くらい、携帯用オセロで適当なものが見当たらない。私が携帯用オセロに要求するものは、@携帯可能な大きさと重さ(特に、二つ折りにして小さめになるものがよい)、A取り扱いやすさ(石が小さすぎて返しにくかったり、石を収納しにくかったりすることがないこと)及びB安定性(電車などの乗り物で揺れたばあいでも、石がどっかに落ちたり飛んでいったりしないこと)及びC頑丈さ(折りたたんだときちょうつがいが取れたりしない。丈夫で長持ち)の四つの要素である。しかし、以下に述べるとおり、これらを満たした携帯用オセロ盤は、現在、というかここ25年位一台も発売されていないと断言できる。

かつて販売され、かつ現在も販売されている携帯用オセロは、大きく重過ぎるもの(例えば、マグネットオセロ)、折りたためないもの、石が直径1センチくらいしかなく小さすぎて返しにくいもの、マグネットがついていないので、乗り物が揺れたりすると石が散らばるもの、石を収納するちゃんとした容器がなくてビニール袋に石を入れるため、対局中の石の収納及び保持に不便なものなど、どれも一長一短で使い物にならないものばかりである。携帯用オセロとして、日本点字図書館から発売されていた盲人用オセロを使う人もいるが、携帯用としてはやや大きくて重い。

実は、上記四要素を全て満たす携帯用オセロ盤が、かつてツクダオリジナル(当時)から発売されていたことがある。1978年ころ、”Travel Othello”という名前で販売されていた。大きさは約20センチ位で、二つ折りにすることが出来る(折りたたみ時の厚さは3センチ〜3.5センチ位だったと思う。)。プラスティック製で軽いしちょうつがいの部分も金属で丈夫。石の直径は2センチ弱、厚さは5ミリ前後だったか(このあたりの数字は適当であり、正確な数値ではない。)。無論マグネット付である。半円形のスライド式オセロ収納があって、そこに石を収納することができる。大きさと重さが携帯にふさわしく、石の収納や返しやすさにも問題はなく、かつマグネット付であり安定性も備えている。ほぼ完璧な携帯用オセロ盤であった。実物はこちらでみることができる。残念ながら、これは現在販売されておらず、上記のように帯に短くたすきに長しみたいな商品ばかりである。このTravel Othelloを是非発売してほしいものである。

私はオセロを始めた頃これを持ち歩いて誰かれかまわずオセロの試合をし、「オセロなんて所詮子供の遊びじゃねぇか」と思っている方々を相手にして大人気なくもこっぱみじんにし、「お前いったい何者??」といぶかる相手に「ふっ、ただの人間」とうそぶいていたものである。
posted by goiss at 15:44| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | オセロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月23日

オセロ大会

1月22日に久々にオセロ大会に出る。大江戸オープンというオセロ大会である。元世界チャンピオンとかも出場していて、結構レベルの高い大会である。東京はオセロの盛んな地域で、こちらをみると一月数回オセロ大会が行われていることがわかる。

子供の遊びと思われているオセロも、実はちゃんと定石とか戦略とかある頭脳ゲームであり、国内では全日本大会とか名人戦が、また世界レベルでは世界大会が行われている。私もこのような競技オセロのプレイヤーの端くれであり、13歳のころからやっているからもう4半世紀以上プレイヤーをしている。ただし大学受験とか司法試験の勉強とかで合計10年くらい中断していたこともある。かつて全日本大会で3位に入賞したこともあるので、そんなに弱いプレイヤーではないと自負している。ちなみにオセロにも段級位があって、私は5段を持っている。

ちなみに私は数年前までは完全なインドア派で、趣味はオセロとジャズと囲碁であったが、最近は自転車に乗るようになったので、趣味的にはインドアとアウトドアのバランスが取れている。

私は常日頃「オセロなんか嫌いだよ」と喝破していて、アンチオセロ大王という異名を持っている。まぁ半分ギャグみたいなもんであるが、数年前までは本当にオセロが嫌いであった。コンピューターによるオセロ研究が台頭し、「所詮オセロなんてコンピューター研究の暗記だよな」と考えていたからである。また、数年前、オセロ界で色々とひと悶着があって、純粋にオセロを楽しめる環境ではないと考えていたからである。今ではオセロ界は非常によい雰囲気であり、かつどうも人間同士で打つオセロは暗記一辺倒ではないことがわかったので、また競技オセロをやってみようかと思った次第である。

大江戸オープンの会場に行ってみると、オセロの大好きな人たちが20人以上集まっている。自転車もそうなのだが、職業とか境遇とか性別とかそういったファクターを超えてひとつの趣味のもと大勢の人が集まって楽しむというのは何とすばらしいことだろうと思う。私は「オセロなんか嫌いだよ」と常日頃うそぶいているのだが、オセロを好きな人のことは大好きである。

今回は6ラウンドやって4勝2敗の5位。(結果は別として)全ての試合において相手と互角に戦うことができて久々の大会出場としてはまぁ満足だったと思う。ただ、時々勝負どころで見落としやポカをやってしまうことがあり、これは実戦勘の鈍りに起因するものだろうと思う。今後少しマメに大会に出て実戦勘を復活させねばなるまい。

色々面白い局面もあって紹介したかったのだが、棋譜を忘れているので、また今後大会に出て面白い棋譜があるようなら紹介したいと思う。
posted by goiss at 21:26| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | オセロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする