2007年09月29日

9月28日の自転車通勤

【9月28日】(シラス)

走行距離:14.57km 走行時間0:33’34 平均速度26.0km/h 最高速度41.2km/h 積算走行距離 13668km

往路:家→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→桜田通→内堀通→永代通→三つ目通→適当→家

【往路】

 前日天気予報では雨になるとのことだったので自転車通勤を回避した。確かに雨になることはなったが、通勤時間帯には降っておらず、結果として自転車通勤には何の支障もなかった。全く残念である。

 電車での通勤は相変わらずで、東京メトロ屈指の混雑路線である東西線での押し合いへし合いはいわずもがな、東西線と比して混雑度合いの低い日比谷線ですら万人の万人に対する闘争状態であった。
 激混みの中白ブタのようなオッサンが無理矢理乗り込んできて、すみませんの一言もなしに体を押しつけてくるような電車通勤は全くファ●クである。俺が女だったら、こういう白ブタオヤジが体を押しつけてきたら「この人痴漢です!」と駅員に一言叫ぶだろうな。そうすれば駅員や周りの親切な人が直ちにそいつを取り押さえて終わりである。あとは「じゃ急ぎますので、後はお願いします」と言って立ち去ればよい。
 そうされるのがイヤな白ブタおやじは、せっせと自転車に乗ればよい。白ブタおやじはダイエットで白皙の美中年になる。痴漢に間違えられないし満員電車でもみくちゃにもならない。

 この日は降水確率が低く、雨のおそれは殆どなさそうなので自転車通勤にする。白ブタおやじとかタバコ臭いおやじにもみくちゃにされるよりも1億倍位ましである。この日最高気温は30度を超えそうであるが、さすがに朝夕は涼しいので自転車通勤にはもってこいである。遅い季節の変わり目を感じつつ、白ブタおやじの熱気の代わりに彼岸を過ぎた涼風を全身に浴びて朝から爽やかに自転車通勤する。

 この日越中島通から清澄通を快走する。暑いさなかに自転車通勤するとスピードを上げても熱風を受けるだけであるが、この時期になると涼風を受けることになってまことに心地よい。ただ単に自転車をこぐだけで微妙な季節感を味わうことができる。地下鉄に乗っていると、こういう季節感に対するアンテナが鈍磨する。まぁこういうアンテナが鈍磨したところで別に死にゃぁしねぇやと思う無粋な人にとってはどうでもいいことだが。

 勝どき駅前交差点を右折して晴海通に入る。この日はどういうわけか自動車やオートバイが少なくて走行しやすい。信号待ちによる自動車の詰まり具合によって通行のしやすさが左右されるのだろう。ここが渋滞していなければ晴海通を通行するコースは比較的走行しやすい。築地〜東銀座〜銀座と比較的快調に走行することができる。
 しかしこの日珍しくJRのガード下の信号で止められる。その後は日比谷交差点で止められる。比較的短い間隔で2回信号待ちさせられるとちょっとイヤ。

 日比谷交差点で信号待ちしていると、ロードバイク(例えば、ブリヂストンのアンカー)で走行する人をちらほら見かける。しかもメッセンジャーではない。自転車通勤だろうか。私が自転車通勤を始めた約4年ほど前に比べるとロードバイクに乗って車道を走り通勤する人がずいぶん増えた。かつて警察庁は「自転車は歩道にあげてしまえ」と唱道していたようだが、最近「新たな自転車利用環境のあり方を考える懇談会」や、「自転車の安全な通行方法等に関する検討懇談会」など、「自転車は歩道にあげてしまえ」的なアナクロニズムから徐々に脱却する方向にあるように思われる。JRが禁煙車を約20年前に初めて設けて以来現在では禁煙車が原則となっているように、時間はかかってもいいから自転車の車道走行の原則が浸透するよう祈りたい。

 内堀通〜桜田通までは特段の障害はなく快走して役所に到着する。平均速度は時速25.5kmなので、まずまずの快走だったかなと思う。

【復路】

 この日午後10時ころと若干遅めの退庁である。そのため、午後7時前後のように道が自動車でぐちゃぐちゃになっているということはなく比較的走行しやすい。それでもこの日はぐちゃぐちゃになっている晴海通を避け、比較的道路が広い割には交通量の少ない永代通を走行する。ここは日本橋近辺の信号の多さを切り抜ければ家の近所まで快走できるので楽しく帰宅できる。

 この日もいつもと同様で、日本橋の信号を切り抜けるとあとは時速35km程度で楽しく巡行する。途中門前仲町で相変わらずタクシーが連なっていたが、この日は走行に障害となるノロノロ走行タクシーはおらず、自動車の流れに乗って時速35km程度の巡行を行う。さすがにブルベのように長距離走行をすると時速35km巡行はなかなか難しいが、8km程度の短い距離の自転車走行だとこの位の速度が速く、楽しく、そして楽である。

 そういうわけでこの日も楽しく安全に自転車で帰宅する。平均速度が時速26km丁度だったので、この日の自転車走行は結構快走ペースだったのだと思う。この日は最高気温が摂氏30度を超えるというクレイジーな日だったが、それでも朝晩は涼しくて自転車走行しやすい。これから冬になるまで一年で最も自転車走行に適した季節がやってくる。その間ガンガン自転車走行するのが実に楽しみである。

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2007年09月27日

9月26日の自転車通勤等

【9月26日】(シラス)

走行距離:17.37km 走行時間0:40’06 平均速度26.0km/h 最高速度43.2km/h 積算走行距離 13653km

往路:家→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→桜田通→内堀通→千代田通→明大通→明大通・千代田通折り返し→内堀通→永代通→三つ目通→適当→家

【往路】

 彼岸を過ぎてから朝夕風が涼し目になってきた。しかしあくまで真夏に比べると幾分暑さはやわらいだかなという意味での「涼し目」という意味であり、依然として暑いことには変わりはない。9月下旬まで暑さが押せ押せなので、いよいよ地球温暖化も深刻になってきたのかなぁと思う。

 今は亡き安倍内閣が、「美しい星50」なる概念をぶちあげているが、これに呼応する産業界とか、物流界の動きが全く見えてこない。産業界や物流界が圧倒的に二酸化炭素を出しているのだから、そっちに強力に圧力をかけて何とかすべきだろうがどうなのだろうか。特に物流については鉄道を活用してトラック輸送を減らし、排気ガスを削減するとともに道路交通の円滑化を図るべきである。
 「美しい星50」などと環境外交をぶちあげておきながら、自分の国の二酸化炭素排出を何とか出来なければ、国際的信頼を失うことは目に見えている。環境外交をぶちあげるなら、環境を錦の御旗にして、何が何でも二酸化炭素排出についての諸悪の根源をぶっつぶす位の覚悟でやらないと難しいと思う。道路交通についてもその位の気合いで環境を重視し、二酸化炭素排出対策をやらないととてもとても「美しい国50」なんて提唱する資格はないな。もっとも安倍さんが辞めたので「美しい星50」を軸とした環境外交がどうなるのか今後見ものである。

 そういうわけでこの日も自転車通勤する。越中島通から清澄通を快走する。途中清澄通の初見橋交差点でお巡りさんが交通整理をしているのを見かける。歩行者や自転車がが横断歩道を通っているので、お巡りさんがタクシーを止めて歩行者や自転車を通している。グッドジョブである。
 自転車通勤をしながらタクシーをみていると、そもそもタクシーの多くは客を見つけ、客を乗せて走ること以外のことはそれほど考えておらず、歩行者が横断歩道を歩いているときでも横断歩道に突っ込むように走行し、歩行者を威嚇して走行することが多い。こういう輩はお巡りさんがきちんと取り締まり、こういう輩の横暴を絶対に許してはいけない。今は秋の交通安全運動なのだろうか、お巡りさんが交通整理をしているのを随所で見かけるが、特にタクシーやトラックと言った下品な運転をすることの多い業種については徹底的にその走行に目を光らせてほしいと思う。

 清澄通を快走し、勝どき駅前交差点を右折して晴海通を走行する。この日勝どき橋を渡った後築地〜東銀座近辺の晴海通が空いていたので時速40km近いスピードで楽しく快走できる。時々水曜日に突発的に築地近辺の晴海通が空いていることがある。これはどういうわけだろうか。何とも不思議である。ここを快走できれば、その後の銀座からの晴海通や内堀通、桜田通は楽々走行できる。役所に到着して平均速度をみると時速26kmだったので、この日はかなり快走できたことがよくわかる。

【復路】

 この日は水曜日であるため、全省庁の定時退庁日である。そういうわけで、定時よりは遅いが午後7時過ぎ位に退庁する。時間があるので、この日はディスクユニオンお茶の水ジャズ館に寄ってみる。あこぎに高価のついた廃盤輸入CDセールのCDがどの程度売れたか見てみたかったのである。

 そういうわけでまずはディスクユニオンお茶の水ジャズ館の2階の中古ジャズフロアへ行く。この日平日なので空いているかと思ったら、意外にもジャズオヤジで店が満杯になっている。白髪のオヤジが棚のCDをじっと子供のように見入っているのを見ると、「いよぅご同輩」という気持ちと、「オヤジ邪魔だ、早くどけ」という気持ちが相半ばする。

 それでも新入荷のCDの棚は空いていたのでこちらをまず見ることにする。するとHerbie Hancock “The Complete Warner Bros. Recordings”という2枚組みのCDが1575円で売っている。2枚組み1500円台というのはなかなか破格であるが、さらにHerbie HancockのWarner Bros.時代のCDがまとめて買えるという点で魅力的である。
 Herbie Hancockは、”Mwandishi”(「エムワンディッシ」と読む。HancockがかつてムスリムだったころのHancockのムスリム名。)を含む3作をWarner Bros.から出していて、最近3作が国内版CDで出されたばかりである。これを3作とも買うと軽く6000円を超える。しかしこの2枚組のCDを買うとそれが1575円で済む。そういうわけでこの日はこの2枚組を買う。あと2階と3階を適当に見るが他に欲しいものはないのでHancockの作品を買って終わり。

 ちなみに輸入廃盤中古CDは、羽が生えたように即座に売れるというわけではないが、それでもジワジワと売れていく感じ。何しろ単価が高いものばかりなので、2年位前に廃盤掘り起こし本が出たばかりのころの輸入廃盤バブルのときとは異なり、客も慎重に選んで買っていくのだろう。
 ただ、例えばLaurent Fickelson ”Secret Mood”とか、Eden Atwood ”There Again”など、すでにバブルが終わってさほど買い手がつかなくなったにもかかわらず7000円とか6000円とか高飛車な値段をつけているものがさびしく売れ残っていた。他方、2000円台とか3000円台程度のものはジワジワと売れているようだ。LPレコードの場合、何千円出してもオリジナル版なら安いものだと飛びつく客は結構いるが、CDの場合、そういうパラノイアックな客はもうあまりおらず、値段との関係を冷静に考えることが多いのだろう。

 ディスクユニオンを出てから帰宅の途につく。午後8時台はまだ若干自動車が多いが、それでも風を切って自転車で走るのは実に爽快である。満員電車で万人の万人に対する闘争を繰り広げる人たちに「ざまぁみろ」と言いたい気分である。この日も楽しく安全に自転車で帰宅する。平均速度が往路復路ともに時速26kmだったので、この日は中々気分よく快走できたといえよう。

 役所を出てくるときには、高橋尚成が中日に滅多打ちにあい、「こりゃ今年の巨人の優勝は無理だわ」と思っていたのだが、その後野間口が踏ん張っている間に打線が奮起し、帰宅したときには試合がひっくり返っていた。今年の巨人にはこういう粘りがあるのがすごい。この日巨人が中日に勝ったのは大きい。残り後2試合巨人には全勝してほしいものだ。

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2007年09月26日

9月25日の自転車通勤等

【9月25日】(シラス)

走行距離:29.06km 走行時間1:09’09 平均速度25.2km/h 最高速度46.5km/h 積算走行距離 13636km

往路:家→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→東京地裁の横の通→晴海通→臨海副都心周回コース→適当→家

【往路】

 この日珍しく築地近辺の晴海通で快走する。普段は清澄通がスピードmaxポイントなのだが、この日はいつも渋滞で止められる築地近辺の晴海通が空いていてスピードmaxポイントになり、時速46km程度で走行する。これは実に珍しいことである。通常連休明けの晴海通は混雑していることが多いのでますます珍しい。

 しかしながら、この日とにかく信号に止められる。特に、いつもは青信号で通過する信号でことごとく止められる。しかも、ちょうどスピードが乗ってきて快走しているところで赤信号で止められる。ちょっと不快。
 まず清澄通で、勝どき駅前交差点の手前の交差点で赤信号で止められる。次に晴海通走行中新大橋通との交差点の手前の交差点で赤信号で止められる。さらに晴海通JRガード下の交差点(小さな路地がある)でも赤信号で止められる。いずれも通常は青信号で通過する交差点であり、これだけ普段止められない交差点でことごとく止められることは極めて珍しい。

 通常止められる信号に加えて、普段止められない信号でことごとく止められると、平均速度がガクガクと下がる。この日の平均速度はやっと時速24kmを上回る程度である。しかしながら、平均速度を云々するのは所詮お遊びに過ぎない。信号を守り、交通ルールを遵守し、とにかく安全に走行すること、これが全てに優先する。交差点で信号が危ないと思ったらとにかく無理せず止まることが大事である。どんなに信号に止められようが、満員電車にもみくしゃにされるよりは圧倒的に快適なのだから。

【復路】

 この日午後7時過ぎに退庁する。比較的早目の退庁で時間があるので久々に臨海副都心周回コースを回ってみるかと思う。彼岸を過ぎても結構暑い日が続くが、さすがに夜になると結構しのぎやすくなって(しかし、そもそも彼岸を過ぎているのに「しのぎやすい」はないだろう、本来。)自転車走行しやすい。この日はボトルを忘れるが、涼しいので汗ダクダクになるおそれはなく、さほど水分は必要ない(どうしてものどが渇いたらその辺のコンビニで何か買えばいい。)。また、走行距離も20km少々とそれほど長いわけではない。そういうわけで、臨海副都心周回コースに行っちまうことにする。

 臨海副都心周回コースに行くとなると晴海通りを通ることになる。午後7時過ぎの晴海通はまだ交通量が多い。満員電車で無遠慮なデブい臭いオヤジたちにもみくちゃにされるよりは1億倍位ましなのだが、それでもここをこの時間に通行するのはちょっとやだ。さほど快走できるというわけではなく、時速30kmに行くか行かないかのほどよいペースで勝どき駅交差点までソロソロと走行する。

 勝どき駅前交差点を越えると自動車が少なくなるのだが、晴海大橋手前の交差点で結構信号待ちさせられる。ここには交番があり、交番のお回りが暇そうに交通整理するでもなくかといって交番に引っ込むでもなく所在なげにぶらぶらしている。

 信号が青になったので早速晴海大橋を渡る。この橋ののぼりは意外と長いので結構効く。これがあともう1km位長いといいトレーニングになるのになと思う。晴海大橋を渡った後木遣橋ともうひとつの陸橋を渡ってT字路を右折する。この間三コブほど上り下りするのでまぁまぁのトレーニングになる。

 T字路を右折した後青海1丁目交差点まで暫く走行する。意外とまだ自動車が多く、特に運送トラックのような下品目な自動車が多い。この時間まで物を運び続けるとはなかなかご苦労なことである。この日はLSDよりちょっと速い程度の感じで楽に走行する。この日はどういうわけか風が強い。追い風なら楽に走行できるのだが、向かい風だとトレーニングになる。横風だと吹き流されないように注意しなければならない。特に橋を渡るところが風が強いので要注意である。

 青海交差点を左折してズビャーとまっすぐ走行する。この日はテレコムセンター前交差点の信号で止められることなく、かつ追い風だったのでこの区間は楽しく走行できる。しかし2km位走行して折り返すと向かい風になりスピードは出ないがいいトレーニングになる。とりあえず骨盤を立て、ももの上下運動であることを意識して走行する。

 テレコムセンター前交差点を左折して暫く走行し、一番早くぶつかった赤信号のところでUターンする。この日は比較的早めに赤信号にぶち当たったので、ホテル日航の方に行かずにUターンしてテレコムセンター前交差点に戻り、ここを左折した後青海1丁目交差点を右折する。

 青海1丁目交差点を右折した後暫くまっすぐ行く。ここはトラックの通行がなぜか多い。風が強いので、吹き流されてトラックと衝突したりすることのないよう慎重に走行する。ちょっとここはイタリアの命知らずの自転車野郎に走行させるわけにはいかないな。

 その後ゆりかもめのレールに沿って走行し、ユリカモメのレールに沿って左折する。この辺りからもう自動車が少なくなって走行しやすいが、いかんせん風が強くて吹き流されやすい事態は変わらないので若干注意して走行する。この辺り、オリンピックの選手村が予定されており、辺りは一面草の原、東京の一等僻地である。しかし自動車通行が少ないので自転車走行にはなかなかよい。

 結局ユリカモメのレールに沿って豊洲に到着し、後は適当に走行して自宅にたどり着く。久々に臨海副都心周回コースを走行した割にはなんともなかった。もっとも大した距離ではないのでなんともないのは当然であろう。10月下旬に富士チャレンジ200を控えていることでもあるし、可能な限り暇を見つけて自転車走行したいものである。

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2007年09月25日

最近買ったCD

【9月20日】

 この日かねてから注文してあったManuel Rocheman ”Tropic City”と、Eugine Maslov” Autumn in New England”が到着する。両作品ともに、「幻のCD廃盤/レア盤掘り起こしコレクション」(「レア本」)で、希少度★★★★を有するレア盤であり、ヤフーオークションで出品されると万単位の落札価格がついた。そういうわけで、これらの作品には興味津々であった。

 すると、こうしたレア盤をどこからともなく仕入れてくるvento azul recordさんのホームページに、Eugine Maslov”Autumn in New England”が8月上旬に入荷する旨の記事を発見する。ついにこれも再発されるのかと感極まりこれを注文することとする。さらにManuel Rochemanの作品も、ディスクユニオンではすでに店頭に並んでおり、かつvento azul recordさんにも入荷していたが、特にこれは急いで欲しいというものではなかったので、Eugine Maslovの作品と一緒に8月上旬に入手できればいいやと思い、Eugine Maslovの作品と一緒にvento azul recordさんに7月24日に注文する。

 しかしながら、このEugine Maslovの作品、入荷予定の8月上旬になっても一向に入荷の気配がない。この手の作品はどういうわけか入荷予定時期になってもなかなか入荷しないことが多い。そういうわけで、気長に待っていると、突如9月14日に入荷の報がvento azul recordさんから入る。しかしこれを見たのが9月15日であり、今から代金を振り込んでも9月15日から3連休のため、発送は早くても9月18日になってしまう。そういうわけで、受領は遅くなってしまうが、まぁやむを得ないかと思う。

 私がこのEugine Maslovの作品の入荷通知を受けた後vento azul recordさんのHPを見ると、すでに事前の予約分だけで在庫がはけてしまい、これから注文する人は次回入荷待ちということである。この手の商品は次回入荷があるのだろうか。ある場合でも次回入荷まではちょっと時間がかかるだろう。予約しておいてよかった。

 ちなみに、9月中旬頃ディスクユニオン御茶ノ水ジャズ館に行くと、このEugine Maslovの作品が平積みになって数枚売っていた形跡があるのだが、もう1枚しか残っていない。その後数日してから再びディスクユニオンお茶の水ジャズ館に行くと、もうこの作品影も形もなくなっていた。希少廃盤の前評判が立っていると、再発された場合の売れ行きが早い。もちろん、「レア本」に掲載されていたCDであるというだけで、そのCDが再発されるやいなや消滅するというものではない。しかしながら、この作品、ヤフオクで出品されるたびに万単位の落札価格がつくので「レア本」掲載作品の中でも相当評価が高かったのだろう。

 Manuel Rochemanの上記作品もまた希少盤である。vento azul recordさんのHPでは、もともとの発売元であるA-recordsとの契約が切れてしまったため、vento azul早川氏との直接交渉の末、Manuelに商売っ気があって再発にこぎつけたようである。こうした希少盤の場合、需要と供給の関係だけではなく、権利関係がクリアになることやアーティスト本人に商売っ気があるかどうかなど様々な要件が備わった上で再発になるという、綱渡りのような状況なので、とにかく「見たときに買え」の原則が、より厳格に該当する。

 そういうわけでEugine Maslovのこの作品及びManuel Rochemanのこの作品は、それが再発されることを確認してから即座に購入を決意し、予約ないし注文した。9月14日の入荷通知を受けるや否や、翌日には代金を振り込んだ。すると9月18日に送付したとのことで、上記の通9月20日に両作品を受領した。現代版「幻の名盤」をついに手にすることができて感無量である。

【9月24日】

 この日子供と秋葉原にある「武器屋」と「武装商店」を見た後、子供を先に家に帰して中古CD漁りをする。秋葉原のCD屋といえばヨドバシアキバの7階にあるタワーレコードである。ここでぶらぶらとCDを見るが、特に惹かれる作品がなかったので、ここではCDを買わない。また、秋葉原にはかつて「ディスクマップ」という秀逸な中古CD屋があったが、10年くらい前に破産して消滅してしまった。惜しいCD屋を亡くした。また、秋葉原には「リバティ」というチェーン店があるが、ジャズCDの品数が極めて少なく、あまり漁る価値はないのでパスする。

 秋葉原の次にCDを漁るとなるとお茶の水、お茶の水というともうディスクユニオンお茶の水ジャズ館である。お茶の水界隈にはジャズの店は結構あるのだが、ことCDとなるとやっぱり量&質を考えるとここである。そういうわけでまずは2階中古CDフロアである。

 店に入ってすぐのところにある新入荷CDの棚の一番上の部分に、やたらと上質の希少輸入廃盤CDが並んでいる。また、その棚の上にも希少廃盤輸入CDが並んでいる。それらのCDの値段は高く、5000円〜1万円を超える値段である。どうもこの日、輸入廃盤CDセールをやっているらしく、他の棚にも輸入廃盤CDがズラリと並んでいて、しかも軒並み高値がついている。例えばMoncef Genoud ”Waiting for Birth”に3万円を超える値段がついていたりとか。私がほとんど持っているEden Atwoodのconcordから出ている作品にも7000円を超える値段がついている。レア本に掲載されている作品には5000円以上の値段がついているものが多い。

 なるほどそのセールで販売されている作品には上玉が多いが、すでに入手している作品が多く、かつ入手していなくてもちょっと値段が高いなぁと思いながらパラパラと作品を見ていくと、Christian Jacob “Maynard Ferguson Presents Christian Jacob”を見つける。これはChristian Jacobの作品中現在廃盤で入手困難なものである。Amazon.co.jpでは1万5000円以上の値段が、Amazon.comでは75ドル以上の値段がついている。しかし、ここでは、一応盤質Bでありながら、3350円である。
 3350円という値段は非常に微妙である。中古CDとしてはべらぼうに高いのだが、希少盤CDとしては悪くない値段である。特に上述のアマゾンでついている値段からすると、なおさらリーズナブルかと思う。盤質Bなので、検盤させてもらったところ、Bとするほど悪くはない。A’という感じか。う〜んどうしようと悩んだ挙句、この作品極めて珍しいこと、値段は中古CDにしては高いが廃盤CDとしてはまぁまぁであり、そもそも昔はCDが3000円以上してたからCDに3000円出してもまぁいいかと妙な開き直りをしてこの作品を買うことにする。
 この作品、concordから出ているので、再発されるリスクが全くないとはいえない。しかし、concordの場合、過去の作品をマメに再発しているかというと、例えばEden Atwoodの諸作にみられるように、必ずしもそうではないということから、この作品も、おそらく相当長い間再発のリスクはないだろうと思い、今時点で比較的高めの価格でも買っておく価値はあると思い、この作品を買うことにした。

 その後新宿に行き、ディスクユニオンやタワーレコードをぶらぶらと見ていくが、この日Christian Jacobを買ってしまったのでおなかいっぱいになってしまい、ここではCDを買わずじまいであった。この日はなかなかいい買い物ができたわいと思って気分よく帰宅する。

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2007年09月23日

PBP2007走行記(その4)

PBP2007走行記(その3)からつづく>

【朝食】

さてパリ到着から一晩明けて8月18日(土)である。さすがに時差ぼけはなく昼夜逆転ということはないが、それでも朝5時過ぎ位に目覚める。この日朝食が8時からだったので、ちょうどこのころ起床された岩本さんとともに朝食会場である半地下の会議場に行く。
 そこには一つ10人くらいが食事できる円卓が4つくらい並んでおり、殆どのPBPツアー参加者が朝食を摂っている。ビュッフェスタイルで、メニューはパン(クロワッサン他2〜3種類)、シリアル、ハム、チーズ、スクランブルエッグ、ソーセージ、飲み物(オレンジジュース、牛乳が食べ物を並べたテーブルにあり、コーヒーが食事をするテーブルにある。)といったものであるようだ。
 しかしながら、私が時間通りに食事場につくと、すでにハム、チーズ、スクランブルエッグ、ウィンナーは残っておらず、パンしか残っていない。仕方がないのでパンとジュースをとってテーブルにつき、コーヒーを摂ろうとすると、コーヒーも殆ど残っていない。何とも味気ない朝食である。
 食事が足りないので追加してほしいというオーダーはしてもらっているようであるが、なかなかこない。ようやくという感じで、ホテルの人が逆ギレ気味にハムとチーズを持ってくるが、ついぞソーセージとスクランブルエッグは出てこなかった。これで商売になっているのだから不思議である。

【スタート/ゴール地点を見に行く】

 朝食後、スタート/ゴール地点である人権体育館に下見に行くという方々がいらっしゃるので、私も参加させてもらう。おフランスでの自転車デビューである。前日の夕食時にホテルからスタート/ゴール地点への地図が配布されたらしいのだが、私はその夕食に寝過ごして参加できなかったために地図をもらっていない。そのためとりあえず皆についていって道を覚えるつもりである。
 
 午前9時半ころホテル前に集合し、数人で走行を始める。人権体育館までは大体10km少々の道のりのようだ。この日の天気は良く、気候も爽やかで実に気分のいいサイクリングである。ところどころでパリブレストパリのポスターが貼ってある。街中に喧伝されているイベントにこれから参加するんだと思うとなかなか晴れがましい気持ちである。

 ところがどうも道のりが結構ややこしいようだ。いったんでかい道路に出てしまえば、後はさほど困難は伴わないようだが、そこに出るまでに自転車を担いで歩道橋を上ったり細い道を走ってみたり、遠回りをしてみたりと、なかなかわかりにくい。
 色々と試行錯誤したあげく、先に出発したスタート/ゴール地点見学部隊の列車を見つけ、これに乗ってようやくスタート/ゴール地点へのでかい道路に出る。kanatrekさんの手堅い引きのもと、さんさんと陽光が降り注ぐ中快走して実に楽しい。

 しばらく走行すると市街地のようなところに入り、そこからロータリーをいくつか通って人権体育館に到着する。スタート/ゴール地点だ。人権体育館の入り口にはPBPの垂れ幕がかかっていて、数カ国語で"welcome"を意味する言葉が書いてある。よくよくみると「ようこそ」という言葉も入っている。これはおそらく100名以上の参加者がいる国の言葉を書いてあるんだろうなぁと思う。前回のPBP2003では日本の参加者は20数名程度だったのが今回は100名を超えている。これほどの伸び率がある国は今回日本の他はないのではないだろうか。

P8180013.JPG

【昼食】

 スタート/ゴール地点の検分が終わると、ヴェルサイユ宮殿にサイクリングに行く組、PBPのコースを走行する組など様々な組ができる。私はホテルに戻る。井手マヤさんたちがサンドイッチの準備をして待っているからである。そういうわけで、飯能組(埼玉県飯能市方面からいらしている方々)に入れてもらってホテルまで自転車走行する。
 道路は広くて快走できるが、信号待ちの間に道路標識を見ると、時速90km制限になっている。この道路は3車線くらいの道路であり、しかも日本の道路に比べて広めの感じなのでさほど恐怖は感じなかったが、もし日本の一般道で90km制限なんてやったら恐ろしいことになるだろう。ところが日本の警察庁は日本の狭い道路でこれに近いことをやろうとしている。全く何を考えているんだか。日本の警察庁はクレイジーとしかいいようがない。

 ホテルに戻って様子をうかがうと、いずみさんが日本人の若い人とお茶をしている。この方は日本の学生で、フランスに哲学を勉強しに来ているとのことであった。フーコーとかドゥルーズを勉強するらしい。フーコーとかドゥルーズは20年ほど前に日本でもずいぶんもてはやされたものであるが、その学生さんによるとフランスではようやくそれが研究の対象になってきたとのことであった。
 いずみさんと学生さんとともに徒歩5分くらいのところにある中華料理の店に買い出しに行く。チャーハンとか焼きそばのテイクアウトのランチを買っていく。

 昼頃になってサンドイッチ大会を行う。今回はハムとかチーズの他、井手マヤさんが鳥の丸焼きを買ってきてくれる。どうもホテルから歩いて5分程度のところにスーパーマーケットがあり、Auchanまで行かなくても楽に買い出しが出来るようだ。サンドイッチのほか、鳥の丸焼き、焼きそば、チャーハンと豪華メニューである。N@mikiさんがナイフを持っていて、それで鳥の丸焼きを切り分けたが、ナイフが油でべたべたになってしまった。どうもナイフが油でべたべたになるとナイフに悪いらしく、N@mikiさんナイフの状態を心配していた。ナイフ無事だっただろうか。

【ヴェルサイユ宮殿観光】
 
 食事中、飯能組の人たちでヴェルサイユ宮殿に行くというので、私も同行させてもらう。ヴェルサイユ宮殿の最寄り駅まで先ほどの哲学生の方が同行してくれる。私はフランス語がからっきしだめなので心強い。

 午後1時半頃ホテルから10分ほど歩いて、LaVerriere駅から電車に乗る。LaVerriere駅で自転車に乗ったntoshiyukiさんに会う。この方はアメリカ在住で、「風を感じてII」というブログにアメリカのブルベの記事を載せている。今回のPBPにも参加される。昨年の埼玉300kmブルベにも顔を出されていた。飯能組の方々とともにntoshiyukiさんと記念撮影をする。

 LaVerriere駅から電車に乗り、途中の駅で哲学生の方と別れてヴェルサイユ宮殿に向かう電車に乗りかえて10分ほどでヴェルサイユ宮殿の最寄り駅。しかし運賃が足りなかったので乗り継ぎをして改札を出る。駅の出口を出て右方向に少し歩き、交差点を左折すると正面にさっそくヴェルサイユ宮殿が見える。駅から徒歩10分程度でヴェルサイユ宮殿に着く。

 ヴェルサイユ宮殿外壁は一部工事中であった。最近「鏡の間」を見ることができるようになったらしいが、あまり時間がなかったので、ヴェルサイユ宮殿の内部の観光はパスする。入場料(7ユーロ位だったか)を払って庭園を見る。庭園側からヴェルサイユ宮殿をみると、よく書物でみるようなヴェルサイユ宮殿の容姿をみることができる。庭園には噴水がいたるところにあって美しく、延々と植木や芝生が続いた後に大きな池があって、ボートをこいでいる人がいる。

 適宜庭園を散策した後ヴェルサイユ宮殿から撤収し、みやげ物屋をぶらぶらしたり、カフェでお茶を飲んだりする。その後電車でLaVerriere駅に戻ってホテルに帰る。電車は10分に1本来るような感じ。休日の観光地の駅のダイヤのようなイメージである。

【検車の準備】

 ヴェルサイユ宮殿から戻った後は、翌日の検車や受付の準備をする。”ACCUSE D’INSCRIPTION”と題するフレーム番号が入った書類を用意し、箕浦スペースグリップを自転車につけてライトをつける。スペースグリップを自転車につけるのに少々手間取ったが何とか無事につける。フランスの路面は粗いと聞いているので、スペースグリップが走行中に緩んだりしないようしっかりとねじを締めておく。また、ライトが路面からの振動で落下(今年の神奈川400kmブルベで1回やっている。)しないようにライトのホルダーにライトがついているかどうかを確認する。反射ベルトを忘れないようにする。

【夕食】

 20時ころから夕食。朝食とは異なり、1階のレストランが夕食会場になっている。20時ころだとまだ日が高い。さすがに朝食と異なり、夕食の量が足りないということはなかった。やはりビュッフェスタイルで、肉とかパスタとかを中心としたメニューである。まぁ食べられるなという感じ。郊外のビジネスホテルの夕食と思えばまぁ悪くないか。しかし、食事後のコーヒーが不足し、最初にコーヒーの行き渡らなかった人はかなり待たされた。それでもレストランの店員からは何の謝罪の言葉もなく、むしろブチ切れていたような風情さえあった。自分が悪いわけではないのだから何も言わなくていいということなのだろうか。しかしそれでは客商売としては問題だなぁ。その後かなり待たされてからコーヒーが出てくる。コーヒーを飲んで夕食を終えてから22時頃就寝。

<つづく>

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2007年09月20日

最近の猟盤

【9月12日】

水曜日は全省庁の定時退庁日となっており、役所の人は特段の事情がない限り定時の退庁を履行してほしいということになっている。そのお言葉に甘えて、この日定時よりも少々遅いがいつもより早めに退庁して久々にディスクユニオンお茶の水ジャズ館に行く。

まずは2階の中古CDフロアに行く。水曜日だから人が少ないだろうと思って店に入ると、全くそんなことはなく、ジャズおやじでごったがえしている。それにしても中古CD屋に集まってくるようなのはオヤジばかり。しかもパッと見over50。私なんかみたいに40歳を少し過ぎた程度ではまだはな垂れ小僧という感じである。

新入荷の棚を見ると、Paolo Sabatino "Foto Rubate"という作品が売っている。私はPaolo Sabatinoというイタリアのピアニストを結構気に入っている。この人はピアノタッチが強靱であり、時にアグレッシブにひきまくりながら、その演奏はキラキラと美しいというめっぽう魅力的なピアノを弾く人である。一昔前は知る人ぞ知るというピアニストであり、CD入手が困難であったが、最近の輸入廃盤CDブームに乗って徐々に知名度を上げ、CDの入手も容易になってきた。そのため私は"Introducing Paolo di Sabatino""Threeo""Paolo di Sabatino"と既に3作品を所持している。

この"Foto Rubate"という作品も、MOONKSが最近出した大和文庫の本で紹介されていたが、まさかCD化されているとは思わなかった。そのため私は新入荷の棚でこの作品を見た0.0000001秒後にこれを捕まえる。しかも1050円という廉価がうれしい。この作品仮に2000円でも買ったであろう。ディスクユニオンお茶の水ジャズ館に出入りするような連中は手練手管のジャズオヤジが多く、特に新入荷の棚なんか見ている連中はなおさらなので、この日そうしたジャズオヤジにこの作品を持って行かれなかったことを感謝する。ちなみにこの手の希少CDの通信販売を得意とするvento azul recordでは、この作品は2650円と結構値が張る。

その後しばらく他に光るCDはないかと店の中をブラブラするが、すでに"Foto Rubate"でおなかいっぱいになってしまったため、他の作品に特に魅力を感じなかった。その間、さっきまでうじゃうじゃいたジャズオヤジ達は雲散霧消し、いつの間にか店の中にいるのは私一人だけとなっていた。どんなにおなかいっぱいになってもこれでもかこれでもかと貪欲に光る盤を探し続ける私をそこに見たような気がした。

次に3階の新品CDフロアに赴く。パッとみて光るCDは2作。一作はGilbert Sigrist "Jazz Anachronizzm"。もう一作はChris Lomheim "...and you've been waiting?"。後者を取る。前者は、グリーグ「ペールギュント」中の「ソルヴェイグの歌」など、クラシックをネタにしてこれを換骨奪胎し、見事なジャズピアノに仕上げた作品で、それはそれで魅力的である。しかし、後者のピアノは、アドリブに歌心があって美しいだけでなく所々見せるこしの強靱さにその魅力がある。後者の方が私好みなところがあるので後者を取る。この日はなかなか魅力的なCDを買
うことができた。

【9月15日】

この日3連休の初日である。なおかつこの日我が敬愛するジャズピアニストビル・エヴァンスの命日なので、ビル・エヴァンスのCDでよさげなのがあったら買おうと思い、役所に自転車を取りに行く前にまずディスクユニオンお茶の水店に行ってみる。しかしさすがにビル・エヴァンスのCDを100枚近く持っていると、ちょっとやそっとのものでは買おうという気が起きない。この日も新入荷CDの棚や、ビル・エヴァンスのCDが並んでいる棚を見たが、ビル・エヴァンスのCDについては特に買おうという気がおきるものがなかったのでこれを買うのは見送った。

この日新入荷の棚を見ると、Teddy Charles "A Word from Bird"を見つける。Teddy Charlesというと、アトランティックの「Tentet」が有名である。しかし、こちらの作品は、ラズウェル細木氏がジャズ批評で連載していた「ときめきジャズタイム」で希少盤として紹介されており、それほど頻繁にお目にかかる作品というわけではなさそうだ。さらに、有名な「Tentet」と異なり長らくCD化されていなかったため、「Tentet」と比べると、所持している人はかなり少ないのではなかろうか。最近輸入盤ではあるがCD化されたものをようやくこの日になって入手することができた。しかも、1000円ちょっとと比較的廉価で入手できたのでなおさらよかった。廃盤でもなんでもない輸入中古CD、とりわけ1950年〜60年代のものは近時本当に安く、よほどの付加価値がない限り1500円以上出して買う気がしなくなった。

新入荷CDの棚を見終わった後、ジャズピアノのCDの棚をぶらぶらと見ていると、Barry Harris "Live in Spain"を発見し、その0.000001秒後にこれを手に取る。この作品はBarry Harrisの最近の(といってももう10年以上前)傑作として知る人ぞ知る、知らない人ぞ知らない作品である。長らく幻の名盤として珍重されてきたが、近時再発されて輸入盤の入手は楽になった。しかし私がこの日入手したのは国内盤として寺島靖国氏のライナーノーツを付して発売されたものである。国内盤として発売されたものにお目にかかるのは珍しいと思う。また、寺島氏の独断と偏見に満ちたジャズ批評には賛否両論があるが、その点は抜きにしてこの人なかなか面白い文章を書く人なので、この人のライナーノーツがあるだけで輸入盤とは別格の価値を有すると私は考えている。しかもプラケースに割れがあるため1500円と価格が抑えめになっている。ディスクユニオンで新品を買うとするともう1000円は必要である。そんなわけで、これはもう買うしかなかった。

ディスクユニオンの場合、中古CDはまず店に入って直ぐのところにある新入荷CDの棚に陳列され、ここで売れ残った物が次に楽器別・アーティスト別の棚に陳列される。この作品は、新入荷CDの棚ではなく、楽器別(ピアノ)の棚にあった。新入荷CDの棚に陳列されていた時に売れ残ったのが奇跡みたいな作品であると思う。翌9月16日、同じくディスクユニオンお茶の水店で、国内廃盤ジャズCDセールがある旨告知されていた。9月16日にはオセロ大会があるのでもしこれが終わった後時間的に余裕があれば行ってみようかと思う。

【9月16日】

16日にオセロ大会が終わった後時間的に余裕があったので、ディスクユニオンお茶の水ジャズ館の国内廃盤CDセールに行ってみる。Gコレクションシリーズなど、古典的な廃盤CDを数千円台の価格で売っている。廃盤CDセールのポスターには目玉商品の写真が掲載されているが(例えば、メアリー・オズボーン「ア・ガール・アンド・ハー・ギター」とか、ジョアン・ジルベルト「ジョアン・ジルベルトの伝説」、パット・モラン「ディス・イズ・パット・モラン」など。)、どういうわけか目玉商品が全く売れていない。また、中には、例えばピート・ジョリー「スゥイート・セプテンバー」のように、既にCDが再発されているにもかかわらず、「廃盤」と銘打って高値で販売しているものもある。こういうのはちょっと問題じゃないかなぁ。とりあえず、光る盤を全く見つけることが出来なかったので何も買わずに店を出る。

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2007年09月19日

9月18日〜19日の自転車通勤

【9月18日〜19日】(シラス)

走行距離:14.64km 走行時間0:33’47 平均速度26.0km/h 最高速度43.7km/h 積算走行距離 13607km

往路:家→永代通→昭和通→鍛冶橋通→適当→日比谷通→内堀通→祝田通→東京地裁横の通→役所
復路:役所→内堀通→永代通→三つ目通→適当→家

【往路(9月18日)】

 この日も天気がいいので自転車通勤する。家から越中島通に出る途中で変な道路工事をしていて片側通行になっているが、特に問題なく通過して越中島通に出る。清澄通で路上駐車の自動車を避けて走行していると後ろから激しくクラクションを鳴らす馬鹿自動車がいたのでFU●Kユーしてやる。時々こういう態度のでかい馬鹿な自動車を見かける。

 私の経験上フランスのドライバーは日本のドライバーよりも雑な運転をするが、自転車には親切である。そのためパリでかなり自動車が多いところでもママチャリみたいな自転車が安心して快走している。日本のドライバーは技量はあるのだから、もう少し自転車にジェントルであってもいいだろう。最近運転教則本中自転車の通行についての記述を検討しているようだが、自転車に対する自動車の態度も合わせて検討するとよい(例えば自転車から距離をおいて走行することはあっても幅寄せは絶対するなとか、むやみやたらと自転車にクラクションを使うなとか。)。

 勝どき駅前交差点を右折して晴海通に入る。相変わらず原付が多い。いわゆるデカスクというたぐいのオートバイが邪魔である。この日もオートバイが進路を邪魔しそうになったが、うまくかわして前に出、楽々と走行する。この日の晴海通は混雑はあるもさほど自転車走行には影響せず、楽に楽しく走行することができた。

 銀座を過ぎるとようやく渋滞が終わり、内堀通〜桜田通にかけて快走し、無事に役所にたどり着く。平均速度が時速25.6kmなので、まずまずの走行であるといえよう。

 この日急遽役所のみんなで食事をすることになったため役所に自転車を置いて電車で帰る。食事は良かったが相変わらず電車は混んでいて不快である。仮に渋滞していたとしても自転車で通う方がずっとましである。何しろ電車の場合道中ずっと混んだままであるが、自転車の場合渋滞の箇所は限られているし、渋滞していたとしても押し合いへし合いの押しくらまんじゅうをすることはないので。

【復路(9月19日)】

 この日午後7時半位に、やや早めに退庁する。毎週水曜日は全省庁の定時退庁日であり、省員は特段の事情がない限り定時の退庁を励行してくださいとのアナウンスまである。午後7時半は定時よりも遅いが、まぁ私にしてみれば相当早い帰宅時間である。

 午後7時半位だと、まだ若干自動車の数が多い。午後5時半〜7時位の間が込み合って最悪である。マイカー通勤でもしているのだろうか、それとも運送関係の仕事の終わりの時間で込み合うのだろうか。いずれにしても無駄な自動車が多すぎる。

 この日は永代通経由で帰宅する。日本橋までは信号が多くて走行しにくいが、それでも晴海通に比べるとちょろちょろしている馬鹿な自動車が少ないし、永代橋を渡るまでは道路が広いので走行しやすい。永代橋を渡ると若干風景が俗っぽくなり、道路も幾分か狭い感じになる。このあたりから昔の下町になるのだろう。門前仲町のあたりで車道上を逆走しながら携帯電話をかける馬鹿な自転車乗りがいたので「逆走するんじゃねぇ」と一喝する。警察は歩道ばかり自転車で走行しているから、車道上を逆走するやつがいかに危ないかわからないんだろう。こういうやつを警察はきちんと取り締まってくれないとな。

 まぁ馬鹿はたまにはいるもんだが、こういうやつに目くじらを立てるとアドレナリンがいくらあっても足りないのであまり気にしない。満員電車での万人の万人に対する闘争、密着する汗臭いデヴおやじ、迫り来る吐きそうなよっぱらい、隣に座る電波系人間、電車待ちの手持ち無沙汰な時間、面倒くさい乗り換え、そうした全てのものから解放されて自転車で疾走するのは実に楽しい。この日も楽しく無事に自転車で帰宅する。平均速度が時速26kmになっていたので、復路は予想以上の快走だったのだろう。翌20日は役所の歓送迎会が行われるので自転車はお休み。

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2007年09月18日

9月14日〜15日の自転車通勤

【9月14日〜9月15日】(シラス)

走行距離:15.44km 平均速度:26.5km/h 最高速度:? 積算走行距離:13592km 走行時間:0:34'56

往路(9月14日):家→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所

復路(9月15日):役所→内堀通→永代通→三ツ目通→適当→家

【往路】

 9月14日天気がよさそうなので自転車通勤する。このところ9月中旬とは思えない暑さである。しかし私の場合雨さえ降っていなければ自転車通勤には全く問題はない。このところ雨ばかりで自転車通勤できなかったので、これ幸いと自転車通勤をする。

 この日の自転車通勤については、特筆することはない。いつものように越中島通〜清澄通を快走し、いつものように築地〜東銀座のあたりで渋滞にもまれ、オートバイをかわして走行し、そしていつものように渋滞を抜けてから再び閑静な皇居〜霞ヶ関官庁街を快走して無事役所にたどり着く、平均速度が時速25kmを少し割り込む位の感じだったので、まぁまぁというところか。

 この日とある定例会があり、引き続いて午後9時ころから懇親会に入る。銀座コリドー街の小洒落た小綺麗な店である。結構盛り上がってしこたま酒を飲んでしまったので、自転車走行できない。地下鉄も終わったのでこの日は役所に自転車を置いてタクシーで帰り、9月15日に改めて役所に自転車を取りに行くことにする。
 ちなみに、銀座コリドー街に、HUBというイングリッシュパブを見つけた。フィッシュアンドチップスを出す点にひかれた。今度一度行ってみたいものだ。ちなみに東京でおいしいフィシュアンドチップスを出す店はどこだろう。先日エビスガーデンプレースにあるビールの店に行ってフィッシュアンドチップスを食べたが小さくていまいちだった。イギリスで出しているような魚山盛りポテト山盛りのフィッシュアンドチップスを出す店はないだろうか。林望「イギリスはおいしい」を読んでからすっかりフィッシュアンドチップスにあこがれている。

【復路】

 この日午後からディスクユニオンお茶の水ジャズ館に寄ってから役所に自転車を取りに行く。役所には自転車ジャージで行ったが、身分証明書を見せるとちゃんと中に入れてくれる。役所の中で運動靴をビンディングシューズに履き替えて役所を出発する。

 この日役所を出て自転車走行したのは夕方ころであった。土曜日であるがさすがに私が走行したのは幹線道路だけあって交通量は決して少なくない。しかしそれでも平日に比べると幾分か走行しやすい。例によって日本橋近辺は信号やタクシーが多くて慎重に走行するが、ここを抜けてしまえば結構快走できる。あとの注意点は永代通と葛西橋通の分岐点のところで、左折車に注意して走行すること、および門前仲町近辺のノロノロタクシーに注意すること位か。

 そういうわけでこの日も楽しく安全に自転車走行して帰宅する。9月14日往路と9月15日復路の平均速度が時速26.5kmだった。往路の平均速度が時速24km台だったので、復路でかなりの快走が出来たのであろう。もっとも私自身は復路の速度はそれほどのものでもないと思っていたが。

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2007年09月17日

さいたまオープン優勝!!

 さて9月16日はさいたまオープンである。市町村合併でさいたま市が発足した年に第1回が開かれ、その後一年に一度開催され、すでにもう第7回を数える大会となった。私はここ1年位はオセロ大会には出ていないのだが、この大会だけは皆勤賞である。そのためこの日も午前9時半の受付に間に合うために午前8時頃家を出る。オセロ大会にでるためにこれほど早く家を出るのも珍しい。もっとも私が中学生くらいの時には、私の故郷である群馬県高崎市ではオセロ大会はなく、朝5時起きして電車に乗り、東京にオセロ大会にでかけたものである。ちなみに来年(2008年)で、私が本格的にオセロを始めてから30年になる。

 午前9時20分頃に会場である埼玉県労働会館に到着する。この日はオセロ世界選手権日本代表の一人を決める王座戦が水戸市で行われているため、参加者は少ないだろうと思われたが、30人近い参加者があって意外と参加者は多く、なかなか盛況であった。
 この日、王座戦に出ていると思われたオセロ連盟理事の北島氏がこちらの大会にいらっしゃる。この人は北関東(埼玉、群馬、栃木)の顔というべき人であり、20年以上もの間北関東オセロの運営に従事されてきた。その貢献度の高さから、北島氏は近時名誉6段を認定された。やはり北島氏抜きではさいたまオープンは成り立たない。

 例年大会に仮装してくる人の中からベストドレッサー賞・アットホーム賞を選出しており、なぜか私がコメンテーターを毎年勤めていた。ところが今年は王座戦と重なったせいか、こちらの賞に参加しようという人がいなかった。来年に是非期待したいところである。しかし、毎年対戦の合間に腕相撲大会が行われ、男子8人、女子4人の参加があってこちらはなかなか盛り上がった。

 さて午前10時から対戦である。対戦方式は午前2戦、午後4戦のスイススタイルトーナメントである。

第1局 K2級:割とご年配の方であるが、2級を認定されているところをみると、そこそこはオセロをやりこんでいる感じの人である。序盤15手位で相手の手を詰めてしまい、以下相手をサンドバッグにして、最後には相手の石を全部取ってしまった。
 相手の方の手が詰まったため、相手の方が「ここしか打つところないですよねぇ」とたずねた。さすがに対戦相手という立場上相手にアドバイスを送るわけにもいかず、「う〜んご自分でご判断ください」と実もふたもなく冷たく切り返す。ところがどういうわけか、隣で対局していた北島氏が私のこの冷たい切り返しに笑ってしまい、北島氏は手拍子の手を打ってしまった。結局北島氏はその手がもとで負けたらしい。
 ちなみにこの方、他の対局者にもことごとくサンドバッグにされたらしく、最後やる気をなくしたか姿を消してしまった。これにこりずにまた遊びに来て欲しいと思う。

第2局 K納3段:昨年もさいたまオープンで対局して負かされた若手のホープ。今回は私好みの古い定石での進行となったが、結局中盤に相手の好手が出て、僅差で負かされる。負けは負けだが、僅差なのでダメージはそれほど大きくない。

第3局 N二段:女性の方。昔は女性にはそれほど強いプレーヤーはいなかったが、最近は強い人が多く、全く油断できない。今回も、それほど不利を意識したわけではないが、どうにかこうにか相手の手を詰めることができ、意外なほどの大差で勝つことができた。

第4局 S初段:この方も女性。私が全く知らない定石を打たれ、序盤20手目位で私の手が詰みそうになった。何とか首の皮一枚でしのぎきり、ワンチャンスをものにして何とか勝負になるまでに持ち込んだ。
 そのときからどうも相手の手が変調気味になり、「ここに打ってほしいなぁ」と私が思ったところに、ズバズバと打ち込んでくるので、徐々に私は優勢を意識するようになり、最後は意外なほどの大差がついた。この第4局目を拾えたのは大きい。

第5局 S三段:この人とはよくあたる。とにかくこの人が出ている大会に私が出た場合、ほとんどのこの人とあたっている。まだ負けてはいないが、決して油断できる相手ではない。この日も序盤であっと驚く手を打たれ、ここで間違ったら一方的に形勢が傾くという場面で何とか土俵際でもちこたえ、最後は偶数理論で何とか僅差で逃げ切った。

第6局 K五段:この人は強い。全日本選手権大会準優勝の経験がある。この人は強い日と弱い日があり、強い日は何人も寄せ付けない圧倒的な強さがあるが、弱い日は簡単にコロコロと負かされる。この日はK五段の強い日であり、かつ私はこの人にここ数年勝っていないので、今日この人に勝つのはちょっと難しいだろうなぁと思っていた。しかし、この人との対戦で勝てば、取った石数によっては優勝の目がある。この人との対戦だけ棋譜を上げる。

55 47 37 40 35 49 53 52
56 48 38 06 18 17 51 54
12 13 02 03 08 46 33 57
16 05 01 00 XX 28 50 58
19 15 04 XX 00 27 31 36
20 11 10 07 09 26 29 30
43 39 22 14 21 25 44 45
42 41 32 23 34 24 60 59

 中辺牛定石からの進行。20手目まで白石が圧倒的に多いが、黒石を外側に押し出す感じ。私がもっとも得意とする戦法である。31がどうも敗着のようで、46のところに打っていれば黒勝ちらしい。32手目が自慢の手。33とはずしたあと34と取って優勢を意識した。34と取るような手で相手の種石を切って相手の手を狭め、後は偶数理論の利を生かすというのが、私の鉄壁の白番の勝ちパターンである。37は、38を見落とした手で、39と一見うまく白の悪形を攻めたように見えるが、白40に手があり、かつ41〜43のあと、44のX打ちが残っていることを見通していたので、おそらく勝てるであろうことは意識していた。あとは取った石数の問題である。終局してみると、やはり私の勝ち。これでK五段と私は勝ち数で並んだが、取った石数の関係で私の優勝が決まった。平成16年に優勝して以来2回目の優勝である。

 昨年は3勝2敗1引き分けと不本意な結果だったが、今年は優勝である。私はオセロを始めた当初北関東ブロックに所属していたため、北関東ブロックは私の故郷という感じである。そのため、その故郷で催された大会で優勝するのはなんともうれしいものである。しばらくオセロ大会に出ていなかった私ではあるが、現役のプレーヤーとしてはまだ通用することがわかって、何となくうれしい。
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2007年09月15日

9月15日

さて9月15日は我が最愛のピアニストであるビル・エヴァンス(Bill Evans)の命日である。エヴァンスは1980年のこの日ニューヨークのマウント・サイナイ病院において気管支肺炎、出血性潰瘍及び肝硬変で死去した。享年51歳。

 エヴァンス逝去直後のスイング・ジャーナル1980年11月号を改めて読み返してみると、訃報記事、葬儀や追悼コンサートの様子、ディスコグラフィー、追悼特集としてマイク・ブルームとのインタビュー及びコンラッド・シルバートのコラムが掲載されている。マイク・ブルームとのインタビューが特に面白く、マーク・ジョンソンとジョー・ラバーバラとのトリオはスコット・ラファロとポール・モチアンとのトリオと肩を並べるとか、マイルス・ディビスが作ったとされる<ブルー・イン・グリーン>という曲は実はエヴァンスの曲だというエヴァンスの発言は、ここから来ている。ただ、この号の表紙を飾ったのがエヴァンスではなく、リッチー・コールだというのはいただけない。
 
 そんなこともあってか、1980年のスイングジャーナル別冊「ジャズ読本」は、表紙に吉田カツによるエヴァンスの肖像画(これは後に発表される「コンセクレーション」のジャケットを飾ることになる)をあしらっている。中身も10ページに渡ってエヴァンスのポートレートを、14ページに渡って関係者(ヘレン・キーン、オリン・キープニュース、マーク・ジョンソン、ジョー・ラバーバラ)の思い出話を掲載している。「ピースピース」が演奏された状況(オリン・キープニュース)、エヴァンスは家では「インタープレイ」をよく聞いていた話(ジョー・ラバーバラ)が面白い。

P9150076.JPG

 私が考えているエヴァンスの演奏曲ベスト3は以下のとおりである。そこで、この日は主として以下の曲が収録されているアルバムを聴いて亡きエヴァンスを偲ぶこととする。
1位 Peace Piece:Everybody Digs Bill Evans(Riverside,1958)所収
2位 Nardis:Paris Concert Edition II (Elektra Musician,1979)所収
3位 枯葉:Portrait in Jazz (Riverside,1959)所収
同  My Foolish Heart:Waltz for Debby (Riverside,1961)所収

 "Peace Piece"は、スタンダード曲である"Some Other Time"を演奏しようとしてイントロを奏でていたところ、ハッとインスピレーションがエヴァンスに宿り、急遽即興演奏に入ってしまってそのまま勢いで6分38秒まるまる神がかり的に演奏しきってしまった名作。最も静かで穏やかな瞬間から最も荒々しく高ぶる瞬間まで過不足なく完璧に演じ切り、インプロヴィゼーションの切れ味は神業としか思えない。 エヴァンスの演奏には俗に駄作はないといわれるが、これだけは別格。

 "Nardis"は、エヴァンス名義での作品では1961年の「Exploration」での初演から終生繰り返し演奏したエヴァンスの愛奏曲。しかし、「Exploration」でのNardisと、「Montreux Jazz Festival」(1968年)近辺でのNardisと、この「Paris Concert」でのNardisでは、素人目に聴いても明らかに曲想が異なる。Explorationでは「楷書」、Montreuxでは「行書」、Paris Concertでは「草書」という感じ。Paris Concertでは、ピアノ、ベース及びドラムスのソロのフォーマットが採用されるが、それぞれのソロが終わってテーマに入るところが感動的。特に16分10秒近くでドラムスのソロの終わり間際のドラムロールから間髪をいれず、「タッターン」とエヴァンスのピアノが入ってテーマになだれ込むところで鳥肌。無論エヴァンスのピアノも、エヴァンス末期の絶唱調のアグレッシブなソロで実に感動的である。

 「Portrait in Jazz」の枯葉は、私が1986年にエヴァンスにのめりこむきっかけとなった名演である。その演奏は実にハードボイルドであってかっこいい。速めのテンポでのテーマからベースとの哲学的な会話、そして一気にスインギーかつメロディアス、そして硬質なアドリブへとなだれ込む。実に完璧な演奏で一気にエヴァンスにはまった。

 「Waltz for Debby」のMy Foolish Heartについては、これをしのぐバラード演奏は皆無といっていいほど完成度が高い。テーマ〜アドリブ〜テーマ、という典型的なジャズ演奏、というより、この曲の演奏自体がすでに一曲として完成されている感じ。とにかく演奏に酔いしれるほかはない、という稚拙なコメントしか今のところ述べることはできない。こういう演奏は命を削らないとできないだろう。そりゃ早死にするわけである。

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2007年09月14日

PBP2007走行記(その3)

PBP2007走行記(その2)からつづく>

【フランスの地を踏む】

 8月27日午前4時すぎに日の丸PBPツアーご一行が搭乗したエールフランス機は無事シャルル・ド・ゴール空港に到着した。夏とはいえまだあたりは暗い。
 飛行機を降りて入国審査に向かう。入国審査にはEU加盟国民用の審査ブースと、非EU加盟国民用の審査ブースが分かれているが、非EU加盟国民用の審査ブースには係員がいない。そのうち係員が来るんだろうなぁと思って日の丸PBPご一行数人が非EU加盟国民用の審査ブースに並ぶが一向に係員が来る気配がなく、逆にEU加盟国民用の審査ブースに明らかな非EU加盟国民が並んでくる(その人達が所持しているパスポートが明らかにEUの国のものではない。)始末。「まぁいいか」と思い、列を仕切るためのテープをひょいとくぐってEU加盟国民用の審査ブースに並んでしまう。そうこうしているうちにEU加盟国民用の審査ブースに長蛇の列が出来、非EU加盟国民用の審査ブースには全く人が並ばない。無論そちらの審査ブースには係員はいない。およそ日本では考えられない適当な手続きである。

 入国審査の様子を見ていると、二つブースがあってそれぞれ一人の係員がいるが、その係員同士が雑談をしながら入国審査を受ける人が突き出すパスポートに一瞥もくれることなく適当にハンコをペタシペタシと押している。
 アメリカあたりだと、顔写真と指紋をとった上で何をしに来たんだと訪ね、何か問題があると入管に止められてしまうことがある。現に、私が昨年参加したホノルルセンチュリーライドでは、某ツアーの参加者がアメリカの入管で止められ、数時間ほど留め置かれたと聞く。それに比べると、係員が談笑しながらパスポートにペタシペタシと適当にハンコを押すだけのフランスの入国審査は極めて牧歌的である。
 私の順番になっても牧歌的審査は変わらず、係員が他の係員と談笑しながらペタシと私のパスポートにハンコを押して終わりである。

 入国審査が終わると荷物のピックアップである。次々に自転車が出てきてコンベアの上を動いていく。しばし待っていると、だるまのようにふくれあがったオストリッチのトラベルバッグが出て来、これは私のだなぁと思ってそれについているタグをみるとやはり私の名前が書いてあったのでピックアップしてカートに乗せ、空港の建物を出ようとする。 ところが、空港の建物を出ようとしたところ、出口で税関の職員らしき人が他の人となにやらもたもたやっていて、挙げ句の果てにいなくなってしまった。そこで一応税関の職員を呼び出し、PBPに出るんだみたいなことを言ってさっさと出てしまう。

 午前5時くらいであろうか。外はまだ暗い。まだ近くではすでにフランスに到着していたオダックス神奈川代表井手マヤさんが待っていてくれて、PBPサポートツアーのバスが待っている場所に案内してくれる。

 サポートツアーのバスはちょうど大型の観光バスくらいの大きさで、後ろにトレイラーをひいている(下の写真参照。)。このトレイラーに自転車を積み込むのである。バスに乗り込むと座席も又普通の大型観光バスのそれであることがわかる。オダックスジャパン会長の加藤さんは事前にPBP参加者メーリングリストで「サポートツアーのバスでの仮眠はよほど運が良くないとできません。」と断っていたが、「これなら仮眠も大丈夫かなぁ」と思う。

P8170004.JPG

 PBPサポートツアーの参加者(40名くらいか)の大半がバスに乗ったが、まだ一人こない。その人の様子を見に行ったりしていると、しばらくしてその方現れる。どうも出口を間違えて遠回りをしたらしい。そんなこんなで午前6時半ころだったか、バスはホテルに向け出発する。ところが、ホテルのチェックインの時刻は13時である。そこで、それまでの間パリ市内をバスであちこち回って時間をつぶすこととなった。

【ぼったくりファストフード】

 バスはシャルル・ド・ゴール空港を離れ、延々となだらかな丘陵地が展開して田園風景が広がる中をパリ市街地にむけひた走る。こういうところをPBPでは走行するんだなぁとぼんやりと車窓をみながら思う。さすがに6時を過ぎると空が白んでくる。

 途中ドライブイン、というかファストフードの店に朝食のため立ち寄る。バスを降りると思わず寒さに縮み上がる。日本の夏装備で来ていた人々はみな異口同音に「寒い寒い」を連発。それはそうだろう。何しろ緯度的には稚内より北なのだから。

 ここでは、パン、ハム、チーズ、ヨーグルト、コーヒー、果物、その他ペットボトルの飲み物を提供していた。これらを全て取った人は、10ユーロを超える金額を請求された。この程度の食事で10ユーロ(当時日本円にして1600円程度)をふんだくるとはぼったくりだとの評判しきり。これは高いという評判が列の前の方から聞こえたので、私はパンとショコラと炭酸水をとる程度にし、6ユーロ位でとどめた。

 PBPツアーの人とともに朝食をとっていると、端の方で誰かのブログの話をしている声が聞こえる。よくよくその話を聞いているとそれは私のブログの記事だったので、「あっ!!それぼくのブログの記事ですっ!!」と指摘すると、その話をしていた方赤面して「いやっ!!失礼しました」と恐縮される。この方オダックスジャパン副会長の一人本田さんという大物であった。これをきっかけに本田さんと親しくお話しさせていただくことが出来て大変良かった。
 私の場合ブルベにおいてはマイペースで走ることが主眼となっており、ブルベ参加者の人と話し込む機会があまりない。PBPツアーに参加して、多くの方々と話し込んで親しくさせていただくことができた。このツアーはその意味で本当に有意義であった。

【パリ市内ぐるぐる】

 ぼったくりファストフードを離れ、バスは田園地帯を疾走する。しばらくバスで走行するとじょじょに風景が都会っぽくなって来たかと思うとパリ中心部である。まだ朝早いせいか街は閑散としており、時折枯葉が風に舞っている。パリの8月はすでに秋の趣である。シャンゼリゼ、凱旋門、ルーブル美術館、その他パリの有名な場所をバスはぐるぐると回る。

 車窓から見える観光名所にはさほど関心はなかった。しかし、パリの車道上はちゃんと自転車レーンがあることに気がつき(日本のように歩道を色分けして自転車レーン一丁上がりなどという馬鹿で安直な真似はしない。当然そこに駐車するなどという大馬鹿者もいない。)、これはツーキニストとしてはチェックせざるを得ないなと思ってこれはカメラに収めた(フランスは右側通行なので自転車も右端を走行する)。

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 途中バスが停車する。そこで一行バスを降り、エッフェル塔前へと向かう。さすがに9時位になると気温が上がってくる。日本と異なり空気がカラっとしているが、日本と比べて日差しが強い。太陽光線が肌につきささるようである。
 エッフェル塔が目の前にそそり立つ。いかにも電波塔ですという感じの無骨な東京タワーに比べると、同じ電波塔でもエッフェル塔の方が何となく品があって美しい。おフランスに来た証拠として、思わずエッフェル塔をカメラに収める。

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【スーパーで買い出し】

 エッフェル塔を発ってバスはパリ市街地を通り抜け、再び郊外の緑豊かな風景の中を30分ほど疾走する。その後PBPツアー一行が宿泊するホテルの近くだという「Auchan」というスーパーマーケットで各自適宜買い出しを行う。日本にある郊外型のスーパーマーケットに、小さなショッピングモールがついた感じである。

 私は特に買うものはないので適宜店の中をぶらぶらする。奥のほうに、イトーヨーカドーなど大きめのスーパーマーケットにあるような自転車売り場があり、PBP参加者の注目をひく。しかし特にほしいという物はなく誰もここで買い物をしない。そのそばにミシュランの地図があり、それを買っていく人がちらほら。
 さらにぶらぶらしていると、パンの売り場のそばで井手マヤさんに出会う。井手さん、昼ごはんはレストランに行くと高いから、みんなで食材を買ってサンドイッチを作ることを提案する。私は朝方のぼったくりレストランに懲りていたのでこれに賛同する。昼食サンドイッチ計画に賛同する方々を糾合し、井手さんや、飯能組のいずみさんがテキパキと働いてパンやチーズ、ハム、紙のお皿やコップといった食材等を集める。本田さんはワインの品定めである。このとき生まれて初めて野球バットのようなフランスパンが実際に売られているのを目撃した。持って素振りをしたくなる誘惑を押さえるのに苦労した。これらの食材等をまとめていずみさんがレジで精算し、あとでサンドイッチ計画参加者で割り勘にする。

 各自買い出しを終えてバスに戻り、一路バスはホテルに向かう。ホテルのそばにレストランがあるので、各自適宜昼食をとってほしいとのことであった。
 買い出しでは、水を大量に買う人が多かった。水は体に合う合わないがあるので当然であろう。私は、フランスの水道水は硬水であるが飲用には差し支えないと聞いていたので、水は水道水を飲むことにした。私の場合水で当たるのは衛生状態に問題がある場合である。以前カンボディアに出張に行ったとき、ホテルが自前で濾過したミネラルウォーターを飲んで当たったことがあった。どうも濾過に問題があったらしい。そういうのは体に合う合わない以前の問題である。

【ホテルに到着】

 スーパーからバスで5分ほどでPBPご一行が宿泊するMercure Maurepasに到着する。その間部屋割りが加藤さんから発表される。私は岩本さんと同室である。岩本さんは今年の神奈川300kmブルベでPCに到着するたびに顔を合わせていた方であり、かつ神奈川600kmでもしばらく一緒に走行させてもらっていた。岩本さんは遅れて到着されるとのことである。

 このMercure Maurepasは、Maurepasという町にある。ソフィテルホテルなどを経営するアコールホテルグループが経営するMercure Hotelのひとつである。一応三つ星がついているが、郊外のビジネスホテルという趣である。おそらくこれは5星満点の三つ星ということであり、ミシュランのガイドに見られる最高点のトロアグロという意味ではないだろう。ここはスタート/ゴール地点であるサンカンタン・アン・イヴリン(Saint-Quentin-en-Yvelines)から12km位のところにある。

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 13時が本来のチェックインの時間であった。しかしまた部屋の準備が出来ていないらしくチェックインの時間が15時に延びた。とりあえずPBPツアーの人は食事に出かける。ホテルの入り口付近に、10名位が座れるテーブルといすがあるので、サンドイッチ計画参加者がそこに陣取ってサンドイッチ一式セットを広げ、野外での昼食とする。この日は実に天気がよく気候も温暖、陽光を浴びて10名位であれこれと話をしながらパンを切ってハム、チーズや肉のパテを挟んで食べ、ワインを飲む。
PBP走行が本来の目的であるが、あたかもピクニックのようにPBPに集まった人たちと親交をもてるのは実にすばらしい脱日常経験である。一人割り勘で5ユーロ位におさまった。値段もリーズナブルである。以後の昼食もこんな感じでいくことになる。

 その後外のレストランへ食事に出かけた人たちが続々と戻ってくる。中華料理屋だったのだが評判はいまいちであった。とりあえず荷物をバスから出し、自転車をトレーラーから出してホテルの半地下にある、絨毯がしいてあって会議場のような部屋に運び込む。
 チェックインがなかなかできないので皆所在なく外で待っていたが、しびれを切らしてとりあえず自転車を置いた会議室で自転車を組み始める人が次々と出てくる。私も自転車を組むべく会議室に向かう。

 オストリッチのトラベルバッグを開けて自転車が無事であることを確認する。特にディレイラー部が心配であったが、ビニールのプチプチとタオルでぐるぐる巻きにしてあったので何ともなかった。これからも飛行機輪行の際は、オストリッチのトラベルバッグで基本的には行けると思う。

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 後はいつも通りに自転車を組みあげる。ペダル軸にグリースをつけてペダルもつける。飛行機に積む際にタイヤの空気圧を減圧したのでミニモーフで空気を入れようとしたところ、kanatrekさんがフロアポンプを持参していたのでフロアポンプを借りて空気を入れる。ミニモーフは携帯空気入れにしては非常に良く空気が入るのだが、やっぱりフロアポンプの方が空気を入れやすい。勢いに乗って9気圧位まで空気を入れてしまった。あまりの空気の入れやすさに、「いや〜やっぱり人の空気入れを使うと気持ちいいや」と思わずひとりごち、周囲の人に笑われてしまった。

 今回のPBPツアーでは、「ツアーの参加者の共用のフロアポンプを何本か持って行くといいのではないか」という意見があったが、「フロアポンプを使えなくて不利益があったなどと文句が出ては困る」という意見もあって却下された。しかし、40人〜50人程度のツアーであれば、せいぜい3本もフロアポンプがあれば短期間に皆で使い回すことができ、「フロアポンプを使えなくて不利益があった」という文句は出ないのではないだろうか。どうせ50人でまとめてツアーに行くのだから、「各自で持って行くのは不便なだが共用であると便利」なもの(例えばフロアポンプがあるが、それに限られない。)を共用で持って行くことも検討していいと思う。

 自転車を組み立てた後外でのんびりしていると、いよいよチェックインできるようになったのでホテルの中に入り、ホテルの人の説明を受ける。若干フランスなまりの英語であるがまぁまぁ聞ける。しかしホテル側の都合でさんざん待たせたのに謝罪の一言もないのはいただけない。 ホテルの説明の中で、日本人及び中国人を対象としたバスタブの使用方法があった。バスタブの外で体を洗ってはいけませんという説明を、ご丁寧に図解(下の写真参照)までして行う。50年前ならそういうやつがいても不思議ではないが、今日びそんなやついるのかね。

P8170011.JPG 

 その後加藤さんから部屋の鍵をもらい、この日の夕食はホテルが手配したレストランで食べるので午後8時にロビー集合である旨を聞いてホテルの部屋に行く。部屋はちょうど日本のビジネスホテルのツインという感じ。
 早速スタート地点まで自転車で行った人もいたようだが、私はとにかく眠かったので、部屋にたどり着くと、若干の荷物の整理をした後眠りに就く。

 はっと目が覚めて部屋の中の時計を見ると、午後9時になっている。しかし、i-podの時計を見ると、フランス時間では午後8時である。今からロビーに行けば夕食に間に合うかなと思ってロビーに行くと、ロビーには誰もいなくて、ロビーの時計は21時になっている。よくよく考えてみると、フランスではサマータイムを採用していて、非サマータイム時に比べて1時間すすんでいるのだった。
 仕方がないので部屋でのんびりしていると、加藤さんから岩本さんが到着した旨の電話を受ける。岩本さんは空港からタクシーでこのホテルまでいらした。岩本さんも若干の荷物の整理や着替えをすませる。その後この日は就寝して終わり。この日はおフランスの土を生まれて初めて踏み、その後もいろいろあって密度の高い一日だったな。

(つづく)

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2007年09月13日

9月13日の自転車通勤

【9月13日】(シラス)

走行距離:14.31km 走行時間0:34’28 平均速度24.9km/h 最高速度41.7km/h 積算走行距離 13577km

往路:家→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→東京地裁横の通→晴海通→清澄通→適当→家

【往路】

 このところ台風やら秋雨前線やらと自転車に乗るには全く不向きな気候であった。これからもしばらく曇りがちで油断できない。しかし天気予報によるとこの日はどうも丸一日雨は降らなさそうなので、久々に安心して自転車通勤する。

 まずは越中島通〜清澄通を快走。勝どき駅前交差点を右折して晴海通に入ると自動車でぐちゃぐちゃになっている。おまけにオートバイも通るものだから収拾がつかないようにも見える。しかし、自動車は渋滞で動けないので、自転車が通行できる幅の部分を見つけ、あとはオートバイに先を越されないように走行すれば、速度は落ちるものの自動車よりも圧倒的に機動的に走行することができる。この日もすきあらば無理に私を追い越そうとするオートバイにガンを飛ばして牽制し、投影面積の広いオートバイが渋滞に引っかかって動けなくなるのを尻目に速度は落ちるがスイスイと走行していく。この日は築地〜東銀座〜銀座までずっと混みっぱなし。狭い日本こんなに車が要るかねぇ。

 外堀通を通過する辺りから自動車が少なくなってきてようやく快走モードに入る。後は特段の事情もなく楽々走って役所にたどり着く。このところずっと混雑する電車で移動と忍耐と苦痛の時間をすごしてきただけに、どんなにゆっくりペースであっても自転車通勤が楽しいことが身にしみてよくわかった。

【復路】

 この日午後8時半ころ役所を出て自転車走行する。晴海通を通って帰宅するが、やはり日比谷通〜外堀通の間は信号やアホタクシーが多くて実に走行しにくい。

 外堀通を通過したところで、車道を比較的快調に自転車走行するおまわりさんがいた。実に楽しそうに自転車をこいでいる。そうでなくちゃいけない。おまわりさんにおいては、是非自転車車道通行を実施して欲しい。車道を通ったって別にこわくないよ。自転車のおまわりさんに幅寄せしたり轢いたりしようなんて度胸のあるドライバーは100%いないから。ちなみに私のほうが当然速いから、サッサとおまわりさんを追い越す。

 新橋演舞場近辺の信号で、携帯電話を見ながらチンタラと車道を通行する自転車がいる。こういう馬鹿なやつは一度自動車に轢かれて脳みそを道路にぶちまけ、自らの無謀運転を反省すべきだろう。そんなアホはさっさと追い越し、晴海通を時速30km位でゆったりと快走する。結局この位のペースで清澄通も走行してあとは適当な道を走って無事に帰宅する。平均時速が24.9kmなので、まああせらず楽しくゆったりとこの日は走行したかなという印象である。

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2007年09月11日

PBP2007走行記(その2)

PBP2007走行記(その1)からつづく>

【成田空港へ出発】

 さて2007年8月16日PBPに参加するためいよいよフランスへ出発である。今回AJを通じてとってもらったエールフランス機は日本時間21時55分ころの出発のため、20時頃空港第1ビルエールフランスのカウンターへの集合になっている。そのため夕方くらいに家を出ればよく、午前午後とまるまる荷物のパッキングなどの準備に使える。8月16日は丸一日役所を休んで荷物のパッキングなどの準備にあてる。
 すでに自転車、自転車関連装備、自転車衣類等及び自動車工具関係(ただし計器やヘルメットなど手荒に扱われて困るものは除く。)は8月12日にオーストリッチのトラベルバッグに入れてABC空港宅配サービスで成田空港第1旅客ターミナルに送付してあるので、残りの荷物を飛行機旅行用のピギーバッグとそれに引っかける手さげカバンに詰める。書類や貴重品は肌身離さず携帯できるよう手さげカバンに、それ以外のものをピギーバッグに詰める。荷物の大半がすでに輪行袋に詰めて送付してあるので、残りの荷物はそうたいした量ではない。
 荷物を詰め終わってピギーバッグをみると、いよいよPBPに出陣するんだなぁという緊張感、そして、1200kmも走行するのは初めてであり、何が起こるかわからないが、とにかく無事に完走してここに戻ってくるぞという決意がわきあがってくる。

 集合時刻は20時頃であるが、ABC宅配サービスで荷物を受け取れるのが19時からであり、また荷物と集合する人が多いので少し早めに出かけようと思う。そのため17時半頃家を出て途中でタクシーを拾い、箱崎のTCATに行ってリムジンバスに乗ることにする。私の家からTCATが近いためこの経路が最も速く楽に成田空港まで行ける。
 TCATに到着してから10万円分の日本円をユーロに両替する。ここの両替所では成田空港の両替所のように列に並んで待たされることなく直ぐに両替できた。18時15分の成田空港行きリムジンバスで空港第一ビルに向かう。このリムジンバスの乗客は3人くらいで非常に快適であった。特段の渋滞もなくバスはスイスイと高速道路を走行し、ほぼ1時間程度で空港第一ビルに到着する。

【数多くの自転車〜輪行装備】

 空港第1ビル(北ウイング)に入り、ABC宅配サービスの店舗を苦もなく見つけて輪行袋をピックアップする。その後事前に指定された集合場所のカウンターに行くと、早くも大勢のPBP参加者とおぼしき人たちが詰めかけている(その数既に30人は超えていたであろう。)。私の到着後もPBP参加者が愛車をかかえて続々と到着する。そのカウンターには多くの輪行袋がならんでいて、PBPのツアーであることを強く感じる。これほど多くの自転車が箱や袋に詰められて並んでいるのを見るのは、昨年のホノルルセンチュリーライドに参加した時以来である。

 昨年のホノルルセンチュリーライドでは、自転車を飛行機輪行するのに段ボール箱を用いる例が多かったが、PBPツアーでは多くない。輪行用のバッグやケースで目についたのが、私が使用しているオーストリッチのOS-500トラベルバッグの他、シーコンのコンフォートプラス(キャスター付セミハードケース)、TNIのパネルガードバイクケースといったところか。無論他のメーカーの輪行袋もいっぱい置いてある。飛行機では荷物が手荒に扱われることを予想してか、通常使用する薄手の輪行袋に自転車を入れる強者は(いらっしゃる可能性もあるが)、私は確認できなかった。

【搭乗手続そして搭乗へ】

 まずはカウンターで搭乗手続きを行って航空券と自転車積載料金領収書をもらう。通路側の席を希望したのだが、旅行代理店が既に座席配置を決めてしまっていたらしく、3人掛けの真ん中の席にされる。14時間の長旅で真ん中の席にされるのはちょっと不満であるが仕方がない。
 搭乗手続を終えると次は輪行袋の重量測定である。搭乗手続を終えた人たちがぞろぞろと重量測定のための場所に赴く。私の輪行袋の重量は15.6kgで、20kgの重量制限内におさまった。引き続き預かり荷物を預かってもらうカウンターに行って輪行袋を預ける。そこで輪行袋にタグをつけてもらい、これに対応するシールを自転車料金積載領収書に貼ってもらう。

 これで搭乗手続と荷物預かり手続が終わったので、後は出国審査を終えて飛行機に乗るだけである。出発まで1時間半近くあるため、売店をブラブラする。20時半近くになるとだと閉店する店が多い。床に寝っ転がって仮眠する場合に備え、ドラッグストアで空気を入れて使う枕を買っておく。またベーグルサンドを買って食べる。
 他に用がないため、出国審査に向かう。このときは出国審査手続場に長蛇の列はできておらず、直ぐに出国審査手続きを終えることが出来た。

 その後出発ゲートに向かう。出発ゲートではすでに大勢のPBP参加者(100名はいないだろうが50名は確実に超えている。おおざっぱに50名〜100名の間という感じか。)が出発を今や遅しと待っている。その殆どの人が赤いTシャツを着ている。このTシャツは、「PBP勝手に応援隊」のTシャツとして作成されたものであるが、PBP応援隊のみならず参加者間の間にも人気が爆発し、出発ゲートにいるPBP参加者の殆どの方がこのTシャツを着用している。こういうのをみると、私も何となくそのTシャツをほしくなってくる。
 出発を待っている間にコカコーラを買ってくつろぐ。昨年のハワイセンチュリーライドのときは出国手続きを経た後はいかなる飲み物も機内に持ち込んではいけなかったのだが、このときは出国審査を経た後買った飲み物を持ち込むことはできるようなので、機内に入ったときも飲み物を飲めるようにする。機内に入った後飲み物サービスがあるまで結構時間があり、この間のどが渇くと困るので、機内に入った後飲む飲み物を持ち込めるようになったのは助かった。

 その間、ブルベで得た知己の方々やw-moto@moto・NO2さんと話をさせていただく。w-moto@moto・NO2さんは、ご主人のw-moto@moto・NO1さんがPBPに出場するのでその応援でPBPツアーに参加されている。ご主人には2006年の埼玉300kmブルベでご主人の走行に私が勝手に励まされた話(こちらを参照。このときの黄色ジャージおじさんがmoto・NO1さん。)を私がしたり、PBP終了後はご夫妻でPBPのルートをブレストまでサイクリングする予定である話などをmoto・NO2さんから聞いたりと面白かった。

 そうこうしているうちに21時30分ころから搭乗が始まる。飛行機に乗ってみるとキャビンの後ろ寄り、進行方向向かって左側の窓よりの3人掛けの真ん中の席。この近辺にはPBP参加の方が多い。旅行会社の方でPBP参加者を固めて座席の予約をとったのだろう。座席の左隣は昨年の神奈川400kmブルベから存じ上げているkanatrekさん。右隣もPBP参加の方。全く知らない人に囲まれたというわけではないので、少し安心する。前回のPBPの時は飛行機は空いていて、3人掛けの席を一人で独占したとの話を聞いたことがあるが、この日の飛行機はほぼ満席である。

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【シャルル・ド・ゴール空港へのフライト】

 予定通り22時頃飛行機は成田を発ち、飛行機は一路シャルル・ド・ゴール空港へと14時間の旅に向かう。飛行機が出発してから1〜2時間ほどすると、ドリンクサービスと機内食(夕食)が出る。ドリンクサービスではウィスキーストレートとチェイサーに炭酸水を頼む。機内食は和食と洋食があるのだが、私の席は飛行機の後ろの方にあったため和食は売り切れ、洋食を指定された。和食でも洋食でも別にどちらでもよかったのだが、いずれかの選択権がないのにちょっとムッとする。

 食事後上海などテレビゲームをやったあとkanatrekさんとしばらく話をする。kanatrekさんはサイクルスポーツの井手マヤさんの記事をみてブルベを始めたが、2003年のブルベ走行中怪我をして2003年PBP参加を断念されたとのことである。PBP参加のためには200km、300km、400km及び600kmのブルベにすべて完走すること、時間や費用の捻出の他、PBP参加にあたり怪我をしないことなど、様々な条件をクリアすることが必要である。私に関して今回PBP参加の条件がうまく整ってPBPに向かうことができることを素直に喜びたい。

 その後しばし爆睡。起床してから機内食を食べたり本を読んだりしているうちに着陸のアナウンスがあり、取り立てた遅延もなく現地時間の4時頃シャルル・ドゴール空港に着陸する。生まれて初めてのおフランスへの着陸である。

(つづく)

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2007年09月06日

PBP2007走行記(その1)

【Paris Brest Paris Randoneur 2007とは】

 さてParis Brest Paris Randoneur(PBP)2007走行の体験談である。PBP2007は、2007年8月20日〜24日に渡って行われた。
 PBPは、オダックス・クラブ・パリジャン(ACP)により主催され、フランスのパリからフランスのブレスト間の規定の往復コース(1225km)を規定の時間内(90時間の部の他、80時間の部、84時間の部がある。)に自転車で走行すれば完走と認定される自転車走行会である。
 これは1891年に第1回が行われ、1971年から4年に一度開催されており、今回で第16回目を迎える。PBPは規定の距離を有する規定のコースを規定の時間内に走行すれば完走と認定されるブルベと呼ばれる自転車走行会のうち最も伝統があるものである(ツール・ド・フランスよりも古い。)。
 開催国のフランスのほか、アメリカ、イギリス、イタリア、ドイツ、デンマーク、スペイン、日本など世界各国から5317人の人がPBPに申し込み、3703人の人が完走している。ちなみにパリブレストというフランス菓子があるようだが、これはPBPに由来する。
 
 PBPに参加するためには、PBP開催年に各国で開催される200km、300km、400km及び600kmのブルベにおいてそれぞれ完走と認定されなければならない。2007年のブルベシーズンが開幕し、私はBRM212千葉200kmBRM324伊豆300kmBRM505沼津400km及びBRM602沼津600kmのそれぞれを完走し、PBP2007への参加資格を得た。

【PBP参加のための手続】

 PBP参加のための手続には、(1)PBPの参加登録、(2)PBPサポートパック手続 (3)フランス往復の航空券の手配がある。

(1) PBPの参加登録

 PBP2007に参加するには、登録書類及び参加料(108ユーロ)を6月11日から7月14日までの間ACPに送付して参加登録しなければならない。PBP2007の場合、日本の参加者については、各参加者は2007年6月30日までにオダックス・ジャパン(AJ)会長加藤氏に以下の登録書類及び参加料(108ユーロの日本円相当額)を送付し、AJが日本の全参加者の登録書類と参加料をとりまとめて7月上旬にACPに送付する取り扱いとなっている。
 AJのホームページにPBP2007参加に関する情報サイトが開設され、登録書類や登録手続のまとめが掲載されたため、各参加者はこれを参照しながら書類を作成して手続きを踏むことになった。
 登録書類は以下のとおりである。登録書類の送付に当たっては、写真やラベルは一つのチャック付きビニール袋に入れ(私はジップロックを使った)た上で下記PBP参加申込書が一番上になるようにしてA4クリアファイルに入れ、クロネコメール便でこれらの登録書類をAJ会長加藤氏に送付するものとされた。

● PBP参加申込書:ACPのPBPホームページのオンライン参加登録ページにある登録フォームに必要事項を記載し、これをオンラインで送付すると、PBP事務局から自動的に確認番号が入った参加申込書(pdfファイル)が電子メールで送付される。これをプリントアウトしてAJに提出する。
 登録開始日である6月11日から参加申し込みが殺到しており、6月13日には当初ACPがPBP定員としていた4000人を超える登録番号が参加申込書に付されていたようである。
 私は6月13日にオンライン参加申し込みをしたところ手違いで私が完走認定を受けた300kmブルベが登録フォームに表示されないというトラブルがあり、その旨をPBP参加者メーリングリストで報告したところ、AJ監事下國氏が手際よく問題を処理してくれたので無事6月19日に登録フォームをACPに送付することができた。
 また、下國氏が登録フォームの記載のひな形を作成してくださったので、容易に登録フォームを作成することができた。この場を借りて下國氏に謝意を表したい。
 なお、その後7月16日にフレーム番号の入った正式の登録確認書(Acknowledgement of your registration)とともに、関係書類がe-mailで届けられた。この登録確認書は、スタート前日の検車やブルベカード交付等手続の際に必要となる。

● 開催日より3ヶ月以内に発行してもらった健康診断書(英文):PBP2007申請にあたっては、私は6月下旬頃友人の医師にこの診断書を作成してもらった。問診をしてもらった上で、「Mr.○○, who is my patient and well known to me, appears to be in good health and shows no sign of infections or other diseases」(オダックス・デンマークのひな形を参照した。)程度の文言を書いてもらって医師の署名をもらうような、簡単なものを提出したところ、特に文句もなくACPに受理されたようである。

● 保険証書のコピー:PBP2007への参加にあたっては、保険に入ることが要求されている。AJは三井住友海上火災保険の海外旅行総合保険への加入を参加者全員に義務づけた。参加者はAJのHP上に設けられた参加者用保険受付のためのフォームを記載してオンライン上で送付した。これをAJが取りまとめて全参加者の保険に関連する手続きをおこなったと思われる(そのため保険証書はAJ加藤氏には送付する必要はなかった。)。

● 顔写真(35mm×25mm):のちにブルベカードに貼付されることになる。

● 郵便返送用宛先ラベル3枚:80mm×40mm、裏に糊がついたラベルに住所と名前を書いたもの。水にぬれても大丈夫なように油性のペンで住所氏名を書くことが推奨されている。

(2) PBPサポートパック

 2006年6月に、早くもPBP2007のサポートパックの募集が行われた。他国のブルベのクラブはすでにこの時期からスタート・ゴール地点のホテルを予約し準備を始めているので、日本のブルベ主催団体であるオダックス・ジャパン(AJ)もこの時期に英国のスポーツ旅行会社であるバクスター・スポーツ(Baxter Sports)に日本参加者のサポートパックを依頼することになったのである。PBP2007のための休暇が取れるかどうか1年前の段階では不明だったが、もしPBP2007に参加するなら是非これを使用したかったので一応サポートパック募集(1次募集)最終日である2006年7月12日に応募した。

 そのサポートパックは8月17日〜26日までのもので、空港から宿泊先ホテルまで(及びその逆)の送迎、8月17日〜20日(84時間組は21日にスタートのため21日まで宿泊)及び23日〜26日までのホテルでの宿泊(朝夕食を含む)及び8月20日〜24日までのルディアックでのバス待機(バスでの荷物預かり=ドロップバッグ可能、また場合によってはバスの座席での仮眠可能)を主たる内容とする。1次募集、2次募集(1次募集より帰国日が1日早い。)で併せて90名程度。代金は1次募集が147,500円、2次募集が120,000円であった。

 2007年5月上旬くらいにサポートパック申込者に対して、PBPサポートパックを利用するか、200kmブルベ〜600kmブルベまで完走したか、AJに航空券手配を依頼するかを確認する郵便やメールが来た。
 この時点では私はまだ600kmブルベを完走していなかったが、とりあえずPBPサポートパックを利用する旨及びAJに航空券を手配を依頼する旨はメールで連絡しておいた。
 PBPサポートパックを利用する場合、6月はじめに全PBPサポートパック利用者の代金を一括してAJがバクスター社に送付するため、600kmブルベを完走していない時点で5月中にはAJにサポートパック代金を送付しなければならなかった。もし600kmを完走できなかった場合にキャンセルするとしたら30%のキャンセル料(56日以上前)を取られるため、若干リスキーではあったが、やむを得ない。

(3) 航空券の手配

 希望者にはAJがまとめてエールフランスの航空券をとってくれるとのことであった。これを担当する旅行代理店は風の旅行社である。これは便利なので(2)に述べた確認メールでAJに航空券の手配を依頼する旨連絡する。すると6月上旬くらいに風の旅行社から航空運賃代金の請求書が来る。本来7月上旬くらいが支払期限だったのだが、その後自転車運送のための追加料金がかかることがわかったので、8月初頭に支払期限が延びる。そのため8月初頭に航空運賃等支払った。航空運賃は往復で188,000円、自転車運送のための追加料金が往復26,400円である。

【PBP持ち物準備】

 PBPには、以下のものを持参した(なお、持参しなかったが、持参すべきだったものには☆をつける)。

1 自転車〜トレックマドンSL5.9:ホイールを外して輪行用にフレームにくくりつけ、エンド金具をつけておく。タイヤ3気圧に減圧。ペダルは外してプチプチにくるみ、ビニール袋に入れてサドルバッグに入れる。ホイールのシャフトは外してビニール袋に入れ、ボトルケージに入れる。ディレイラーは外さないが、プチプチとタオルでぐるぐる巻きにし、運動靴のひもで縛っておく(大人の拳の1.5倍位の大きさに丸くふくらんでいる)。ベルを装着。

2 自転車関連装備
● 空気入れ:トピークミニモーフ:トップチューブに装着。なお、フロアポンプ持参の必要性については、別に述べたい。
● サイクルコンピューター(ポラールCS220Cad)及び心拍計ベルト
● 前照灯:キャットアイHL-510×2 箕浦スペースグリップ(前照灯をハンドルバーに装着するため)
● 尾灯:フレーム装着用とヘルメット装着用
● パンク修理関係:換えチューブ×2、タイヤレバー、パンク修理キット(糊のついたパッチ)
● 携帯工具:トピークヘキサス16
● サドルバッグ:トピークエアロウエッジバック(ストラップオン)Lサイズ
● ボトル×2
● ブレーキシュー×2セット
● 空気圧計(パナレーサーのもので空気圧調整ができるもの。仏式バルブ対応)
● 電池:単三20本、CR2032 6個

3 自転車走行時衣類等
● ヘルメット(OGKモストロ)
● ビンディングシューズ(ナイキX-change)
● 半袖ジャージ×3(ナイキ、チームgoissジャージ)
● 長袖ジャージ×2(パールイズミ)
● レーパン×3(パールイズミ)
● アームウォーマー×2(ナイキ)
● レッグウォーマー×2(ナイキ、シマノ)
● メッシュ肌着×3(ユニクロ)
● 自転車用ソックス×3(アディダス)
● レインジャケット(パールイズミ)
● グローブ(ナイキ):指切り×2 指あり×1
● 反射ベルト
☆ 尻クリーム(ニベア、アソスシャーミークリーム、ディクトンの類)
☆ レスキューシート

4 その他自転車工具関係
● ペダルレンチ
● 潤滑油(チェーンオイル、メンテルーブの類)、グリース
● 自転車メンテのための布

5 書類・貴重品関係
● パスポート
● 参加書類(ACPから送付された、フレーム番号の入ったもの)
● AJから送付された海外保険証書の写し
● キューシート:ACP作成のものの他、川瀬氏作成のもの
● ABCの荷物引換証
● 現金(念のため、日本円にして10万円相当)、クレジットカード

6 フランス滞在中の普段着:シャツ4枚、スラックス2本、下着靴下適宜

7 その他
● シュラフカバー
● ドロップバッグ用のでかい袋
● デジカメ(オリンパスFE-230)
● 携帯電話
● ジップロック:小さめのもの2種類、それぞれ10枚程度
● 補食:パワーバー15個 アミノバイタル
● 粉末スポーツドリンク:エネルゲン(10リットル用粉末) 2袋 →2袋も要らなかった。電解質補給のためにねり梅を持参すればスポーツドリンクは不要か?
☆ ねり梅チューブ →クエン酸と電解質(塩分)の補給になる。一度にとりすぎるとのどが渇くので注意。

 以上の持参品のうち、1 自転車、2 自転車関連装備(ただし、サイクルコンピューター及び空気圧計を除く。)、3 自転車走行時衣類等(ただし、ヘルメットを除く。)、4及び7のうちシュラフカバーは、輪行袋(オーストリッチのトラベルバッグ)に詰める。これだけのものの重量を空港で測ったところ、15kg前後であったので、20kgの重量制限をクリアすることができた。

 その上で、輪行袋については、8月12日(日)午前10時半ころにABC空港宅配サービスに依頼し、成田空港第1ターミナルまで運んでもらうように手配する。往復で3600円少々なのでそれほど高くない。その日の午後7時〜9時の間に荷物を引き取りにくるように頼んだところ、午後7時半ころ荷物を引き取りにきてくれた。自転車を空港まで自ら運ぶのは大変なので、ABC空港宅配サービスその他の空港宅配サービスを利用するのは検討に値すると思う。

 他の荷物については旅行用のピギーバッグに入れて持ち込み荷物とする。ヘルメットについては、手荒に取り扱われて割れるのがいやなので持ち込み荷物の中に入れることにする。

 これだけの荷物のパッキングや輪行支度をするのは、半日程度をみておいたほうがいいと思う。

(つづく)

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2007年09月05日

9月4日の自転車通勤

【9月4日】(シラス)

走行距離:16.00km 走行時間0:41’06 平均速度23.4km/h 最高速度40.8km/h 積算走行距離 13563km

往路:家→永代通→昭和通→鍛冶橋通→適当→日比谷通→内堀通→祝田通→東京地裁横の通→役所

復路:役所→東京地裁横の通→晴海通→清澄通→適当→家

【往路】

 9月だ残暑の季節だ。相変わらず暑い。しかし天気はよいので当然自転車である。また、どうも翌日9月5日は天気が悪そうなので晴れた日は寸暇を惜しんで自転車である。PBPで1200kmも自転車に乗ったというのにまだ自転車かと思う向きもあろうが、万人の万人に対する闘争の中ひたすら忍耐と移動の満員電車とは何としてもおさらばしたいわけである。
 しかし出かけようとしたところ、この日子供の小学校の水泳の記録会があるところ子供が水泳用具を全て忘れたとの連絡が子供の担任から入った。そういうわけでまずは子供の小学校に水泳用具を届けに行く。もちろん自転車で行く。

 子供の小学校に到着して受付に来意を告げると、受付のおっさんが敬語を使用しないで対応する。このような横柄な態度にカチンときた私は「敬語を使ってください」ともうし向ける。私が年よりも若く見えるせいだろうか、それとも受付のおっさんが小学生の父兄を下にみているのだろうか。いずれにしても受付が敬語を使用せずに来客に対応するとは全く失礼な態度である。
 子供の教室に向かうとちょうど休み時間か移動の時間か何かのようで、生徒が廊下に出ている。ちょうど先生も廊下に出ていたので来意を告げると、先生が子供を呼んでくれたので、子供に水泳用具を手渡す。どうも私に似て忘れっぽい子供である。私みたいに忘れっぽい歴も数十年になると、さすがに自分の忘れ癖はある程度把握しているので、これに対する事前の準備を神経質なほどに行うようになる(それでもいくばくかの忘れ物はあるのだが、それが致命的なものにならないように留意する。)のだが、さすがにまだ12歳だと自分の忘れ物癖を理解し、それとどうつきあっていくかについて思いをいたすにはまだ幼いのだろう。

 小学校を出てからまず永代通りを走行する。ここは道が広くて走行しやすいのだが、永代橋に至るまでの間信号が多い。門前仲町近辺ではタクシーが結構たむろしていて鬱陶しい。私はここで後方をよく確認しないでドアを開けたタクシーと接触し、指に傷を負って流血したことがある。この門前仲町近辺では往路も復路もタクシーが不審な動きをするので留意しなければならない。タクシーの人も自転車通勤すれば自転車の立場がわかるだろう。自転車通勤するタクシーの運転手の人が増えてほしいものだ。
 ちなみに今回のPBPの日本の参加者の中には、還暦を記念してPBPに参加したというタクシーの運転手の方がいらっしゃった。PBPに参加するには、200km、300km、400kmおよび600kmすべてのブルベで時間内に走行しなければならない。タクシーの運転手は結構激務であり、にもかかわらず還暦で上記のすべてのブルベを完走するのはたいしたものである。私も20年後もそのくらいの走力を維持したいものである。

 永代橋を渡ると比較的信号が少なくなり快走できてなかなか気分がよい。日本橋交差点を左折して昭和通を快走する。この永代通〜昭和通は快走ゾーンである。その後鍛冶橋通を引き続き走行するが、外堀通との交差点で道を誤った。ここで直進しておけばよかったのだが、晴海通に行こうと思ってここを左折し、外堀通を走行したため、外堀通の途中の信号で止められる。ここでもおとなしく信号待ちしていればよかったのだが、ここで外堀通りを渡って変な細い道を通ってしまった。ここは道が細い割には自動車の交通量が多くて最悪である。そのため歩くよりちょっとだけ速い程度しかスピードが出せない。やっとの思いで日比谷通に出るとここがまた大混雑で同じく徒歩と同じくらいのスピードでしか走行できない。築地近辺の晴海通よりもさらに極悪な交通環境である。狭い日本そんなに車が要るかねぇ。この時点で平均速度が時速22.2km。

 やっとの思いで日比谷通りを脱出して晴海通を通り、祝田通に折れてから東京地裁横の通を通って坂を上り、役所に到着する。平均速度が時速22.6kmなので、相当道の選択を誤ったなぁと思う。事故なく役所にたどりついたからまぁいいか。

【復路】

 この日午後7時過ぎ位の早めの退庁である。さすがに午後7時くらいだとまだ自動車が多い。まさかマイカー通勤なんかしているんじゃないだろうな。止めて欲しいね。マイカー通勤している連中は、自分たちの車が吐いた二酸化炭素が南の島を沈めるのに一役買っていることを十分自覚して欲しいと思う。

 この日天気が徐々に悪くなってきているようなので臨海副都心周回をせずにまっすぐ家に帰る。おそらく臨海副都心周回する程度の時間は降らないだろうが、仮に降ったら嫌である。現に私が帰宅した後若干雨が降ったようなのでこの日は臨海副都心周回しなくて正解であった。先日のPBPで雨の中を何百キロも走行し、一生分の雨中自転車走行をした思いである。

 日比谷通りまではさほど交通量は多くないが、日比谷通を渡って晴海通りを走行すると自動車が増える。特に、外堀通に至るまでの間の晴海通はフラフラと怪しげな走行をするタクシーが多く極めて危険である。タクシーの運転手は生活をかけて街を流しているのだろうが、それでもフラフラとした流し行為や、客の要求に応じて突如止まったりフラフラと走行したりするなどの安全でない走行に直面すると、タクシーはもっと減って欲しいと思う。方向転換のときはウィンカーを方向転換30メートル前でちゃんと出すとか、道路交通法にのっとった運転はできないものだろうか。それができないなら、タクシー止めちまえと思う。

 どういうわけか外堀通を過ぎると、フラフラタクシーは減ってまずまず走行しやすくなる。まだ時間が早いせいか晴海通りの交通量は少なくないが、それでも往路時よりはまだ快走できる感じである。後は特に問題もなく晴海通を快走し、引き続いて勝どき駅前交差点を左折して清澄通を気分よく走行する。残暑厳しい季節ではあるが、それでも自転車で走行していると真夏とは徐々に空気が違ってくる感じがよくわかる。こういう季節の微妙な移り変わりが肌でわかるところが自転車通勤のいいところである。

 清澄通から路地に入って走行する。右側通行している上に無灯火の自転車が走行している。本来こういうやつにはウエスタンラリアートを食らわしてやるべきなのだが、私は大人なので、すれ違いざま「ライトつけろ!!」とやさしく啓蒙して差し上げるにとどめる。こういう危険なやつこそ警察は赤切符を切るべきところである。右側通行+無灯火運転の自転車は、二人乗り運転の自転車に比べて危険度がはるかに高いのである。にもかかわらず二人乗り運転の自転車に赤切符を出している。全く警察は何を考えているのかね。

 そういうわけでこの日も無事に自宅にたどり着く。平均速度が時速23km台なので、往路大分のったらと走行したなと思う。まあ満員電車で痴漢にまちがわれるよりも5億倍くらいいいからいいや。

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2007年09月04日

9月3日の自転車通勤

【9月3日】(シラス)

走行距離:19.35km 走行時間0:44’20 平均速度26.1km/h 最高速度41.6km/h 積算走行距離 13547km

往路:家→適当→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→桜田通→皇居1周→晴海通→清澄通→適当→家

【往路】

 この日天気には問題がないので自転車通勤する。PBPランドヌールから日本にもどってしばらくの間、朝目が覚めた瞬間「自転車に乗って次のコントロールポイントに行かなきゃ」と思い、その瞬間「あっ、そういえばここは日本だ。もうPBPは完走したんだった」と思うことを繰り返していたが、最近ようやくそういうことがなくなった。
 週末に河口湖への自転車走行をする予定だったのを左足首の不調を理由に取りやめたせいか、まだ左足親指のしびれはとれないものの、左足首の調子はほぼ9割方回復している。そのため、ゆるゆるとではなく、従来通りの自転車走行ができるようになる。

 例によって自宅を出てから越中島通、清澄通と快走する。8月31日に久方ぶりに洗車したので駆動部の調子がよく、クルクルと心地よくクランクを回して走行する。やはり2週間に一度くらいはせめて駆動部だけでも洗浄すべきであろう。
 この洗車をしたため、洗車に使用したオレンジピールズが切れてしまった。そのため、9月2日に吉田自転車に行ってペドロスのオレンジピールズというディグリーザーを買っておいてある。私はペドロスのディグリーザーしか使用していないので他のディグリーザーとの比較はわからないが、とにかくこのオレンジピールズは強力に汚れを落とす。このディグリーザーを、同じくペドロスのチェーンクリーナーに入れてこれをチェーンに装着して作動させると、真っ黒だったチェーンが本来の輝きを取り戻すのである。2〜3回ほどディグリーザーを換えてチェーンクリーナーをゴロゴロと動かしてチェーンを洗い、その後チェーンを水洗いしてオレンジピールズを落とすと完璧である。

 勝どき駅前交差点を右折して晴海通に入る。さほど自動車で混雑しているわけではないが、オートバイが多い。こいつらに進路を阻まれてはかなわないので、オートバイが渋滞して止まっているところをオートバイをかわして先に進む。この日はオートバイに煩わされることなく晴海通の築地〜東銀座の混雑ポイントを割合楽に走行することができる。外堀通りを渡ってあとは渋滞もなく気分良く走行できる。

 この日祝田橋交差点を左折して祝田通を走行し、日比谷公園の入り口前で祝田通を渡って東京地裁の横の通りを走行する。すると普段渋滞しないこの通りがなぜか渋滞している。渋滞している車をかわして前に進むと、反対車線にいるベンツに乗ったじじいが変な位置にいて他の車が動けなくなっているのだ。当然そのじじいにはファ●クユーをくれてやる。馬鹿なじじいが一匹自動車を動かすだけで道路交通の円滑が損なわれる。全く困ったものである。それ以外はおおむね楽に楽しく走行できた。往路の平均速度は時速25.1kmだったので、まぁまぁの走行かと思う。

 最近電車の中で痴漢の容疑をかけられて、刑事では証拠不十分で不起訴になったために、民事で損害賠償請求を警察等に起こしたところ、民事では痴漢を認定されて請求を棄却された人のことをテレビでやっていた。自転車で通勤すれば痴漢に間違えられることはまず考えられない(自転車通勤で痴漢に間違われるケースを是非教えてほしいものだ)。この人もこれを契機に自転車通勤にすればいいのに。私は常々「環境に優しい通勤手段」「楽しい通勤手段」「健康に良い通勤手段」として、自転車通勤を推奨してきたが、「痴漢に間違われない通勤手段」としても、自転車通勤を推奨したい。

 この日すでに申し込んであった富士チャレンジ200の代金の払い込みをすませる。富士チャレ200は7月1日にエントリーが始まり、7月10日にソロ100kmが、7月24日にソロ200kmが、それぞれ締め切られた。富士ヒルクライムといい、最近ファンライドの企画は人気が高く、すぐに締め切りになってしまう。私は今年富士ヒルクライムを申し込もうとしたところ締め切られてしまったので、富士チャレンジ200は早めに申し込んでおいたのである。ただ代金払い込みは9月4日まででOKだったのでこの日代金を払い込んだ。厄年のせいか、体力の衰えを感じる今日この頃であるが、何とか乗り切って今年も富士チャレ200を完走し、一皮むけた自転車走行をしたいものである。

【復路】

 この日通勤往復だけではつまらないので、久々にどこか寄り道をして帰るかと思う。寄り道といえば臨海副都心周回コースであるが、この日はボトルを忘れて水分補給に問題があるし、足首がようやく良くなりかけたのでこれは避け、久々に皇居周回をする。

 桜田通から内堀通に入って快走する。途中、二重橋を過ぎたあたりから気象庁のあたりまで変な工事をしているため、車線数が減少するが、走行にはあまり影響はない。自動車通行もさほど多くなくまぁまぁの皇居周回を楽しめる。竹橋からの坂も自動車通行が少なくて楽に走行できる。この坂はアウターで一気に上るには丁度いい程度の長さの坂である。高速道路に入る自動車に注意して坂を上りきり、千鳥が淵のあたりを走行する。千鳥が淵の坂を下りてイギリス大使館の前を通ると、半蔵門からの下り坂である。この辺は自動車に注意して走行するので、そんなに爆走するというわけではない。しかしPBPでみた命知らずのイタリア野郎だったら下り坂を爆走して自動車にはねられることだろう。

 この日皇居周回を2周しようかと思ったが、珍しく祝田橋交差点の信号が直進青になっており、晴海通りに直進できるようになっていたので、これ幸いと晴海通りに抜けて帰宅の途に赴くことにする。この日時間はもう午後8時をまわっていて、晴海通はさほど混雑しているという感じではない。そういうわけでまずまずの快走。勝どき駅前交差点を左折して清澄通も快走する。結局この日は特段問題もなく気分よく快走して帰宅する。平均速度が時速26kmを超えていたので、この日はまずまずの快走だったといえよう。いずれ臨海副都心周回を復活させてみるか。

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