スタート早々に直面する20%はあろうかという勾配の、「激坂」と呼ばれる壁のような坂で有名であるが、その後も比較的なだらかな坂から壁のような坂まで程よく取り揃え、というより壁のような坂の割合が若干、というか相当多いが、そんな道のりを18kmほど走行すると急激に視界が開けてつつじが咲き乱れる美ヶ原高原のお出迎え、そこから2〜3kmほどは直線〜緩やかな下り坂で快走し、最後500メートル位の上り坂でダメを押されてゴール、という、何ともマゾ楽しいヒルクライムレースである。
私はこのレースに一昨年から参加している。一昨年参加の時は、スタート早々の激坂にあえなく脚をつき、その後も壁のような坂をいくつも目の当たりにしてやはり数箇所で脚をつき、結局2時間を超えるヘタレ・タイムで撃沈した。昨年参加の時は、激雨のためツール・ド・美ヶ原中止。その日一日長野県観光となり、それはそれで面白かったが激坂へのリベンジを果たすことができなかった。
そういうわけで、タイムはどうでもいいが、何が何でも1回も脚をつかないで全コースを上りきること、これが今回のツール・ド・美ヶ原の目標であった。
開催1週間前の天気予報だと、6月28日の天気は曇り時々雨で、中止はないにしても雨天走行で不愉快かなぁと思っていたが、その後の天気予報によれば雨は降らないもようであるため安心してヒルクライムを楽しむことができると思った。
前日の6月27日(土)午前7時半に吉田自転車に集合し、ツール・ド・美ヶ原の受付場所である松本市営野球場へと向け私を含め4人で出発する。途中中央自動車道の相模原のあたりまで結構むごい渋滞が続いた。以前はこういうむごい渋滞は無かったはずだがいわゆる1000円渋滞というやつだろうか。それでも午後2時前後には松本市営野球場に到着する。昨年は午前9時半ころ出発して午後2時頃到着したので、やはり渋滞の影響はあるのだろう。
ヒルクライムのイベントでは受付会場近くに自転車関係の店がテントを出して実ににぎやかで楽しめる。早速受け付けを済ませ、参加賞をもらう。
今年のツール・ド・美ヶ原は第10回目の開催だそうで、そのためか例年激坂マークの入ったTシャツが参加賞だったのだが、今年はそのTシャツに加えてタオルが参加賞となっていた。参加者が殺到・激増して高飛車となりろくな参加賞を出さなくなったMt.富士ヒルクライムとは雲泥の差のサービスである。その後OD Boxのブースに行き、もののためしにVESPAを買っていく。
今年の参加者は2200人だそうである。この大会の定員は2000人くらいらしいので、ほぼ定員いっぱいの参加である。ツール・ド・草津、Mt.富士ヒルクライム、ツール・ド・美ヶ原のような有名な大会は、みな定員いっぱいくらいまで参加者がいる。
生活への使用に競技にと、このところの自転車人気はとどまるところを知らない感がある。数年前に「自転車は歩道に上げてしまえ」などとのたまっていた馬鹿な警察官僚たちは、この自転車の奔流の前に粉砕されただろうか。
それはそれとして、受付を済ませたあと試走に行こうかという話にもなるが、とりあえずこの日は試走はせず、買出しをしてから宿に行くことにする。
今回の宿は昨年と同様の「きみの湯旅館」である。昨年ここに泊まったところ、風呂も食事もおかみさんのサービスも良かったので、今年もここに泊まることにする。ここは木造2階建て7部屋のこじんまりした旅館。ツール・ド・美ヶ原に出場する人たちが結構宿泊しているようである。
部屋につくと早速風呂に行く。風呂は循環式ではあるが源泉から引いている。草津温泉のようなでかい温泉で、文字通り「湯水のように」温泉が湧き出しているようなところであれば、源泉掛け流しっぱなしでもいいのだろうが、浅間温泉のような小規模なところだと、なかなかそこまでお湯を贅沢に使えない、という事情もあるのだろうか。いずれにしても、循環式なら循環式、源泉掛け捨てなら源泉掛け捨てとはっきり表示してもらうのが適当である。おふろでは実にゆったりできた。
ここの料理はなかなか贅沢である。おかみさんが自ら山に入って採ってくる季節の山菜や、川魚、馬刺し、鹿の焼き物など実に上品で豪華でしかもおいしい。この日もおかみさんが自ら採ってきた「ねまがりたけ」の焼き物が出てきた。ほくほくして若干甘味があって、みそをつけて食べると実においしい。
翌日にヒルクライムを控え、しかも集合時間が朝午前7時であるが準備のため朝午前4時半ころには出発しなければならない。そういうわけで宴会はほどほどにして午後10時くらいには寝てしまう。
翌日朝午前4時ころに起床する。昨年は起床して窓を開けた瞬間これはダメだと思うほどの激雨であったが、今年は曇り程度の穏便な天気で、今年はいけそうだと思う。
レッグウォーマーとアームウォーマーを装着するかゴール地点に運搬してもらう荷物に入れるかで悩んだが、この日朝さほど寒くはなく半そでで十分なので、レッグウォーマーとアームウォーマーは、防寒用のレインジャケットとともにゴール地点に運搬してもらう荷物の中に入れておくことにする。ゴール地点にはコーヒー等の自動販売機があるので、ゴール地点に持っていく荷物の中に小銭もいれる。
ヒルクライム仕様の着替えを済ませて午前4時半には宿を出る。前日に買い出しておいた朝食は会場についてからとることにする。この日朝早いというのにきみのゆ旅館のおかみさんはお見送りをしてくれた。さすがである。
きみのゆ旅館から5分ほど自動車で行って、集合場所の松本市営球場に到着して駐車する。到着してから自転車を出し、エディさんが持ってきてくれたローラー台で各自順次アップする。
私がローラー台でアップしようとしたところ、サイコンが作動しない。どうも電池が切れたようだ。そこで近くのコンビニで電池を買うことにする。CR2032というタイプのもののようだ。この手の電池はコンビニによって置いてあるところと置いてないところがある。近くのコンビニにはそのタイプの電池がちゃんとおいてあったためこれを買って事なきを得た。
電池を買っている間エディさんがローラー台でアップをしていたので、その間にサイコンの電池を装着しようとするがうまくいかないので、アップが終わった後にエディさんに電池の装着をお願いする。その間、ゴール地点に持っていく荷物を預けに行ったり用を足しに行ったりする。
Mt.富士ヒルクライムの場合は、集合場所のトイレ(大)に長蛇の列ができてかなりの間待たされるのだが、今回の場合、トイレ(大)で用を足すのに全く待たされることがなかった。
私が出かけている間にエディさんがサイコンの電池を装着してくれていた。あとでサイコンの説明書をみて電池のつけ方を勉強しておこう。
この間食事をしたりローラー台でアップしたりする。食事の時に前日買ったVESPAを摂る。これはスズメバチからとったアミノ酸成分らしく、脂肪燃焼に効果があるという。まずい!!アミノバイタルといい、VAAMといい、脂肪燃焼に効果があるアミノ酸系統のサプリメントはそろいもそろって実にまずい。しかし効けばいいかと思う。後述するが、これは意外と効いたと思う。VESPAはまずいといってもアミノバイタルほどはまずくないので、これからも使おうと思う。
午前7時に開会式なので、その少し前に集合場所に赴く。午前7時に開会式が始まって、大会を仕切っている人たちのうち偉い人たちが挨拶をする。それぞれの方々の挨拶は短くてよかった。
その後午前7時半にスタートである。といっても、10歳刻みで年齢別にクラスが分かれていて、そのクラスの中で100人ごとにグループを区切って出発時間を5分ずつずらしてある。そのため、一番最初のスタートはチャンピオンクラスで、午前7時半なのだが、私のクラスの私のグループは実に8時15分のスタートである。そのため、チャンピオンクラスのスタートから私のグループのスタートまで、実に45分も待たされる。
この間結構手持ちぶさた。1回トイレに行ってしまった。あたりを見渡すと21.6kmの坂を自転車で延々と登るために自転車を持って集まってきた2000人以上の人たちがあたりを埋め尽くしている。実に壮観である。「自転車は歩道に上げてしまえ」と言っていた馬鹿官僚にこの光景を何度でも何度でも見せてやりたい。
一昨年黄色いジャージを着て黄色いアンタレスのフレームの自転車に乗り、やたらでかい声で知らない人にしゃべりまくっていたやたらでかいオヤジがいて、実に目立ったが、このオヤジ今年も来ていた。相変わらず黄色いジャージを着て黄色いアンタレスに乗り、やたらでかい声で知らない人にしゃべりまくっていた。しかしこのオヤジ、私と同じグループにいたのでおそらく私と同い年である。俺の同い年の人にもこんなオヤジがいたのかと愕然とする。
会場を見渡すと、神奈川ブルベでよくお会いする人がリカンベントで出ていたのでご挨拶する。この方最近はあまりブルベには参加していないようだ。昨年もこの人リカンベントで出ていて、前日コースを下りで試走するのを見かけた。リカンベントはのぼりには弱いが、下りになると実に速い。
そうこうしているうちに、いつのまにか私のグループの順番となる。一昨年に激坂にはじめて挑戦し、ものの見事に跳ね返された上に2時間以上もかかってしまった屈辱を晴らすことだけを考えてスタート地点に立つ。スタートの時間が来て号砲が鳴り、順次参加者がスタートしていく。スタート地点から少し走行して右折すると、まもなく激坂である。壁のような激坂を思いつつ、とにかく気持ちを切らさないことを心がけて激坂に挑むことにする。
(つづく)
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