2016年09月06日

困った三菱東京UFJ銀行深川支店

住宅ローンの抵当権抹消に関する書類を渡すというので三菱東京UFJ銀行深川支店にもらいにいく。すると、窓口の人が受領書を出してこれにまずハンコを押してくれと言う。ワタシは書類をもらってもいないのに受領書にハンコを押せませんという。

そこで次に、係員が書類についての説明を全くせずに書類をポイポイと渡して受領書を書けという。そこでワタシが、書類のブランクの部分に「いったいのこのブランクの部分に何を書くのか」とか「この書類の説明をしてくれ」というと、いきなり「確認してまいりますのでお待ちください」と言われて15分待たされたあげく、上司の課長というのが出てきて説明をするが、やはりその説明が要領を得ないので釈明を求めると「司法書士に確認しますのでお待ちください」と、今度は15分待たされてようやくしどろもどろでその課長から説明を受けた。

お客さんに対して書類を渡していないのに受領書にハンコを推せというのも乱暴な話だが、さらに渡す書類内容や、その書類を渡す理由、およびその記載方法について何らの説明もせずポイポイと渡し、説明を求めるとその場で説明ができない。
お客さんに渡す書類について説明もできないままお客さんに今まで書類を渡していたのか。仕事においてお客さんにちゃんと説明をすることという、一番根本的なところが抜けたまま仕事をしていたことになる。

日本の銀行がこれだもの、他の産業は推して知るべし。中国あたりに国力が追い越されるわけだわ。昔の日本はもっと偉かったぞ。お客さんを第一に考え、真剣に脳を使って仕事をしよう。パワポつくって仕事したつもりになるんじゃねえ。
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2015年12月21日

法師温泉

さて2015年12月20日久々に法師温泉に行ってみる。法師温泉は群馬県北部、三国峠の手前に位置する温泉。草津とか伊香保みたいな大規模な温泉街ではなく、長寿館という一軒宿の温泉であり、かつかなり奥まった場所にあるので全国的な知名度は低い。
しかし、ここは浴槽の直下に源泉があって、浴槽の足元の玉砂利を通して直下の源泉から直接フツフツと浴槽にお湯が湧き出してくる珍しい温泉。そのため事実上浴槽=源泉であり、鮮度の高い温泉が楽しめる。
また、この温泉の創業は明治初期であり、古い木造建築でありながらアンティークな装飾が施されていて洒落乙である。

この温泉は古くは与謝野晶子の来訪があったが、その知名度を一気に高めたのが、1982年頃の国鉄(現JR)のフルムーンキャンペーン。高峰三枝子と上原謙が混浴しているポスターでこの温泉が使われた。
その後も忌野清志郎が、フジロックに出演する前に、渋川からこの法師温泉にサイクリングで来て法師温泉に一泊し、そしてフジロックに向かったものである。その時あるじが清志郎にサインを求めたところ、「プライベートで来ているので…」と断ったらしい。
最近ではテルマエロマエのロケで使われている。

こうした温泉なので、「知る人ぞ知る」温泉として実は人気が高い。ワタシの大好きな温泉の一つである。

そういうわけで、法師温泉行きたい法師温泉行きたいと思っていたが、なかなか人気が高くいつもすぐには予約が取れない。そうこうしているうちにもう4年くらい法師温泉に行ってなかったので、意を決して久々に行ってみる。

12時34分東京発の新幹線に乗って上毛高原駅で降りる。上越新幹線に乗るのは久々で、チキン弁当を買って車内で食べながら上毛高原駅まで過ごした。新幹線のため乗車時間は少ないが、久々に電車の旅で楽しい。
上毛高原駅から14時発の猿ヶ京行きのバスに乗って35分ほどで猿ヶ京に到着し、その後15時発のみなかみ町営バスに乗って15分ほどで法師温泉に到着する。

法師温泉長寿館は創業140年の一軒宿。木造でひなびた趣があるが敷地は広々としていくつかの棟の建物が広がっている。規模は決して小さくない温泉旅館である。久々に訪れた法師温泉は相変わらず穏やかで凛とした老舗のたたずまいで暖かく我々を迎えてくれた。今回は築140年の本館に通される。140年の風雪を耐えぬいて未だ健在の本館に宿泊できて結構うれしい。

部屋に通されてからすぐにまずは「法師の湯」に入る。ここは明治28年に建造され、なかなかアンティークな装飾が施してあって美しい。そして浴槽の玉砂利の下の岩盤から源泉がフツフツと湧き上がってきて、相変わらずまろやかで最高な泉質の温泉であった。15時ころ到着して18時までの夕食の間2回くらい入ってしまった。

入浴の合間に囲炉裏でお茶をいただく。法師温泉は昔ながらの木造づくりの温泉旅館で、囲炉裏のある和室があって、そこに鉄瓶がぶら下がっており、お湯が沸いている。囲炉裏の部屋でそのお湯でお茶を入れて飲むことができる。実にのんびりできる。

18時ころから夕食である。この日はすき焼きコースで、すき焼きの他川の幸海の幸山の幸などのごちそうが続々と出てきてかなり満足できる。かつては部屋食をやっていたが、最近は大広間を改装したお食事処で食事をとるようになっているようである。お客さんが多いとなかなか部屋食も大変だろう。しかもここは団体客がどんちゃん騒ぎをするという宿ではなく、良質の温泉を静かに楽しむ少人数の人たちが来る宿のようなので、宴会用の大広間を用意することもなく食事処に改装したのだろう。

ごちそうを食べて一休みしたあと家内が下町ロケットの最終回を見るというので、ドラマに関心のない私は早速風呂に入りに行く。法師の湯を堪能した後は、玉城の湯と言う露天風呂に入る。法師温泉の場合、法師の湯だけでもう大満足なのだが、露天風呂もまた趣があっていいので入っていく。
法師温泉の場合、12月頃だと通常相当の積雪量があって、雪を見ながらの露天風呂は趣があるのだが、今年は珍しく積雪が少ないためほとんど雪はなく、雪景色の趣はないのは残念ではあるが、それはそれ、良質の法師温泉を露天風呂で堪能できて、それはそれでよかった。

玉城の湯から出た後部屋に戻ると、ちょうど下町ロケットのエンディングの場面。ドラマの最初とエンディングだけ見て終わり。その後一休みして、もう一回法師の湯に入る。どうにもこうにも眠くなったので寝る。

翌朝起床したのが午前7時20分ころ。朝食まであと40分あったので、再び法師の湯に入る。ここのお湯は良質なだけではなく、温度が熱すぎずぬるすぎずちょうどいい感じなので、いくらでも入っていられて気持ちいい。午前8時からの朝食をすますと、午前9時くらいからまた法師の湯に入る。法師の湯は実は混浴であるため、この時は家内と一緒に入る。

午前9時半ころ部屋を出てチェックアウトする。午前10時10分の法師発猿ヶ京行きのバスの出発まで30分くらいあったので、囲炉裏の部屋でお茶を飲んでくつろぐ。

午前10時10分猿ヶ京行きのバスに乗って15分ほどで猿ヶ京に着く。20分ほど待って猿ヶ京行きのバスに乗り、30分ほどで新幹線の上毛高原駅に到着。また30分ほど待って11時45分発東京行きの新幹線に乗って東京駅に着き、帰宅したのが大体13時ころ。待ち時間が多いためか往復に意外と時間はかかるが、久々に法師温泉に行って豊かな時間を過ごした。次はいつ法師温泉に行こうか。

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2011年10月22日

健康診断

 さて10月20日健康診断である。2006年から今までの間結構激烈に執務先を変えてきた。そして執務先を変えるたびに入社前健康診断というものを受けてきた。しかし、入社前健康診断ではなく、定期健康診断となると、実に15年ぶりくらいだと思う(1996年に受けたきりじゃなかったか)。

 いわゆる入社時健康診断では、胃部レントゲンはなかったが、今回のものは胃部レントゲンがある。胃部レントゲンは、例のバリウムを飲んでぐるぐるまわしのレントゲン撮影を受けるアレである。ワタシは15年前にそれをやって、それ以来バリウムとぐるぐるまわしのカメラが大嫌いになった。これはできれば避けたいと思っていた。そしてパソコン上で拒否ることもできたのだが、うっかり拒否るのを忘れていて、気が付いた時にはもうそれを受ける選択肢しか残っていなかった。15年に一度くらいバリウムを飲んでみるのも悪くないかと思う。

 そういうわけで、この日9時半に指定されたクリニックに赴いて健康診断の受付をする。このクリニックには健康診断とか人間ドックを受ける人が結構いて混んでいた。このクリニックは多くの企業の産業医をやっているためそうなるのだろう。クリニックはとてもきれいで病院らしさをまるで感じない。

 受付を済ませて問診票等を提出すると、係の人がその日の健康診断のメニューを説明してくれる。血圧測定、採血、心電図、腹部エコー、身長体重視力聴力測定、胸部胃部レントゲン、肺機能検査、眼底眼圧検査がその日のメニューである。大体3時間の予定だとのことである。

 待合室に案内された後まずはいきなり採血である。ワタシは採血が大嫌いである。もともとワタシは注射が大嫌いである。子供のころ医者のカルテに「注射嫌い」と書かれたことがある。また、ワタシは20年近く前に尿管結石になったことがあった。その尿管結石は吐くほどの激痛が走るのだが、それでも痛み止めの注射を断って飲み薬の痛みどめを頼んだくらい注射がいやである。しかも、採血された後決まってワタシは気分が悪くなる。献血なんかやったら死んでしまうであろう。そういうわけで、採血にあたっては、「嫌いな注射」+「気分が悪くなる」という二重苦に見舞われる。

 ところが!! その採血を一番最初にさせられる。以前の健康診断では、採血はイヤだから一番最後にしてくれとお願いしたことがあったほどイヤな採血が一番最初である。この健康診断は最初からいきなり山場を迎えた。

 厳密にいうと採血の前に血圧測定がある。ワタシは低血圧気味なので採血前であろうがプレッシャーがかかって血圧測定で不健康な数字がでるというわけではない。しかしその後に控えている採血を考えると憂鬱である。最近は注射針が細くなってもう昔みたいに注射は痛くないというのはわかっているのだが、それでもやはり腕に注射針を突き立てられるのはイヤである。

 で、血圧測定が終わって採血である。先のトンガッた注射針を見ると卒倒しそうになっていやなので、注射を準備しているところや、注射される部分から目を背ける。そして針が刺される!! 昨年の健康診断のときは針が刺されるときほとんど痛みを感じなかったが、今年はちょっと痛かった。そこで「イテッ!!」と叫ぶと看護士さん申し訳なさそうに「ごめんなさい」と言っていた。

 しかし採血はこれからが本番である。針を刺されるときの痛みもさることながら、いつまで針を刺されっぱなしで血を採られ続けるのかわからないまま血を採られるづける不安こそが、採血の醍醐味、いや最大の苦痛である。次々と採血の容器を替えて血が採られ続ける。いったいどこまで血を採られるのか不安で目の前がちかちかしてくるのを必死にこらえる。血を採られている瞬間が永遠に思える。
 看護士さんが「もうすぐ終わりますね〜」といった時にはほっとしたが、そう言ったときから本当に採血針が体から離れるまでの間が最後の正念場といった感じで、精神力を振り絞る、といった趣。

 こう書いてみると、たいていの人は「採血ごとき」と思うだろうが、採血を心底嫌な人間にとっては、まさにこの程度の記述でも精神状態の描写としてはなまぬるいか、と思うわけである。こういう、たいていの人にとっては何ということもないことであっても実はとても嫌なことがある、ということを、きちんと理解している人間こそが、実は真に人間生活への共感を理解できるのではないかと勝手に考えている。

 序盤からいきなり健康診断の山場を乗り越え、これで相当な程度の精神力を使って消耗する。採血後例によって気分が悪くなる。15年ほど前の健康診断では採血後目の前に星がちらちらしてしばらくしゃがんだまま動けなくなった。今回はそれはなかったが、それでも気分が悪くなってしばらく椅子に座ったまま動けなくなる。そのまま体力が回復するのを待つ。5分くらいしてようやく動けるようになった。健康診断だというのに実に健康に悪い。

 しかしここから先バリウム胃検診までの間は、心電図や腹部エコー、身長体重視力聴力測定と、比較的楽なメニューのようである。心電図と腹部エコーは別のフロアで行われた。心電図では脇腹のあたりに器具が装着されるためヒヤッとしてくすぐったい。「ウヒャヒャヒャ」と笑いたくなるのをこらえる。腹部エコーでもヌルヌルの液体をおなかに塗られてエコーをあてられるので同様である。心電図と腹部エコーの間、結構待たされる。

 心電図と腹部エコーが終わって、次に胸部レントゲンである。これはまぁ特になんということはない。子供のころからやっている普通の胸部レントゲンである。身長体重視力聴力も特筆すべきことはない。メガネ使用で視力は1.5だった。しかし最近近くのものが見えなくなって本当に困っている。ひとつの検査と検査との間で、大体20分くらい待たされる。その間結構ヒマなので、備え付けの雑誌を読む。こんなことなら何か文庫本でも持ってくるんだったな。
 聴力測定が終わってから、胃部レントゲンのため、レントゲン室の前の椅子で待つように指示される。そして待つこと10数分、名前を呼ばれてレントゲン室に入る。いよいよ健康診断第二の山場である。

 まずは胃を膨らませるための炭酸の粉を、コーヒーにつかうミルク一杯分位の量で流し込む。しかし、もともとバリウムはドロドロしていて炭酸の粉を流し込むような用途向けではない。でも仕方がないので言われた通りバリウムで炭酸の粉を流し込む。あんまりうまくいかない。
 次にレントゲンの台に立ち、バリウムをごくごく飲むように言われる。バリウムが食道を流れる様をレントゲンで撮影するわけである。ところがこのバリウムドロドロしているので、ごくごく飲むというわけにはいかない。しかもまずい。さらにバリウムが食道の壁にペタリと張り付くような感じでとても不快。
 「ゴクゴク飲んでくださ〜い」とのアナウンスがあるが、「他人事だと思って好き勝手言いやがって」と思い、これ以上ないというくらい不快な表情をしてチンタラと飲んでやる。「あと二口ぐらいゴクゴクお願いしま〜す」というが、そもそも「ゴクゴク」が無理なのでちょびっとだけすごくイヤ〜な顔をして飲んでやる。

 そのあと、炭酸で膨れた腹を抱え、げっぷをしたいのを我慢しながらレントゲンの台にしがみついて台が斜めに傾いたり起き上がったりするのに耐える。その間横を向けと言われたり仰向けになれと言われたりしてとても面倒。採血みたいに痛くはないが、斜めになったり起き上がったりしてありえない姿勢ばかり取らされてとてもいや。
 そんな感じで10分くらい斜めになったり寝転がったりして最後立ち上がり、カメラを腹にギュギュ〜っと押し付けられて撮影され、その勢いで激しいげっぷが出て終わり。15年ぶりに胃部レントゲンをやったので、もうあと15年くらいは胃部レントゲンをしなくてもいいだろう。

 その後肺機能検査と眼底・眼圧検査である。かつて子供のころ保健と人体の図鑑でみた眼底検査は、何か眼球に変な機械を直接押し付けられるように見える野蛮そうな検査だったが、今はそういうことはなく、何かの装置を覗き込むだけで終わりである。技術の進歩は素晴らしい。後は針を刺さなくてもできる採血方法とバリウムを飲まなくてもいい胃部レントゲンを開発するだけだと思う。人間の力でできないことはない。

 そういうわけで、ようやく3時間に及ぶ健康診断は終わった。健康診断後昼食が出るというのでクリニック最上階のレストランに行くと、高級そうな弁当が用意されていてそれを食べる。朝から何も食べていなかったので昼食の用意はとてもありがたかった。やれやれとほっと一息。来年は胃部レントゲンは検査項目から外してもらおう。

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2011年02月12日

mixiを始める

 ワタシの業界の大先輩からmixiに招待されたのを機会にmixiというものを始めてみる。mixiはいわゆるSNSの一つで、日本では最大の会員数を持っているらしい。

 mixiの入会手続きは比較的簡単で、ウエブ上の手続きと、携帯電話での手続きを済ますとそれでmixiの会員になれた。ただし、ワタシは日頃携帯電話でのメールを使用しないので、i-modeでmixiからのメールを受信できるように設定するのにちょいと手間取った。

 mixiに入ってみると、マイミクシィに入れた友人からのつぶやきや日記の更新情報が来たり、ミクシィの会員からのメッセージが来たりとなかなか面白い。

「そういえば、ワタシの中学校とか高校の卒業生でmixiやっている人もいるんだろうなぁ、ひょっとしたらワタシの同級生もいるかもね」と思って、「mixi同級生」を見、そのうえでワタシが卒業した中学校や高校を登録してみる。すると、意外とワタシの同級生、しかも知っている人が結構登録しているので新鮮な驚きを感じた。

 さらにワタシの中学・高校の同級生で、小学校でも同じクラスだった人がmixiに登録しており、その人は、そのクラスの担任の先生が亡くなったことについての記事を日記に書いていた。その亡くなった先生は、およそ義務教育+高校3年間に出会った教師と呼ばれるワタシが接した人の中で唯一といっていいくらい「先生」とあがめたてまつることができる、いい先生であった。
 ワタシは早速その記事に長いコメントを書いたところ、早速その人からメッセージが来て、マイミク登録もさせてもらった。

 そんなこんなで、中学や高校の同級生とmixiを通じて数十年ぶりに連絡をとることができて、結構面白い。中学や高校のときはこうした形で人と人がつながることができるようになるなんて全く想像ができなかった。インターネットの発達により思いもよらないことができるものである。

 またゼミの学生とコンパしてワタシがmixiをやっていることを話し、マイミクOKというと、マイミクを希望してくる学生がいて面白い。ワタシが授業で教えた学生のようすがmixiでわかると面白い。あと10年経ってワタシの教えた学生が一体どうなっているか楽しみである。

 マイミクの登録をすると、登録をした人の日記、つぶやき等が毎日寄せられて、その人たちの近況がわかってとても面白い。そこにコメントしたりするのもまた面白い。

 また、mixiの中に色々なコミュニティがあってそれも面白い。ブルベとか、ビル・エヴァンスとか、オセロとか、ワタシの趣味・関心領域をカヴァーするコミュニティがある。そちらに顔を出すと、ソチラはソチラでの人とのつながりができて面白い。

 それにしても、インターネットができると、色々なネタを商売にしてそれであっという間に社会的影響力を与えることができることが多くなった。また、これからいったいどういう人と人とのつながり方ができるのだろうか。なかなか楽しみである。
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2010年08月21日

2010年沖縄旅行(その2)

【一日目続き】

さて那覇空港に午後4時過ぎに到着した後タクシーで宿泊先であるロワジールホテルに行く。このホテルは結構値が張るのだが、居心地はそれ相応によく、しかも温泉があるので沖縄での常宿としている。

 ホテルについて一休みしてから温泉につかり、その後家内と国際通りへと繰り出す。主目的は牧志第一公設市場での食事である。ここでは1階の魚屋で新鮮な魚を買い、2階の食堂で調理してもらって食べる。それが沖縄での楽しみの一つである。

 そういうわけで、今回も仲田水産という魚屋で刺身と夜光貝を買った。ところがどうもこの日店員おばちゃんの愛想が妙に悪い。しかも、2階に案内されると思っていたところ、仲田水産のおばちゃん、脱兎のごとく市場を飛び出して市場の外の、最近できたと思しき居酒屋に案内する。「2階じゃないんですか」と聞くと、「最近うちはここに案内してるんです」という。

 案内された居酒屋にはあまり客がいなくて落ち着いた感じである。市場の2階の食堂はおいしいが客が多くてワサワサした感じなので、こういう客がいなくて静かな雰囲気も悪くないかもしれない。

 刺身と夜光貝はすでに頼んだので、あとオリオンビール、ソーキそばとグルクンのから揚げを注文する。ところが居酒屋の店員、グルクンを知らない。その店員、厨房に確認すると、一応あるというので注文する。それにしても、たいていの沖縄の居酒屋にあるグルクンをこの居酒屋はメニューに載せていないのだから、不思議である。どう解釈したらいいのか。

 刺身と夜光貝の味は立派で、グルクンとソーキそばもおいしかった。2階のワサワサしたところではなく、客がいなくてせいせいした雰囲気の中で食事をしたいときは仲田水産で魚を買うことにしよう。

 いつもはこの後ジャズ人間国宝の一人である与世山澄子さんの経営する「インターリュード」に行って与世山さんの歌を聴いてくるのだが、この日食事を終えたのが午後8時。で、インターリュードのショータイムが午後10時からなので、若干時間が中途半端である。そこでいったんホテルに戻る。ホテルに戻ると眠くなったのでそのまま寝てしまう。
 その後、インターリュードでの与世山さんのショーは水金土しかやっていないことを知り、ホテルに戻ってそのまま寝てしまったのを後悔する。

【二日目】

 この日はナガンヌ島という小さな無人島へ海水浴に行く。那覇の泊港からナガンヌ島へのツアー便が一日3便(往復)出ていて、船で20分くらいで行ける。今年は往路午前9時半泊港発ナガンヌ島行き、復路午後3時ナガンヌ島発泊港行きの船を使う。

 今年は若干波があって例年よりも船が揺れる感じ。私は船で揺れるのはあまり好きではないのだが、私が「おおぅ」と心の中でどよめくくらいの大きい揺れだと、他の人も「おおぅ」とどよめくので、私の船揺れ耐性は他の人より弱いというわけでもなさそう。

 午前10時前位に船がナガンヌ島に到着し、パラソルとデッキチェアを借りて(2500円くらい)あとは日がな海水浴である。昨年ここに来た時は、かなり早い時間に干潮となり、海水浴ができる限界を示すブイのところまで歩いていけるような感じだった。そのため、シュノーケルを借りて海水浴していた人はほとんどそれを使う暇もなかった。しかし今年はさほど干上がることもなく普通に海水浴できる。

 昨年日焼け止めを着けずに海水浴をしたためその後背中がヒリヒリしてひどい目にあった。そこで今年はせめて背中には日焼け止めを塗っておくことにする。すると、塗った個所は全くヒリヒリしなかった。日焼け止めというものはそういう効果があるのかと感嘆しきり。

 私は泳ぎは得意でないので、浮き輪をつけてブラブラと海の上に浮いて遊んだり、パラソルの下でデッキチェアに寝転がったりしてノビノビする。そんな感じでノビノビと遊んだり食事をしたりしているうちにあっという間に時間が過ぎる。青い海と空、そして白い砂浜。降り注ぐ陽光と暑い夏。これを楽しむために沖縄に来たんだなぁと思う。

 海水浴を終えて船に乗ってナガンヌ島から泊港に戻り、ホテルに着いたあと温泉に入る。やはり宿泊先にはちゃんとした大きい風呂があるといいなぁと思う。午後4時半頃なのでさほど入浴客は多くない。

 風呂から出て一休みしてから国際通りにあるサムズステーキレストランに行く。ホテルから歩いて3分くらいのところにバス停があって、そこからバスに乗って行く。通常20分おきくらいにしかバスが来ないのであるが、このときはどういうわけかバス停に着いてから5分くらいの待ち時間でバスが来た。結局今回の旅行の間、バス停とは相性がよく、バス停に着くたびに5分程度しか待たされずにバスに乗ることができた。

 毎年ここでステーキを食べることにしている。ここでは目の前でコックの人がステーキを焼いてくれる。コショウの入った缶をジャグリングするパフォーマンスを見せてくれてなかなか楽しい。若いイケメン風のコックの人だが、「いやぁ、自分はもてないっすよ」とはにかむなかなか純朴な青少年である。相変わらず味は立派である。ノンアルコールのカクテルを頼むと、その入れ物がシーサーの形をしていて、帰りにその入れ物をお土産でもらえた。なかなか面白い顔をしているので、玄関にでも飾っておくかと思う。

 さて前日うっかりホテルに戻ってジャズを聴き逃しているので、この日はジャズを聴いて帰ろうと思う。この日の目的は「live in 寓話」というライブハウスである。ステーキを食べ終わったのが午後8時過ぎ位であり、ブラブラとあちらこちら見ながら歩いて午後9時頃寓話に到着する。ショータイムが午後9時半なのでちょうどいい感じ。寓話でのライブの様子はこちら

 そういうわけでジャズのライブを堪能してホテルに戻る。寓話からホテルまでは歩いて10分程度なのでそれほど遠くなくてよかった。

(つづく)

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2010年08月18日

2010年沖縄旅行

【沖縄旅行】

 8月14日から17日にかけて沖縄に旅行に行く。沖縄に旅行に行き始めたのは2004年ころからだったかと思う。2007年に子供の中学受験があってどこにも旅行に出かけなかった年を除いて毎年沖縄に出かけている。2004年から2006年までは子供も一緒に旅行に来ていたのだが、2008年に子供が中学に入り、そのころから子供が親と一緒に旅行に出かけたがらなくなったので、2008年からは家内と一緒の旅行である。

 今年も沖縄旅行である。もともと昔から1年に1度グアム島に行って遊ぶことにしていたのだが、グアムで気に入っていた藤田タモンホテルが台風のため壊滅的な打撃を受けて閉鎖したため、グアムに行く気がなくなった。沖縄であれば海はきれいだし日本語は通じるし食事はおいしいし、観光上の見どころもあるしということなので、すっかり沖縄に行く気になり、2004年ころから沖縄に行くようになったのである。

 沖縄の場合、鉄道がないので、行動の足は自動車になる。しかし、私も家内も自動車を運転しないので、行動範囲は限定される。従って、レンタカーを使って北部や中部を含む区域の海や山を散策するということはしない。また、私も家内もスキューバダイビングには関心がないので、ダイビングスポットに出かけることもしない。近場の無人島に日帰り海水浴ツアーに行ったり、バスツアーで海洋博公園に行ったり、南部の観光名所を回ったりという感じである。後は那覇市内観光である。

 そうなると、数年も回っているともう同じようなところを何回も回っていて飽きるはずである。実際ここ2,3年はそろそろ飽きてきて来年は北海道に行こうかという話をしているのだが、やはり沖縄に来てしまう。ここには何となく私をひきつける磁場のようなものがあるのかもしれない。今年も沖縄に行くことにした。

 例年8月の第1週位に沖縄旅行をしていたのだが、今年6月に私は現在の執務先に移ったため、有給休暇が9月にならないと出ない。幸いいわゆるお盆休みが8月16日〜18日であるため、8月14日〜17日を旅行日とする。

【1日目】

 8月14日午後2時頃羽田発那覇空港行の飛行機に乗るため午後12時50分頃には羽田にいなければならないらしい。羽田には箱崎TCATからリムジンバスで行くつもりだったが、ちょうどいいリムジンバスが午後12時ちょうどのものなので、それに間に合うように箱崎に行く。羽田でも成田でも空港に行くにはリムジンバスが一番楽だと思う。鉄道で行くと乗り換えとか駅から空港に向かう手間が面倒。

 今回の飛行機はスカイマークである。12時40分くらいに羽田について搭乗手続きを済ませ、空弁を買ってからすぐに搭乗口に行く。私は牛ごぼう弁当というのを買う。最近は空弁の種類も増えて楽しいものだ。

 午後1時40分ころから搭乗開始である。那覇空港行きの飛行機は満席である。この飛行機の座席は、一本の通路を隔てて二つの島になっている。ジャンボジェットのように二本の通路があって座席が三つの島になっているというようにはなっていない。国内線はこのくらいの大きさの飛行機で十分である。

 飛行機は予定を少し遅れての出発である。およそ2時間の空の旅。i-podで音楽を聴いて過ごす。それにしてもi-podができて本当に便利になった。これがあるために、旅行の旅に十数枚もCDを持って出かけなくても済むようになった。
 気分のままに聴いたアーティストは、exile、yellow magic orchestra、chemical brothers、earl klugh、george benson、屋敷豪太、fredie jackson、madonna、paris match、underworldといったあたり。全く何の関連性、必然性もなく、ただただ気分のままに聴いただけである。

 そういうわけで、ブラブラと心に映りゆく音楽をそこはかとなく聴いているうち、あやしうこそものぐるおしくなることもなく2時間程度で無事に那覇空港に到着する。

(つづく)

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2010年05月14日

5月14日のぶらぶら

 さて6月からの執務先への自転車通勤のための自転車保管場所として表参道近辺のトランクルームを借りることにし、前日その会社に行って現地を見たい旨を申し向けたところ、翌日、つまり5月14日午後2時に現地をその会社の人が案内してくれるとのことなので、この日現地に赴く。

 その場所は地下鉄表参道駅の出口からかなり近い。6月からの執務先へもさほど時間がかからず行けそうな感じ。自転車通勤の基地としては悪くない場所である。

 地下1階にそのトランクルームはある。エレベーターで地下1階に下り、そこから階段をちょっと上がったところに目的のスペースがある。階段を上がるといってもせいぜい10段くらいなのでまぁ大したことはない。
 面積は1.02mで、間口900mm、奥行1,140mm、高さ2,000mm。自転車をたてておけば広さとしては十分。
 ここで着替えを置いておき、着る物や靴をここで替えることができる。そのため従来のように着替えや靴を持って自転車走行しなくても済む。また、ヘルメットやビンディングシューズもここに置いておける。何とも便利なものである。私はこのトランクルームを気に入ったのでここを借りることに決めた。

 ここに自転車を置く旨を述べたところ、係の人が「最近自転車通勤で使う人も結構いらっしゃいます。大体3人くらいいます」とのことであった。トランクルームを自転車通勤の基地とするあり方は、今では決して珍しくないようだ。

 そういうわけで、すでに用意していた契約申し込みに必要な申し込み書と運転免許証のコピーを係の人に渡してこのトランクルームの申し込みをする。係の人は、後ほど会社の他の人から契約につき連絡がくると申し向けた。それで係の人と別れた。

 念のためトランクルームのあるところから6月からの執務先へ歩いてみる。極めてリーズナブルな時間で到着することができた。

 その後、おなかがすいたので、表参道のサブウェイでローストビーフサンドを食べる。店で食べようと地下の座席に行くと結構混んでいた。やっと一つ座席が空いていたのを見つけてそこで食べる。隣の女が化粧を直しているのが何かうっとおしい。

 用を済ませてからさぁどこへ行こうかと考える。そういえばBarney McAllのユニットであるTrio Thisの作品が最近再入荷したなぁとハッと思い立ち、都合のよいことに表参道には千代田線が通っているので、千代田線に乗ってディスクユニオンお茶の水ジャズ館に行くかと思う。

 そういうわけで千代田線に乗って新お茶の水に行き、そこからディスクユニオンお茶の水ジャズ館に行って目的のCDを買う。ディスクユニオンお茶の水ジャズ館でCDを見ていたときにトランクルームの会社の人から携帯電話に電話がかかってきて、店内でトランクルームの契約の話をする。
 店内ではジャズが大音響でかかっており、当然それは電話口から相手に聴こえる。トランクルームの会社の人も、まさか仕事中に大音響でジャズを聴かされるとは思わず、ちょっと面食らったことであろう。

 目的のCDを買うと、サブウェイでローストビーフサンドを食べたにもかかわらず妙におなかがすく。そこでカリー専門店「エチオピア」へと行く。
 エチオピアに行ってみると、平日の午後4時過ぎという時間のせいか、客が誰もいない。土曜祝日の昼時だと客で満杯となって来る客を断らなければならないほどのエチオピアが、この日このときには閑古鳥が鳴いている。これは珍しいと思って当然ここで野菜カリーを食べる。その間客は来るにしても二人くらい。お茶の水エチオピアでこれほどのんびりとカリーを食べたのは初めて。
 ちなみに、カリーを待っている間藤原新也「印度放浪」を読む。だが、店が客で満杯の時は20分くらい待たされるカリーも、この日店の客は私一人だけだったので、5分程度待つだけで来る。
 野菜カリーを食べていると、Charles Mingus "直立猿人"が流れている。そこで意を決して、「ここのBGMはどなたの選曲ですか」と店員さんに聞いてみると、「店長の趣味です」と答えてくれる。う〜む随分古いジャズが趣味の人だなぁと思い、「店長はご年配の方ですか」と聞くと、「いえ、30代です」と答える。なるほどぅ30代でこの趣味か〜、随分老成しているなぁと思った。
 しかし、考えてみると、私がこれを聴いていたのは20歳ソコソコくらい。30代くらいの人でこのアルバムをこのんでも全く不思議はない、というよりも、良い音楽は聴く年齢層を選ばないものだ。

 野菜カリーを食べ終わって店を出る。エチオピアのBGMに触発され、久々に"直立猿人"を聴きたくなったので、家路を急ぐ。

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2010年05月13日

5月13日のぶらぶら

 この日昼頃パソコンを見ていると、6月からの執務先より、自転車通勤を許可する旨の連絡がメールで来る。
 6月からの執務先とは自転車通勤に関して先月末ころからやりとりしていた。最初自転車通勤に関しては否定的な見解であった。6月からの執務先のビルには駐輪場はあるのだが、この執務先は夜遅くまで働く人が多く、その人たちに一斉に自転車通勤を認めると、ビルの駐輪場のスペースでは間に合わず、周囲の路上駐輪を誘発し、近隣の迷惑になるというのが主たる理由である。
 これに対しては、確かにビルに直接自転車で来ることを認めるとそのような事態が生じるので望ましくないことは理解できる。そこで私は近くのトランクルームを借りて、そこに駐輪をする旨を述べた。また、私が属する業界の機関紙に私の自転車通勤のプラクティスに関するエッセイを私はかつて書いていたので、それを執務先に送って私の自転車通勤のプラクティスを説明した。
 
 そうしたことが功を奏したとみえたか、執務先が自転車通勤を許可してくれたのである。これで、午前10時始業、エヴリディカジュアル、そして自転車通勤、という3種の神器がそろった。この3種の神器をそろえて執務に臨むのは、実に2006年5月以来4年ぶりである。

 6月からの執務先は、自宅からおよそ10km位のところにある。しかも方向としては渋谷近辺であり、いわゆる都心部である。2008年6月をもって霞が関での執務が終了して以来、台場とか、茅場町の端っこ(隅田川べり)とか、都心部からやや離れていたところで執務していて、若干退屈気味であったが、今般都心部に本当に久方ぶりに戻ってきた。とてもうれしい。さらに、自転車通勤の距離が延びるので、再びトレーニングとレクリエーションとしての自転車通勤を復活させることができる。

 そういうわけで、自転車通勤が決まったからにはトランクルームを捜しに行かねばと思い、渋谷方面のトランクルームを探す。幸い場所的、大きさ的、値段的に手頃なのが見つかったので、業者に行く。

 業者に向かう前に吉田自転車に行き、事情を説明して私が通勤している自転車だとどの程度のスペースが必要かを相談する。早速自転車のサイズを測り、そのうえでこれこれこのくらいのスペースが必要、とのアドバイスをもらう。

 ちなみに、吉田自転車には、私のマドンSL5.9をオーバーホールに出してあった。マドンを新デュラエースにしてからオーバーホールをしていなかったし、先日のBRM400沼津ブルベでもメカトラブルが生じており、さらに今週末は佐渡ロングライド、今月末はBRM600沼津クラシックブルベという、ウルトラロングライドが立て続けに控えている。そのためここらで一つマドンを整備していただくのが適切だったのである。

 その後渋谷にあるトランクルームの業者のところに向かう。最初場所を見つけにくかったが、近くをうろうろしているうちにその業者が入居しているビルを見つけて業者の事務所へ行く。すると受付の人が丁重に応対してくれた。
 私が現地を見てから契約したいというと、担当の人がこの日すでに外に出ている旨を受付の人に告げられた。そこで、翌日現地集合で現地を見る旨を約してこの日は引き揚げた。

 さてそのあとどうしようと思った。渋谷で猟盤しても面白くないので、とりあえずは新宿に行き、CDや自転車用品を見ていくかと思う。そこで、新都心線に乗って新宿三丁目に行く。ちょうどめちゃくちゃに腹が減っていたので、新宿三丁目の地下にあるすし屋ですしを食べる。

 まずはディスクユニオン新宿ジャズ館に行く。しかし、この日特段の狙いもなくブラブラと店を見ても、さほど魅力的な品には出会わなかった。
 ただ、MG3"As Is"というCDがかつてディスクユニオンお茶の水ジャズ館でかかっていて、それがテンポよくメロディー美しくという、モロに私好みの作品であった。この日それがディスクユニオン新宿ジャズ館にも売っていたので着目した。これはそのうち買おうかなと思う。

 次にY's Bikeに寄って自転車用品を見る。そこでキャットアイのライト取り付け用のブラケットを見つけたので買っていく。かつて(といっても4年ほど前)なるしまフレンドではこれを店頭で用意してあったが、Y's Bikeにはこれが店頭で用意していなかったので意外であった。
 従来のライト取り付け用ブラケットだと、細いハンドル用のブラケットと太いハンドル用のブラケットが別々に売っていて、ハンドルに応じて別々のものを買わなければならず面倒であった。
 しかし最近、フレックスタイトブラケットといって、ベルトでハンドルにライトを装着するタイプになった。そのため、ハンドルの太さに応じてベルトの長さを調節することができるようになり、わざわざ太いハンドル用のライト取り付けブラケットと細いハンドル用のライト取り付けブラケットを用意しなくてもよくなった。

 そうこうしているうちに午後5時頃になった。夕方になったので、この日は四谷いーぐるに行くのはやめてまっすぐ帰宅する。

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2010年03月26日

最近の徒歩通勤

【往路】

 さて3月24日および25日はいずれも雨だったので自転車通勤しない。そうなると往路は徒歩である。両日ともに午前7時35分ころ家を出た。その時間帯だと、ちょっと遅めであるため、最初300メートルくらいは早足で歩く。
 そういう場合は大概なんば歩きの要領で歩く。つまり、単に足を使うだけでなく、胸のあたりまで足という意識を持って半身をかわるがわる出す。その際、前のめりになるような感じで体重をかける。そうやって歩くと、体全体を使って歩く形になり、早く歩くことができる。

 そんな感じでまずは木場駅までの1kmを歩行する。残りは、木場駅から門前仲町駅までの1km、そして門前仲町駅から執務先までの1.2kmほどの道のりである。

 木場駅から門前仲町までの1kmはさほど長いとは感じない。淡々とテクテクと歩くという感じである。時折バスが通るのだが、大抵門前仲町で終点となるので意味をなさない。

 門前仲町の交差点を過ぎようかというところで、傍らをバスが通る。ハッとして振り返り見ると、東京駅丸の内口行きのバスである。このバスはそこから1.2kmほど走行して執務先の前まで運んでくれるバスである。
 このバスに乗ることで5分くらい時間を短縮できるので、猛ダッシュをかけてバス停にたどり着きそのバスに乗る。3月24日と25日の両方ともそうやってバスに乗る。

 そのバスの料金は200円である。3月24日にそのバスに乗った時、財布に小銭がなく、1万円札が入っているだけだったので、「すいません、1万円札の両替はできますか」と運転手に尋ねたところ、「次に乗った時でいいですよ」と親切に答えてくれた。

 そこで、3月25日にそのバスに乗った時、その時の200円を払おうとした。まず最初500円を払ってお釣りが300円出てきたので、次に前日払い損ねた200円を払おうとすると、運転手がやおらお金を入れるところを手でふさいだ。
 「何するんだこのやろう払ってほしくないのか」と思ったが、運転手が昨日私が払い損ねた事情を知る由もないので、「昨日乗った時支払えなかった分を払います」と申し向けると、運転手は照れ臭そうに笑っていた。

 そういうわけで、3月24日と25日にはバスに乗って執務先に向かうことができたので、徒歩で出かけたにしては大分通勤時間を短縮することができた。普段は意外とバスなんかつかまらないのでよかったよかった。

【復路】

 さて復路である。3月24日自転車のチェーンオイルを買うことにする。私は従来VooDewというチェーンオイルを使っていた。これを買ったのがY's Bikeという自転車のチェーン店だったので、まずは赤坂にあるY's Bikeに出かけてこれを買おうとする。ところがここにはフィニッシュラインのチェーンオイルばかり売っていてVooDewを売っていない。

 そこで、新宿のY's Bikeにも出かけてみる。新宿にはY's Bikeが2件あって、一つは新宿3丁目駅近くの地下道から行ったところにある。もう一つはやはり新宿3丁目の地上にあって、昔Jokerという名前が付いていたところである。両方とも行ってみたがやはりなかった。
 特に、昔Jokerといわれていた方で私はVooDewを買ったので、そこには置いてあるだろうと思って期待していたのだが、やはり置いていなかった。

 そういうわけで、翌25日に、吉田自転車にチェーンオイルを買いに行く。こちらのお店の見立てならまず間違いはないからである。私の期待通り、エディさんは、「タクリーノ」のチェーンオイルという秘密兵器を出してくれた。

 最初私がエディさんに「タクリーノ」のチェーンオイルを示された時、老眼の進みつつある私の眼には一体何を出されたのかはわからなかったが、よくよくという感じで見てみると、「TACURINO」と書いてあったのに気がついた。

 「タクリーノ」のチェーンオイルが評判になっているという話は随分前に小耳にはさんでいたのだが、VooDewにくぎ付けになっていてうっかりしていたのだ。そういうわけで、さすが吉田自転車の慧眼すごすぎと思ってこれを買っていく。これで土曜日のブルベも安心だ。

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2010年03月04日

内部管理責任者合格体験記

 さて3月1日内部管理責任者の試験を受け、3月3日合格通知を受けた。私は現在証券会社にて執務しており、つい先だって証券外務員一種の試験には合格しているのだが、私が所属している部門がいわゆる管理部門に属する部門であるため、内部管理責任者の資格を取得することが必要なのである。

 内部管理責任者とは、要は証券会社(日本証券業協会員、以下「協会員」)の内部管理体制強化や適切な営業活動のために作られた資格のことである。
 内部管理責任者は営業活動が金商法その他の法令諸規則等に準拠し適正に遂行されているかどうか常時監査する等適切な内部管理を行う地位にある。

 内部管理責任者の受験資格は、協会員の役職員であって証券外務員一種の資格を有することが最も基本的な形態である(ただし、それ以外の受験資格もあるが)。そのため、証券外務員一種の資格の取得は、内部管理責任者の受験資格を取得するためのものであった。

 内部管理責任者の試験範囲は、以下の事項となっている。

・内部管理、法令遵守、協会員役職員の倫理
・顧客口座の開設
・投資勧誘の管理
・顧客注文の受託と管理
・受渡・保管等の管理
・協会員と役職員の規制
・一般的不正行為と価格形成の監視
・その他管理に関する事項

 試験時間は90分で50問(○×方式25問、四肢選択方式25問)。配点はすべて1問10点で、500点満点のうち7割(350点)以上の得点で合格である。

 この試験の難易度はどうか。結論から言うとさほど難しくない。ただしやり方が大事である。この点は証券外務員一種と変わらない。
 ただし、証券外務員一種よりも、出題範囲は狭くなっているがその分結構細かいところまで問われているという印象がある。証券外務員が「広く浅く」なら、内部管理責任者が「狭く深く」であろうかと思う。
 
 勉強すべき量は、証券外務員一種よりもかなり少ないと思う。テキストの分量からして3分の1〜せいぜい半分くらいかと思う。
 ただし、勉強の質が違う。証券外務員一種の場合は、計算問題のように、いったん考え方を理解してしまえばあとは何とかなるようなものがあるが、内部管理責任者の試験では、こうした計算問題を含む、考え方がわかればあとは何とかなる、という性質のものはほとんどなく、記憶を頼りに解答するものがほとんどである。

 私がとった勉強法は、徹底的に一つのテキストを問題演習中心にやるというもので、これは証券外務員一種の時と同様であった。そして、使用したテキストは、嶋田=西村「内部管理責任者合格のためのバイブル」(税務経理協会、2009年、以下「バイブル」)。である。
証券外務員内部管理責任者合格のためのバイブル
証券外務員内部管理責任者合格のためのバイブル

関連商品
最短合格 よくわかる証券外務員内部管理責任者試験問題解説集〈2009/10年度版〉
証券外務員一種試験対策問題集〈2009年度版〉
会員 内部管理責任者資格対策問題集〈平成21年度版〉
証券外務員一種合格のためのバイブル
証券外務員一種合格のためのバイブル

 この本も、「証券外務員一種合格のためのバイブル」と同様、要点がまとまっていて、内部管理責任者受験のために必要な情報が要領よくまとめられている。
 ただし、証券外務員の試験と異なり、内部管理責任者の試験の場合は「深く狭く」が要求されている。そのため、重要度では★★★まででは足りず、一応全ての項目を抑えておく必要があろう。そして、おそらく基本的には、それまで押さえておけば、一応合格点は取れるだろう。

 私の場合、これと心中するつもりで勉強して何とか合格したが、じゃぁ自身をもってこれ一冊でOKかというと、証券外務員一種のときのように、「これ1冊で十分です」とは言い切れない。証券外務員のときと異なり、バイブルで出てこない内容も結構出てくるからである。

 そこで、証券外務員のときと異なり、きんざい教育事業部編「最短合格 よくわかる証券外務員内部管理責任者試験問題解説集〈2009/10年度版〉」 (きんざい教育事業部、2009年、以下「問題集」という。)を一通り問題とこれに関連する記述箇所のチェックくらいはやっておくべきだと思う。ただし、私自身の勉強では、そこまでできていない。せいぜい問題集中の問題を5割方解いたくらいであろう。
最短合格 よくわかる証券外務員内部管理責任者試験問題解説集〈2009/10年度版〉
最短合格 よくわかる証券外務員内部管理責任者試験問題解説集〈2009/10年度版〉
きんざい教育事業部

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証券外務員内部管理責任者合格のためのバイブル
証券外務員一種試験対策問題集〈2009年度版〉
最短合格よくわかる証券外務員一種〈2009年度版〉
合格必勝ガイド 内部管理責任者要点整理〈2009年度版受験用〉
うかる!証券外務員一種直前演習〈2009年版〉

 それで合格しているのだから、それで勉強は足りたのかもしれない。しかし、そうはいってもそのときに出た問題との相性がたまたまよかっただけかもしれず、問題との相性によっては落選の憂き目を見たかもしれない。
 内部管理責任者の場合、結構細かいことも問われるので、バイブルで不足する場面が出てくる。それを補うため証券外務員のときよりも比重を置いて問題集をやったほうがいいと思う。

 この問題集、実はテキストに相当するような記述もあるため、内部管理責任者試験の勉強のテキストとしても使える。そこで、これ一冊だけで済ますというのもありだと思う。私は、バイブルのほうがまとまりがよくて好きだったのでバイブルで勉強をしたが、バイブルを中心とするか、問題集を中心とするかは、その本との相性で決めればいいと思う。

 勉強の期間。証券外務員一種に必要な勉強時間よりは少ないと思う。私の場合、本腰を入れてバイブルに立ち向かったのはせいぜい4時間〜5時間で、後は電車に乗ったり食事を待ったりという細切れの時間を使ってバイブルを通読したり問題集をペロペロとやったりしていた。全部でせいぜい12〜15時間くらいだろうかと思う。
 ただし、勉強時間はひとつの目安であり、人によって異なると思う。私が証券外務員一種のときにやったように、週末2日をつぶしてバイブルか問題集をやり、あと平日の仕事後一日1〜2時間の勉強を3日ほど、というのが安全なペースであろうかと思う。

 勉強の仕方であるが、私が証券外務員一種のときにやったのと同じく、問題演習中心ですすめ、その問題に関連したテキストの記述のキーワード、キーセンテンスを抑えておくやり方ですすめればいいと思う。 週末をつぶしてバイブルや問題集を一通りつぶし、平日の仕事後一日1〜2時間の勉強を3日ほど行うときに、問題演習を繰り返す、ということでいいと思う。で、試験の直前には出題頻度の高いところとか自信がないところをペロペロとみておくと。

 証券外務員一種のときと異なり、合否のカギを握る部分を見出しにくい。あえて言うなら、あまり的を絞らずに広く勉強しておき、解答可能な領域をできるだけ広げておくのがコツであろう。
 また、試験時の技術的なことを言えば、5択の部分よりも○×の部分のほうが得点しやすく、しかも証券外務員一種の場合と異なり○×の部分と5択の部分とで配点は異ならないので、○×の部分でできるだけ失点しないようにするのがよいであろう。

 これだけの勉強をしていても、出題内容は結構細かいので、絶対に何問かは知らない問題が出てくる。しかし、バイブルや問題集でちゃんと勉強した問題を解けていれば、合否には影響しないと思う。
 また、ぜんぜん知らない知識を問われた場合にどのように対応したかであるが、これは、そこで問われている法規とかルールの制度趣旨、つまり、その法規とかルールがなぜ設けられているか、という理由にさかのぼって問題に対応するのが鉄則であると思う。
 つまり、そもそもここで問われている制度はこういう理由に基づくから、それから考えるとおそらくこうなるであろう、という推論を働かせて解答をすることになる。そういう考え方でとくと、正解かどうか不明な問題のだいたい半分くらいは取れていると思う(根拠レスな自信。でもそれって結構大事)。

 90分で50問だが、時間は十分足りると思う。私は35分くらいでとりあえず全部解き、残り時間を全部使って見直しをした。結局試験終了3分前に退室したが、そのときはすでに誰もいなかった。

 内部管理責任者の合格率についてはよく知らない。しかし、証券外務員一種の延長みたいな試験だとするなら、合格しても誰もほめてくれないが、落ちると死ぬほどみっともない試験、ということになる。
 そう考えていたので、結構プレッシャーはかかっていた。そういうわけで、やはり合格したときは心底うれしかった。これで、証券外務員二種、証券外務員一種、及び内部管理責任者の全てを一回の試験で合格したことになる(ちなみに、めずらしいことにそれぞれについて急な仕事のため全て1回ずつ受験を延期している。)。人生のうちでこれほど立て続けに試験を受けたことも珍しい。

 それにしても、最近の試験はパソコンを使えるようになったので、受験の様相も一変した。かつて試験というと、でかい会場に大勢の受験者が一挙に集まり、試験監督がちゃんといて紙を配り、試験始めのお知らせと試験終了のお知らせがきっかりとなされ、いかにも試験という感じだったのだが、最近はパソコン教室のようなところが試験会場となり、ついたてで仕切られた座席に案内されたら順次試験開始という感じ。試験自身も筆記具を使わず、パソコンのマウスで解答。パソコンができたおかげでずいぶん試験も様変わりしたものだ。

 証券外務員一種の合格体験記は結構少なそうであるため、内部管理責任者の合格体験記も少ないであろう。そういうわけで、希少価値があるものと思って日記代わりに内部管理責任者の合格体験記を書いてみた。

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2010年02月02日

2月1日の徒歩通勤

【往路】

 さてこの日天気予報によると雨か雪になるという。雨ならともかく雪ではちょっと自転車はまずいので、自転車通勤は見合わせる。
 しかし、そうはいってもその場合に乗るのは東京メトロでも名にし負う激混み路線の東西線、その中で最も混雑するのが木場〜門前仲町間であるところ、私は木場駅から地下鉄に乗ることになるので、一番混んでいるところで無理やり地下鉄に乗らなければならないことになる。
 最も混雑する時間帯の午前7時50分〜8時50分の間、ほぼ200%位の乗車率。私が電車に乗るであろう午前7時半ころには、乗車率はもう限りなくその数値に近づいている。

 しかも、それだけ混雑する電車に乗ったからといって、必ずしも早く到着できるとは限らない。私の家から最寄り駅まで徒歩13分、執務先の最寄り駅から執務先まで7分くらい。徒歩区間だけですでに20分を費やしている(ちなみに自転車なら走行時間は10分)。
 その上電車に乗ったら電車待ちの時間やら、電車走行中も信号待ちのための停車やら、何だかんだ言って2駅程度の間で10分以上はかかりそうである。そう考えると、執務先と家とのたかだか3km程度の間を移動するために、30分はみっちりとかかることになる。

 しかし、そう考えると、実は家から執務先まで歩いていくのと使う時間は大して変わらないのでは???と思う。3kmほどを徒歩で移動するなら、30分〜40分もあればOKでは?? 
 そして、歩いている間にうまいことバスがつかまるようであれば、それに乗ってしまうのがよい。そう考えて、この日は徒歩で執務先に向かうこととする。家から執務先に純粋に徒歩で向かうのは、私の職歴上初めてのことである。

 とりあえず家からまず三つ目通りを歩いて永代通りに出る。時計を一応確認すると、徒歩で行っても間に合いそうな時間だったので、引き続き執務先への徒歩を続ける。

 途中、バスが来そうな感じだったら乗るつもりであったが、全くバスが来る気配がない。本当にバスは走っているんだろうかと思うくらいにバスが来ない。テクテクと20分ほど歩みを続けていくと、門前仲町にたどり着く。まだバスは来る気配がない。

 門前仲町から電車に乗ると、次の駅の茅場町が執務先の最寄り駅なのだが、そもそも茅場町から執務先まで徒歩で8分くらいかかる。門前仲町から執務先まで徒歩でだいたい10分程度くらいの感じなので、却って電車に乗ったほうが遅いし混むしどうしようもないということがわかる。
 それだったら、門前仲町から執務先まで徒歩で行き、その間もし適当なところでバスが来たら乗り込む、というスタンスで行くことにする。

 そういうスタンスで徒歩を続けたが、結局バスが来たのは執務先まであと500メートルくらいのところであった。それだけのところに200円出していくのもアホらしいのでバスには乗らない。

 結局3kmほどの道のりを32分くらいかけて執務先に到着した。これなら、地下鉄に乗るのとさほど変わらない時間あたりの移動速度で進むことができる。しかも、おそらく若干の運動にはなるのであろう。これからも、天気が悪いときは、地下鉄に乗らずに徒歩による通勤を検討してみることにしよう。

【復路】

 この日同業者3人で会食。八重洲の焼肉屋である。仕事の話をしながら焼肉を食べる。同業者とはいっても、執務している業界が違う(何とも変な表現)ので、全く専門外の話が出てきてなかなか面白い。午後7時20分ころ遅れて到着し、結局午後10時位まで長々と食事をした。

 この日東京は珍しく雪。しかし、東京で雪が降ったことを全国的に大々的に流す必要があるのかなぁ。東京の雪は全国民的な関心を生じるニュースか。単にテレビ局が東京にあり、しかも単に東京が首都なので東京の雪が全国ネットを通じて流されるのだろう。別に中央線が止まったからといって北陸地方や東北地方の人たちの生活がどうにかなる、というものでもあるまいし。

 それはそれとして、雪が降ると歩きにくい。滑らないように注意して歩く。それでも大手町近辺は人通りが多いので雪が積もらず雨が降ったときのようにぬれている。そのため、雪ですべるということはない。午後10時台の帰宅である。さすがに地下鉄は午前7時台のような猛烈な混雑ではないため、地下鉄に乗って帰る。

 地下鉄の駅を出てから家に向かう。さすがに都心のような人通りの多い雑踏ではなく、かつ降雪量も増えてきたので結構歩きにくい。最後自宅近くに雪が積もっているところがあって、そこで滑って転んでしまった。雪のときに滑って転ぶと結構派手な転倒になるので気をつけなければならない。とっさに何とか受身の態勢をとって難を逃れた。

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2010年01月28日

証券外務員一種合格体験記

 さて1月19日証券外務員一種の試験を受け、22日に合格通知を受けた。私は現在証券会社にて執務しているが、そこでは証券外務員の資格を得ることが要求されている。

 証券外務員とは、端的に言うと顧客に対して証券のセールス活動ができる資格である。証券外務員一種(全ての商品を取り扱える)と、証券外務員二種(先物やオプションを除く商品を取り扱える)の2種類がある。証券外務員二種は証券会社に勤めていなくても取得できるが、証券外務員一種は証券会社に勤めていないと取得できない。

 証券外務員一種の試験では、以下の科目が問われる
1 法令・諸規則:金商法及び関係法令、投信法及び家計法令、証券業協会定款・規則、取引所定款・規則
2.商品業務:株式業務、債券業務、投信に関する業務、先物取引、オプション取引、特定店頭デリバティブ取引等
3.関連科目:株式会社法概論、経済・金融・財政の常識、財務諸表と企業分析、証券税制、セールス業務
なお、証券外務員二種の場合は、上記の範囲のうち、株式業務のうちの信用取引、先物取引、オプション取引および特定店頭デリバティブ取引が除かれる。

 試験時間120分で76問(○×方式55問、五肢選択問題21問)解答する。○×問題は1問2点、五肢選択問題のうち、択一問題は1問10点、択二問題(五肢中二肢を選択)は、1問10点だが肢ひとつ正解につき5点。320点満点のうち7割(224点)で合格である。

 さてこの試験の難易度はどうか。結論からいうとさほど難しくない。しかしやり方が大事である。内容は決して難しくないのだが、しかし意外と範囲が多岐にわたるので、要領よくやらないと準備に時間ばかりかかる。

 私がとった勉強法は、徹底的にひとつのテキストをやり、しかも問題演習中心にやることである。使用したテキストは嶋田=西村「証券外務員合格一種のためのバイブル[第6版]」(税務経理協会、2010年、以下「バイブル」)。
証券外務員一種合格のためのバイブル
証券外務員一種合格のためのバイブル
嶋田 浩至 西村 芳平

関連商品
証券外務員一種試験対策問題集 信用・先物・オプション・特定店頭デリバティブ編―日本証券業協会「一種外務員資格試験」対応〈2010年度版〉
証券外務員二種合格のためのバイブル 第10版
証券外務員内部管理責任者合格のためのバイブル
最短合格 よくわかる証券外務員内部管理責任者試験問題解説集〈2009/10年度版)

 このテキストは証券外務員合格に必要かつ十分な情報が網羅されている。このテキストの★★★★★〜★★★位のところを消化していれば、合格点は十分取れると思う。
 他にももっと分厚くて詳しいテキストがあったり、予備校の通信講座があったりする。時間があって勉強が好きな人とか、何が何でも証券外務員の試験で満点を取りたいという人ならそういうのを利用するのも手である。しかし限りなく勉強をするのがイヤな人や、時間のない人、別に満点には関心がなくて合格点さえ取れればいいという人は是非バイブルを使用すべきだと思う。

 ちなみに、万全を期すための問題集としては、川村雄介編「証券外務員一種試験対策問題集(2009年)」、「証券外務員二種試験対策問題集(2009年版)」(いずれもきんざい教育事業部、2009年)がよく用いられているようだ。
 この、一種対策問題集は、一種でしか出ない部分(信用取引、先物取引、オプション取引、特定店頭デリバティブ取引)しか載っていないため、一種を受けるには両方やっておくことになる。ちなみに、二種を受けたとき、受験者の多くがこの問題集とにらめっこしていた。

 しかしながら、結局のところ、私はこの問題集をほとんど使用しなかった。せいぜい計算問題などある程度の慣れが必要な問題についてチラ見する程度であった。出題内容の理解も、直前のチェックも、すべて「バイブル」一冊で事足りたからである。
 バイブルだけで不安な場合に上記問題集をお守り代わりに持っておき、必要に応じて目を通すという程度で十分だと思う。

 勉強の期間。いくら難しくないとは言っても、さすがに一夜漬けは無理である。週末1日〜2日をまるまる勉強に当て、あと通常の営業日仕事が終わった後一日2〜3時間程度を2、3日という感じで十二分だと思う。ただし、二種の試験から日が浅くて、二種の勉強の記憶がまだ残っているなら、勉強日数は1日少なくなるであろう。

 勉強のやり方であるが、バイブルの内容の理解に週末1日〜2日を当てる。バイブルの構成は、大概ひとつの項目につき、当該項目の内容の説明の部分と、練習問題の部分からなっている。いきなり内容の説明が書いてあるページを読んでも面白くないし頭に入りにくい。
 いきなり練習問題に目を通し、その解答に必要な箇所を内容の説明の中から見つけて蛍光ペンでキーワード、キーセンテンスをチェックしながら読み進めていくと、比較的早く内容を把握することができるし、かつテスト対策になると思う。こうした作業に週末を充てて、バイブルの中身を理解する。

 これをやった上で、通常の営業日においては、練習問題に目を通し、できる問題は知識の確認、できなかった問題は内容の説明をみて理解と暗記のフォローアップ、という形で読み進めていく。おそらくこうしたやり方で営業日であっても3日ほどで2〜3回はまわせると思う。

 これで十分合格できると思うが、時間がある人はきんざいの上記問題集を適宜こなす。そうすると、おのずから項目によって「もう何も見なくても全然大丈夫なところ」「まぁ一応わかっているが、時間があればみておくと安心なところ」「直前に一度みておかないとこわいところ」という箇所が浮かび上がってくると思う。

 試験の前日にはバイブルの問題部分に目を通して知識の確認をしておく。問題文の肢の丸暗記をするくらいの感じでも結構役に立つ。また、計算問題については一見面倒そうだが、決して難しくなく、考え方さえつかめば必ず得点できるので、少なくとも主要な公式や、計算手順については必ず直前チェックすべきであろう。

 試験前1時間くらいで、最後「直前にみておかないとこわいところ」を見直す。それで時間があまったら、バイブルの問題文に目を通して知識の確認をしておく。バイブルを2〜3回くらいまわしておくと、このくらいのことは1時間〜2時間もあればできるようになる。もし、きんざいの上記問題集を使用しているのなら、上記問題集に目を通して知識の確認をしておく。

 合否を握るカギは、計算問題である。考え方さえわかれば、決して難しくはなく、得点源である。計算問題で把握しておくところは、以下の通り。これらのいずれかはほぼ毎回出ると思ってよく、かつ配点が高い(大抵が五肢択一=10点問題)ので絶対に落としてはいけない個所である。

信用取引の委託保証金計算(特に追加保証金の計算)
PERとPBRの計算
ROEとROAの計算
債券の利回り計算等
債券の受渡代金の計算
CBの乖離率の計算
企業分析の方法→各種分析に関する諸計算
配当性向の計算
株式等の譲渡所得課税の計算
ヘッジ取引の計算
スプレッド取引の計算
株価指数先物の投資計算
オプションの投資計算
デリバティブ取引〜金利計算

上記の中の、おそらく8割〜9割方は出ると思ってよい。

 これだけやっておけば、当日の試験に関しては、100%心配はいらない。120分で76問だが、ものの60分もあれば全部できる。だから、計算問題もじっくり焦らずやる時間がある。私は一応60分かけて問題を解き、慎重なのでのこりの50分かけて全部見直しをした。そうやって試験を終えたところ、もうあたりには誰もいなかった。

 私の聞くところによると、ほぼ8割方合格するかのように聞いているが、実際の合格率は5割〜6割くらいとも聞いている。いずれが正しいのか知らないので、合格の報を聞くまではソワソワクネクネしていた。何せ、大方合格する試験なので、合格しても特に誰もほめてくれないが、落ちると死ぬほどみっともないという印象を持っていたので。それだけに、合格した時は、心底ほっとした覚えがある。

 まぁ証券外務員1種は8割方合格するらしいという試験なので、めったに合格体験記なんか書く人もいないだろう。そういうわけで、かえって証券外務員合格体験記には希少価値があるかと思い日記代わりに一応書いてみた。

ちなみに、証券外務員一種試験の次は内部管理責任者試験である。その結果はこちら

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2010年01月11日

2010年箱根駅伝

 昨日このブログのアクセス解析をみていたところ、妙に「箱根駅伝」の記事へのアクセスが多いことに気づいた。また、2チャンネルのスレッドからこのブログに来ている人が多いことにも気づいた。どうも2チャンネルのスレッドから私のブログの箱根駅伝の記事に直リンされているようだ。
 2チャンネルをみてみると、「中央大学長距離ブロックを応援するスレ」というのがあって、そこに、「中大OBのゴイス弁護士がこんなことを書いているが」として、私のブログの記事が紹介されていた。その記事では、私は前中大教授で駅伝の監督だった石部先生のことを記載していた。

 石部先生は、私が学生だった四半世紀近く前から相当シニアな方でいらしていたので、その後駅伝の監督をしているときも相当シニアであったことは間違いない。その後、監督が相当若い人になったということを聞いていたが、また2008年から浦田監督という、私より3歳くらい年が上のシニアな人になったようだ。

 それはそれとして、今年の箱根駅伝、中央大学は4位になった。過去の栄光を考えると、できればもうちょい頑張ってほしかったような気もするが、しかし2006年から始まったプチ暗黒時代を払拭したという意味では、とても有意義な結果だったと思う。

 私は1月2日に、2区〜4区までの箱根駅伝をテレビで見ていたのだが、そこでは8位前後をうろうろしていたため、「ああ今年もまたシード権争いか」とがっかりしてテレビを見るのをやめた。ところがその後インターネットで1月2日の結果を見ると、何と4位にまで進出しているではないか。5区の山上りで挽回したのだ。そして、6区で大アクシデントがあったにもかかわらず何とか持ちこたえ(よくがんばった!! すごい。)そしてそのまま4位になだれ込んだわけである。

 近時5区の距離が延ばされ、山登り偏重の声が聞かれる。しかし、山岳スペシャリストが強いところが駅伝を制するのは何も今に始まったことではない。私が学生だったころは、大東文化大学の奈良選手が山登りのスペシャリストとして大東文化大学がどんなにそれ以前で負けていてもひっくり返して優勝していたし、最近(といっても、もう10年近く前か)の中央大学では、藤原選手の山登りの活躍が記憶にある。なんだかんだ言っても、昔も今も山登りの重要性は明らかなのだ。

 その意味で、今年5区6区の山岳区間にスペシャリストを配置した中央大学の戦略が見事あたり、そこでのアドバンテージをうまく守りきっての会心の走りだったと思う。今年は久々に中央大が駅伝でプレゼンスを発揮してくれたと思う。来年も5区大石選手6区山下選手は引き続き学生をされるそうなので、来年の箱根駅伝はとても楽しみである。

 しかし、その割にはマスコミの中央大学の取り上げ方が少ない。早稲田とか明治とかの6大学だとマスコミは結構派手に取り上げるのに、どうして中大になるとダメなのだろう。マスコミは中大に恨みでもあるのか、それともそもそも中大はマスコミ受けしないお地味なキャラなのだろうか。たぶん後者なのだろう。

 おそらく今年これだけの成果を上げたので、来年はめちゃくちゃ期待されるだろう。他方、陸上部の選手は駅伝のためだけに走っているわけではないので、あまり期待されても困るだけかもしれない。
 しかし、箱根駅伝は、陸上部の活動の中でも宣伝効果が圧倒的にある。それは、ひとり陸上部選手のスカウトということだけでなく、大学自体の宣伝効果(そしてそれは、少子化傾向の中の学生集め=大学生き残り)に影響してくる。
 その意味で、箱根駅伝は陸上部の他の活動とは格別の意義をもっていて、中央大学は箱根駅伝の帰趨には格別の関心をもっていても全く不思議ではない。

 むろん、大学の宣伝のために学生が頑張るというのは、大学のあり方としてあまり正しいものではない(何しろ、本来学生は大学にお金を払ってサービスを享受するお客さんなので)。しかし、もし大学の宣伝という観点から陸上部の学生に格別の便宜が図られているなら、それに答えるというのも、まぁやむをえないかと思う。

 それはそれとして、私が中央大学に入った1985年以来、中央大学が箱根駅伝の「シード権争い」をしていうのが記憶になかったので、2006年以来中央大学がシード権争いをしている状況を奇異に思っていた。
 ところが、過去の歴史をひも解いてみると、中央大学が不滅の6連覇をした後、1970年代〜80年代中盤くらいまでは、意外と長期的に低迷していたことがわかった。だからといってまたシード権争いなどという低次元の争いをしてもらうようでは困るのだが、栄光の中央大学といっても、結構暗黒時代もあったのだなぁと感動した。

 今の浦田監督は、ちょうどその長期低迷時に選手生活を送った人らしい。おそらく中央大学の過去の栄光を知る人たちからは、相当激烈な激励を受け、結構つらかったことであろうと思う。そういう経験を経て、おそらく色々とわかっていらっしゃる方なのだろうかと勝手に推測している。

 いずれにせよ、依然としていち中大OBとして、そしていち中大教師として、来年も箱根駅伝は中央大学を応援する。

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2009年09月16日

運転免許の更新

 さてそろそろ運転免許証の更新の時期である。私は1985年12月24日に郷里の群馬県で普通自動車の運転免許証をとった。直後1回だけ自動車を運転したことがあったが、その後四半世紀近く自動車を一回も運転したことがない。自動車大国であるアメリカにいた時ですら1回も運転したことがない。

 そういうわけで、この四半世紀、結果的には自動車の運転免許はあってもなくてもどちらでもよかったのだが、そうはいってもいつ運転する必要が出てくるかわからないし、運転免許証は、たとえば住所確認などの書類として有用性はあるので、失効させずに持っているわけである。

 ちなみに、私はこの四半世紀自動車を運転していないので、当然のことながら無事故無違反の優良運転者である。それゆえ、免許証もゴールドで、更新も5年に一度でよい。したがって、今回の更新も5年ぶりである。5年前に更新したのが、何となくついこの間のような気がする。

 ただし、今まで比較的あちらこちらと引っ越しをしてきて、運転免許の住所を変更するのが面倒であったので、運転免許証の住所は郷里の群馬県高崎市のままにしてあった。それでは住所確認の書類として役に立たないので、今回の更新を契機に現住所のものにする。

 そうはいっても、一応今の免許証は群馬県公安委員会から出ているものであるため、まずは群馬県で更新をしようと、9月15日に前橋市にある交通安全センターへと赴く。JR新前橋駅から歩いて5分〜10分の間くらいのところにある。

 そこでまず窓口に行って、免許証と更新通知のはがき、および住所等変更の際に必要な住民票の写しを見せ、住所変更を伴う更新である旨を告げると、係員の人が、「う〜ん、これは、いったん群馬県の住所のままで更新手続きをしてから東京で住所変更の手続きをしてもらうか、東京で住所変更と更新手続きをいっぺんにしていただくかですねぇ」といわれる。
 どちらでもよさそうに見えるが、話を聞くとどうも群馬の住所のままで更新手続きをして東京で住所変更すると、変更した住所が免許証の裏に記載されるとのことである。それでは住所確認の書類としては何となく美しくないので、東京で更新手続きをすることにする。

 更新手続きをしようとわざわざ群馬県に赴いたのに更新手続きをしなかったのは無駄足であったが、いずれにしても東京でもう一度手続きをしなければならないなら、美しい免許証を取得できた方がいいので、群馬県での手続きはせずに東京で手続きを行うことにする。

 翌9月16日午前9時半ころ、私の家の近くにある江東運転免許試験場に自転車で赴く。まだ時間がそれほど遅くないせいか、それほどベラボー混んでいるという感じはしない。

 まずは1階の受付窓口に赴いて通知ハガキと免許証を出し、更新申請書を作ってもらう。免許証のフォーマットと氏名連絡先の記載欄が表にプリントされ、裏に既往症の有無等のチェックシートが記載されている簡単なもので、これに必要事項を記入してから手数料の印紙(3500円)を買って更新申請書に貼り付ける。印紙に消印してもらってから、何やら暗証番号を入力するという手続きをする。その後視力検査を行い、その後住所等変更のための書類である住民票とともに更新申請書を提出する。申請書提出のところでちょっと待たされる。そのあと写真撮影をして更新申請書提出手続きは終わり。ここまでで大体15分くらいの感じか。

 更新申請書提出手続きが終わった後2階に上がり、優良運転者講習を受ける。そのとき午前10時5分だったので、午前10時に始まったばかりの講習に入れてもらう。ちょうどいいタイミングでよかった。

 講習の内容は、免許証の記載事項等の変更説明と、後部座席でのシートベルト着用義務、聴覚障害者マークを表示した自動車への配慮、5分ほどのDVD(交差点での運転の注意、子供や高齢者への注意)ということで、30分ほどのものである。

 免許証の記載事項の変更点は、@免許証にICチップが埋め込まれたことの他、A運転免許証の種類の変更であった。私は従来自動車の普通運転免許をもっていたのだが、それが中型運転免許になり、さらにそれが限定つき(中型車は8トンまでのものに限る)ということで、中型限定付という種類になったということである。運転免許の種類の名称変更により、特にその内容に変更はないとのことであった。

 また、この日、「自転車交通安全情報」というA4版1枚のパンフレットを講習関係書類とともにもらう。例の「自転車交通5則」に、傘差し運転や携帯電話使用運転の禁止、幼児2人同乗用自転車を運転する時は幼児2人乗車可の旨を掲載している。このパンフレットについてのコメントは講習中にはなかったが、自転車の安全運転について、こういう場で啓発活動を行っているのは、とてもよいことだと思う。
 あとは、現場のおまわりさんにこれを遵守してもらうだけである。おまわりさんにはぜひ率先して車道を自転車で走ってもらい、また並走は避けてもらいたいものである。

 30分間の講習が終わった後、4階に上がって免許証をもらう。免許証ができるまで講習終了後15分ほど待つ。混雑はなく、免許証ができてからすぐに交付を受けることができた。

 免許証の交付を受けた後、免許証に埋め込まれているICチップが正常に作動するかどうか確認する。免許証の交付を受けた場所に、作動を確認する機械がある。所定の位置に免許証を置き、受付の時に入力した暗証番号を入れると、免許証の内容が表示される。今般もらった免許証の本籍の欄は空白になっているのだが、このように所定の機械に暗証番号を入れて作動させると出てくるしくみとなっているのだ。

 免許証の交付を終えて1階に降りる。所要時間は全部で1時間少々という感じか。私が来た時に比べると、若干更新申請書提出のところの列が長くなった感じ。やはりこういう手続き事は、できるだけ早い時間に行く方がよいのだろう。

 そういうわけで、5年に一度の運転免許更新手続きを終えて帰宅する。この免許証には現住所が記載されているため、住所確認書類としては使い勝手が良くなったなぁと思う。

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2009年06月09日

パソコン修理から戻る

 6月1日に東芝PC集中修理センターにパソコンの修理を出してから1週間、6月7日にパソコンが修理から戻ってきたのを確認した。

 5月31日に東芝のサポートサービスに電話し、翌日日通航空の宅急便でパソコンを回収してもらい、修理状況は逐一メールで連絡してもらえたので安心できた。6月3日ころ見積もりをもらい、6月5日に修理完了の連絡を受け、6月6日に修理したパソコンを再び日通航空の宅急便で発送してもらった。

 納品書が修理報告書を兼ねており、依頼内容、診断結果、修理内容、価格が表示されている。それによると、どうも液晶ディスプレイが故障したらしい。液晶ディスプレイの交換のため、液晶ディスプレイ代金31,930円、基本技術料金12,000円、消費税2,197円、合計で46127円かかった。

 この価格は見積もりどおりである。見積もりを出された段階でこれだけかかるなら、もう新しいのを買ってしまおうかと思ったが、データのバックアップを取っておらず、特にメールや私が時間と労力をかけて作成したCDリストを喪失するのは痛いので、どうしようか悩んだ挙句、修理をしてもらうことにした。ちなみに、見積もりの段階で修理をしないこととしても、診断料が4000円以上かかる。

 以前のハードディスクの故障と合わせて、このパソコンの修理には相当な額がかかっている。こんなことなら最初の修理のとき新しいパソコンを買っておけばよかった。

 前回の修理の時は反省してこれからはデータのバックアップを取ろうと思っていたが、よもやもう故障することはないだろうと思ってデータのバックアップを取らないでいた。しかしこうも頻繁に故障すると、データのバックアップを取らざるを得ないだろう。とりあえずCDリストだけは別に保存しておいた。

 パソコンを修理に出していた間、予備のパソコンとしてとっておいたメビウスを使用していた。ところがこれがどういうわけか滅法調子が悪く、インターネットに接続はできるものの、インターネットで画像をみることができなかったり、見ることができても非常に時間がかかったりする。それゆえ、本ブログの更新にも支障が出る事態となった。

 そんなわけで、パソコンのデータはまめにバックアップし、今度このパソコンが故障したらこいつを逆さ磔の上獄門とする。その上でノートパソコンの使用は廃止してデスクトップのパソコンにする。最近はデルとかHPのデスクトップ型パソコンが大分安く、ディスプレイも薄型のものになっているので、パソコンを持ち歩かない場合ノートパソコンの存在意義が薄くなってきたことがよくわかった。私は何とも時代遅れの人間である。

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2009年05月31日

パソコンの修理

 5月30日から31日にかけて行われるBRM530沼津600kmブルベをDNSした。天気予報によるとこの週末大分天気が悪いとのことだったからである。だが、実際に週末になってみると、静岡〜長野〜山梨あたりはさほどの荒天にはなっていなそうであり、これならブルベに参加したらよかったと若干悔しい思い。私は雨天では長距離自転車走行をしない主義であったが、佐渡ロングライドやBRM530を雨天のため続けてDNSしていると、少々の雨なら自転車走行してもいいかなぁとむくむくと思い立つ。

 それはそれとして最近パソコンの調子がべらぼうに悪い。私が使っているパソコンは東芝ダイナブックである。ダイナブックはなかなかよいパソコンだとは思っているが、何となくあまり丈夫ではないなぁという印象はもっている。

 パソコンを使用していると、ディスプレイが突如真っ黒けになって何も見えなくなるのである。それでもついこの間まではそうした現象はまれで、ちゃんとパソコンを使用できることが多かったのだが、最近はパソコンの立ち上げの時から画面が暗くなってきてそして真っ黒けになってしまうのである。最も目を凝らしてみると、真っ黒けながらもディスプレイ上に何かかろうじて見えるのであるが、それでもやっぱり何も見えないに等しい、

 半年ほど前にはハードディスクを交換し、今度はディスプレイが真っ黒けである。買ってから2年ほどしか経たないのに、満身創痍という感じ。やはりパソコンは消耗品である。もう買い換えてしまおうかと思ったが、買い換えたら買い換えたでまたベラボーに費用がかかってしまうので、とりあえず東芝のパソコンのサポートサービスに電話して様子を聞いてみる。

 東芝のサポートサービスの人は丁寧に根気強く色々聞いてくれて原因を考えてくれる。受け答えがとても親切で非常に好印象である。以前秋葉原にある東芝のPC工房に行ったときに、割と年配の人がつっけんどんな対応をとって私は激怒したことがあったが、それとは180度異なる丁寧な対応であった。

 それによると、どうもディスプレイに関連する部品に問題があるようであった。以前ハードディスクが死んでいたため、関連部品を含めてベラボーな金額を取られ、これなら新品を買えばよかったと後悔したのだが、今回はさほどの金額を取られることはなさそうで、修理を依頼することにした。明日パソコンを東芝に送付し、1週間〜10日で仕上がる感じの段取りである。

 そのため、以前使用していたメビウスを久々に取り出してきて当面の間使用することにする。メビウスは5年くらい使用しており、ダイナブックよりは丈夫かなという印象を持っている。今のダイナブックも、あと1〜2年したら、そろそろ買い替えかなと思っている。子供によると、今度買うときはノートパソコンよりは、デスクトップ型のパソコンの方がよいというがどうだろうか。確かに、昔と異なりデスクトップのモニターも最近は薄型のものがあるので、そちらの方がよいかもしれない。
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2009年05月03日

忌野清志郎さん逝去

日本を代表するロックンローラーであり、かつ初代自転車名人として知られる忌野清志郎さんが5月2日午前0時51分、がん性リンパ管症のため死去した。58歳。

忌野清志郎さんというと、私の場合まず「いけないルージュマジック」、次いでドラマ「やっぱり猫が好き」のエンディングの「サントワマミー」つながりでの"Covers"(そこでの「何いってんだ〜」が感動的。)、そしてその後"Rhapsody(naked)"である。奇抜な衣装と化粧、過激なメッセージの歌詞。怪鳥のような歌声。アップテンポの曲はエネルギッシュに、バラードはあくまで深く。

そして私が自転車に乗るようになってわかったのが、忌野清志郎さんの自転車乗りとしての側面であった。愛車オレンジ号を駆ってあちこちにツーリングに出かけ、ときおりその記事が自転車雑誌を飾っていた。私と同じように自転車を心の底から楽しんでおり、そんな様子に私はとても親しみを感じていた。

そんなわけで、昨年2月武道館で行われた完全復活祭には子供を連れて出かけた。いやぁ〜キヨシロー復活したなぁ、これからもバシバシと芸に自転車にと励んでほしいなぁと思っていた矢先、がんが再発したとの知らせ。これはひょっとしたらヤバイかと思っていたが、やはり残念なことになってしまった。

58歳。ちょっとあっちの世界に行くには早かった。あっちの世界にもロックンロールと自転車というものがあるなら、引き続きこれらを楽しまれていることを祈るのみ。いい音楽をありがとう。合掌。
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2009年01月20日

風邪をひく

 1月19日久々に風邪をひいて寝込む。1月17日に文献を調べようと思って中央大学に行く途中の、おそらくは京王線の電車で風邪をひろったようだ。京王線はどの時間に乗っても混んでいて電車内の空気はよくない。
 しかも、行った先の中央大学では探していた文献は見つからなかった。私が探していたのは研究機関の論考集で、その31巻まではあったが、私が探していた34巻は置いていなかった。購読をやめたのか何なのかわからないが、大学は学問の府なのだから、少しくらい役に立たないような論考集でも置いておくのが当然であろう。風邪はひろうわ論文は見つからないわ踏んだり蹴ったりである。

 翌日1月18日あたりからのどが痛くなってだるくなり、1月19日には熱がでて体の節々が痛くて動けなくなったので仕事を休む。1月19日夜には38度を超える熱がでて絶不調であった。ところが1月19日夜〜20日朝にかけて大分汗をかいて寝ることができたので、熱はいわゆる平熱まで下がった。大事をとって午後からの出勤とするが、仕事をできる程度には元気になった。

 何というか、毎年1度か2度くらいは、丸一日寝込む程度の大風邪をひく。昨年のばあいこの大風邪を4月にひき、それが長引いてツール・ド草津DNSとなった。風邪をひくのは仕方がないが、それを長引かせないよう注意するのがポイントであろう。1月21日〜22にかけて天気が悪いので、自転車通勤できない。天気が悪い間に風邪が抜けるのを待つこととするか。

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2008年12月12日

健康診断

 12月11日健康診断を受ける。12月15日から新しい勤め先で執務を始めるのだが、最近入社前健康診断と言って、どうも官庁や会社で入社時に健康診断をすることが義務付けられているらしい。その中には採血も含まれている。
 私は健康診断が嫌いで1997年ころに健康診断を受けてからもう10年以上も健康診断をしていない。10年以上前に健康診断を受けた時は、採血で気分が悪くなり、胃レントゲンでバリウムを飲んでゲップをがまんしなければならず、大変嫌な思いをしたことがある。役所にいた時も、採血すると気持ちが悪くなると云って健康診断をパスしていたのだが、どうも今回ばかりは健康診断を回避することはできないようなので仕方なく1997年以来という健康診断を受けることにする。

 それにしても健康診断を10年以上受けていないという話をすると皆から不思議がられるのだが、健康診断を受けようが受けまいが死ぬ時は死ぬのだ。むしろ採血されたり胃レントゲンを撮られたりする方がよっぽど健康に悪い。

 まずは勤め先の近くのクリニックで胸部レントゲンを撮る。勤め先には立派な医務室があるのだが、さすがにレントゲン撮影の機材を置くのは難しいのだろう。レントゲン撮影だけ外部のクリニックで行う。胃のレントゲンだとバリウムを飲んでげっぷを我慢しなければならないのでイヤだったが、胸部レントゲンなのでまぁいいかと思う。

 続いて勤め先の医務室に赴く。ここで胸部レントゲン以外の検査を行う。その中には、問診、心電図、身長体重視力測定、血圧測定の他、私が最も嫌う採血がある。

 私は注射が人一倍嫌いである。格闘家の中でも、殴られたり蹴られたりするときの痛みは何ともないが、注射針で刺される痛みはとてもイヤという人がいる。俳優のジョン・ウェインも、来日中アゴが化膿したときは、「注射針が死ぬほどイヤなんだ」といって注射を嫌ったという。 その気持ちは実によくわかる。40年近く前、私が子供のころ通った医者がもっている私のカルテには、「注射嫌い」と書いてあった。今でもその気持ちは全く変わらない。注射針は死ぬほどイヤである。子供のころと全く精神構造は変わらないようであるが、それでも嫌なものは嫌なのだから仕方がない。「注射を好きな人なんていませんよ」などと注射の際に気休めを言う人がいるが、そんな気休めなど全く気休めにならない。とにかく死ぬほどイヤである。
 10年以上体に針を突きたてられるのが嫌で健康診断から逃げ回っていたくらいである。それに、私は1991年に一度尿管結石をやっており、その時は電話をかけられないほどの痛みに苦しんだのであるが、その時ですら痛み止めは注射ではなく座薬にしてくれと言ったくらい注射が嫌いである。私が注射を受けるためには、清水の舞台からバンジージャンプをする位の決意が必要である。
 
 それに先に述べたように、採血をすると私は気持ちが悪くなる。私は1993年と1997年の2度採血したことがあり、1993年に採血した時は気持ち悪くならなかったが、1997年の時は気持ち悪くなってしばらく動けなくなったことがある。とにかく採血されると目の前がチカチカして白くなり、気持ち悪くなって吐きそうになるのだ。たかだか数ccの血液を取るだけでそうなのだから、献血なんかしたら死んでしまうだろう。

 そういうわけで医務室に健康診断を受けに行く。最初採尿があった。紙コップに尿を取るのかと思ったらそうではなく、何か細長いくて小さい容器で上の方の側面に穴があいている容器で取るようである。こんな容器で尿なんか取れるのかと思ったが、その側面の穴に尿をひっかけるような感じにすると、うまいこと容器に尿がたまるようになっている。なかなかうまいことを考えたものである。

 その後血圧測定をしたあと採血をしようという。まだ心の準備ができていなかったので、採血すると気持ち悪くなる旨を述べて採血は最後に回してもらう。そして、視力の測定をした後、横になって心電図を取る。まだ身長体重測定と問診が残っているのだが、看護師さん「せっかく横になっているから採血しちゃいましょうか」という。採血は最後にまわすということだったのでまだ心の準備ができていないし、採血をせっつかれるのも嫌なので、まだ身長体重測定と問診が残っている旨述べて採血を何とか最後にしてもらう。

 そして身長体重測定と問診を終え、いよいよ採血である。10年ぶりに私の腕に注射針がつきたてられる。注射針は怖くて見るのも嫌だが、自分の見えないところで自分の体に針がつきたてられているというのも嫌である。いずれにせよとにかく注射針を刺されるのは免れることができないようなので観念する。

 近時の注射針技術の進歩や看護師さんの技量のため、採血にあたって注射針を刺されても痛みはほとんど感じない。採血中に若干クラっとする感じは覚えたが、看護師さんが「もうすぐ終わりますよ〜」と状況を知らせてくれるのでここは何とか乗り切れるかと思った。
 ところが、別の看護師さんが採血中に、「goissさん、これが終わったら人事の方に行ってくださ〜い」と突如述べる。この日は健康診断だけと聞いており、人事との面談は全く想定外の事象である。人事と何かまた話をしなければならないかもしれないという予期せぬ事態が降りかかってきて、とたんに目の前が白くなってきた。そういうことは採血中に言わないでくれ。そういうわけでせっかく採血を乗り切れると思ったところがもうダメである。採血終了直後、「すいません、気持ち悪いので横にさせてください」といって、しばらく横になる。10分くらい横になってボ〜っとし、ようやく人心地がついて立ち上がれるようになった。

 医務室の人たちには今後も世話になることが予想されるので、丁寧に挨拶して健康診断を終えることができた。もうあと10年は体に注射針を突きたてられるのは嫌だ。これからどうやって定期健康診断から逃れ、採血をまぬかれることができるか。思案の日々は続く。それにしても健康診断は実に健康に悪い。「健康のためなら死んでもいい」という格言があるらしいが、健康診断はそういう人にこそピッタリのイベントであろう。

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2008年10月14日

天王洲スペシャルオセロ大会優勝

10月12日天王洲スペシャルオセロ大会に参加する。この天王洲スペシャルオセロ大会は、我が畏友で、オセロ全日本チャンピオンやオセロ名人を経験した中島哲也氏が主宰する日本オセロ連盟品川支部が主催するオセロ大会で、原則として各祝祭日に行われるという大会である。中島氏は、この他いくつかの月例オセロ大会を開催しており、多いときには毎週末にオセロ大会を主催しているという状況もある。中島氏のオセロ普及への熱意には全く頭が下がる思いである。

かつて私は全日本オセロ選手権大会で3位に入賞し、世界大会への出場を断ったことがあったほどオセロにのめりこんでいたが、ここ数年は大してオセロをしておらず、1年に一度オセロ大会に出る程度であった。しかし、来年私が競技オセロを始めてからちょうど30周年になるので、ちょうどいい機会と思い、また久々にオセロ大会にぼちぼちと出てみるかと思う。そういうわけで、先月2回、今月も天王洲スペシャルへと、ちょいちょいオセロ大会に出ている。

この大会は午後1時に開始なので、1時間半前に家を出る。この大会の会場は天王洲アイルにあるので、りんかい線か東京モノレールに乗ることになる。最初家から歩いて豊洲駅に行き、そこから地下鉄に乗って新木場に行き、そこからりんかい線に乗って天王洲アイルに行けばよかった。しかし何を間違ったか越中島駅に向かってしまった。自宅から豊洲よりも越中島の方が近いという判断であった。

しかしこれが大間違い。京葉線で越中島から新木場に行く電車は15分に1本くらいしか来ない。しかも前の電車が行ってしまったばかりなので、まるまる15分待たされそうである。越中島から東京駅に行く電車はすぐに来そうだったので東京駅から浜松町に行き、そこから東京モノレールで天王洲アイルに行くことにする。ところがこれも間違い。確かに越中島から東京駅までは大して時間がかからなかったが、京葉線のホームは地下にあり、山手線などがあるホームまでは10分以上延々と歩かされるのである。これは大失敗であった。こんなことなら豊洲から手堅くいくべきだったと思うが後のフェスティヴァル。仕方がないので延々と地下道を歩く。

東京駅の山手線のホームに着くとすぐに電車が来たのでこれはよかったと思い山手線に乗り浜松町に着く。浜松町ではモノレールがまさに発車せんとしていたところだったので、急いで切符を買ってモノレールに乗り込む。ところがこのモノレール、どうも浜松町から羽田空港に直行する便であり、天王洲アイルには停車しないことに発車してから気がついた。時に午後12時半。しまったと思ったときはもう後のラ・フィエスタ。オセロ大会開始が午後1時なので、大会参加を5分の4位あきらめた。とりあえず羽田空港ですぐに天王洲アイルに停車するモノレールが来ることを期待するしかないなぁと思ってむなしく車窓を眺める。15分かけて羽田空港まで連れてこられてしまった。

それでも若干の僥倖を期待して、すぐさま反対側のホームに行ってモノレールを待つと、ほどなくしてモノレールがホームに入ってきた。このモノレールは、流通センターという駅までノンストップで走り、そこから各駅停車となる区間快速という種類のものであった。これはラッキー、ひょっとしたら午後1時に間に合うかもしれないと思って期待してモノレールに乗り込む。時間を気にしてソワソワクネクネしながらモノレールに乗ること10数分、午後1時5分前位に天王洲アイルに到着した。豊洲経由で来れば1時間程度で来られるし、自転車で行っても1時間半なんかかからないような道中だったのに、何とも無駄な道草ばかり食ってしまった。しかしこうなってしまったものは仕方がないので、とりあえず急いで会場である郵船ビルへと向かう。急いで向かうといっても、40を過ぎてオセロ大会にダッシュで向かうのもみっともないので、小走り程度の感じで会場へと向かう。何とか間に合いそうな感じ。

会場近くまで来ると、喫煙所で主催者の中島氏が悠然と煙草をふかしながら他の人と談笑している。それをみてとりあえず時間には間に合ったことを確信して会場へと向かう。

そういうわけで、さまざまなアクシデントにも関わらず、間一髪大会に参加することはできた。しかし、この日、大会での対戦者は一人として楽をさせてくれる相手ではなかった。

1回戦、長崎5段。若手売り出し中の強豪。品川支部主催の大会上位入賞の常連。私はこの人にまだ勝ったことがない。この人最近全日本大会に入賞して5段を取った。急いでオセロ大会に来てヘトヘトのところで1回戦からいきなりこういう強い人と当たるのは全くけしからんことである。しかし、序盤・中盤でいきなりつぶされることなく互角に戦えた。終盤になってやや相手の着手に乱れが出てきたところで返し技をかけ、何とか勝ち。

2回戦、岩田4段。この人も強い。序盤相手の意表を突く展開に持ち込んだが途中私の緩手が続いて試合を決められそうになる。しかし相手の緩手をついて何とか挽回し勝ち。

3回戦 渡辺6段。この人今年の王座戦で3位に入賞。全くこの日はどうしてこんな強い人とばかり当たるかなぁと嘆息。勝てば勝つほど強い人と当たるので全く楽ができない。序盤私の緩手があって何とも打ちようのない形になった。しかし途中相手にも緩手が出て次第に打ちやすくなり、最後相手の読みには全くなかったが、私の頭の中では絶好のタイミングで打ってやろうと思っていた絶妙な珍手が決まり、勝ち。

4回戦 倉持2段。初めて対戦する方である。しかし近時インターネットの普及や、中島氏のような熱心な人たちによる頻繁なオセロ大会の開催により、オセロを修練する場が格段に増えていて、練習の場に事欠かない。こういう環境の下では、オセロを始めたばかりの人でも、あっという間に強くなることができる。だから、最近は誰とオセロをやっても全く勝つ気がしない。実戦では、やや私としては打ちやすい進行かと思いつつも、決定的な決め手がなく終盤まで進んだ。終盤、一応ハメ手ではあるが、まず99%ハマってはくれないだろうと思い、ハマってくれない場合の進行を読んだ上でハメ手を打ったところ、見事にハマってくれたので、結果としては楽に勝つことができた。

第5回戦 我が畏友中島氏。この人と公式戦で対戦するのは実に3年ぶり位。その時は実は勝たせてもらっている。しかしそういうことは稀である。この人に大差で負かされることはないが、かといって小差で勝ったり負けたりということでもなく、いつも穏便な石数で負かされている。この日も比較的穏便な石数で負かされた。

第6回戦 綿引5段。この人若手の強豪。まだ高校生らしい。今年の王座戦で入賞して5段になっている。この日は何とも最後まで苦労させられる。序盤当方が圧倒的に不利ではあるが、土俵の俵に足をかけ首の皮一枚で粘ってチャンスを待つという私が得意とする戦法に出る。事実終盤になって待っていたチャンス到来、ここぞとばかりに勝負手を放って細かいながらも何とか試合を決めることができた。

順当であれば私を破った中島氏が優勝するはずだったのだが、最終の第6回戦であたら好局を落としたため5勝1敗が4人出た。同勝数の場合に順位を決定するためのポイントを計算した結果、僅差で私が優勝することとなった。オセロ大会で優勝するのは、昨年のさいたまオープン以来である。私は最近オセロ大会に出ておらず、しかも私のようなオセロ歴30年というロートルプレイヤーが優勝するのは実に珍しいので、満場大爆笑かつ大盛り上がりであった。何かとてもうれしい。

私の場合、近年はオセロ大会に参加することが少ないのでいわずもがなであるが、昔頻繁にオセロ大会に出ていた頃であっても、オセロ大会で優勝するのは数年に一度という感じであった。そういうわけで、昨年今年と、2年連続でオセロ大会に優勝するというのは、実は結構珍しい。よわよわの人ばかりの大会ではなく、強豪の参加する大会にあっての優勝なので、まだ私もひとかどのオセロプレイヤーとしては通用するかなと思った大会であった。この日大会に来るまでに苦労し、大会に来てからも苦労した。苦労というものは報われることもあるんだなぁと思った一日であった。

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posted by goiss at 19:27| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする