2008年02月20日

2月20日の自転車通勤

【2月20日】(シラス)

走行距離14.60km 走行時間 0:33’23 平均速度 26.2km/h 最高速度 41.9km/h 積算走行距離14229km

往路:家→適当→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→桜田通→内堀通→永代通→三つ目通→適当→家

【往路】

 この日最高気温12度となる見込みで温暖であるため自転車通勤には絶好の日である。そういうわけでいそいそと自転車通勤をする。実際に自転車に乗ってみるとこの日風はなく温暖、役所なんか行かないでこのままどこかにフラリと出かけたい気もするが、そうもいかないので役所に向かう。この日はウィンドブレーカーを着ずに長袖自転車ジャージで自転車通勤する。しかもこの日向かい風がない。そのためか空気抵抗が少なく走行しやすい。負荷は少ないがその分気分良く走行できるのでなかなか好ましい。

 越中島通に至るところの道路で何をやっているんだかわからない工事が終わり、舗装が痛んでいた道路がきれいになった。道路のための財源が必要というのなら、新たに道路を造るばかりではなく、既存の道路を生かすために道路の補修とか自転車レーンの敷設とかをすべきではないか。どうも道路が必要だ必要だという議論を聞くと、単に産業の育成のためには道路が欲しいという短絡的な議論ばかりで、真に道路を造ることがその産業育成に結びついているのかどうかの検証が不十分ではないかと思われる。自動車の通らない道路ばかりを実は作っているという話を聞くと真にそう思う。

 越中島通〜清澄通を通行する。清澄通の初見橋交差点手前でも何か変な工事をしている。道路をほじくり返していったい何をやっているんだか。まぁいいやと思ってそこを通過し、引き続き清澄通を快走する。なかなか気分がよい。

 勝どき駅前交差点を右折し晴海通を走行する。勝どき橋を渡る途中でノロノロと走行するタクシーがいた。こういうタクシーは突如方向転換するなど怪しい動きをすることがあるので注意していたところ何事もなさそうにスピードを上げて走っていった。態度が読めないフラフラと走行する自動車は実に迷惑である。そういう自動車がいたがこの日の晴海通りは全体として走行に支障があるほど渋滞はしておらず、楽しく走行することができる。そのような調子で晴海通を走りきり、日比谷通を渡って内堀通に入る。例によって日比谷公園、官庁街や皇居を横に見て楽しく走行する。

 桜田通を走行すると裁判所近辺で何やら演説をやっていて、警察が裁判所近辺を固めている。この日は何かの記念日だろうか。街頭演説だけで警察が裁判所近辺を固めるのはめずらしい。そんなのを尻目に霞ヶ関坂を上って役所に到着する。平均速度が時速26km近かったので、この日は久々の快走であったと思う。

【復路】

 この日午後8時半ころの退庁である。この位の時間だとまだタクシーが営業をあまりしておらず、意外と車通りが少なくて自転車走行しやすい。午前0時を回ると今度はタクシーが増えてきてかえって自動車が多く、走行しにくくなるのである。

 この日は桜田通から内堀通に出て快走する。この日夜も寒くなくてウィンドブレーカーが要らない。向かい風もウィンドブレーカーによる空気抵抗もなく楽々走行することができる。実に気分がよい。これからもおそらく寒い日が続くことが予想されるが、春遠からじという感じである。春が来るともう私が役所で働く日々も残りわずかだなぁという感じがする。

 内堀通から永代通に入る。自動車がそれほど多くなくて実に気分よく走行できる。この日何となく空気がぬるんでいる感じ。こういう自転車走行をできるとちょっと地下鉄を行き帰りに使う気がしない。日本橋で1箇所信号に止められてからは門前仲町までずっと信号待ちなしで走行できる。こういう日は珍しい。門前仲町でもノロノロタクシーは影を潜めて実に快適に走行できた。帰宅後サイコンをみてみると結局時速26.2kmであった。久々に時速26km台の平均速度を出せたので中々の快走であった。自転車通勤楽しかった。

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2008年02月19日

2月18日の自転車通勤

【2月18日】(シラス)

走行距離12.56km 走行時間 0:30’27 平均速度 24.8km/h 最高速度 39.8km/h 積算走行距離14215km

往路:家→適当→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→桜田通→内堀通→永代通→三つ目通→適当→家

【往路】

 先週天気が悪かったり風邪気味で体調が悪かったりして自転車通勤していない。実に2月8日以来実に10日ぶり位の自転車通勤である。依然として最高気温が10度に満たない寒い日々が続くが、もう2月も半ばを過ぎ、そうした日々も長くは続かないと思われる。

 この日結構風が強い。しかも追い風ならいいのだが激烈な向かい風である。自転車は空気抵抗を受けやすいため向かい風を受けるととたんに速度が落ちる。そして風に抗って走るため速度が落ちても依然として負荷は大きい。自然の摂理からすれば実に当たり前のことである。しかし、自動車や地下鉄に乗っていると、当たり前の自然の摂理を当たり前であると肌で感じる機会が少なくなってくる。人は環境の中で生き、その環境のあり方は自然の摂理と不可分一体である以上、環境に関心を持つ者として自然の摂理を体感する機会は生活の中で常に持っておきたいものだ。

 越中島通に向かう途中で激烈な向かい風。そして越中島通を通過して清澄通を通るときも激烈な向かい風である。しかもウィンドブレーカーを着込んでいるため空気抵抗があってなかなか颯爽と前に進むというわけにいかない。激烈な向かい風がないときに比べると匍匐前進という感じである。しかし、それでも自転車に乗るのは、自分の体を動かして前に進むことが楽しいからである。よくよく考えてみると、人間の体力を直接の動力源として走行する交通手段であって実用性のあるものとしては、自転車が最も速いのではないだろうか。そういったところが自転車が楽しいと言える理由の大きなものであると思う。

 越中島通から清澄通に曲がるところでサイコンが作動していないのに気がついた。サイコンに走行データを送信するためスポークにつけたマグネットが変なところに着いてしまっているからである。一旦停車してスポークにつけたマグネットの位置を調整して走行する。そのためこの日の走行データには家から越中島通走行までの2kmの間のデータは入っていない。

 清澄通で激烈な向かい風に遭遇するため、通勤中に最もスピードが出るはずのこの区間で大してスピードが出ない。勝どき駅前交差点を右折して晴海通に入ると、建物が多いせいか若干風は弱めになって走行しやすくなる。この日晴海通はそれほど交通量が多いというわけではないので、渋滞に止められることなく割合スムーズに走行することができた。

 日比谷通を過ぎると、日比谷公園〜官庁街・皇居の一帯に入る。そうすると、とたんに風を遮るものがなくなって激烈な向かい風が吹き付ける。内堀通を向かい風を浴びながらペダルをこぐ。しかしこのあたり、桜田通に折れる自動車がチンタラと走行しているため、向かい風を受けた減速走行でも道路交通の円滑の観点からは問題はない。

 そういうわけで内堀通から桜田通に折れて官庁街をひた走り、最後霞ヶ関坂を上って役所に到着する。平均速度が時速22kmなので、ずいぶん激烈な向かい風にやられたなぁと思う。

【復路】

 この日午後9時半くらいの退庁である。この位の時間だとタクシーはまださほど出動しておらず、しかも自動車通行も減って走りやすい。午後12時を回ると帰ってタクシーが増殖して走りにくくなる感じ。

 桜田通から内堀通に出て祝田橋交差点を左折すると結構強い風が吹き付ける。そのため本来内堀通から永代通に出るまでのあたりはスピードが出るのだが、強風のためスピードが出ない。しかし負荷がかかるので、いいトレーニングになるかと思って走行する。

 この日指きりグローブをしてきたところ、往路では手が切れるような寒さであった。しかし復路では大して寒くない。ウィンドブレーカーなしでも大丈夫かと思えた。午後9時半くらいだと、午前9時前後の時間よりは寒くないのだろうか。

 永代通に入るとどういうわけか空気抵抗をあまり感じずに楽に走行することができる。風がそもそもないのか、又は追い風になっているのか。いずれにしてもなかなか気分がよい。日本橋近辺で例によって信号につかまるが、ここを抜けると後はスイスイと永代橋まで気分よく走行することができる。

 永代橋を渡ると、何やら前方でチカチカしている。どうも変な工事をしているようだ。どうもこの永代通を渡った直後門前仲町に向かう方向の道では半年に一度位変な工事をとっくりかえしひっくりかえし行っている。年度末で予算が余ったので消化するための工事なのだろうか。何と言うか、ためにする工事という感じ。こういう意味のわからない工事をするんだったら、サイクリングロードの整備とか、あくまで車道スペースを削った上での自転車道や自転車レーンの整備とか、違法駐車の取締りとか駐輪場の設営とかにお金を使って欲しいと思う。

 ここをまっすぐ行くと門前仲町。相変わらずノロノロタクシーがノロノロと走行している。タクシーがノロノロと走行する分にはまだいいのだが、こいつら急にウィンカーを出さずに路肩に寄ったり左折したりするので危険極まりない。タクシーの運転手に対する交通違反の刑罰は通常のドライバーよりもずっと重くして、おいそれとタクシーの運転手にはなれないようにしてしまうのはひとつの手だと思う。なぁに、それでなくたってタクシーの運転手は多すぎるのだから、ちっとやそっとタクシーの運転手が減ったところで全く問題はない。

 そうはいっても東京メトロ屈指の混雑路線である東西線に乗らずに帰宅できることを考えると実に自転車通勤は楽しいものだと思う。私が気分よく自転車で快走しているその真下で、今日も地下鉄に乗るためのバトルが繰り広げられている。時折電車の中で人を殴る風景も見られる。文字通りのバトルである。自転車に乗っていればそうしたバトルを避けることができる。

 そういうわけでこの日も楽しく自転車に乗って帰宅する。帰宅後サイコンを見てみると、平均速度が時速25km近くなっている。往路の平均速度が時速22km丁度だったので、復路は結構な快走だったことがわかる。帰宅後チェーンをみると真っ黒けになっていて油が切れている。そろそろチェーンだけでも洗車しないとやばいな。

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2008年02月18日

BRM120アタック霞ヶ浦(その2)

BRM120アタック霞ヶ浦(その1)から続く>

【スタート〜第1PC】

 午後8時を少し過ぎた位の時刻にスタート地点の神根運動公園を出発し、川口北高校北交差点を右折してからしばらく広めの市道を走行する。さすがに本来のスタート時刻から30分も経ってからスタートすると、前にも後にも誰も走っていないし、全く前の走行者に追いつく気配もない。この日は気楽に一人旅ブルベかなと思ってマイペースで走る。

 スタート地点から5.5kmほど走行すると、戸塚環境センターの信号なのでここを右折する。私はこの信号をうっかり見過ごしたのだが、戸塚環境センターのところで行き止まりになっているのでここを右折することがわかった。引き続き市道(川戸・金明通り)を4.6kmほど走ってT字路を左折する。ここら辺までは分かりやすい道で交通量が少なく走行しやすい。
 ここから越谷2丁目交差点まで越谷市街地。若干交通量があるが通行しにくいという感じではない。越谷2丁目交差点(歩道橋あり)を右折すると赤岩交差点まで4kmほど直進である。この当たりから徐々に市街地から郊外という感じに風景が変わっていく。この通りを走行していると徐々に調子が出てきて楽しく走る。そこでハッと赤岩交差点があることに気がついたので、あわててここを左折する。オダックス埼玉の妻神さんの走行レポートでは、妻神さんはここでよくミスコースするとのことである。赤岩交差点の標識は目立つのでここでミスコースすることは一見ないと思われるが、そうはいっても調子に乗って走行しているうちに、目立つ標識もうっかり見落とすということは、ブルベでは往々にしてありがちなので注意しなければならない。

 その後、「上赤岩」のT字路を右折、「拾壱軒」のT字路を左折、その後「東埼玉テクノポリス」交差点を右折する。Alps Labの地図でコースを検討したときはここら辺でミスコースするかもしれないなぁと思っていたが、意外とこれらのT字路は分かりやすくてミスコースせずに済んだ。この間およそ5km。交通量が少ない田舎道という感じで実に走行しやすい。オダックス埼玉のスタッフの方々はよくぞこれほど自動車が少なくて走行しやすい道を選んでくれたものだと感心する。

 東埼玉テクノポリス入口交差点からは県道を通行する。ここら辺は平日の交通量が多そうだが、日曜日の午前中ということがあってか交通量が少なくて走りやすい。途中野田市街地を通行する。さすが野田は醤油の街だけあって、醤油工場を通行途中に見かける。2年前に参加したアタックビーフラインの300kmブルベのときにもここを通行して何となくなつかしい。しかしその時はブルベ参加者の人たちと何人かで列を組んで走行していたのに対して、この時は圧倒的な一人旅である。さすがに30分以上も遅れてスタートすると、ブルベ参加者に全く追いつく気配がない。

 こうして県道を8.6kmほど走行すると、利根川河川敷が近づいてくる。道なりに走っていくと、「野田市スポーツ公園」の看板があるので、これを左折すると突如として利根川河川敷の広大な風景が目に入る。ここからおよそ5kmほどは利根川の雄大な流れを右に見ながら広々とした河川敷の風景の中を気分よく走行する。実に気分がいい。しかし2箇所ほど工事中の箇所があって、そこでは迂回を強いられた。何の工事をしているんだか。
 ここを暫く走っていると、はるか前方にブルベ参加者と思しきサイクリストを見つける。何となくうれしくなる。マイペースで走っているうちにそのサイクリストの背中が徐々に大きくなってきて、芽吹大橋の近くで追い越してしまった。ようやくブルベの人に追いついたと思って何となくうれしかった。

 芽吹大橋を渡り、芽吹大橋東信号を渡ると利根川沿いの細い道。ここでも何となくAlps Labの地図をみると道が分かれているところがあってミスコースを心配していた。確かにここをまっすぐ行くとダートの道と舗装された細い道とにが分かれているところがあったが、舗装された道を行くのだろうなと思って舗装された道をまっすぐ行くと、無事に正面に小川鉄工所があるT字路に出てきたので、そこを左折して広めの道を走行する。

 ここまで来て残り30km。この当たりで何となく腹が減ってくる。午前6時半ころに何も食べないで家を出てきたのだから、腹が減ってきて当然である。途中でどこか適当なコンビニに寄ってパンでも補給しようかとも思うが、この当たり田舎道で適当なコンビニに遭遇しないので、とりあえず第1PCまでの間でいけるところまで行って、どうしてもダメだったらコンビニに寄ろうかと思う。フランスのPBPの場合、日本のようにコンビニが随所にあるというわけではないので、補食対策をしっかりとっておかねばならないが、日本の場合コンビニが随所にあるので、いざとなったらそこに駆け込めばいいという心理的余裕はある。もっとも日本の場合であっても、ブルベのコースによっては100km近い距離の間全くコンビニはおろか自動販売機すらないというコースもありうるので、事前の調査は必要である。

 小川鉄工所のT字路から6.5kmほど走行したところに、私が最も心配していたミスコースポイントがある。ここは、T字路を道なりに左折するポイントのようなのだが、キューシートによると直進通行止めになっていて、すぎのや本陣が目印になっている。他方、Alps Labの地図だと、どこをどういう風に曲がるのかちょっと分かりにくかった。そのためどういう風に行くのか若干の不安があった。しかしそのポイントにたどり着いてみると、確かにすぎのや本陣があり、直進方向が通行止めになっており、道なりに左折するしか行きようがなくなっていたので分かりやすかった。あとは道なりに左折してまっすぐ行き、大山交差点を通過することさえ確認できれば楽々進行である。

 この当たりまで来ると残り20km位である。残りの道はほとんどが田舎道で、自動車の交通量は少なく、とても走りやすい道である。しかし、小川鉄工所のあたりからの空腹は続き、走行できないほどではないが若干エネルギー不足になっている。しかしあと20kmほどであるから、とりあえずここは切り抜けて第1PCでいっぱい補給すればいいやと思って走行する。そう思って走行することは確かに可能であった。しかし島名交差点を左折して第1PCまで残り4kmのところは、腹が減ってエネルギー不足を実感し、結構つらかった。それでも第1PCまでわずかな距離なので、ここはがんばって走ってしまえと思い、走行速度が時速20km程度に下がるが一応気合で走って切り抜けた。

 午前11時頃第1PCであるローソンつくば高野店に到着したときは心底ほっとした。そこにオダックス埼玉のスタッフの方が2名ほど待機していて、「おつかれさまで〜す」と声をかけてくれる。いやぁ〜考えてみると日本のブルベで何十キロも走ってへとへとになり、PCにたどり着いて人心地がつくという体験は6月の神奈川ブルベ以来だから、この感触本当に久々。もう矢も楯もたまらずローソンつくば高野店に駆け込んで用をたし、その後サンドイッチをここでの補給用に二つ、第2PCでの補給用に二つ、他に適宜飲み物を買って補給する。この間ブルベのスタッフの人が自動車で第1PCに到着する。この方々としばし歓談させていただく。ブルベの方々と顔見知りになり、そうした方々と折に触れてお話させていただくことは本当に楽しい。
 どうも私の後に、まだ3名ほどの方がブルベ走行されているとの話だった。今回のブルベは完全な一人旅だが、そういうのもまぁいいかと思ってぶらりと自転車にまたがり、第1PCを後にする。

(つづく)

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2008年02月11日

忌野清志郎完全復活祭@日本武道館

(この記事もともと「ゴイス音楽日記」の記事ですが、「自転車名人」でもあられるキヨシローさんに敬意を表し、主として自転車ブログである「ゴイス日記」にも同じ記事を載せました。) 
 
 さて2月10日は忌野清志郎完全復活祭の日である。忌野清志郎(以下「キヨシローさん」)は自転車愛好家として有名で、毎年夏に群馬県渋川市から自転車で法師温泉までツーリングし、そこで一泊してからフジロックに出演していた。第1回自転車名人に選出されたことは関係者の間では有名である。そして、2005年100万円を超える愛車「オレンジ号」を新大久保で盗まれたことは関係者でない人の間でも有名である。 2006年7月11日に喉頭がんであることを公表し、闘病生活に入っていた。がん治療のため髪の毛は抜けて頭はツルツルになるなどその闘病は熾烈を極めたが、その後チョボチョボと単発で他ミュージシャンのセッションに参加し、そしてこの日の完全復活祭に至ったわけである。

 私の勤める役所の互助会のような組織が各種イベントのチケットの先行予約をやっていて、今回のキヨシローさんの完全復活祭も取り扱っていた。がんから復活した自転車乗りというと真っ先に思いつくのがランス・アームストロングであるが、キヨシローもこの系譜に続いたことになる。自転車乗りの末席を汚す私、そしてキヨシローさんの音楽に敬意を表する私としては、完全復活祭には是が非でも出たいものである。同じく自転車乗りであり、そしてRCサクセションの”Rhapsody”(Naked)を聴かせまくって洗脳した私の子供も連れて行こうと思い子供を誘うと関心を示す。そこで2007年12月ころ子供と私の分を先行予約してチケットを取ったのである。
 2月10日というと、子供の中学入試の結果が既に発表されていて、子供の行く末が決まっている頃である。子供が当選していれば、中学受験合格お祝いライブ、子供が落選していれば、「中学受験だけが人生じゃないよ、人生まだまだ長い」子供励ましライブである。幸いにして子供は入学を希望していた学校のひとつに合格し、中学受験合格お祝いライブとなった。ちなみにキヨシローさんを生で見るのは今回が初めてである。

 この日東西線に乗って九段下駅を出ると、キヨシロー完全復活祭に行く人が続々と武道館へ向っている。午後5時過ぎ位に日本武道館に到着し、武道館の門を抜けると延々と人が並んでいるが、それとは別に武道館の入り口のほうに向かう人がいる。
 武道館入り口付近にたどり着くが、入り口に向かうための列の場所がよく分からない。ひょっとしたら武道館の門のところにあった行列がそれかと思ってそこに引き返して並ぶと、後ろの方から「完全復活祭グッズをお買い求めの方は、こちらに並ぶと開演に間に合わない場合がございます」と係員がメガホンでがなりたてている。どうもここは完全復活祭グッズの販売の列のようだ。あわてて再び入り口のほうに向かうと「完全復活祭にご来場の皆様は、時計台付近の列にお並びください」とのアナウンスがある。
 やれやれと思ってそちらの列に並ぶと列はするすると動き、待つまもなく完全復活祭入口に入る。入り口でチケットをモギってもらったあと、粗品をいただく。快気祝いの手ぬぐいだ。「快気祝」ではなく、「快気祝い」と「祝」に送り仮名をつけているのが何かかわいい。

 午後5時20分ころ座席に着く。指定の座席はスタンド1階席北東J3番と4番。北東1階席の一番てっぺんの方の席である。アリーナや舞台を俯瞰するような形で見ることが出来る。午後6時の開演に向けて徐々に人が埋まってきて、午後6時頃には会場は満杯になる。武道館のようなでかい会場でライブを聴くのは、1998年3月に東京ドームで行われたローリングストーンズのライブを聴いてから実に10年ぶりである。

 午後6時の開演のはずが大分じらされ、午後6時15分頃になって「大変長らくお待たせいたしました」のアナウンス。あとは観衆の大歓声と手拍子。そして会場が真っ暗になりキヨシローさんのスライドショーが会場内のモニターに映し出される。それと平行して舞台にメンバーが徐々にそろいそのたびに大歓声が沸く。そしてマントを羽織ってキヨシローさん登場!!その瞬間観客総立ち!!拍手、手拍子!!歓声!! 私も復活した生のキヨシローさんを見て大興奮!! 以後完全復活したキヨシローさんの圧倒的なパフォーマンスを前にして怒涛のような感動に押し流されっぱなし。

忌野清志郎 & NICE MIDDLE with NEW BLUE DAY HORNS plus 仲井戸“CHABO”麗市
メンバー:忌野清志郎(vo)/三宅伸治(g)/中村きたろう(b)/厚見玲衣(key)/宮川剛(ds)/梅津和時(a.sax)/片山広明(t.sax)/渡辺隆雄(tp) /仲井戸“CHABO”麗市(g)/新井田耕造(ds)

1 JUMP
2 涙のプリンセス
3 誇り高く生きよう
4 ダンスミュージック☆あいつ
5 NIGHT AND DAY
6 デイドリームビリーバー

 後で調べるとここまではアルバム「夢助」からの曲が多い。私はRCサクセションの「ラプソディ」や、「Covers」を聴いたに過ぎず、キヨシローさんの作品をそれほど多く聴いたわけではない。そのため、ここまでの曲はほとんど初めて聴く曲である。しかしそんなことはどうでもいい。一見怪鳥のように聴こえるが実は味わい深い独特のボーカル、そしてバラード演奏での深みのある解釈はキヨシローさんが半端ではないヴォーカリストであることを示している。
 
 そしてブラス陣がはじける。特に梅津和時が舞台狭しと踊りまくる。「ラプソディ」のときは髪の毛とヒゲを生やし、ドクトル梅津と称して「生向委」を率いていたが、今や怪しげな丸坊主をテラテラと光らせながらド迫力のサックスを咆哮しまくる(ただしこの日は帽子をかぶっていて丸坊主をもろ出しにしていなかった)。

7 いい事ばかりはありゃしない
8 君が僕を知ってる
9 チャンスは今夜
10 僕の好きな先生
11 私立探偵
12 多摩蘭坂
13 毎日がブランニューデイ

 この当たりからチャボさんが加わる。キヨシローさんとチャボさんのコラボレーションはさすがプロという感じ。曲の合間合間に時折キヨシローさんは水分補給して休憩。この当たりサイクリストが時折ボトルの水を飲みながら走るさまを髣髴とさせる、と思うのは手前味噌か。この当たりから私の知っている曲もチョボチョボ出てくる。しかしキヨシローさんの圧倒的に感動的なパフォーマンスの前に私が知っている曲かどうかなんてことは些細なことである。「僕の好きな先生」「多摩蘭坂」「毎日がブランニューデイ」いぃねぇ〜。五臓六腑に染み渡る。

14 コーヒーサイフォン

 13曲目まで歌ったところで既にキヨシローさん着ていたものをあらかた脱いでシャツ一丁になっており、ここらでキヨシローさんお色直し。その間チャボさんのMCと歌。

15 GOD
16 スローバラード
17 激しい雨
18 ドカドカうるさいロックンロールバンド
19 キモチE
20 BABY何もかも

 キヨシローさんお色直し後復帰。「スローバラード」でキヨシローさんの感情注入されたバラードのパフォーマンスが頂点に達しリリシズム横溢、感極まって涙、涙、涙!!

 曲と曲の合間にキヨシローさん、この世の中では悲惨な戦争が繰り広げられている、と、マジモード。うんうんそうだ。そういえばこの人のサイスポ宛の年賀状には「戦争はやめろ」と書いてあったなぁ。それに、サイクルショップマツナガの店長が書いた本の巻頭言として「戦争で俺が自転車で走る道を壊さねぇでくれ」というようなことを書いた詩をキヨシローさんが寄せていたことを思い出した。するとキヨシローさん、「そこで会場の皆さんに今日は聞いてみたい!!」と問いかける。KYな私は「何だろう」といぶかしく思っていたが、会場の人は「待ってました」という雰囲気。するとキヨシローさん、やおら

「みんな〜、愛しあってるかい???!!!」

 そうか、それかよ!! そういうことか。KYな私はようやく事情が飲み込めた。会場いっせいに「YEAHHHHHH〜ッ!!!!」これがライブというもんだ!!!後は激しいビートの波状攻撃とキヨシローさんの怪鳥ヴォーカルが爆裂、炸裂、破裂!!! キモちEでの大盛り上がりへと向かう。

 そして「最後の曲」と称した「BABY何もかも」で、最初キヨシローさん、例によってリリシズムの頂点を極めたバラードを歌い、そして感極まったところで、一転して強力なビート&アップテンポ・モードに突入、怒濤のような大団円へと向かう。
 キヨシローさん、この場で再び歌えることに感謝してか、感極まって何度もステージにひざまずいて巨人の桑田のようなポーズを取る。そのたびにマネージャーのような人がマントをキヨシローさんの背中にかけ、そのたびに復活して舞台狭しと駆け巡る。そして長い長い盛り上がりのあと、キヨシローさんのマイク振り回し&キャッチで一旦はこの曲は終わって、建前としては完全復活祭は終わり、ということになる。

 しかしながら、当然のことであるが、ライブの常識としてこれは終わりではない。アンコールを求める手拍子が自然発生的に起こり、そして続く。

(アンコール)
1 よォーこそ
2 ROCK ME BABY
3 雨上がりの夜空に

 5分くらいじらされたあとメンバー再び終結。キヨシローさん登場のあと、どこかで聴いたようなイントロ。「よォーこそ」である。私が愛する「ラプソディ」(ネイキッド)の劈頭を飾るメンバー紹介の歌である。この歌に込められたファンに対する敬意に感動してキヨシローさんのファンになった私は、この歌を生でキヨシローさんが歌うのに接して感動しっぱなしであった。「リンコ・ワッショー」、「小川銀次」や「キーボード・ロボットG2」はいなかったが、「仲井戸ぉ〜麗ぃ市ぃ〜〜!! チャボ!!」「ヘィ・ドラマー 新井田耕造!!」のくだりが「ラプソディ」(ネイキッド)と同じく歌われており感動した。

 その後ROCK ME BABYを経て、ついに「雨上がりの夜空に」に突入する。これは普段ロックなんて聴かない私の家内さえ知っている超有名曲である。こういう曲のイントロに入ると会場は騒然として盛り上がる。「どうしたんだ Hey Hey Baby」「バッテリーはビンビンだぜ」「こんな夜に 発車できないなんて」「こんな夜に お前に乗れないなんて」

 興奮して一体となるアリーナ席の観客のさまが実にすばらしい。こういうスペクタクルを目の当たりに出来るのが大会場でのライブの面白さ。普段冷静な私も触発されて「こんな夜に お前に乗れないなんて〜」とこぶしを振り上げて歌っちまったぜ。う〜ん、いつになってもいいものはいいねぇ。いやぁ〜時間と金をかけてキヨシローさんのライブに来て本当によかった。

E04 LIKE A DREAM

 「雨上がりの夜空に」で、観客一同大興奮したあと、フッとキヨシローさん、「もう一曲やっちゃおうかな」とつぶやき、ギター一本とハーモニカでバラードを歌う。今まで騒然となっていた観客も、キヨシローのギター一本とハーモニカのバラードの前で、針が一本落ちても響くような静寂をかもしだして聴き入っている。大観衆ではあるが、本当にいい観客だと思う。そこら辺のジャリタレの追っかけと異なり、キヨシローのライブに来るような聴衆になると、ある程度落ち着いた大人の年代の人(少なくとも30代以上)が多いのでこうなるのだろう(そういえば、観客には子供連れも結構いたな。)。

 ギター一本とハーモニカの演奏が終わり、今度こそ本当にキヨシローさんの完全復活祭は終わりだ。すると、キヨシローさんの子供が二人、キヨシローさんに花束を持ってくる。これはサプライズなんだろうか。キヨシローさん声を詰まらせて何かしゃべっていたようだが、言葉になっていなかった。キヨシローさん子供とともに会場の声援に応え、そして背中を丸めて舞台を去っていった。実にいいライブだった。キヨシローさんありがとう。これからも人間同士の愛を説くラブソングをどしどし歌って欲しい。そして自転車にも乗り続けて欲しい。

 ちなみに私の子供、ライブの中盤位までは立ってノリノリで手拍子していたが、その後いすに座って足をばたばたさせてノッていた。ロックのライブは聴くほうも体力が要求されるので、さすがに小学生の子供には荷が重かったかと思ったが、後で聞いてみると「おなかが空いていた」とのことであった。ライブに行く前にサンドイッチでも買っていくかと子供に申し向けたところ、要らないといったので、ご飯不要と理解していたため少々意外であった。
 よくよく話を聞くと、このライブは1時間くらいで終わるものかと思っていたのでサンドイッチなどの準備は不要と考えていた。しかし会場についてから私に「このライブは何時頃までやるのか」と聞いたところ「午後9時頃までやるよ」といわれたのであせったとのことであった。

 子供も私もおなかが空いていたので、キヨシローさんのライブが終わった後、武道館近辺で食事ができるところを探すが、休日ということもあって意外と営業しているところが少ない。とりあえずサブウェイのサンドイッチでも食べることとし、ローストビーフサンドLサイズを私と子供で注文する。
 子供もLサイズ(結構でかい)を注文したので、サブウェイのお姉さん何度も何度もLサイズでよいか確認していたが、私は「Lサイズでいいのっ!!」と念を押す。私の子供は身長144センチくらいしかなくて小学校6年生にしては小柄なのだが、食欲は人一倍である。
 私と子供がサブウェイで食事していると、徐々にサブウェイに人が入ってきて混みあってくる。おそらく完全復活祭に出ていた人たちであろう。やはりロックのライブは聴くほうも体力を消耗するので、おなかが空いた人たちが食事するところが少ないので、数少ないサブウェイに続々と詰め掛けてくるのだろう。

 帰り道、「キヨシローのライブ面白かったか」と子供に聞くと、「面白かった」と子供が返す。それはよかった。これからも、子供の多感な時期のうちに、私の趣味の範囲内で、文化的なイベントに子供を連れて行き、子供をいっぱしの文化人に仕立て上げる所存である。

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2008年02月09日

2月8日の自転車通勤

【2月8日】(シラス)

走行距離14.39km 走行時間 0:35’30 平均速度 24.3km/h 最高速度 40.9km/h 積算走行距離14202km

往路:家→適当→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→適当→祝田通→晴海通→清澄通→適当→家

【往路】

 この日天気は晴れ、最高気温は8度程度なのでそれほど高くない。しかしこの程度であれば自転車走行には全く問題はない。加えて今週末またしても雪になりそうなので、自転車に乗れるときは寸暇を惜しんで乗らないと乗れない日々が続いてしまう。そういうわけで、この日も自転車通勤にいそしむこととする。

 この日ウィンドブレーカーを着て寒さに備える。風さえシャットアウトできれば寒くない。しかしウィンドブレーカーを着ることによる空気抵抗は馬鹿に出来ず。こいでもこいでもそんなにはスピードが出ない。自転車はとても空気抵抗を受ける乗り物である。しかし自転車は空気抵抗を人間の力だけで跳ね返す乗り物である。空気を汚しながら化石燃料の力を借りるのではなく、人一人の力だけで走行上の困難に対抗してすすむところが感動的である。
 空気抵抗が大きいと、たしかにスピードが出ないのは不便でつまらないが、そうはいっても運動量が減ったというわけではないので、十分なエクスサイスができているかどうかという観点からすると全く問題はない。

 最初5分も走ると体があたたまってウィンドブレーカーでは厚着だったかなと思う。現に自転車で役所に到着する頃には若干汗ばむくらいである。しかし風が吹くと体感気温が下がるのでやっぱり冬にはウィンドブレーカーははずせないなと思う。

 この日越中島通から清澄通へと快走し、勝どき駅前交差点を右折して晴海通を走行する。この日晴海通はさほど混雑しているという印象はない。そのため楽しく快走できる。快走できると行ってもウィンドブレーカー着用による空気抵抗があるのでさほどスピードが出るわけではない。そんな調子で築地〜東銀座〜銀座と駆け抜けて日比谷通を渡り、内堀通に入って閑静な官庁街を左にみつつ走行する。

 桜田通に折れて走行する。基本的には閑静な官庁街が広がっているが、東京地裁の前だけはタクシーが二重に駐車している。こういうやつらが道路交通を阻害しているのだ。道路族の先生方が、道路の必要性を半ば感情的に絶叫しているが、こういう路上駐車による道路交通の阻害など、道路交通が停滞する要因を一つ一つ検討した上でこれを排除する努力をすれば、道路なんか造らなくても達成できる交通渋滞緩和はいくらでもあると思う。

 そういうわけで桜田通から霞ヶ関坂を上って役所に到着する。平均時速は時速24km程度なので、やはり冬は着ぶくれするから空気抵抗のためスピードが落ちるなぁと思う。

【復路】

 この日午前0時半ころ役所を退庁する。例によってタクシーが多い。特に年寄りが運転している個人タクシーが危ない。こいつらの中には露骨に幅寄せしてくるやつがいるので注意。年寄りの個人タクシーくらいの年代の連中は、モータリゼーションの洗礼を受けた連中であるため、道路自動車中心主義、自転車は歩道を走れと頭が凝り固まっている。そういうやつらはとっとと死んで欲しいと思う。否、死ななくてもいいから自動車で走行しないで欲しいと思う。

 この日は役所から霞ヶ関坂を下り、桜田通を渡って祝田通に出る。晴海通を通って勝どき駅前交差点に至り、そこから清澄通を通るコースをたどる。丁度往路と同じコースである。この日早いところ帰宅したかったので、役所から自宅までの最短コースとしてこのコースを選択した。
 途中、三原橋交差点近辺で個人タクシーが幅寄せしてきたのに対してファックユーした他は、特に問題もなく走行して帰宅する。この日平均速度が時速24.3kmだったので、やはりウィンドブレーカーの空気抵抗のためかなと思う。それに平均速度が下がったのは久しく洗車していないせいもあるかと思う。今週末は天気が悪そうなので、この間に自転車を洗車してしまおうかと思う。

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posted by goiss at 02:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月08日

2月7日の自転車通勤

【2月7日】(シラス)

(1月30日の自転車通勤と通算)
走行距離28.66km 走行時間 1:08’40 平均速度 25.0km/h 最高速度 40.4km/h 積算走行距離14188km

往路:家→適当→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→適当→祝田通→晴海通→清澄通→適当→家

【往路】

 この日好天、最高気温10度程度でまぁまぁ寒くない程度。そういうわけで自転車通勤する。1月30日以来、講演をしに行ったり、雪が降ったりしてなかなか自転車に乗る機会がなかった。そういうわけで、実に久々の自転車通勤である。

 久々に自転車に乗って楽しく走る。満員電車とは比べものにならない爽快感がある。越中島通〜清澄通をズビャーと走行する。勝どき駅前交差点を右折して晴海通に入る。この日はさほど混雑なくサッサと走行できた印象。全体的にこの日晴海通であまり混んでいた覚えがなくスイスイと走っていけた。しかしめずらしく外堀通を通過したあとのJRガード下の信号に引っかかる。

 日比谷通を越えて内堀通を走るともう右手には皇居、左手には官庁街。実に閑静な雰囲気の中をひた走る。この地下では満員電車に乗った人がおしあいへしあいをしているのだろうと思うとざまぁみたかと思う。一人でも多くの人に自転車通勤のよさをわかってもらいたいものだ。

 そういうわけで内堀通から桜田通に入り、その後霞ヶ関坂を登って役所にたどり着く。サイコンを見ると、1月30日にリセットしなかったため、1月30日から引き続いて走行記録が入力されてしまった。まぁいいか。

【復路】

 この日午前0時半ころの退庁である。さすがに往路走行時ほどは自動車は多くないが、それでもタクシーが結構多くて邪魔である。

 この日たまたま某県の副知事を経験された弁護士の方とお話しする機会があり、大変面白かった。とりわけ面白かったのが地方の道路事情の話である。「地方の政治家がよく道路を作れ道路を作れ。というけれども、実は道路なんか作ったって自動車なんか通らないんだから何の役にも立たないんだ。」というのである。実情はそんなものなのだろうが、さすがに副知事をされた経験のある方のお話だと説得力がある。
 交通渋滞の解消だ産業の活性化だという名目で道路財源を要求するのだろうが、しかし実際のところ自動車が一日に何台も通らないような田舎道に道路を作るのだろう。道路特定財源が泣くというものである。道路特定財源は道路建設に使うのではなく、一般財源化するか、又は自動車使用による環境への負担の対策に当てる費用のために環境税化するのが適当と思う。

 そんなことを考えつつペダルの歩みをすすめる。やはり午前様となるとタクシーが多くて邪魔である。全く深夜だというのに必要以上に自動車が走行して無駄である。

 清澄通を通っていると、青信号で通りを渡ろうとしていた自転車の人の前を、客を降ろしたばかりのタクシーがいきなりヒョイと通り過ぎる。このタクシー信号無視をしており実に危険である。その人「馬鹿野郎」とそのタクシーに怒鳴っていた。当然のことである。全くタクシーは客を乗せることと降ろすことしか考えていないのだろうか。よくタクシーの運転手が「事故を起こしたら悪いと思われるのはタクシーですよ」とよく言うらしいが、こういう危険な運転をするのが多いから、それは当然であろう。

 そういうわけでこの日タクシーは多いものの、走行に支障になるかというと、特にそういうわけでもなく、楽しく自転車走行して帰宅する。しばらく自転車通勤していなかったので、またしばらく続けようと思う。

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posted by goiss at 02:24| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

子供の中学入試

 2月3日、私の子供が私立中学校の入学試験に合格したので、その日その私立中学校の入学手続に出かける。入試の場合、私の時代ではわざわざ学校まで合格発表を見に行かなければならなかった。そのため、行きは合格か不合格か気にしながらソワソワクネクネと学校までの道を歩み、落選した暁にはガッカリしてトボトボと学校からの家路を歩んだものだった。しかし、最近は、中学入試の場合学校のホームページに合格発表が掲載されることが多い。私の子供が合格した私立中学校の場合も、私はホームページで合格を確認した。無論その私立中学校のホームページにアクセスして合格発表をみるまでは当然ソワソワクネクネであるが、学校にたどり着くまでのソワクネ歩きと、落選した場合のトボトボ歩きが省略される分、まぁ楽なものである。
 
 この日も午前9時にこの学校のホームページで合格発表がなされるのだが、自分自身の合格発表ではなく子供の合格発表であるとはいえ、ソワソワクネクネものでなかなかホームページを見られずにいた。そこに、別の公立中学校の受験のため子供の付き添いに行っている家内から電話がかかってきて、サッサと中学校のホームページを見て合否を確認しろという。
 全くデリカシーも何もあったものではないと思いながらも、家内の電話に背中を押される形でその中学校のホームページにアクセスし、午前9時20分ころ合格発表を見る。発表直後だとアクセスしにくいようなのだが、発表してから20分もするとすぐアクセスできるようだ。合格者としてズラリと並んだ受験番号をザッと眺めると、子供の受験番号らしき番号が目に入ったので、そちらに目をやると、確かに子供の受験番号であった。
 私の口から子供に合格を伝えたかったので、家内に子供が合格したことを告げた上で急遽家内には帰宅してもらい、家内が待機していた公立中学校に私が出かける。午前11時50分ころ別の中学受験を終えた子供を出迎え、帰り道で子供に私立中学校に合格した旨を告げるととても喜んでいた。子供は受験で疲れていたようなので子供を家に送り届ける。その後子供が合格した私立中学校に入学手続のために向かったのである。

 午後2時頃東武東上線の駅を降りて雪が降りしきる中商店街を抜け、さらに住宅街を少し歩くと、忽然とその私立中学校が現れる。校門の右手にある講堂に合格者の発表がなされており、かつそちらの発表が正式な合格発表となっているので、まずはそちらで子供の合格を確認する。
 午前9時から合格発表がなされているせいか、さすがに午後2時ともなると合格を確認する人影はまばらであるが、それでも2、3組の親子連れが受験番号の掲示板上の自分の受験番号を子供が指差しているところを写真撮影するなどしている。中学受験は子供も親も大変なので、合格の喜びを親子で分かち合っているのだろう。私も念のため合格者の受験番号の掲示と、そこに掲示された子供の受験番号を写真に収める。

 子供の受験番号を確認して、入学手続のため別棟に向かう。入学手続の窓口の人に子供が合格した旨を告げ、受験票を示すと、その人が小さい封筒に入った合格証明書を渡してくれる。子供が合格した別の学校のときには結構な分量のある色々な書類を入学手続書類としてもらい、それらの書類を入学手続期間中に出して欲しい旨を言われた。そのため、この学校の場合何かそうした色々の書類はあるのかと窓口の人に聞いたところ、この学校の場合には、入学手続としては窓口で簡単な書類を書いた上で単に入学金を払えばいいだけであると返答してくれた。
 そのため、私は近くのコンビニで入学金相当額をおろし、入学手続の窓口でそれを払う。すると窓口の人が入学許可書を含む色々な書類を渡してくれて、後日の登校日の日にそれを出してくださいと申し向けてくれる。それで入学手続を終えることができた。

 入学手続を終えてその私立中学校を後にする。私の子供がここで6年間青春時代を過ごすのだなぁと思う。私は何の変哲もない地元の公立中学に入り、高校受験をしなければならなかった挙句、高校は私が望んだ高校に入ることができず不本意な学校に入った。私は子供にはそういう思いをさせたくなかったので、子供の好きな学校を選択させ、しかも高校受験で神経を使わなくてよい中高一貫教育の学校に入れたかった。子供は自分の好きな学校で中高一貫教育を受け、思春期の時期を高校受験のような変なプレッシャーで妨げられることなく6年間のびのびと過ごすことができる。しかも、この学校には東京の進学校にしては珍しく、高校に自転車競技部がある。私の子供は自転車が好きで富士チャレンジ200のキッズレースや塩原のヒルクライムレースなどの大会にも出ているので、将来的に子供が自転車競技に関心をもてばそちら方面にも進める。そのような恵まれた境遇に子供を置くことができたと思うと、少しは親の役目を果たすことができたかなぁと思う。

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posted by goiss at 17:42| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする