2009年09月27日

9月27日の自転車

【9月27日】(シラス)

走行時間:0:36’11 走行距離:14.61km 平均速度:24.2km/h 最高速度:40.4km/h 積算走行距離:16877km

 この日夕方ころ床屋に行くことにする。秋葉原に行きつけの床屋があって、通常は電車で行くのだが、この日は気が向いたので自転車で行くことにする。もうこの床屋に行くようになってからもう3年くらいになるのだが、ここに自転車で行くのはこの日初めてである。家から秋葉原まで片道せいぜい6〜7km程度なので、今までここに自転車で行かなかったのが不思議なくらい。

 この日日曜なのでさほど道は混んでいないのでスイスイと走行できる。しかしそうは言っても信号が多く、そのためストップ&ゴーが多いので、台場に行く時のように平均時速27kmというペースではいけない。

 とりあえず家から永代橋のたもとまで比較的自動車の少ない裏道を走行し、永代橋から永代通りに出、その後交差点を右折して昭和通りを走行し、秋葉原に至る。家から秋葉原までのルートはいたって簡明である。

 秋葉原の床屋さんは、吉田自転車の顧客である。この床屋さん、時折吉田自転車の主宰する富士見パノラマでのダウンヒルに参加される。当然家から床屋までの道のりも自転車(マウンテンバイク)である。自転車の話で盛り上がってなかなか楽しい。
 この日は、かつて通勤途中にロードバイクで走る速い人がいて、その人について走行すると、自分のいつもの走行ペース以上のペースで走行できるので、いいトレーニングになったのだが、最近その人がいなくなったので、つい自分の心地よいペースで走ってしまい、あまりトレーニングになっていないという話をしていた。

 ここの床屋さんは夫婦でやっていて、最近女の子の赤ちゃんが生まれた。前回行ったときは生まれたばかりで、その前に行ったときはまだ赤ちゃんが奥さんのおなかの中にいた。今回はもうこの赤ちゃん4か月になっていた。ほっぺがモチモチして腕がプクプクして、とてもかわいい。しばらくこの床屋さんには赤ちゃんがいるので、この床屋さんに行く楽しみが増えた。この日は赤ちゃん起きたばかりでご機嫌ナナメ。奥さんが一生懸命あやしていた。

 そういうわけで、散髪をして気分さっぱり、モチモチ赤ちゃんにも癒されて床屋さんを後にする。

 散髪をして気分さっぱりした後、ちょいとCDでも見ていくかと思い、石丸電気soft3に出かける。ここの6階が輸入CDフロアになっていて、そこにいわゆる「レア本」すなわち廃盤輸入CDを集めた本に掲載されているCDが高額で販売されている。その中に何か興味深い品はないかと見、少々「ウォッ」と思った品はあったが、今急いで買うほどのものでもないと思って購入を見送る。

 それにしてもこの店、午後7時ころという時間のせいか、客が一人もいなかった。石丸大丈夫か??? そういえば、石丸のポイントカード、やはり11月上旬で消滅する。エディオンのクレジットカードを作ればポイントは継続するようだが、そんなつもりはさらさらない。早いところポイントを使わなければならない。ポイントを使って買うCDはすでに決まっている。

 そういうわけで秋葉原を後にして自転車走行する。昭和通りを直進して永代通りに折れ、永代通りを木場まで行って三つ目通りを走行して帰宅する。平均速度が時速24km台だが、市街地をそこそこのスピードで走行したので、まぁやむをえないか。

人気blogランキングへ←是非ワンクリックをお願いします。
posted by goiss at 22:59| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月25日

9月24日の自転車

【9月24日】(シラス)

走行時間:0:39’41 走行距離:12.65km 平均速度:19.0km/h 最高速度:41.7km/h 積算走行距離:16863km

 この日休みなのだが用事があって都心に自転車で出かける。家にはプリンターがないので、その用事のついでに途中でプリントアウトをしていくかと思ってまず日本橋キンコーズにより、プリントアウトのためウィンドウズのパソコンを借りようと思った。

 ところが、その時ウインドゥズのパソコン2台が2台ともふさがっていて、使用できるまでに20分から30分かかるという。以前はここに行くといつもパソコンが空いていてすぐ使用できたのだが、どういうわけか最近ここに行くとどの店に行ってもパソコンがふさがっていることが多い。
 先日も京橋店にまず行ったところパソコンがふさがっていてプリントアウトできず、仕方なく汐留の方の店舗まで行ってプリントアウトした記憶がある。

 客が殺到して20分とか30分とか待たされるならまだいい。しかし、キンコーズには通常パソコンが4台あって、そのうちの2台がウィンドウズ機、2台がマックという、ちょっと現在のパソコン使用事情とはまったく合致しない設備態様である。で、ウィンドウズの方はふさがっているのに、マックの方はガラ空きである。なんともKYな機器配備で、これには腹が立った。なぜウィンドウズ機をもっと増やさないのか。

 たかだかプリントアウトに30分も待つわけにいかないので、他の店に赴く。そこで用事の場所に近い京橋店に赴く。ところがここでもウィンドウズ機2台、マック機2台という設置態様で、しかもマック機は誰も使っていないのにウィンドウズ機はふさがっている。

 これにも腹が立ち、なぜ誰も使用しないようなマック機とウィンドウズ機を同じ割合で置いておくのか聞いてみると、どうも10月ころからはウィンドウズ機3台マック機1台とのことであった。当然であろう。もっといえば、原則として全部ウィンドウズ機とし、マック機を具備している店舗を限定する位のことはやってもいいのではないか。キンコーズは都心に十数店舗を構えているのだから、そのくらいやっても客は困らないだろう。

 その上で、何分くらい待たされるかを聞いてみると、10分程度だと係員は言う。そこで「10分ですね!!」とあえて確認すると、2台中1台のユーザーがウィンドウズ機の使用を終えていたらしく、そそくさとウィンドウズ機を離れる。ウィンドウズ機の使用を終えたらさっさとどいてくれればいいのにモタモタしやがってと思いつつも、まぁすぐ空いたからいいやと思ってウィンドウズ機を使用する。

 そういうわけでこの日キンコーズにえらい不便な目にあわされる。最近キンコーズは24時間営業を行う店を限定してきた。いくつかの店舗も閉店している。まぁあらゆる店舗で24時間も営業している必要はないし、不採算店舗の閉店もやむをえないと思うが、客のニーズに応じたサービスの質は維持してもらいたいものだ。少なくともマック機とウィンドウズ機を同じ割合で置いておくのはどうかと思う。

 そういうわけで、本来の用事を済ませる前に都心部とのろのろと走行してしまった。そういうわけで平均速度はあり得ないほど遅い。帰路も夕方であったため、自動車で混雑する道中を自転車で走行せざるを得なかった。それでも、さらに混雑する電車に乗って帰宅することを考えると、圧倒的に自転車の方が快適で、しかも早い。

 自転車走行自体は通常の都心走行とさほど変わらなかった。しかし、キンコーズのせいであちらこちらと無駄脚をさせられたのだけがシャクに触った。そのためこの日平均速度がとてつもなく遅い。

人気blogランキングへ←是非ワンクリックをお願いします。
posted by goiss at 19:11| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

オセロ地区対抗戦(後編)

【準決勝】

 さて第8回地区対抗戦トーナメント1回戦においてわが群馬チームは鉄板の優勝候補品川スーパーリーガーチームをまさかの4勝1敗で圧倒し、準決勝に進出した。

 準決勝の相手は北関東Aチームである。このチーム、北関東の強豪を集めたチームである。キャプテンはオセロ連盟理事の北島正人氏。ここでは自らを捨て駒と位置づけ、副将以下に精鋭を揃えて圧倒しようという作戦である。

 そういうわけで、私と対戦するのは事実上の大将格であるW引5段である。このW引5段、過去の資料をさかのぼってみると、どうも2006年のさいたまオープン2回戦で対戦し、最後相手の石を2個にしてしまったことがあるようだ。
 しかし現在では若手の強豪として成長している。昨年私が優勝した天王洲スペシャルオセロ大会でも対戦し、圧倒的に負けそうなところをなんとか踏みとどまって勝負手を放ち、これが功を奏するという危ない勝ち方をしている。そういうわけで、これはタフな勝負になると思った。


黒goiss5段 28 白W引5段 36

 序盤黒ヨット定石という珍妙な形になるが、これはどうもあまり黒が良くならないっぽい。23手目b3がいまいちで、ここはf8に打っておくのがよさそう。
 お互いに壁を派手に破らないようけん制しあう展開だが、結局黒31で白壁をド派手に破らざるを得なくなって不利になる。そこで、37、39とかく乱の勝負手を放って局面の紛糾を図る。しかし白に正確に応じられてなすすべがない。
 ただ50手目が緩手で、白4石勝まで形勢が縮まった。そこでなんとかごまかすすべはないかと思ったがあまり変化の余地がない。しかも私の残された制限時間はあと10数秒しかない。そういうわけで全く脳を使わず打つのがやっとという感じ。結果は白8石勝と、まぁまぁ穏便に負かされた。

 その時私を除く対局はすべて終わっており、私の対局の結果次第で群馬チームが決勝に進むかどうかわかるところであったが、結局私は負けてしまい、チームとしては2勝3敗でわが群馬チームは3位決定戦に進むこととなった。

【3位決定戦】

 3位決定戦の相手は東大オセロサークルGOROである。当然東京地区からの出場である。GOROのネーミングは、オセロ連盟会長の長谷川五郎氏とはまったく関係ない。Global Othello Revolutional Organization、すなわち世界オセロ革命機構である。何ともラディカルなネーミングであるが、何とか思想とか何とか主義とか何とか粉砕とか、そういった時代錯誤がかったものとは全く無縁の普通のサークルである。
 これから日本の将来を担う旧帝大エリート学生がオセロにうつつを抜かすとは、全く頭脳の無駄遣いではないだろうか。そんなことを私は、断じて、許す!! もっとヤレヤレ。

 私の対戦相手はT崎2段である。何とも頭のよさそうな学生さんであり、私などは平伏せざるをえないが、それはそれ、オセロとなれば話は別である。


黒 T崎2段 21 白 goiss5段 43

 序盤は予選でのN島4段との対局と同じ進行。23手目でb6と来たので、24手目でa5と打って相手の手を詰めにかかる。しかし、ここではいったんe1と打って上辺を取らせるように仕向ける方が良かったかもしれない。
 33手目までで黒壁は厚く黒の手は狭いが、ここからどうやって決めるかが難しいところ。黒右辺にウィングの悪形があっていざとなればこちらを攻めることになるが、これを攻めることになるとしても、できるだけ効果的な形で攻められるように持っていきたい。
 37でa7に黒打ってくれたので、大分黒の手に制約が出てきた。黒手が狭くて打つ手に制約ができたので、これはもう負けられない。寄せでは左辺と下辺を犠牲にする形となったが、予定通り右辺のウィングを効果的に攻める形で進めることができ、しかも42手目で上辺を白一色のピュア・スカートの形にしてあったことが幸いして、h1、g2を連打することができ、結果として3隅取られながらも美しく勝つことができた。

【3位入賞】

 結局群馬チームが4勝1敗と日本の将来を担う青年オセロ軍団を圧倒し、3位に入賞することになった。何というか、オセロは最終的には個人でやるものであるが、そこにチーム構成員相互間の微妙な連帯感があって、そこにいつもの大会と異なるやりがいとか面白さがある。それが団体戦の面白いところだろうか。私の個人は、4勝2敗、規定のポイント差により16チームの副将格中3位になった。
 ちなみに、われわれを破って決勝に進んだ北関東Aチームは、中部チームに敗れて準優勝となった。北関東から出た2チームが準優勝、3位を占め、館林での開催に花を添えた結果となったと思う。

 そういうわけで、オセロ団体戦を久々に満喫して館林を後にする。今度はどこで地区対抗戦をするか分からないし、どういう形で私が参加するかわからないが、とても面白かったので、来年もまた参加してみたいと思う。

(完)

人気blogランキングへ←是非ワンクリックをお願いします。
posted by goiss at 00:13| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | オセロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月23日

オセロ地区対抗戦(前篇)

 さて9月22日はオセロ地区対抗戦の日である。オセロ地区対抗戦とは、各地区からひと組5名のチームを出し、チームでの勝敗を競う、団体戦である。各地区(例えば、北関東とか、東京とか、神奈川とか)からの出場チーム数には限定はなく、先着16チームが出場できる。

 オセロ地区対抗戦も回を重ねてついに第8回となった。その間、各地区の持ち回りで開催される。今年は群馬県館林市で開催された。

 群馬県には30年以上前、日本オセロ連盟群馬県本部が存在し、広瀬修二氏という医師を本部長にして活動していた。しかし、広瀬氏が30年ほど前に急逝されていらい、群馬県におけるオセロ連盟の組織的活動は行われていなかった。しかし、ここ数年、群馬県においては、館林を中心としてオセロ大会が開催され、活発な活動が行われている。

 そういうわけで、ついに群馬県において、地区対抗戦という、全国規模でのオセロ大会を行うにいたった。30年前の日本オセロ連盟群馬県本部を知る私としては、感無量である。そういうわけで、私は群馬チームに副将格として参加する。ちなみに大将は、中学生ながら全日本選手権4位、王座戦3位と全国レベルでの大会での実績のある天才少年K田6段である。

 この日午前10時10分浅草発の特急りょうもうに乗って館林へと向かう。館林までおよそ1時間10分程度の道のりである。電車は割合空いていて快適だった。

 館林駅に到着すると、数人の地区対抗戦参加者がいて、タクシーに分乗して会場の館林文化会館へと向かう。タクシーで5分くらいか。

 地区対抗戦では、16チームが4つのリーグに分かれ、最初リーグ戦を行う。そして、各リーグの上位2チームが、1位から8位まで決定トーナメントを行い、下位2チームが9位から16位まで決定トーナメントを行う。

【予選リーグ】

 わが群馬チームは、東海チーム、茨城チーム、品川フレッシャーチームとリーグ戦を戦う。

 初戦は東海チームと戦う。私はE本4段と対戦する。この方、私が1988年に全日本選手権で3位になった時に、上位16名で行う決勝トーナメント1回戦で対戦し、序盤圧倒的に不利だったにも関わらず一手の相手の緩手をついてなんとか勝たせてもらった相手である。序盤当方が緩手を打って終始おされぎみのまま完敗。群馬チームもメンバーも全員負け。まずはチームとしては1敗を喫する。

 2回戦は品川フレッシャーズチームと対戦する。フレッシャーズチームはふた組の親子+全日本女子チャンピオンという、面白い組み合わせのチーム。私はT1級と対戦する。序盤〜中盤にかけてはなかなかいい勝負であったが、中盤の終わり頃に相手が一連の緩手を打ったため、そこを突いて当方が強烈なウィニングショットを放ち、勝ち。群馬チームメンバーも3勝2敗で、チームとしてはまず片目をあける。

 3回戦は茨城チームと対戦する。私はN島4段との対戦。6月に行われた全日本選手権茨城ブロック大会でも対戦している。その時は何とか勝たせてもらったが、全く勝てる自信のない強豪である。これは棋譜を覚えていたので、いかに棋譜をあげる。


黒N島4段:24 白goiss5段:40 (ただし記録上は黒23−白41)

 9手目は30年ほど前にも結構流行っていた手。21手目でe1に付けたため、22と取ってh5に打つ手がなくなり、24と打たれて黒意外と手が狭くなる。28で、黒は一歩間違えると手が詰まる。今29を打たないと、その後白にg1に打たれてそこに打てなくなるし、29を打ってh4に打つ手を増やすということで、29はやむを得ない。しかしこれに対する30がなかなかの手で、31と入らざるを得ず、32と打って手を渡す。こうなると黒は手詰まり寸前なので、35、37と勝負手を放つがその後淡々と対処した後42と冷静に対処し、以下白の読み筋どおりの進行で勝ち。群馬チームのメンバー全体でも4勝1敗、チームとしては2勝目をあげる。

 その結果、群馬チーム、東海チーム、茨城チームが2勝1敗で並んだ。そこで、キャプテン(大将格)の勝ち数により、東海チームと群馬チームが1位〜8位決定決勝トーナメントへと進む。

【決勝トーナメント】

 決勝トーナメント1回戦は品川スーパーリーガーズチームである。このチームは、品川スーパーリーグという、一定の参加資格を有する強豪だけが集まる品川で行われているオセロ大会の中から選りすぐりのメンバーを集めたチームである。その中には、世界チャンピオン経験者、全日本チャンピオン&オセロ名人経験者、現オセロ名人、全日本選手権4位経験者が含まれているという恐ろしいチームである。

 私はその中で、若手で進境著しい(通称)たおる5段と対戦する。たおる5段は全日本選手権4位を経験し、昨年のさいたまオープンオセロ大会優勝者である。私はまだ対戦したことがない強豪なので、結構ソワソワクネクネしていた。この対戦も棋譜を覚えてるので、以下にあげる。


黒たおる5段:18 白goiss5段:46

 バッファロー定石からの進行。6手目でe3に打つ手でなぜか負けが込んでいたので、気分を変えてe2に打ってみる。16手目あたりから、何となく打ちやすいような気がしていたが、それは気のせいかもしれないし、相手は名にし負うたおる5段のため、全く油断できない。

 25手目c8に打ったため、白26と打たれてややf1に打ちづらくなっている。そこで27と辺を取るが、いやらしく白28と付ける。一旦29と中を割るが、白30と打っていけいけどんどんとばかりに白壁に誘い込む。そこで白壁を温存するため31と下辺を取ったため、32と下辺ウイングを攻撃する。

 そこで黒は33と猛烈な手を打つ。これは、b列が黒いことを利用して、隅をとった時に白がb8に割り込めないようにすることを狙ったものである。これを避けるために白34は必然と思われたが、ゼブラ(オセロのコンピューターソフト)によれば、a3の方が評価値は高い。

 ここで、黒35と左辺をとったのがどうだっただろうか。それで、将来的にa7に攻撃する手もできてしまって白の手が広くなったと思う。黒37と打って白f2とa7の手を消し、かつ左下隅をとることを狙ったが、白素直素直に応じて白勝ちの形勢である。結局狙いの46手目a7に打って美しく勝つことができた。

 他のメンバーの結果も含めて4勝1敗。メンバーの顔ぶれからみて鉄板の優勝候補だった品川スーパーリーガーズを相手に、よもやの圧勝。わが群馬チームは、堂々の準決勝進出を決める。

(つづく)

人気blogランキングへ←是非ワンクリックをお願いします。
posted by goiss at 01:49| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | オセロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月21日

さいたまオープンオセロ大会

さて9月21日はさいたまオープンオセロ大会である。さいたま市の成立にちなんで開催されたこの大会ももう9回目になる。第1回からベストドレッサー賞・アットホーム賞(要は仮装大会)の審査員として招待されてから毎回参加させてもらっている。この大会とは相性がよく、私はこの大会で2回優勝している。複数回優勝しているのは、ひょっとしたら私だけかもしれない。

この大会での優勝のうち、一度は王座戦という全国レベルでの大会と同日に開催されたときに優勝している。これを私は2ちゃんねるでネタにされたことがある。
要は全国レベルでの大会で強豪が参加しないときに優勝したことを茶化されているのだが、私はオセロ関係のネットでは「アンチオセロ大王」というHNを用いているため、「空き巣狙いとは大王さすがだな」とカキコされたわけである。これはなかなかセンスのあるカキコだと思って大爆笑した覚えがある。これを書いた人、褒めてあげるからぜひ名乗り出てほしいと思う。

それはそれとして、今回はスイススタイルの6試合やって4勝2敗。うち2敗は優勝者と準優勝者にあたってのものであるが、優勝者との試合は惜しかった。


黒 優勝者  白goiss

何というか、変な進行。しかし、うまい具合に黒に手を渡して白壁を破らせ、後はいけいけという感じ。しかし形勢を楽観したか、46手目が緩手で、これはd1が先、それで白6石勝。しかし本譜の46でも白2石勝の形勢である。敗着は50手目で、ここでもd1で白2石勝である。52手目が大悪手で、差が開いてしまった。こういうところでこういう手を打っているようでは修行が足りない。

なお、この棋譜は、後藤幸信氏が開発したHamliteというソフトを使っている。これほどすぐれた棋譜ソフトがあるのは、最近村上健氏のブログから知った。改めて後藤氏と村上氏に謝意を表したい。

ちなみに、村上氏はオセロ世界選手権に三度優勝した斯界の巨匠である。後藤氏も実は1985年全日本大会で3位に入賞している。私はこのとき後藤氏と決勝トーナメント(64人中上位16人が決勝トーナメントを行う)1回戦で当たり、あたら好局をふいにしてしまった。

それはそれとして、明日もオセロ大会である。ひと月に3回もオセロ大会に出るのは、四半世紀ぶりくらいである。まぁこういうことがたまにはあってもいいか。

人気blogランキングへ←是非ワンクリックをお願いします。
posted by goiss at 20:44| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | オセロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月16日

運転免許の更新

 さてそろそろ運転免許証の更新の時期である。私は1985年12月24日に郷里の群馬県で普通自動車の運転免許証をとった。直後1回だけ自動車を運転したことがあったが、その後四半世紀近く自動車を一回も運転したことがない。自動車大国であるアメリカにいた時ですら1回も運転したことがない。

 そういうわけで、この四半世紀、結果的には自動車の運転免許はあってもなくてもどちらでもよかったのだが、そうはいってもいつ運転する必要が出てくるかわからないし、運転免許証は、たとえば住所確認などの書類として有用性はあるので、失効させずに持っているわけである。

 ちなみに、私はこの四半世紀自動車を運転していないので、当然のことながら無事故無違反の優良運転者である。それゆえ、免許証もゴールドで、更新も5年に一度でよい。したがって、今回の更新も5年ぶりである。5年前に更新したのが、何となくついこの間のような気がする。

 ただし、今まで比較的あちらこちらと引っ越しをしてきて、運転免許の住所を変更するのが面倒であったので、運転免許証の住所は郷里の群馬県高崎市のままにしてあった。それでは住所確認の書類として役に立たないので、今回の更新を契機に現住所のものにする。

 そうはいっても、一応今の免許証は群馬県公安委員会から出ているものであるため、まずは群馬県で更新をしようと、9月15日に前橋市にある交通安全センターへと赴く。JR新前橋駅から歩いて5分〜10分の間くらいのところにある。

 そこでまず窓口に行って、免許証と更新通知のはがき、および住所等変更の際に必要な住民票の写しを見せ、住所変更を伴う更新である旨を告げると、係員の人が、「う〜ん、これは、いったん群馬県の住所のままで更新手続きをしてから東京で住所変更の手続きをしてもらうか、東京で住所変更と更新手続きをいっぺんにしていただくかですねぇ」といわれる。
 どちらでもよさそうに見えるが、話を聞くとどうも群馬の住所のままで更新手続きをして東京で住所変更すると、変更した住所が免許証の裏に記載されるとのことである。それでは住所確認の書類としては何となく美しくないので、東京で更新手続きをすることにする。

 更新手続きをしようとわざわざ群馬県に赴いたのに更新手続きをしなかったのは無駄足であったが、いずれにしても東京でもう一度手続きをしなければならないなら、美しい免許証を取得できた方がいいので、群馬県での手続きはせずに東京で手続きを行うことにする。

 翌9月16日午前9時半ころ、私の家の近くにある江東運転免許試験場に自転車で赴く。まだ時間がそれほど遅くないせいか、それほどベラボー混んでいるという感じはしない。

 まずは1階の受付窓口に赴いて通知ハガキと免許証を出し、更新申請書を作ってもらう。免許証のフォーマットと氏名連絡先の記載欄が表にプリントされ、裏に既往症の有無等のチェックシートが記載されている簡単なもので、これに必要事項を記入してから手数料の印紙(3500円)を買って更新申請書に貼り付ける。印紙に消印してもらってから、何やら暗証番号を入力するという手続きをする。その後視力検査を行い、その後住所等変更のための書類である住民票とともに更新申請書を提出する。申請書提出のところでちょっと待たされる。そのあと写真撮影をして更新申請書提出手続きは終わり。ここまでで大体15分くらいの感じか。

 更新申請書提出手続きが終わった後2階に上がり、優良運転者講習を受ける。そのとき午前10時5分だったので、午前10時に始まったばかりの講習に入れてもらう。ちょうどいいタイミングでよかった。

 講習の内容は、免許証の記載事項等の変更説明と、後部座席でのシートベルト着用義務、聴覚障害者マークを表示した自動車への配慮、5分ほどのDVD(交差点での運転の注意、子供や高齢者への注意)ということで、30分ほどのものである。

 免許証の記載事項の変更点は、@免許証にICチップが埋め込まれたことの他、A運転免許証の種類の変更であった。私は従来自動車の普通運転免許をもっていたのだが、それが中型運転免許になり、さらにそれが限定つき(中型車は8トンまでのものに限る)ということで、中型限定付という種類になったということである。運転免許の種類の名称変更により、特にその内容に変更はないとのことであった。

 また、この日、「自転車交通安全情報」というA4版1枚のパンフレットを講習関係書類とともにもらう。例の「自転車交通5則」に、傘差し運転や携帯電話使用運転の禁止、幼児2人同乗用自転車を運転する時は幼児2人乗車可の旨を掲載している。このパンフレットについてのコメントは講習中にはなかったが、自転車の安全運転について、こういう場で啓発活動を行っているのは、とてもよいことだと思う。
 あとは、現場のおまわりさんにこれを遵守してもらうだけである。おまわりさんにはぜひ率先して車道を自転車で走ってもらい、また並走は避けてもらいたいものである。

 30分間の講習が終わった後、4階に上がって免許証をもらう。免許証ができるまで講習終了後15分ほど待つ。混雑はなく、免許証ができてからすぐに交付を受けることができた。

 免許証の交付を受けた後、免許証に埋め込まれているICチップが正常に作動するかどうか確認する。免許証の交付を受けた場所に、作動を確認する機械がある。所定の位置に免許証を置き、受付の時に入力した暗証番号を入れると、免許証の内容が表示される。今般もらった免許証の本籍の欄は空白になっているのだが、このように所定の機械に暗証番号を入れて作動させると出てくるしくみとなっているのだ。

 免許証の交付を終えて1階に降りる。所要時間は全部で1時間少々という感じか。私が来た時に比べると、若干更新申請書提出のところの列が長くなった感じ。やはりこういう手続き事は、できるだけ早い時間に行く方がよいのだろう。

 そういうわけで、5年に一度の運転免許更新手続きを終えて帰宅する。この免許証には現住所が記載されているため、住所確認書類としては使い勝手が良くなったなぁと思う。

人気blogランキングへ←是非ワンクリックをお願いします。
posted by goiss at 12:20| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月09日

9月8日の自転車

【9月8日】(シラス)

走行時間:0:31’59 走行距離:12.39km 平均速度:23.3km/h 最高速度:42.5km/h 積算走行距離:16850km

 この日CDを買いに出かける。その日購入したCDについてはこちら参照。秋葉原のタワーレコードにするか銀座山野楽器にするかまよったが、先日消滅した数寄屋橋HMVの跡地を見に行くのと、CD屋に寄った後豊洲にあるホームセンターに寄って行くことがあったため、銀座山野楽器にする。

 まずは家を出て銀座を目指す。越中島通り〜清澄通り〜晴海通りというコースである。かつての通勤路であって何となく懐かしい。しかし、10月くらいからは、このルートを使うことが結構増えることが予想される。

 それはそれとしてこのルート、懐かしいことは懐かしいが、じゃぁ走行して楽しいかというとそうでもない。特に晴海通りは自動車が多い。何というか、こんなに自動車が多くないと生活成り立たないのかねぇというかんじ。温暖化ガス1990年比25%削減とかいって、それをやるための試算でEV車の割合を何パーセント増やすとかやっているけれども、一番最初にやることは、自動車そのものを減らすことじゃないかねぇ。

 それでも電車で銀座に行くよりは圧倒的に楽しいし、しかも意外と早い。とにかく雨が降っていない限り、都心部にでかける限りはどこに行くにも自転車で行きたいものである。

 そういうわけで家から自転車でまず銀座山野楽器に行き、めざすCDを買う。この山野楽器の前にはなぜか灰皿が置いてある。しかし、中央区は歩きたばこは禁止じゃなかったか。灰皿なんか置いてあったら歩きたばこを助長する結果になるのではないか? 何というか、役人の考えていることはよくわからない。むろん役人にも優秀なのとそうでないのがいるが、優秀なのは本当に限られたところにしかいないものだ。

 銀座山野楽器を出てから数寄屋橋の東芝ビルにいってHMVの跡地を見、その後晴海通りを折り返して豊洲へと向かう。

 勝どき橋を渡ってしばらく走行すると晴海大橋である。この晴海大橋を渡るときのダラダラと続く上り坂が結構タフで、トレーニングになる。

 晴海大橋の上りが終わると景色が一変し、東京の一等僻地のパノラマが眼下に広がる。間違いなく実現しないであろう東京オリンピック、および有毒物質を満載するが故に困難な市場移転のためにほったらかしになっている大平原を晴海大橋の上から睥睨する形となる。そして橋を一つ渡るだけでこうも風景が変わるものかと驚く。

 晴海大橋南詰交差点を左折してホームセンターへと向かう。この近辺、東急ハンズと、それとは別のホームセンターの2つがあるのだが、東急ハンズでない方のホームセンターの方が駅から近い。そちらのホームセンターで木槌とドライバーを買う。CD棚を組み立てるためである。ホームセンターはいろいろな品があって面白いので、しばらくのあいだそこでブラブラして楽しむ。

 ホームセンターの出入り口に「自転車は押してください」との表示がある。確かにホームセンターの出入り口近辺には人が大勢出入りしているため、自転車を押していった方が安全ではある。そこで表示に従い自転車を押して自転車置き場に持っていき、そして自転車置き場から出る時も自転車を押していく。

 豊洲のホームセンターから自宅までだいたい1.8m位。まぁ適当に走行して帰宅する。平均速度は時速23km台。都心を注意深く走行したり自転車を押したりしたのでまぁこんなものか。それでも都市部においては時間当たりの走行距離は自動車と変わらないか、または自動車をしのぐであろう。

人気blogランキングへ←是非ワンクリックをお願いします。
posted by goiss at 14:11| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月07日

オセロ王座戦と自転車

 9月6日オセロ王座戦に参加してきた。品川にあるハートンホテル品川で行われた。近時オセロの全国レベルでの大会はすべてここでやっている。

 オセロ王座戦はオセロ名人戦、全日本オセロ選手権大会と並ぶ第3の全日本レベルでのオセロ大会である。オセロ名人戦と全日本オセロ選手権大会で一定の成績を収めた者のみが参加できる大会である。この大会の優勝者は、3人目のオセロ世界大会の日本代表となる。今回で第4回目となり、全国レベルでのオセロ大会の中では比較的新し目の大会である。

 私は先に行われた全日本オセロ選手権大会で4勝2敗の成績を収めたので王座戦の出場資格を得た。1年間に2回も全国レベルの大会に出るのは、おそらく私が高校生だったころ以来、四半世紀ぶりくらいの感じである。

 まさかこんなに長いことオセロをやっているとは思わなかった。もっとも私の場合、大学受験や司法試験受験、留学、多忙など、さまざまなブランクがあったため、実際に現役プレーヤーとしてやっているのは、そう長いわけではない。

 大会の結果は、7戦やって4勝3敗でやっと勝ち越し。最後の方は脳が疲弊していて頭脳競技の体をなしていなかった。この年になると体調も考慮してオセロを打たねばならない。ちなみにこの日7戦中3戦が女性の方との対戦であった。30年を数えるオセロ歴の中、これほど女性の方とオセロ大会で当たったのは初めてである。オセロの女神の采配であろうか、この日たまたまぐーぜんにモテモテの一日となった。

 成績はともあれ、全国レベルでのオセロ大会の楽しさを改めて感じた。こうした大会に出ると、数年ぶりに遠方から来るプレーヤーと久々に会ってとても楽しい。また最近、オセロをやる若い人が爆発的に増え、こうした人たちとの交流がまたとても楽しい。趣味を持つことのいいことは、地域と年齢を隔てた友人が趣味のもとに一挙に集うことができることである。オセロに関しては、まさに「オセロの下の平等」というところである。

 ただ、私に関して言えば、困ったことはオセロ以外にも、時間を割くことがとても多いことである。オセロに集中して時間を割いていれば、今以上にオセロに強くなるのは比較的たやすい。しかし、オセロと同じくらい、否、オセロ以上に大事なこと、そして楽しいことが、私には多すぎるのである。

 そういうわけで、現在のところ、オセロの実力はそこそこにして、オセロを通じたオセロ大好きな人々とのコミュニケーションを大事にすることを重視している。

 この日自転車のヘルメットをもって大会に出ている女性の人がいて驚いた。この人比較的昔からオセロ大会に出ている人で、最近仕事で行っていたエチオピアから帰ってきてトライアスロンを始め、この日自転車で大会に来たのだという。この日私は富士チャレンジ200という自転車のイベントのシャツを着てきたので、向こうもちょっとこちらのことが気になっていたらしい。

 ちなみにこの人エチオピアでは環境関係のNGOで働いていたらしい、発展途上国での活動つながりで、私もかつてやっていたカンボディア司法支援プロジェクトの話をして盛り上がる。

 そのひとこの日乗ってきた自転車を見せてくれた。ケルビムでオーダーし、アルテグラで組んである立派な自転車であった。そういえば最近自転車でオセロ大会に行っていないなぁ、そのうち自転車でまた行ってみるかそんなに距離もないことだし、と思った。

人気blogランキングへ←是非ワンクリックをお願いします。
posted by goiss at 21:44| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | オセロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月02日

9月2日の自転車通勤

【9月2日】(シラス)

走行時間:0:27’26 走行距離:11.83km 平均速度:25.9km/h 最高速度:41.2km/h 積算走行距離:16838km

【往路】

この日曇り。今にも泣き出しそうな鉛色の空であるが、天気予報によればこの日いっぱいは天気はもちそうなので自転車通勤する。この日は気温はさほどではないので結構しのぎやすい。

 昨日買ったスペシャライズドのBGグローブを手にはめて走行する。BGグローブをするのは本当に久々である。私はグローブをよく紛失するので、これで何代目のグローブかは忘れてしまった。最初BGグローブだったが、その後トレックのものを使い、更にナイキのものを使い、ちょっとマヴィックのものをつかって、またBGグローブという感じか。とくにグローブにこだわりはなかった。

 いずれにせよ同じグローブを何日も使うと臭くなる。自転車走行中意外と手に汗をかくのだ。剣道の小手みたいなものだろう。私は昔大学生の時の体育で、抽選に外れて剣道を取らざるを得ないことがあったが、そのときの小手のすさまじい臭さにはまいった。

 例によって三つ目通り(支線)を通って豊洲駅に向かう。途中でバスを追い越して走行する。このバスはIHI行きのバスで、雨天時に使うことが多いバスである。このバスに乗るため、自転車で出るときの10分くらい前に家を出るのだが、そうやって乗るバスを追い越して走行するのだから、いかに自転車での通勤が速くて便利かが良くわかる。

 東京の一等僻地への玄関口である豊洲駅前では自動車が若干詰まっているが、自転車の走行に邪魔になるというものではない。信号が青になると同時に一等僻地地帯へと向け走行を始める。ゆりかもめ新豊洲駅を過ぎると完全に日本有数の空き地の中の一本道を突っ切ることになる。

 新豊洲駅から晴海大橋南詰交差点までの500メートルくらいの間で心拍数を上げる。晴海大橋南詰交差点で赤信号だと一休み、青信号だと引き続きトレーニングという感じ。

 晴海大橋南詰交差点を超えて有明コロシアム東交差点までの間は快走区間。特に妨げられるものなく脚を止められることなく走行する。なかなか楽しい。東京23区内ではなかなかめずらしい場所である。勢いをつけて有明北橋を渡るときの上り坂を上り、下る。

 有明コロシアム東交差点を右折して台場まで1.5kmくらいの道のりを走行する。この間特に障害になるような自動車はいなかったので、時速35km程度の快走ペースで走行する。この日比較的しのぎやすいはずなのだが、それでも汗まみれになる。厳寒期ですら自転車通勤をすると汗がにじむくらいの感じであるから、いくらしのぎやすいといっても夏なら汗まみれになるのが当然であろう。

 例によってレインボーブリッジ入口交差点で止められ、その後少し走行して台場の駐輪場に到着する。平均速度は時速27.5kmなので、まぁまぁの走行だったか。

【復路】

 この日午後7時ころの帰宅である。ついひと月ほど前は午後7時だとまだ明るかったのに、9月にもなるともう完全に日が暮れている。
 まだ暑いのでいつまでも夏のノリでいたが、考えてみるとあと20日ほどで昼夜の長さが逆転するのだ。しかしそうなると、暑くないので自転車走行にはちょうどいい季節となる。

 例によって台場から有明コロシアム東交差点まで1.5kmほど走行する。はじめ数百メートルほど相変わらず道がデコボコしてトラックが多く走行しにくい。前の方にバスが走っていたため、様子を見てバスのあとをゆるゆると走り、バスが停留所にとまったタイミングをみはからってサッとバスを追い越す。あとは時速40km近いスピードで走行できる。

 有明コロシアム東交差点を左折してゆりかもめ下道を快走する。私が7年近く自転車通勤をしてもっとも楽しく走れる区間である。通勤途中に2km近く自動車をほとんど気にせず走行できる区間が東京にあるのが奇跡的である。

 豊洲駅前交差点を過ぎると、ドカンと自動車の量が増えて、とたんに神経を使って原則せざるをえなくなる。朝に比べてどういうわけか夜の方が格段に交通量が多い。そのためノロノロ走行を強いられ、結局帰宅後平均速度を見てみると25km台にまで落ちてしまった。

人気blogランキングへ←是非ワンクリックをお願いします。
posted by goiss at 21:35| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月01日

9月1日の自転車通勤

【9月1日】(シラス)

走行時間:0:31’23 走行距離:13.11km 平均速度:25.1km/h 最高速度:43.8km/h 積算走行距離:16826km

【往路】

前日台風が夕方から夜にかけて関東地方に接近するとのことだったので、どんなにすごいことになるかと思ったが、その日はバス+ゆりかもめでの通勤であった。
 バスがなかなか来なくて結構待たされ、来たら来たで結構混雑している。特に往路のバスは激混みで、乗車できないどころかドアが閉まるかしまらないかというほどの状況であった。

 かつてニューデリーに出張に行ったときに見たバスは、人があふれんばかり、というよりも半分あふれている状況の下、出入り口に立って、というよりも出入り口にしがみついている人がドアの代わりをしているような様相を呈していた。もしそのバスにドアがなかったらそんな感じだっただろう。

 台風一過でこの日快晴。日差しが強く湿気多く結構暑い。しかし当然のことながら自転車通勤である。雨が降らない状況のもとバスで通勤するなどとても考えられない。

 例によって三つ目通り(支線)から豊洲駅交差点へと向かう。豊洲駅交差点では結構自動車が詰まっていた。特にタクシーの詰まり方がすごい。豊洲は東京の一等僻地への玄関口だが、そもそも一等僻地は人が来ないところなので玄関口といってもたいした意味はないはずである。にもかかわらずタクシーが多いのが不思議である。

 豊洲駅から東京の一等僻地に入る。それでも豊洲駅から500メートルくらいの新豊洲駅あたりまではまだ建物があるのだが、そこから先は東京ガス跡地の広大な空き地である。築地市場やらオリンピック選手村やらを立てるために意図的にほったらかしにされている。都市部において意図的にほったらかしにされた土地としては日本では最大級のものか。
 その中をゆりかもめに沿って突っ切る道路をひたすら走行する。例によって体重を前に預けるような感じでペダルを前に進める。

 東京ガス跡地等の壮大な空き地を通り抜けた後、有明コロシアム東交差点を右折する。左手に有明テニスの森を見ながら走行する。
 「有明テニスの森」といっても、森という感じの木々はなく、またテニス場がそこかしこにあるという感じではない。有明にあるので、「有明」というところはわかるのだが、どこがどう「テニス」の「森」なんだかよくわからない。このあたりは時速35kmくらいの感じで気分良く走行する。

 この日レインボーブリッジ入口交差点の赤信号に止められる。ここの信号は長い。しばらくして信号が青に変わり走行を始めるが、すぐそこが駐輪場なので、あまり気合は入らない。すぐに駐輪場に到着する。

 それにしてもこの近辺、オートバイで来る人が多い。次々とオートバイが爆音と排気ガスを撒き散らして駐輪場に到着する。爆音と排気ガスを撒き散らして走行するオートバイという乗り物を、国家が放置しておくのが信じられない。しかも、年端もゆかない16歳のガキに免許を取らせるのがなおさら信じがたい。まぁそれはそれとして、この日平均速度が時速27.5kmだったので、まぁまぁの走行だったかと思う。

【復路】

 この日午後6時半ころの帰宅である。例によって台場から有明コロシアム東交差点まで直進して、その交差点を左折してゆりかもめ下道に入る。ゆりかもめ下道は自動車が少なくて快適に走行できる。そのまま道なりに豊洲駅に向かって走行する。

 豊洲駅に近づくにつれて信号が多くなり、そこでトラックなどのでかい自動車が信号待ちをしていて自転車走行しにくくなる。豊洲駅から先は自動車が増えてくるため用心して走行しなければならない。

 この日吉田自転車で買い物をしていく。自転車用グローブとチューブである。先日タイヤが立て続けにパンクしたときにチューブを使い果たしたので新たに購入する。また、グローブはいくつかあった方が何かと便利なので1つ買っていく。今回買ったのはスペシャライズドのBGグローブである。私が自転車に乗り始めたとき初めて使ったグローブである。初心に帰って使ってみることにする。

 そういうわけで、この日も楽しく自転車に乗って安全に帰宅する。吉田自転車からの帰り若干歩道をノロノロと歩行者に注意して走行したので、平均速度は時速25km前後となった。

人気blogランキングへ←是非ワンクリックをお願いします。
posted by goiss at 22:35| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする