2007年06月30日

ツール・ド・美ヶ原走行記(その1)

 さて6月24日はツール・ド・美ヶ原の日である。ツール・ド・美ヶ原は、松本市野球場駐車場前をスタートし、美鈴湖から美ヶ原スカイラインを通って武石峠を経由し、美ヶ原駐車場に至る全長21.6km、標高差1270メートルのコースを走行するヒルクライムレースである。ロードレーサーの部、MTBの部、リカンベントの部、ジュニアの部に分かれ、さらにロードレーサーの部においてはチャンピオンの部の他性別年齢別に分かれた部門が、MTBの部においては性別に分かれた部門が、それぞれ設定されている。スタート早々激坂区間があり(平均斜度15%、最大斜度22%)、これをクリアした後も比較的きつめの坂が延々と続くという難コースである。

 私は吉田自転車のツアーに参加して前日から美ヶ原入りする。午前10時頃吉田自転車前を出発して中央高速〜長野道を通り松本に午後2時過ぎくらいに到着。意外と速く到着することが出来た。

 松本市野球場の駐車場にて受付をすませ、スタート直後の激坂区間を試走する。これが結構すごい。最大斜度22%、平均斜度15%の激坂が壁のようにドバーンと迫る。激坂区間は3〜4kmほどなのでそれほど長くはないが、東京を普通に自転車通勤していたのでは絶対にお目にかからない激坂区間である。用意してあった長袖ジャージで激坂を上ったので汗まみれになってしまいとてもまともに上れたものではない。しかもこの間それほど舗装が良くないので走行しにくい。しかたなく2,3回脚をついて激坂区間のうち最も激的な部分の200メートルほどぶらぶらと押して激坂区間を上る。もし本番でこの激坂区間に直面したら激坂登板はおろかレースすら放擲してしまいそうなインパクトがあった。
 最激区間を歩いて上ると舗装が良くなって走行しやすくなる。ここからは22%もあるような激坂はないのだが、それでも結構きつめの坂が延々と続く。
 これをエイサコラサと上ると、ようやく広めの道路に出る。ここを右手に折れて美鈴湖へと向かう。ボトルの水を飲みきってしまっていたので、途中レストハウスに寄って自動販売機で飲料を買って飲む。そのレストハウスには子猫がいて客がじゃらして遊んでいる。子猫が一匹いると雰囲気が和む。弾丸飛び交う緊迫した戦場に一匹子猫を送り込んだら結構簡単に和平できるのではないか。いやそれは無理か。

 美鈴湖に寄って折り返す。ところが激坂区間なかなか下りが私にとっては難しく、私は落車してしまう。落車してでんぐり返りしたあと、ちょっと首近辺をねんざしたようだが、手足は動くので明日のヒルクライムには支障なさそう。自転車も無事であるようだ。しかしこれ以上ちょっと自転車で走行すると危ないので、慎重を期して自転車を押して下ることにする。
 松本野球場の駐車場に戻ると、「goissさんまず顔を洗ってきましょう」とエディさんが言うので顔を洗いに洗面所に行って鏡を見ると、顔が泥だらけになって鼻の下の当たりが切れている。しかし下り坂での落車でこの程度で済んでよかった。F1レーサーのクビツァがカナダグランプリで大クラッシュしたにもかかわらず軽傷で済んだのは、ヘルメットにヨハネパウロII世の名前がヘルメットに書いてあったかららしい。私のヘルメットはセレブなので、誰かセレブの人が私を守ってくれたのだろう(う〜んそのセレブとヘルメットのセレブとでは綴りが違うので無理があるか)。

 その後「旅館ほしな」にチェックインする。ここは素泊まりで一泊3000円台という奇跡的な値段である。自転車目的の宿泊であれば、とにかくちゃんと寝られればよいので安いに越したことはない。ここにも猫がいる。使っていないライトバンがそのまま猫小屋になっていて猫が2匹飼ってある。猫はかわいいがしかし猫小屋はあまり手入れされておらず臭い。

 「旅館ほしな」にチェックインするとまずは風呂。「ホットプラザ浅間」に行って入浴する。「ホットプラザ浅間」の近辺にもまた猫がちょろちょろしている。東京ではあまり見かけない風景でめずらしい。ツール・ド・美ヶ原の受付をすませたあとにもらう書類袋の中に「ホットプラザ浅間」の割引券が入っていたのでこれを使って安めの値段で入浴する。なかなか広々としてきれいなお風呂。ゆったりと入る。
 風呂に入った後は三ツ矢サイダーを飲むが、エディさんがうまそうにコーヒー牛乳を飲んでいるのに触発され、私もコーヒー牛乳を飲むことにする。そういえば銭湯後はコーヒー牛乳が定番だったなぁ。腰に手を当てるオヤジスタイルでコーヒー牛乳を飲む。

 風呂の後で食事にする。松本には特に地元特有の料理というものはないらしいので、特に地元特有料理の店を探すということはせず、旅館への帰路適当な店を見つけ次第はいるという方針で店をみつけることにする。すると、エディさんが「山賊焼」と看板に書いてある店に惹かれたので、山賊焼の店に入ることにする。「河昌」という店である。メニューに「山賊焼定食」とあるので、どんな料理だか見てみると、どうも大きめの鳥の唐揚げらしい。ツアーのメンバーの殆どが山賊焼定食を頼む。
 ただの大きめの鳥の唐揚げなのに何故山賊焼なのかといぶかしく思っているとメニューに店主敬白の山賊焼の由来がちゃんと書いてある。詳しくはこちらなのだが、要は山賊は物を「取り上げる」ので、「取り上げ」を「鶏揚げ」に引っかけて山賊焼と命名したとのことである。「山賊焼」というネーミングにはなかなかインパクトはある。しかし、山賊と直接は全く関係なくてただ語呂だけで命名しているし、そもそも「揚げ物」なのに「焼」と称している。しかも、ネタとしてそれほど面白いというものでもない。細かいことをいちいち詰めていると小一時間あっても足りないだろう。この店主は、細かいことにこだわらずにダジャレとかオヤジギャグを連発する人なのだろうと思う。
 食べてみると、やたらでかくて熱い鶏の唐揚げが出されたので、どうやって食べていいかちょっと考えなければならない。私はこれを箸で持ち上げてガブりつく作戦で食べることにした。訳のわからないネーミングとはうらはらに結構うまい。命名の由来はどうでもいいからとにかくインパクトのある商品名で客を引き込んでしまえばこっちのものという作戦もありだな。

 食事を終えると翌日の朝食等の買い出し。最初「河昌」のそばにあった安売りの酒屋に行ったが品揃えがいまいちなのでちょっと自動車で走って西友へ。西友といってもただの24時間スーパーである。そこでパンやら水やらビールやら色々買って宿に戻る。翌日スタート時間が午前7時半と早いため午前4時には起床しなければならない。そのために大宴会はせずちょっと酒を飲んで早めに寝ることにする。

 翌朝午前4時頃起床して、前日買ってあった朝食を各自摂る。私はメイプルシロップとマーガリンをはさんであるパンやヨーグルト、野菜ジュースを摂る。午前5時くらいに宿を出発する。天気は曇り。昨年の富士ヒルクライムのようにいきなり雨ではなくてよかった。当面雨の心配はなさそう。特段の交通渋滞はなく野球場の駐車場に到着する。富士チャレンジ200など駐車場に入るのに渋滞する場合があるがそういうことがなくてよかった。
 駐車場に車を置いて早速アップを開始する。私はその辺を適当にぐるぐると走行して体をあたためる。富士ヒルクライムほど参加者が多いわけではなく何となくのんびりした感じである。まだ時間が早いせいかトイレ混雑はなく、安心して軽量化を図ることができてよかった。

 頃合を見て集合場所に赴く。まずはゴール地点に持って行ってもらう荷物をトラックにあずける。昨年の富士ヒルクライムのときゴール地点に上着等を持って行かなかったため、雨の中鳥肌総立ちで下山しなければならなかったことに懲りて以来、必ずゴール地点には上着と若干の小銭をあげておく。
 クラス別に集合地点が指定されている。自転車がいっぱい置かれていて駐車場を埋め尽くし、実に壮観である。今回は参加者が3000人くらいいるらしい。富士ヒルクライムに及ぶ参加人数である。近時の自転車人気のすごさがよく現れている。「自転車は歩道にあげてしまえ」などと言った馬鹿で低脳な警察官僚に是非見せつけてやりたい光景である。
 参加者の自転車をみてみると、コンパクトクランクが多い。激坂はさておき、このツールド美ヶ原は結構きつめのヒルクライムレースらしい。コンパクトクランクがあると有利であろう。私は今回コンパクトクランクを使用していないが、デュラエースのコンパクトクランクが出たら即座に導入したい。シマノから現在性能の良いコンパクトクランクが出ているが、性能的にもさることながらやはり見栄的には「DURA ACE」のロゴが入っていないといやである。カンパのレコードでコンパクトクランクが出ているので、デュラエースのコンパクトクランクを出すことも、シマノの技術力だったら造作もないことなのだろうが、デュラエースはシマノのフラッグシップパーツなので、やはり早期に変な物を出すわけにいかないのだろう。
 
 開会式が始まって偉い人のご挨拶が続く。つまらないが、こういう偉い人の尽力があってこういう大会が開催されていることは確かであるし、こういうつまらない挨拶がないと、大会の体をなさないのもまた事実なのでやむを得ないか。その間一回トイレに行く。

 開会式が終わると早速チャンピオンクラスの人がスタート地点に移動し、午前7時30分スタートの号砲が鳴る。しかし参加者が多いので、クラスごとにぞろぞろと参加者が移動してスタートしていく。そのため私のクラスは午前8時15分くらいのスタートになる。私のクラスの前の30代の人のクラスの参加者が最も多く、5〜6回くらいに分けてのスタートである。
 そのクラスが終わると、ようやく私のクラスのスタート。スタート地点に並んで秒読みの声を聞き、スタートである。激坂に直面してどうやって走行しようか、とりあえずそのことが課題である。スタート直後だとみんなテンションが高いのでバピューンバピューンと走行していくが、私は激坂のことを考え、ペースを控えめにしてノッタラノッタラと行くことにする。
 ところが、ここで心拍計がなぜか作動しない。どんなに走行しても心拍計の刻む数字はゼロである。昨年の富士ヒルクライムと同様、このポラール、肝心なところで作動してくれないのである。ポラールの場合、時々心拍計とかサイコン部分が作動しなかったり仕事をサボったりすることがあるので困る。心拍計が作動しないのでペースを把握することが困難になるが、まぁ仕方がないかと思って走行することにする。

つづく


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2007年06月28日

6月28日の自転車通勤

【6月28日】(シラス)

走行距離 14.71km 走行時間0:35'18 平均速度25.0km/h 最高速度41.7km/h 積算走行距離 12922km

往路:家→適当→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→桜田通→内堀通→永代通→三つ目通→適当→家

【往路】

 この日もとても梅雨とは思えない好天で、しかも暑い。好天とくれば自転車である。梅雨時はいつ天気が継続的に悪くなって長期的に乗れなくなるともわからないので、暑いか否かにかかわらず好天ならまずは自転車。そういうわけでこの日も自転車通勤である。

 家の前の道路にこの日は4台連続で自動車が走行。うち2台はトラック。しかも途中にトラックが停車しているというジャマのオマケ付きである。家の前の道路で4台も連続して自動車が通ることはほとんどないので珍しいが、こういう珍しいのはイヤである。また、途中で倉庫があって、何台かトラックが路駐しており、倉庫の出口からトラックが出てくるのが見えにくくなっている。しかもトラックの運転は荒っぽいので注意しなければならない。
 この間も80歳の人がMTBで日本1周を終えた後帰路のトンネルでトラックにひかれて亡くなっている。こいつらの運転はぶっきらぼうなのでブルベなんかでトラックがトンネル内で接近してくると生きた心地がしない。こういう危険な自動車が大手を振って道路を占拠しているってのはいいのかね。

 越中島通、清澄通を快走する。清澄通は例によって相生橋から初見橋交差点までの250メートル程度のところで自動車が詰まっている。そのため歩道に避難して歩行者に注意しつつ走行する。自転車通勤者の増加につれ自転車走行ルールを知らずに歩道で激走する馬鹿がいるが、そういうやつはバシバシと警察が取り締まってくれることを願う。警察の取り締まり姿勢としては、歩道上でのアホ自転車をバシバシとりしまってもらいたいものだ。そうでないと歩道上の歩行者が危ない。

 初見橋交差点からの1kmほどの清澄通は快走区間。自分の力を推進力とし、風と陽光を浴びて快走する。実に気分がいい。無論排気ガスなんかを浴びたりすることもなくはないが、オヤジの熱気と肉弾を満員電車で浴びることを考えると格段の違いがある。

 清澄通から晴海通に右折すると早速ゲロ混みである。6月27日には築地市場が休みで道路が空いていたのにこの日は築地市場が営業しているのか道路が混んでいる。それにしても、築地市場に出入りする自動車がほとんどないのに築地市場が営業していると道路が混雑するのはなぜだろう。不思議である。早いところ豊洲の移転先の土地の安全性を確認した上で市場は移転してほしいものだ。
 しかも晴海通はオートバイが極めて多い。オートバイは自転車の進路をふさぐことがあるが、他方オートバイに引いてもらって道路を走行することが出来るという利点もある。そこでこういうところではオートバイにひいてもらって走行し、オートバイが動けなくなったところでまた別個に走行するという作戦をとって走行することにしている。

 それにしても混雑する自動車の中、物流のトラックが多い。安倍総理は「美しい星50」とか言って、温暖化ガスを2050年までに半減させるなどということを言っているが、そのためには、日本の温暖化ガス排出量の20%を占める運送部門の排出する排気ガスを何とかしなければなるまい。しかもトラックはでかいので、道路における占有面積が多く、他の交通手段の走行の邪魔となる。さらにトラックは他の自動車と比べてでかく、狭い道路上で他の交通手段との衝突の可能性が高い。それにトラックの運転手の運転は概してがさつである。いわば運転できる程度の知能を持った凶器である。要するにトラックは危ない。こうした、排気ガス大、占有面積大、危険の三拍子そろったトラックは、「美しい星50」政策の名のもとに相当弾圧して減らしてもいいのではないか。

 銀座4丁目を越えて外堀通りを過ぎたあたりからようやくまともに走行することができる。後は内堀通〜桜田通を走行し、坂を上って役所に到着。平均速度は時速24.2kmなので、やはり晴海通で停められたなぁという感じである。

【復路】

 この日午後7時ころ退庁する。近時さほど忙しくないので、午後7時ころに退庁するという極めて人間的な生活を送っている。いつまでこれが続くことやら。

 さすがに午後7時ころだとまだ自動車が多い。しかし、走行している自動車をよくよくみると、タクシーとマイカーばかりである。タクシーとマイカーなんて、走行する必然性に極めて乏しい自動車ばかりではないか? 東京には交通網が完備しているのだから、マイカー通勤の必要性なんて全く無いと思う。マイカー通勤など排気ガスと道路占有面積ばかり多くて大気汚染と渋滞の温床である。満員電車でおしくらまんじゅうするのが嫌なら自転車通勤すればいい。もし自転車通勤には距離が遠すぎるというのなら、途中まで自転車を使い、途中まで電車という手だってある。タクシー、トラック、マイカー、これらを極限まで減らせば、これ以上無駄な道路を作る必要はないし、「美しい星50」の音頭とりをする位の実績は上げられる。

 日本橋までは例によって信号が多く、しかもタクシーが多いという嫌なオマケがついて走行しにくいが、ここを抜けると後は快走できる。この日は門前仲町近辺でバスがうろちょろしていた他はおおむね走行しやすかった。そういうわけで楽しく走行して帰宅する。平均速度が時速25kmというのは、やはり往路の晴海通で大分停められたのと、復路ではまだ比較的自動車走行の多い時間だったということが原因であろう。

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2007年06月27日

6月27日の自転車通勤

【6月27日】(シラス)

走行距離 17.48km 走行時間0:33'56 平均速度26.4km/h 最高速度42.4km/h 積算走行距離 12907km

往路:家→適当→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→桜田通→内堀通→千代田通→明大通→千代田通→内堀通→永代通→三つ目通→適当→家

【往路】

 この日梅雨にしてはピカピカの好天で激暑。こうも暑いと自転車走行の意欲も萎えるが満員電車でオヤジの熱気で暑いのはもっと萎える。しかも満員電車ではオヤジの熱気を浴びるだけだが自転車通勤では風と陽光を浴びることができる。どちらが心地よいかは言うまでもあるまい。それに加え、ここ2日くらい天気が悪かったり飲み会があったりして自転車通勤できなかった。さらに、梅雨においてはあらゆる機会をうかがって自転車に乗らないと自転車に乗る機会が失われる。そういうわけでこの日久々に自転車通勤する。

 越中島通〜清澄通を快走する。この日起き抜けで自転車走行したので体調絶好調という訳ではないが、それでも初見橋から晴海通との交差点までの1kmほど信号に引っかからずに時速40km程度で快走できたので、脚の調子はそれほど悪くなかったのであろう。

 晴海通に入ると、それほど道路が混雑しているふうはない。勝鬨橋を渡って左手を見ると、築地市場の門が閉まっている。この日築地市場は休みと思われる。毎週水曜日が休みというわけではないが、時々水曜日に築地市場の門が閉まっている。そのためか築地市場前の自動車通行は少なめである。そういうわけで築地近辺の晴海通をいつもよりもスイスイと走行する。しかし新大橋通を渡ると東銀座のあたり意外と自動車が多い。その渋滞が銀座4丁目の交差点あたりまで続いている。
 このあたりオートバイと抜きつ抜かれつという感じで走行する。時間あたりの移動距離が自転車とオートバイで同じであれば、化石燃料を使わず排気ガスのない自転車の方が優れているだろう。そうなるとオートバイの使用を抑制し、自転車使用を促進するのが適当と思う。ホンダがマウンテンバイクを開発しているが市販はされていない。ホンダの高い技術をもってすれば世界最高のマウンテンバイクを作ることは可能であろう。ホンダは是非オートバイを縮小して自転車に参入してもらいたいものだ。

 外堀通りを越えるとようやく快走できる。日比谷通につきあたるまでは道路は広く交通量が少ないため短いながらも走行しやすい。また、日比谷通りを渡った後は2輪専用の通路があるのでこちらも走行しやすい。祝田通を越えて内堀通では若干道路の幅員が狭くなるが自動車の流れに沿って走行すれば問題なく、桜田通を走行した後坂を上って役所に到着する。この日は平均速度が時速26kmだったので、往路にしてはなかなかの快走であったと言えよう。

【復路】

 この日午後7時半位に結構早めの退庁である。毎週水曜日は全省庁の定時退庁日になっているので、お言葉に甘えて定時ではないが早めの退庁をするのである。久々に早めの退庁なので久々にCDでも見てみるかとディスクユニオン御茶ノ水ジャズ館に行ってみる。まず2階の中古CDフロアに行ってみる。ところが購買意欲をそそる商品が全く無い。在庫自体からしてそもそも少ないのですっかり見る気をなくす。この日この店で元気がいいのはこの店でかかっているニーナ・シモンの歌声だけである。3階の新品フロアに行く。ここにも特にこれは買ってやろうという作品がない。こういうときは無理して買うなとの天啓と思ってこの日は何も買わずに店を出る。

 明大通〜千代田通〜内堀通と走行して永代通に入る。この日コレド日本橋の前の信号で止められる。すると、ロードバイクに乗りヘルメットをかぶって自転車走行する人を3人くらい一度に見かける。おそらく通勤の帰りだろう。ロードバイク・ヘルメットでの自転車通勤は決して珍しいものではなく、市民権を得つつあるといってよいだろう。当然のことである。先にも述べたように、風と陽光を浴びる自転車通勤をしてしまえば、もうオヤジの熱気を浴びる電車通勤には戻れなくなる。
 この日日本橋近辺がいつにもまして大渋滞しており、自動車が全く進む気配がない。しかたがないので歩道をゆっくり走行して車道走行できそうなところまで進むと、「事故」の表示があってオマワリが数人チョロチョロしている。どうも交通事故がここにあったらしい。タクシーの運転手らしい人が「警察署に行って。場所わかるよね」と警察官に声をかけられている。タクシーの運転手が交通事故の主人公の一人のようだ。タクシーの運転は結構危険なのでこのあたりでタクシーの運転手が主人公の事故が起きても全く不思議ではない。

 日本橋で渋滞にもまれて不愉快だった以外は、おおむね快走できた。帰宅して平均速度を見ると時速26.4kmであった。日本橋での渋滞の割にはまぁまぁ快走できたかなと思う。

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2007年06月21日

神奈川600km沼津ブルベ走行記(その4)

神奈川600km沼津ブルベ走行記(その3)からつづく>

 第3PCを出発して国道152号線を走行する。晴天のもと暑くも寒くもないちょうど良い気候。ところどころアップダウンはあるが、まずは平坦基調の路面である。まだ先が大分あるのでばてないようにとりあえず時速30km前後のペースで走行する。

 天竜川は豊富にうす緑色の水をたたえて静かに流れている。このあたりの天竜川には河原がなく、川縁が切り立った崖のようになっているので川面に広々とした感じはないが、ひきこまれるような深みと静謐を感じさせる。天竜川の薄緑色をした深みがあって美しい川面を左に右にみながら自転車走行する。実に贅沢な時間だと思う。途中いくつか道の分岐点があるが、国道152号線の標識とか佐久間とか東栄方面である旨の表示があるので迷わない。

 途中オダックスジャパン副会長さんがゆったりゆったりと走行していたので、「おつかれさんですっ!!」と声をかけてパスすると、副会長、声にならない声を出して驚き、「うわぁ眠かったぁ」とのたまっていた。このあたり風景がきれいで快適な気候なので、つい眠気をさそわれたのかもしれない。

 第3PCから30kmほど走行し、大井橋を渡ると国道473号線である。しばらく走行して佐久間の町に入るあたりから、微妙に上り坂になる。佐久間の町の中に入っても依然として微妙な上り坂が続く。
 最初「佐久間」という町については、ブルベ途中の町という印象しかなかったが、この佐久間の町を通り越すと、変電所とか、周波数変換所とか、何というか電気関係の施設があちらこちらに出てくることに気づき、「水力発電」などという言葉が脳裏をよぎるに及んで、「ああここが佐久間ダムの佐久間か」と思い至る。そういえば佐久間ダムは天竜川をせき止めて作ったダムだったな。う〜んブルベでなかったらちょっと寄ってみていきたい気もするがなにぶん制限時間があるので残念だがちょっと無理である。ちなみにブルベで通る区間の国道473号線には殆ど信号がないのだが、周波数変換所近辺には続けて2カ所信号があり、しかもこれがまた待ち時間が長い。昨年の神奈川600kmブルベでもこの信号に引っかかって長いこと待たされた。

 佐久間の町を過ぎると次は東栄の町に至るまでアップダウンが結構ある山道である。天竜川のたおやかな流れとも別れ、山の中の細い道をひたすら上っては下り、下っては上るといった走行になる。昨年の600kmブルベでは、この近辺で結構大勢の参加者の人に出会っては抜いていった覚えがあるのだが、今回のブルベでは完全な1人旅である。特に変哲のない山間部で注目すべき風景がない中、一人黙々と上っては下り、下っては上る。無論それはそれで見事な脱日常なのだが、慣れてくるとそれほど刺激的というものではない。
 その山道を佐久間の町から10kmほど走行しただろうか、東栄の町に至り、そこを抜けるとあっという間という感じで戦橋。そこを直進して中設楽交差点にたどり着く。ここを右折すると国道151号線。新野峠に至るまでの本格的な上りの始まりである。

 中設楽交差点を右折して延々と上り坂を上る。緩やかな坂であるが、とにかく延々と続くので、なかなか上り甲斐がある。延々と上って第3PCからの走行距離がだいたい60kmにさしかかろうというところで、進行左手に木の掘っ立て小屋のような建物で自動販売機を備えているものが目に入った。そういえば昨年のブルベでもこのあたりで誰か休んでいた(kanatrekさんだったかな。)のを思い出し、ちょうどいいと思ってここを自主PCと定め一休みする。
 ちょうどボトルの飲み物が少なくなってきていたところだったので、自動販売機で飲み物をいくつか買ってボトルに補充しておく。それとは別に、クエン酸の入った梅味の飲み物があったので、疲労回復とばかりにこれを買って飲む。しばらく休んでいると、のむさんが通りかかって走行していく。私が走行している間にもどこかでブルベ仲間が走行しているかと思うと励みになる。
 
 20分位休んだろうか。大分体力が回復したので走行を再開する。エンヤコラサと坂を上るとしばらく平坦地。ここでのむさんの背中が見えてきてマイペースで走行していると追い越してしまう。そのまましばらく走行しているとまた上り甲斐のある上り坂に入る。まずは太和金(たわがね)トンネルへの上りである。どうも太和金峠というのもあるらしい。この坂をエンヤコラホイサと走行していると、のむさんがどんどん追いついてきて追い越される。う〜ん上りが強いお方。この方のブログによると、この方5月の連休には一人合宿をやって松本近辺の山道を自転車走行しまくったようである。私は最近自転車にもそれほど乗れていない。PBPやツール・ド・美ヶ原に向けて自転車走行時間を増やしたいものである。そういうわけでまず新野峠前に太和金トンネルへの上りをクリアする。

 太和金トンネルを過ぎると短いながらも下りに入り少し楽をする。津川を渡ってT字路を右に曲がる。このポイントは比較的簡明にわかった。しばらくの間はところどころアップダウンはあるも比較的平坦な道を走行する。途中豊根の道の駅を右手にみると、PCで見かけたブルベ参加者の自転車が停めてあって、ブルベの方のどなたかが休んでいることがわかる。第3PCから第4PCまでは120kmの長丁場で、しかもなかなかタフな山道を通るので、どこかしらで自主PCを作って休まなければならない。

 ここをしばらく走行していると、徐々に上りがきつくなってきて、道が曲がりくねってくる。新野峠への登り口だ。この峠への登り道はそれほど長い距離ではないのだが、やはり峠道だけあってなかなか上りがしんどい。あっというまにインナーローでも時速10km程度になる。最初センターラインがちゃんとある程度の道幅があったが、徐々に道幅が狭くなり、ついにセンターラインがなくなって完全な山道になる。それでも幸い自動車が全く通行しないので上りに集中できる。昨年はここで一休みしてパワージェルを食べたのだが、今年は「道が狭くなったらもうそれほど距離はない」と思ってエンヤコラサと上っていく。
 しばらく気合いで上っていくと、突如景色が開ける。先の方に橋がかかっていてこれを渡る。昨年この橋を渡ったときは、まだ周囲は明るかったとはいえ結構黄昏れていたが、今年はまだ日が高い。おそらく昨年よりも1時間は早くここに到着できたのではないかと思う。この橋を渡るともう新野峠はまもなくである。
 1kmくらい上り坂を上ると、ようやく待望の新野峠である。ブルベで峠を越えるといつも達成感があって気分がいい。新野峠に到達すると先に走行していたのむさんが一休みしているのが目に入る。私も新野峠で一休み。しばしの間のむさんと色々お話しする。サイバースペースで交流している人と現実世界でお話しするのはなかなか楽しいものである。ブルベのような究極の脱日常アウトドアの場であればなおさらである。のむさんは休憩を終えて先に出発する。私もそれから少し休んで出発する。

 新野峠を越えるとあとはしばらくくねくね曲がった道を下りっぱなし。下りは苦労が要らないのだが、対向車が来たとき困るしカーブを曲がりきれないと危ないので私はさほどスピードをつけない。せいぜい40km程度で走行する。曲がりくねった道をしばらく走行すると、見通しの良い一直線の道に入る。下りの加速がついて実に気分のいい走行である。まだ日が高いので安心して走行できる。気候は大分涼しくなってきているので快適である。新野峠をエンヤコラサと苦労して登った甲斐があったと思う。

 しばらく平坦な新野の町を走行すると、再び山に入る。すると、いきなり激しい下りに入る。下りは労なくしてスピードがつくので楽で楽しいことは楽しいが、他方スピードがつきすぎて自転車をコントロールできなかったり、アホ運転をする自動車に対応できなかったりすると危険である。私は結構臆病なところがあるので、下り坂でスピードをつけて自転車走行するのはあまり好きではない。
 それでも自動車さえ通行しなければ下り坂は楽しいのであるが、残念ながらそういうわけにも行かず時折自動車が通過する。時折通る自動車に神経を使わなければならない。そのため下りに遭遇するたびに早く下り終わらないかなぁと思いながらブレーキを握りしめて走行することが多い。
 ところがこの区間の下り坂が長い長い。新野峠越え後のループ下りをめがけて緩急のカーブのついた下り坂が延々と続き、早く下り終わらないかなと思いながら用心深く下ることにする。それでも時速40kmくらいは軽く出てしまう。その間下り坂のトンネルも数カ所通る。こういうトンネルだと生きた心地がしない。まだ日が高かったため路面がちゃんと見えていたのがせめてもの救いであった。おそらくこのあたり日が落ちたら真っ暗闇になるであろう。そうしたなか激下り坂を下るのは命がけと思う。

 激下り坂がどうにかこうにか終わったかと思うと山また山の上り下り、といっても、下りはあまりなくどういうわけかやたらと上りがおおい。あと30kmほどで第4PCだと思うがこの間の上りがなかなか効く。このあたりになると完璧に日が沈み夜間走行である。行けども行けども山また山。時折人里が現れて平坦地かと思うと又次の人里まで山。新野峠への上りよりもさらにきつい。

 しばらく走行して飯田市の表示が出てきても、依然として人里に出てくる様子がない。ましてや飯田市のような大きめの町に出てくる気配が全く見えない。あと10km、あと5km、もう人里が出てきてもいいだろうと思うがひたすら暗い山道。こういう山道を淡々と走行するのは究極の脱日常だが、ここまで人里が見えないともう勘弁してくれと言いたくなる。

 第4PCまで残り3,4kmというあたりから、ようやく人里っぽくなってくる。もうまもなく第4PCだ。本ブルベ最長かつ最難の区間を何とか乗り切れた。これで600kmブルベも半分まで来た。よくまぁここまで走行したな。早くPCで休みたいと思って走行する。ようやく国道153号線との交差点にたどり着き、これを越えると第4PCである。先に走行していたのむさんが休んでいた。その後買い物をしたあとに休んでいると後から二人くらいの人が第4PCに到着する。

 私は若干腹を空かせていたので冷やし中華を食べる。また、ポカリスエットのような甘い飲み物はもういやになっているので、ペットボトルのお茶を買って飲む。ボトルにも詰める。このペットボトルのお茶がなかなかのヒットであると思った。とにかくポカリスエット等の甘い飲料に飽きた私にとってお茶は極めてキリリとした味わいがあり清涼感があって、いくらでも飲めた。

 お茶を飲んで英気を養い次のPCに向かう。一番タフな区間が終わってこのブルベも半分終わった。とりあえず残り100km、先の区間よりはタフではないし、ここを淡々と走行し終わればとりあえず休める。そう思って気を楽にして次の区間に向かった。このブルベをリタイアしなければならないかもしれない最大の危機に直面するとも知らずに。

(つづく)

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2007年06月20日

6月19日の自転車通勤

【6月19日】(シラス)

走行距離14.78km 走行時間0:33'56 平均速度26.2km/h 最高速度43.2km/h 積算走行距離 12889km

往路:家→適当→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→桜田通→内堀通→永代通→三つ目通→適当→家

【往路】

 この日梅雨とは思えないカンカン照りの日である。雨が降らないとこの時期の太陽は結構強力である。それでも自転車通勤の時間帯は朝と夜なので太陽力は比較的弱めであるのでカンカン照りによる負担は少ない。しかも梅雨の時期は晴れ間を逃すとあっという間に長期自転車欠乗時期となるためとにかく晴れたら寸暇を惜しんで自転車に乗りたいものである。何よりもこの暑苦しい気候の下で暑苦しい満員電車など乗りたくない。どうせ暑いならオッサンの熱気を浴びずに風を浴びたいものである。そういうわけでカンカン照りにもかかわらず自転車通勤することにする。

 この日も越中島通と清澄通は快走、清澄通から晴海通に折れて直ぐのところから自動車つながりっぱなしで動かない。その横をスイスイと自転車で走行する。勝鬨橋を渡ると、前の方にクロスバイクに乗ってスラックス、ワイシャツ姿で車道を自転車走行する人がいる。おそらく通勤だろう。安全のためにヘルメットをかぶるのが適切とは思うが、車道を自転車で走行して通勤をする人が増えるのは何よりのことである。無論交通ルールは守ることを前提に、自転車で車道を走行して通勤し、車道は自動車だけのものではないことを是非示してもらいたいものである。

 晴海通は依然として築地〜東銀座〜外堀通のあたりまで自動車がつながりっぱなしでしかも牛歩の歩みである。むろん運輸トラックが多いことはもちろんだが、意外と普通の自動車も多い。しかもたいていの場合1人しか乗っていない。これはいったい何だろう。マイカー通勤か? 自動車はどんなに小さくても5u以上を占拠する。人一人が道路を通行するために必要な面積として、これは多すぎないか?しかも自動車は排気ガスを出す。人一人が移動する手段としては、自動車は道路と環境に負担が大きすぎる。

 しかしそんな自動車の牛歩の歩みを尻目に、速度は若干落ちるものの悠々と自転車走行する。都心における時間当たりの移動距離が自動車と遜色ないこと、道路通行にあたり必要とされる占有面積が自動車と比べて圧倒的に少ないこと、および排気ガスゼロ。どう考えても都市における移動手段として自転車は優れている。警察庁はかつて「自転車は全部歩道にあげてしまえ」などと馬鹿なことを言っていたが、最近は国土交通省と協力して車道における自転車走行空間はどうあるべきかを検討しているようだ。2050年までに二酸化炭素を半減させるという壮大な目標の言い出しっぺとして環境外交をリードするには、自動車という環境負荷の大きい交通手段をできるだけ減らし、自転車とか電車とかいう無公害交通機関の普及を検討することが焦眉の課題と言わざるを得ないだろう。環境環境と言ってもっと警察庁や国土交通省に自動車を減らす道路にするようプレッシャーをかけるべきだろう。

 外堀通を過ぎた当たりに自動車用の地下道に入る入り口があって、そこに自動車が吸い込まれて長い長い渋滞が終わる。その地下道は原付や軽車両は通行できないため、いつも地上の道路を通っている。日比谷通でレーサージャージ、レーパンに身をかため、バックパックをしょって自転車走行する人を見かける。長距離ツーリングなのだろうか。しかしサドルバッグを使わずに背中に荷物を背負うと体に負担がかかるのであまり長距離走行には適さないだろう。そうすると通勤なのだろうか。まぁいずれにしてもメッセンジャーでなくてもこういうサイクリストを比較的都心でよくみかけるようになった。

 そういうわけで内堀通〜桜田通と通って無事役所に到着する。往路の平均速度が時速25.5kmなのでまずまずか。

【復路】

 この日午前1時前位と比較的遅めの退庁である。そういうわけで自動車の通行は少なく、せいぜいタクシーくらいなので自転車走行しやすい。しかし深夜であり若干疲れてはいるので、無理せず楽なペースで自転車走行する。

 この日もいつもと同様桜田通から内堀通を通って永代通に出る。永代通では日本橋で信号にひっかかる。永代通と昭和通の交差点でオマワリがテロリストのように立っている。ここでよくオマワリが立っているのを見かけるが、いったいここで立っているのはなぜだろう。このあたりは実は治安が悪いのか?それとも駐車違反の摘発か? しかし駐車違反の摘発だったら、この先の永代通と新大橋通の交差点のタクシーをバシバシとりしまるのがより適当だと思う。全くこの国の警察は何を考えて人を使っているのか良くわからないな。

 昭和通を渡るとあとは永代通を快走するだけかと思ったが、この日茅場町近辺で変な工事をしている。全く何が面白くて変な工事ばかりしているんだか。もしこの工事の人たちが趣味で集まって工事してたら彼らにとっては工事は面白いんだろうが。変な工事のため一部自転車走行の興をそがれる。工事区間を通り越すと気を取り直して快走を再開する。とりあえずこのまま一直線で門前仲町までは快走する。門前仲町では信号に引っかかるが、ノロノロタクシーはこの時間は通っていないため比較的快走できる。

 永代通と三つ目通の交差点で、永代通を渡って三つ目通に行こうと信号を待っていると、突如後ろをオマワリが自転車で爆走して信号を渡り、車道を爆走する。車道を自転車で爆走する分には全くこのオマワリ問題はなく、むしろ自転車車道爆走をおおいにやって欲しいのだが、問題はこのオマワリ歩道の部分も爆走していたことである。おそらく時速20km以上は出ていたであろう。いくら夜で人通りが少ないとはいえ横から人が出てこないとも限らない。歩道を自転車で爆走するのは非常に危険である。何があったか知らないがこういうのはつつしんでほしいと思う。

 三つ目通を通って無事に楽しく帰宅する。平均速度が26kmそこそこなので、そろそろ私の自転車のパフォーマンスも洗車なしでは限界に来ているかなと思う。

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2007年06月19日

PBPオンライン申し込み

 私が走行したブルベに関する私の氏名データが誤った形でPBP主催者のオダックス・クラブ・パリジャンに送付されていたためPBPのオンライン登録に困難が生じていた問題に関し、オダックス・ジャパンの下國さんがデータの修正をオダックス・クラブ・パリジャンに申し入れてくれていたため、オダックス・クラブ・パリジャンが私の氏名データを修正してくれていた。そのため私はPBPのオンライン登録をすることができた。申し込み番号は5000番台である。とりあえずオンライン申し込みができてやれやれである。
 後は健康診断書など若干の書類を準備・送付し、手数料等の費用を払い込んで申請が完了することになる。6月11日から13日までの間に申し込み番号があっという間に4500番台に達したが、その後はそれほど申し込み人数は伸びていない。

 前回の国別参加者数を見てみると、フランスが49%で2005人である。また、100名を超える参加者を出した国は、アメリカ(458人)、イギリス(356人)、イタリア(214人)、ドイツ(195人)、デンマーク(188人)、スペイン(167人)である。今回日本の参加者は100名を超えるらしいので、そうなると自転車大国ベルギーやオランダの前回の参加人数(ベルギー84人、オランダ63人)をしのぐ参加人数となる。前回の日本の参加者が20人だったことを考えると、この4年間でブルベがいかに広まったかということがよくわかる。
 
 4年後のPBPのときはいったいどうなるだろう。日本のブルベの参加者をみてみると、結構ご年配の方が多い。いわゆる団塊の世代の方々が自転車を趣味としてはじめ、その中には体が丈夫な内に1200km走ってみたいという人も少なからず出てくるであろう。この人達はお金を持っているので、生き甲斐とみたことについてはお金に糸目をつけないだろう。また今の自転車の流行具合を見ると、私みたいに自転車通勤から自転車が趣味となりブルベにまで出てしまうという酔狂な人間も、少なからず出てくるであろう。そうなると、アメリカ、イギリス、イタリアあたりには及ばないにしても、スペイン当たりには肉薄する人数を送り込む位にはなるのではないか。

 それにしても、驚くべきはデンマークのブルベ参加人数である。人口541万人の国であるのに188人もの人をブルベに派遣している。無論地理的にフランスにそれほど遠くないということもあって参加しやすいこともあるのだろうが、例えばイタリアだと5800万人の人口があってしかも自転車超大国として知られるのに参加人数は214人である。イタリアがサボっているわけではなく、デンマークがすごいのであると思う。デンマークがどうやってブルベを盛んにしたのかちょっと興味深いところではある。

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2007年06月18日

6月18日の自転車通勤

【6月18日】(シラス)

走行距離 14.69km 走行時間0:33'56 平均速度26.0km/h 最高速度42.4km/h 積算走行距離 12875km

往路:家→適当→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→桜田通→内堀通→永代通→三つ目通→適当→家

【往路】

 この日久々の自転車通勤である。先週風邪を引いたり天気が悪かったりで自転車通勤できなかった。今週のヤフーの天気予報をみると、木曜までは大きく崩れることはなさそうなので、それまでは自転車通勤できるだろう。金曜〜日曜にかけてはヤフーの天気予報をみると曇り時々雨になっており、金土の降水確率が60%、日曜の降水確率が50%になっている。日曜にはツール・ド・美ヶ原に出るのであまり降ってもらいたくないものだ。

 さて例によってシラスで越中島通から清澄通を走行する。清澄通の相生橋〜初見橋交差点のわずかな区間を除き快走できる。初見橋交差点から晴海通交差点までの間ではチンタラ走行するオートバイを追い越して快走する。オートバイの人は、まさか自転車に追い越されるとは思わなかっただろうな。

 清澄通から晴海通に折れるとこの日渋滞がものすごい。清澄通と晴海通の交差点からいきなり自動車がじゅずつなぎになっていて全く動く気配がない。清澄通と晴海通の交差点にはどういうわけか白バイのお巡りがよく張っているのだが、何とも手の施しようがないという感じである。これほどの混雑はちょっと珍しいかなと思う。
 勝鬨橋を渡ると渋滞は本格化する。晴海通は3車線あるがどの車線も自動車で満杯。しかもトラックなどの大型車両が多く自転車の通行する隙間がない。仮にあったとしてもオートバイにふさがれている。渋滞自動車が排気ガスをまき散らしっぱなし状態である。結局この晴海通は、清澄通との交差点から外堀通との交差点まで2kmほど渋滞しっぱなしである。
 
 どうもサミットで安倍首相は美しい星50なる構想をぶち揚げ、2050年までに二酸化炭素排出量を半減するなどと言っているが本当にできるのかね。言い出しっぺたる日本は二酸化炭素排出量削減に向けて相当な努力が必要だろう。運輸部門の二酸化炭素排出量は全体の20%も占めているから、まずは運輸関係のトラックを削減しないことには始まらないだろう。だいたいこいつら排気ガスは盛大に出すわ、運転は危険だわ、道路を大幅に占有して円滑な交通の流れの邪魔になるわ、重量があるので道路の負担になるわとろくでもないものである。こいつらを半減させ、鉄道運輸を増やす方策をとるべきだろう。
 
 そんなことを考えながら混雑する晴海通りを抜けて内堀通り〜桜田通りを走行する。さすがにこの辺になると運送トラックなど品のない自動車は走行しておらず、楽に快走できるようになる。
 役所への坂を上ると同僚の人を見かけたので声をかけると最初不思議な表情をしていたがややあって驚きの表情をみせる。曰く「すごいスピードで自転車走行するので最初私とはわからなかった」とのことである。確かに役所ではスラックスとワイシャツ(クールビズの時期なので)で過ごしているので、自転車ジャージとヘルメット姿で声をかけられても私とはすぐにはわからないだろう。
 
 それでも平均速度は24kmをやっと超える程度なのでさほど快走という感じではない。とにかく晴海通りで大分止められた。このコース築地〜東銀座が混雑してネックなのだが、比較的信号が少なく距離が短めなので、総合的に考えるとやはりこちらのルートになるのである。

【復路】

 この日は午後7時半ころと、それほど遅くない時間に役所を出る。そのためまだ結構な数の自動車が走行している。しかし、まだタクシーがそれほど跋扈しているわけではないのでいくぶんかは走行しやすい。タクシーはわらわらと出てきて予見困難な動きをするので非常に邪魔である。

 この日も日本橋で信号に引っかかる他は順調に走行する。日本橋のコレド日本橋の手前の交差点の信号で引っかかっておくと、その先の信号に引っかからずスムーズに走行することができて楽である。そのまま楽しく永代通を走行し、永代橋を渡って門前仲町までは快走する。

 門前仲町に至るとノロノロタクシーポイントがある。相変わらずどういうわけかここではタクシーがノロノロと走行していたが、この日はノロノロといっても時速35km程度だったので、タクシーの急停車に注意して適正な間隔をあけてタクシーの流れに乗っていくと、空気抵抗が少なくなるので楽に走行することができる。

 そんなわけでこの日も楽しく無事に帰宅する。帰路の場合ゲロゲロに混雑するポイントがないので、往路のようにあまり余計なことを考えずにただただ楽しく走行することに集中できる。そのため、平均速度も時速26kmまで盛り返している。往路のヘナチョコ平均速度からここまで盛り返したことを考えると、この日復路では結構快走できたのだろう。

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2007年06月17日

久々の大井埠頭

【6月17日】(マドン)
走行距離:73.6km 走行時間:2時間48分51秒 平均速度:26.2km/h 最高速度:41.5km/h 最高ケイデンス:111 平均ケイデンス:67 最高心拍数165 平均心拍数154 消費カロリー1,964kcal

 この日久々に大井埠頭に自転車走行しに行く。6月24日にツール・ド・美ヶ原に出るのだが、最近風邪を引いたり天気が悪かったりであまり自転車に乗っていないので、とりあえず調整がてら自転車に乗っておきたかったのである。また、先週からオーバーホールに出していたマドンを引き取った後、やはりマドンの具合を見るためある程度の距離を走行しておく必要があった。そこで久々に大井埠頭に自転車走行しに行ったわけである。

 大井埠頭に自転車走行練習しに行く人は大抵朝早くとか午前中に練習をするものである。ところが朝は滅法弱い私はなかなか午前中に大井埠頭に出かける芸当はできない。昼頃起床し、午後2時頃家を出て大井埠頭に赴く。家から15kmほど走行してみなとが丘埠頭公園に到着する。

 さすがに自転車走行している人は皆無ではないが極めてまばらである。少なくとも、午前中のような集団走行は見られない。大井埠頭近くの中央海浜公園で見ていると、数分に一度一人みかけるか見かけないかという感じである。それでも午前中と同様交通量がないため練習には適していると思われる。そこで久々に大井埠頭周回コースを走行し始める。1周約10km。この日は5周程度の走行を考えている。午前中から走行していれば10周程度の走行もできるのだが、さすがに午後のそれほど早くない時間からの走行となると、10周もすると暗くなってしまうからである。

 この日は南風が強い。従って北に向かって走行するときは追い風でバシバシと走行できるのだが、南に向かうと結構強い向かい風で走行速度は下がる。しかし、大井埠頭コースは橋を渡るとき以外は平坦コースであるため、向かい風でも吹いていないとなかなか負荷のあるトレーニングができない。向かい風を一応ありがたいと思う。

 それにしてもこのコース走行しやすい。月〜土だとこの辺トラックが多くてとても走れたものではないらしいが、日曜だと自動車の通行が皆無に等しいので自転車のトレーニングにはうってつけである。しかも新木場のように1周3kmと短い周回コースではなく、1周10km位ある周回コースなので、なかなか走り甲斐がある。もちろん荒サイのように、野球ガキに邪魔されることはない。
 ただし、午後の場合、午前中に比べると、城南島からの自動車が若干多いようである。それゆえ、城南島から橋を渡るときは自動車に注意しなければならない。なお、大井埠頭は家から15km近く距離があるという難点があるので、手短にトレーニングを済ませたいときは新木場(+必要に応じ荒サイ)を走行することにする。
 また、大井埠頭の場合、時折オマワリがチョロチョロして、自転車の信号無視に対して親の敵のように大音響のメガホンでがなりたてるときがあるので、オマワリ、じゃなかった交通ルールの遵守には留意しなければならない。この日はミニパトがうろちょろして、駐車違反を検挙していた。ちなみに駐車違反の検挙は情け容赦なくバシバシとやって欲しいが、ほとんど交通量のないところでの駐車違反検挙もさることながら、もっと駐車違反検挙をバシバシとやるべきところは他にも鬼のようにあると思う。この国の警察は、道路交通に関しては、何と言うか目の付け所がちょっと変なんだよね。

 この日トレーニングを始めたころは結構暑かったが、さすがに夕方近くなると徐々に涼しくなってきてしのぎやすくなる。雲行きがちょっと怪しそうだったが、雨に降られることはどうやらなさそう。基本的にトレーニングの人が少なく、たまにいたとしてもガシガシと気合をこめて走るという人はいなかったので、他の人の走行を励みに走行するという感じではなく、専ら心拍計を見ながらマイペースで走行するという感じである。この日の場合、心拍数160を超えるとちょっとハイペースの感じだったので、心拍数150〜160の間をターゲットにして走行する。

 先に述べたように、最近マドンのチェーンやスプロケ、ワイヤーを取り替えるなどのオーバーホールをしてもらった。さすがにこれだけオーバーホールすると、走行はしやすくなるし、ギアチェンジも新品当時のようにニュルン、シャキンとうまくいって気分がいい。また、今回、PBP1200kmブルベ用に、トピークのLサイズのサドルバッグをつけた。ただ私の場合、背が低いのであまりシートポストを出すことができないため、でかめのサドルバッグをつけると、それが後輪と干渉する可能性がある。そこで、今回このサドルバッグをつけて走行してサドルバッグが後輪と干渉しないかどうかもテストしてみたところ、サドルバッグは後輪と干渉しないことがわかって安心した。

 結局今回10km周回コースを4周し、みなとが丘埠頭公園で一休み。大井埠頭にはみなとが丘埠頭公園があって、飲み物の自動販売機があり便利である。大井埠頭に到着するまでの間に結構ボトルに入れたポカリスエットを飲んでいるので、大井埠頭に到着したあとポカリスエットを買ってボトルにつめる。周回コースを4周した後は三ツ矢サイダーを買て飲む。自転車走行後の炭酸飲料は格別である。
 三ツ矢サイダーを飲んで公園から道路を見渡すと、時折ローディーの人が走行している。午前中のように集団でバシバシと走行しているのではなく、マイペースで緩めに走行している感じ。ここは本来午前中に練習に来るべきところであるが、午後にマイペースで走行するのも悪くはないなぁと思った。朝起きられないと、何となく今日は自転車に乗らなくてもいいやと思いがちなのだが、午後から走行しても別に何も悪いことはないので、これからは、気候がよければ午後マイペースで走行するのも悪くないかなと思う。もっともこれからの時期、午後2時頃は灼熱地獄と化すと思われるので、午前中の走行を逸すると、多分一日走行しないことになるだろうが。

 やはり大井埠頭に来たからには、最低でも50kmは走行してから帰りたいので、休憩後最後に周回コースを1周して帰路につく。午後5時40分ころ帰宅する。その後体重を量ってみると、59.9kgと久々に60kgを割っている。ダイエットのためには通勤自転車走行だけでなく、週末のロングライドが有用であることがわかった。これからは週末土日の両方またはいずれか一方は、50km〜100km(またはそれ以上)の自転車走行をすることにしよう。

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2007年06月16日

神奈川600km沼津ブルベ走行記(その3)

神奈川600km沼津ブルベ走行記(その2)からつづく>

【第2PCから第3PCまで】

 第2PCでサンドイッチなどを若干食べてから第2PCを出発する。海風が強く海岸間際での走行であることを強く感じる。御前崎をぐるりという感じで回ってから県道357号線を遠州灘を左手にみて走行する。この辺は静岡市とか大崩海岸あたりに比べると波があり、昨年はこの辺にサーファーの人が結構遊びに来ていたが今年はそれほどでもなかった。このブルベの前半6分の1くらいは海沿い走行でありなかなか開放的で気分がいい。海風は強くて時折自転車をこぎにくくなるが風に吹かれて自転車をこぐのは爽快感がある。

 若干アップダウンがあり、海と草原に囲まれたこの県道を海風を受けながら8km少々走行すると、県道357号線が右に折れているのでそちらに折れる。ここを750メートルくらい走行すると上ノ原交差点に出るのでここを左折してしばらくの間再び国道150号線を走行する。この道路は少々のアップダウンがある他は平坦基調であり、自動車はそれほど多くない割には道が広くて走行しやすい。田んぼとか野原が広がっている典型的な田舎風景の中自動車に邪魔されずに淡々と自転車をこぐ。何とも気分良く楽しい時間である。こういう時間をすごす為にブルベに参加したようなものである。
 従来のコースだと、かつてねむの木学園があったところの高架下を右方に行って掛川に向かうのだったが、今回はそのコースをとらず、国道150号線を上ノ原交差点から10km程度走行したところにあるローソンのある交差点を右折して掛川に向かうというコースをとる。キューシートにもその旨記載されていたが、このねむの木学園跡の高架下あたりでのミスコースがあったようだ。私は今回特にミスコースには神経質になっていたので、とにかくローソンが出たら右と心に念じつつ走行していた。

 国道150号線を10kmほど走行すると、果たして道路右側にローソンを発見したので、そこを右折してしばらく走行する。今まで遠州灘にほぼ水平に走行していたのだが、ここから遠州灘と垂直方向も加えて走行する形になる。この道はそれほど広い道というわけではないが、自動車通りが少なくて自転車走行しやすい。最初民家とか商店とか小学校が建ち並んでいたが徐々にのどかな田園風景となり、そばに小川が流れている。川沿いの田園風景のなか自動車に邪魔されずに自転車をこぎ続ける。自転車をこぐことを楽しみとする私にとっては至福の瞬間である。オダックス神奈川の人はよくもまぁこういう自転車走行しやすい道を発見してくれたなぁと思う。
 
 ローソン交差点を右折してから5.6kmほど直進すると「ささの恵み」という食事処があって、その交差点を左に曲がる。この交差点を見落とすと大ミスコースしそうなので、一方でリラックスして快走しながら他方で「ささの恵み」という食事処がいつ出てくるかと非常に神経を払っていた。それゆえ「ささの恵み」を簡単に発見できたときは安堵したものである。「ささの恵み」を発見したあともあいかわらずのどかな風景の中を農道風の道を淡々と自転車をこぐ。2kmほど走行してT字路に突き当たってそこを左折し、再び5.6kmほどのどかな風景の中を走行した後上内田T字路を右折して県道38号線を走行する。

 県道38号線を3.5kmほど走行すると掛川市街地に入るのだがこのあたりちょっと風景が山の中っぽい。3.5km走っただけで市街地になるのかなぁと思う。ここを走行していると、何やらオルゴール風の音楽が聞こえた。おそらく正午を告げる時報か何かなんだろう。午前6時に走行を始めてもう6時間たつのかと思う。
 山の中っぽかった風景を走行していると、東名高速道路が横切るのが目に入り、それと同時に山っぽかった風景が急に人里の様相を呈する。そこをしばらく走ると東海道線のガードに至り、でこぼことしたガード下の悪路を通過すると塩町南交差点につきあたる。そこを左折すると完璧に掛川市街地である。よくもまぁここまで風景が一変したものである。ちょっと走行すると左手に掛川駅。木造2階建ての駅である。新幹線が停まる駅にしてはこじんまりとしている。1940年に改築されたらしい。ちなみに掛川は日本ブルベ発祥の地である。しばらくの間掛川市街地を通る。交通量はそこそこに多いのでそこそこのスピードで走行する。

 掛川市内を3.5km位走行すると国道1号線に突き当たり、これを渡って東名高速道路を越えると大池IC北交差点に突き当たる。ここをキューシート通りに左折して県道40号線に入る。昨年はここを左折する旨の記載がキューシートに書いておらず、誤ってここを直進したため、行けば行くほど田舎道になってしまい、気がついたら大ミスコースをしてしまっていた。それゆえこの交差点を左折することには相当神経を払っていた。この大池IC北交差点のように、ここを間違えると大ミスコースをするというポイントを無事通過するととても安心する。
 この交差点を左折して県道40線を走行してしまえば、しばらくの間は何も考えずに天竜二俣までまっすぐ23kmほどこの道を進めばいい。23kmだから、まぁ1時間も走行すればPCかなと思う。この道基本的には片側1車線、時折アップダウンがあるがまぁまぁ平坦基調の山の中の道・田舎道である。交通量はそんなに多くないのでまぁまぁ走行しやすい。
 山の中をエンヤコラホイサと長めの坂を上っていると、タヌキの轢死体を発見する。剥製のような轢死体で比較的きれい目なものであったが見て気持ちの良いものではない。山の中になるとタヌキなんかいるもんだなぁと妙な感慨を持つ。そういえば私の卒業した大学は東京の大学であるが、山の中にあるのでタヌキの剥製がある。どうも道で轢かれたタヌキが大学の中にある池にたどりつき、そこの水を飲んで息絶えたので、そいつを剥製にしたらしい。
 この道路の通行においては、森、磐田、天竜がとりあえずの目標地点となった。最初道半ばの森町が目標となり、森を過ぎると次は磐田市を通る。ジュビロ磐田の磐田市だが、ずいぶん山の部分があるなぁと思う。
 磐田市をしばらく走行すると、天竜川に突き当たる。諏訪湖に端を発して急峻な地形を一直線に遠州灘へ向け滔々と流れる長さ213km、中部地方屈指の大河である。天竜川は薄緑色の水をたたえて堂々としたたたずまいを見せている。そこにはボート場があって、ボート遊びをしている人が大勢いる。しばらくの間天竜川を左手に見て自転車走行する。川面を目の当たりにしながらの自転車走行をすると何となくのびのびとした心境になって幸せである。こういう楽しみを一人でも多くの人が味わい、自転車を趣味とする人が増えて欲しいものである。

 飛騨大橋のあたりを過ぎると天竜二俣に入る。天竜二俣駅を左に見た後双竜橋交差点を右折して国道152号線に入る。ここを2kmほど走行して第3PCであるサークルK天竜山東店である。ここでは結構大勢のブルベの人が休憩している。ここから次のPCまでは120kmあるため、ここでゆっくり休憩する人が多い。私もここで昼食がてら冷やし中華を買って食べる。
 オダックスジャパン副会長が「ここまでは速いんだけどね、ここから遅くなるんだよぉ」と言っているので「いやぁここからタフな道ですからそりゃ当然でしょうねぇ」と答える。確かにここからは結構タフなアップダウンを伴う道が始まり、かつここから60kmほど走行した当たりから延々と上りに入るのだ。そりゃ遅くなるのは当然である。
 時間を確認するとだいたい午後1時半くらい。昨年よりも1時間以上早い到着である。さすがにミスコースがないと早い。ここで十分休んで、このブルベ最長最難の区間へと向かう。

(つづく)

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2007年06月15日

PBP申し込み騒動

 先週金曜日から風邪を引いている。そのため今週月曜火曜水曜とカンカン照りだったにもかかわらず自転車通勤しない。そうこうしているうちに木曜日についに関東地方も梅雨入りしてしまった。風邪はようやく直ったというのに、梅雨入り前の好天時に自転車に乗れないまま梅雨に突入してしまい困っている。

 6月13日に帰宅して夜中にメールをチェックすると、PBP参加者メーリングリストから大量にメールが来ている。それは、「PBPオンライン申し込み済ませました」というものばかりである。PBPは、8月に行われるパリ−ブレスト−パリ往復1200kmブルベのことであり、私も参加することになっている。で、参加者は各自でオンライン申し込みをしておかなければならず、それが6月12日から始まっているのである。このブルベ、定員が4500人である。
 PBPオンライン申し込みをすると、申し込み番号がもらえる。申し込み番号は、要は申し込み順を示す番号であるため、自分が何番目に申し込んだかがわかる。私がみた最新のメーリングリストのメールの人はすでに1200番近い番号であった。申し込みが始まって2日でもう1200人近く申し込むのだから、あと2,3日のうちに4500人埋まってしまうなぁと思い、夜中に取り急ぎPBPのホームページにあるオンライン申し込みを開き、フォームに必要事項を記載する。

 その必要事項の記載欄には、今年完走したブルベおよびその認定番号を記入する欄(その欄には完走者=私の名前も記載する。)がある。ご丁寧なことに、その記入欄の下に「ここにカーソルを当てると貴兄が完走認定を受けたブルベが表示されます」と書いてある。そこにカーソルをあてると、当然私が完走したBRM211千葉200km、BRM324伊豆300km、BRM505沼津400kmおよびBRM602沼津600kmと、それぞれの認定番号が表示されるはずである。
 ところが、どういうわけかBRM324伊豆300kmのものだけが表示されない。不思議に思ってBRM324伊豆300kmのブルベカードに記載されている認定番号を入力すると、どういうわけか完走したブルベの欄(そこには私の名前も表示される)に、「Goiss Masao」と、私の名前でない名前が出てくる(私の名前は”Masao”ではない。)ここにちゃんと私の名前が表示されないと申込書として不完全なので非常に困った。
 このままうかうかしているとあっという間に定員に達してしまうと思い、とりあえず上記の状況を説明してどうにかしてほしいという趣旨のメールをメーリングリストに出して様子を見ることにする。

 ところが翌朝になってメールをチェックすると、有効な回答は出ていない。他方、メーリングリストのメールを見ていると、相変わらず「登録しました」というメールが多いのだが、その登録番号が、4500番まであと一桁というところまで来ている。おそらくPBPの事務局に私の情報が誤って記録されたため「Goiss Masao」なる名前が出てくるのだろう。これを訂正してもらわない限り私は申し込みすらできないのである。しかも4500番まであと数番。私は思わず天を仰いだ。こんなつまらない事故のために4年に一度のブルベに参加できないことになったら非常に困る。そういうわけで、その日一日はとても気分の悪い思いで過ごした。

 帰宅してからメールをチェックすると、数多くのPBPメーリングリストからメールが来ている。それをチェックしてみると、どうも4500番以後でも締め切られず、オンライン申し込みが受理されているようである。
 さらにメールを見てみると、オダックスジャパンの監事の人からのメールが来ていて、それによると、「番号が4500を越えていますが、まだ登録申請が出来ていない方も、あまりパニックにならないで下さい。ACPはそんなに早く登録申請を打ち切りにはしません。」「日本にも、申請方法の選択を聞いてきたときや、各BRMの認定の際に、参加人数の概算を聞いてきています。これで大体の枠を確保しているようです。」「というわけで、よほどのことがない限り、皆さんをきっちりエントリー可能にします。」とのことである。まずは一安心か。
 さらに、私に宛てて、「名前がずれているのは、神奈川300で -pi- さんが一部の方の名前を間違って一行ずつずらしてしまって申請したことと原因がはっきりしています。ACPに言って、訂正をしてもらいます。もちろん、そのことで登録が遅くなっても大丈夫なように交渉しておきます。」とのこと。どうも神奈川ブルベ集計をフランスのオダックス本部に送付し、ブルベ完走を認定してもらう際に名前をずらして送付してしまったらしい。とにもかくにも私に不利益にならないように対応をしてくれるのでよかった。もしちゃんと対応してくれなかったら、ブルベ全体の信頼性にかかわることだと思う。

 日本でブルベを仕切っているオダックスジャパンの運営はボランティアでやっているので、中々あらゆることを完璧に行うのは難しいと思うが、しかしあまり目に余るようなミスを行うと組織の信頼性にかかわり、せっかく楽しいブルベへ参加を躊躇する人が増えると思う。今回私の名前が変に表示されたことを原因として今後神奈川ブルベに参加することを控えることはしないが、こういうことがあまり頻繁に起こるようだとちょっとどうしようかなぁとは思う。とりあえず交渉の結果どうなるか、成り行きを見ることにしよう。

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2007年06月13日

神奈川600km沼津ブルベ走行記(その2)

<神奈川600km沼津ブルベ走行記(その1)からつづく>

【第1PCから第2PC】

 この区間、基本的には国道150号線を一直線に60kmほど走行すればよいのでわかりやすいように見える。しかし私はこの区間で二度ミスコースをやらかしている。一つは国道150号線を走行中、どういうわけか静岡市内にたどり着いてしまったこと。もう一つは、国道150号線を直進したら新日本坂トンネルにたどり着いてしまったがそれはブルベ本来のコースではなく、ブルベでは大崩海岸という海沿いの道を走行するはずであったことである。
 前者については、昨年は西島交差点というところを左折せずに直進してしまったことから生じたミスコースと思われるので、私自身でキューシートに手を加え、西島交差点をキューシートに加えた。後者については、第1PCから約20km地点の広野交差点をキューシート上に明記することにより解決された。これでこの区間のミスコースはあり得ないと思う。

 第1PCから清水区の市街地をしばらく走行すると海沿いの道になる。晴天下大海原を左に見て風を直に受け体を使って快適に走行する。実に贅沢な時間である。ランニングは体に負担がかかるしスピードもそれほどではない。自動車ならスピードはいうことなしだが風を直に受けがたく体をあまり使わない。体を使い、自然の恵みを直に受け、しかもスピードもほどほどにある。自転車は実に中庸なよい移動手段だと思う。大海原、心地よい風、そして晴天という絶好のコンディションに触発されたか、ブルベ参加者の方が次々と快走爆走する。

 この海沿い区間を走行すると最後T字路になっており、そこを右折すると例の西島交差点である。私はここを直進したがために静岡市内に迷い込み、再びこちらの方に戻らなければならないというミスコースをやらかしたが今回はちゃんと国道150号線をたどって無事に南安倍川大橋を渡る。
 
 それから1km少々走行したろうか、問題の広野交差点にたどり着く。左から2番目の通りに入る。ここをしばらく走行するとだんだんと風景が海岸っぽくなってくる。大崩海岸だ。
 まずは海上に張り出した橋を渡るに至る。ここはもともと山際に道路が走っていたが、がけ崩れのための事故があって昭和47年にこういう海上に張り出した橋をつくったとのことである。珍しい橋を渡って自転車で旅するのは非常に得がたい脱日常体験である。晴天下左手に広々とした海、右手に断崖絶壁の迫る緑の山をみて実に気分のいい自転車走行である。
この橋を渡ると上り坂の山道。なかなか上り甲斐がある峠道のようになっている。その峠道を上ると下り。私は下りはあまり得意ではないが、それほどきつい勾配というわけではないので楽々と下る。

 この坂を下り終えると徐々に風景が人里っぽくなってきて、その後は田んぼや家がぱらぱらとあって、ところどころアウトレットや中古車販売の店が点在するような郊外の幹線道路特有の風景がしばらく延々と広がる。そんな風景の中延々と自転車で走行する。このあたり風景自体にはさほど惹かれるものはないため、とりあえず自転車での走行自体を楽しむことにする。長距離ライディングなので速度は時速30km程度に押さえてある。私が通行している道路は去年新日本坂トンネルを通って出てきた道路とどこかで交差しているはずなのだが、結局どれがどこだかわからずじまいだった。この日晴天で結構暑くなりそうである。そのため適宜ボトルのポカリスエットを飲みながら走行する。

 焼津から大井川町、吉田町と通って牧ノ原市にはいると、御前崎まではもうあと10kmくらいである。牧ノ原市といえば牧ノ原台地、お茶の名所であるが、私が通行しているところはそういう風情が見られない。しかし再びオーシャンビューになって景色がよくなる。
 遙か遠くに御前崎が見える。あああそこまで行くんだなと思う。そこをしばらく走行すると、左の方は相変わらずオーシャンビューだが、右の方は徐々に丘陵部の趣が出てきた。こうなるともう御前崎は近い。しかし海風が吹き付けてなかなか走行のために力がいる。エンヤコラホイサと走行する。
 地頭方の臨海道路入り口の交差点を直進して国道150号線に別れを告げ、海沿いの道路をひた走る。最初工場とかコンクリートでかためた建物などがあって結構殺風景であったが、御前崎市に入り、椰子の木なんかが通りに植わっているとなんとなく人間的な風景になる。ここまでくるともう第2PCまであとわずか。遙か遠くの前の方にブルベの人が走行しているのが見える。いままでずっと1人で走行していただけに、前の方にブルベの人の背中が見えるとなんとなく励みになる。

 ブルベの人の背中を見つつしばし走行して第2PCであるセブンイレブン御前崎みなと店に到着。ここでは数人のブルベの人が休んでいる。このあと天竜二俣まで平坦ではあるが70km近くある距離の長い道のりを走行するためサンドイッチを食べて補給する。すると私の前を走行していたはずの人が私の後に第2PCに到着する。どうも臨海道路入り口のところを直進せずに国道150号の方にいってしまい、あわてて引き返したとのことであった。
 この先の第3PCまでは、一部昨年と違うコースを使っている。そこには比較的細かい交差点をまがったりと、ちょっと注意を要するポイントがいくつかある。また私はこの区間で大ミスコースをやらかしている。今年は大ミスコースをやらかさないように注意を払って走行しようと思う。

(つづく)

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2007年06月12日

神奈川600km沼津ブルベ走行記(その1)

【前泊からスタートまで】

 さて6月2日は神奈川600km沼津ブルベである。このブルベ6月2日午前6時スタートである。そのため沼津に前泊することにする。家でブルベの準備をして自走で東京駅に向かい、午後6時ころ東京駅に到着する。そこでさて輪行の準備をしようとすると自転車に尾灯がついていない。
 自転車尾灯はブルベ参加に必須の装備なので、これがついていないとブルベに参加できない。どうしようと思い、東京駅から一番近いと思われる大きめの自転車店で、赤坂にあるY's Bike Academyでマドンに装着していたのと同じタイプの尾灯を購入することにし、そこに向かう。ところが、通常このタイプの尾灯をいつもこの店は置いているのだが、この日に限って置いていない。一応尾灯は置いてあるにせよ、大きすぎたり小さすぎたりして適当なサイズのものがない。他の店をあたってみることも考えたが、あちらこちらまわって適当なサイズのものがないリスクを考え、家に尾灯を取りに行くことにする。家に尾灯を取りに行くともう午後8時くらいになっている。

 家で少し休んで東京駅に向かい、東京駅で輪行支度をして乗れそうな新幹線をみると、午後8時43分こだま号三島行きと、午後9時6分発こだま号静岡行きがある。午後8時43分のこだま号の発車まで残り5分程度しかなくこちらに乗ることは半分あきらめていたが、ホームに到着すると発車間際ながらもまだ乗れそうだったのでこれに乗る。
 車両の最後部の座席の後ろのスペースが空いていたので、そこに輪行袋につめた自転車を置いて座席を確保する。すると直ぐに発車する。ちょうど待ち時間なく新幹線に乗れてよかったよかった。なおこの日はハングリータイガーという虎ノ門の有名なスパゲティ屋で昼食として油まみれのスパゲティを大量にとったのでこの時間まったくおなかが空かない。そのため駅弁などを買わずにすんだ。
 約1時間ほどで三島に到着する。私が乗車したのは6両目くらいだったが、三島の新幹線乗り換え口はかなり後方にあるため、ちょっと乗り換えには不便だなぁと思っていたが、それでも私は、またしても発車間際の東海道線に何とか乗れたのは幸いであった。5分ほど東海道線に乗って沼津駅に到着。

 この日沼津では沼津グランドホテルの宿を取っている。従来使用していた沼津ホテルが消滅したためこちらを使うのである。駅から歩いて5分ほどなので便利である。インターネット予約で5500円なのでまずまずの値段か。ここは焼きたてパンの朝食が午前7時から出るらしいのだが、私は午前5時過ぎにはチェックアウトしてしまうので関係ない。ここはビジネスホテルなのでベッドと簡単な机とバスルーム程度の簡素な部屋であるがブルベの前泊には必要にして十分である。
 ホテルに到着したのが午後10時くらい。早速翌日のブルベの準備として食料や飲料の買い出し、自転車の組み立て、翌日の服装や装備の準備を行う。その後シャワーを浴びて就寝。いつも布団を使っているのでビジネスホテルでのベッドでは寝付かれにくいが何とか眠る。

 翌日は午前5時に起床する。前日に用意していた朝食(おにぎりやヨーグルト)を摂り、テレビを見て天気予報を確認する。それによるとどうも曇りとか晴れとかのようであり、ブルベには全く支障はなさそうである。午前5時15分ころにチェックアウトし、10分ほど走行して集合場所である学習院遊泳場に到着する。この日の600kmブルベの参加者はだいたい30人くらいか。知っている顔もちらほらと見える。
 受付をすませた後ブリーフィングで簡単なコースの説明を受ける。今回は事前にコースを詳細に検討していたのでまずミスコースはないだろうと思う。ブリーフィング後検車を受け、必要な装備があるかどうかを確認してもらってから三々五々出発する。これから600kmもの距離を自転車で行くにしては淡々としたスタートである。

【スタート〜第1PC】

 学習院遊泳場をスタートして三園橋まで国道414号線を約5kmほど走行すると沼津市街地に入り、数キロ沼津市街地を走行する。スタートから沼津市街地までの間は信号が多く、あまり飛ばしても直ぐに信号に止められるので面白くない。そこで沼津市街地を抜けるまでの間他の参加者について時速25km〜30kmのゆったりペースで走行する。

 沼津市街地を抜けると8kmほど左手に松林の防風林を見ながら走行する。ここは比較的信号が少ないので快走できる。この間他の参加者について時速30km程度で走行していたが、だんだんと物足りなくなってきたので、頃合いを見計らって飛び出し、時速35km程度での走行をはじめる。勢いに乗って松林エリアを走行し、松林エリアの切れた富士市付近でようやく信号に止められる。そこで後ろを振り返ると、もう後続は全く見えなくなっている。そこをしばらく走行すると富士市街地に入り、信号に多く止められるようになる。

 ところがこのあたりから若干おなかが痛くなってくる。どこかコンビニによってトイレに行こうかと思うが、まだそこまで切迫している感じでもないので、とりあえず行けるところまで行ってどうしてもだめならどこかのコンビニに寄るという方針でゆったり走行することにする。おなかの痛みの波が寄せては引き、引いては寄せ、時に大波が押し寄せる。大波のときはこのままどこか物陰で済ませようかとの誘惑に駆られるが、ここで引き締めてじっと耐えると次のビッグウェーヴまで大丈夫になるのである。

 富士市街地を過ぎて意外と信号は多いが、徐々に山がせまって来、「富士川 7km」などの標識が出て来、いよいよ富士川鉄橋が近いことがわかってくる。富士川鉄橋を越えると第1PCまで残りあと20km程度なのでとりあえず富士川鉄橋を越えることが目標となる。

 富士川鉄橋を越えてT字路を左に行き、県道396号線を走行する。このあたり、蒲原とか由比とか東海道の宿場町を通過する。蒲原を通ると「そういえば、安藤広重の東海道53次の「蒲原」の絵をあしらった国際文通週間の記念切手は結構高価だったなぁ」などと、かつて趣味にしていた切手収集のことを思い出す。
 蒲原を通過すると二又に道が分かれていて、ちょっと迷うが、右手のほうに由比の標識が出ていたのでそちらに行く。由比の街道風景はなかなか趣があったが、今回は自転車で走行することを目的としているので、単に通過するだけである。依然として腹波が寄せては返す。

 由比をまっすぐ行くと寺尾で国道1号線と合流するが、今回はキューシートによるとこちらには出ないことになっており、右方の旧街道へ行くことになっている。そこで寺尾の当たりで停車すると、確かに右方に狭い路地があるので、「ひょっとしてここを入るのかなぁ」といぶかしく思うと、後続のブルベの人が追いついてきて、「そこ右に入ってくださ〜い」と言うので、右方の狭い路地に入る。狭い昔の街道風のところを走行する。ここは道が狭いわりには人通りが多いので注意して走行しなければならない。

 この狭い道を走行すると、西倉沢信号で国道1号線につきあたる。ここで押しボタン式進行を押して信号が青になるまで待つのだがこの信号が長い。私が沼津の松林で追い越した人たちが次々と追いついてくる。オダックス神奈川代表の井手マヤさんが来てにぎやかになる。「これは寺尾で国道1号線に合流して走行した方が速かったかな。去年のコースだと寺尾で国道1号線に出たしなぁ」と思う。
 5分〜10分の間くらい信号待ちしただろうか、ようやく信号が青になると国道1号線を渡り、国道1号線を興津中町までしばらく走行する。国道1号線には広い側道があって、自動車を気にせずに楽に走行することができる。好天の中左手に太平洋をみて非常に気分がいい。台湾からブルベに参加している人も一緒に走っているらしく、井手さんが台湾の人に向かって「Nice view!!」と叫んでいるようだ。走行ペースも時速30kmに行くか行かないかのゆるいペースだったので、腹痛を気にせずに楽に走行することができる。まぁ急ぐ旅じゃないし、とりあえず第1PCまでこの集団について楽に走ろうかと思う。

 興津中町のあたりから太平洋の見晴らしに別れを告げて自転車走行する。ここまでくるともう第1PCまであとわずかなので、第1PCに到着したら速攻でトイレに行き、ポカリスエットか何かを補給して少し休んでから走行を再開しようと思う。スタートから第1PCまでの距離は46kmにすぎず、それほど疲れてはいないし、第2PCまでは平坦基調なので、それほど気合いを入れて補給する必要もないからである。

 そんなことを考えながら第1PCであるミニストップ清水辻2丁目店にたどりつく。ゆったり走行集団だったので、結構大勢の人がいっせいにここにたどり着いた。私は自転車をそこに止めるやいなやトイレに駆け込む。幸いにして即座にトイレに入ることができた。しかしどうもトイレに行きたい人は結構多いらしく、私が一番先にトイレに駆け込んだがその後数人トイレに並んでいる様子である。あまり大勢の人を待たせるのは適当ではないがこちらも用を足すのに必要な時間があるので「待たせてごめんなさい」と思いながら必要な時間をかけて用を足す。またこういう場合電解質を含む水分を補給するのが適当なので、ポカリスエットで補給をしておく。ブルベはまだ始まったばかり。まだ全走行距離の10分の1も走行していない。次の区間は60kmくらいあり、かつ昨年ミスコースをした区間である。今年はこの区間を十分検討してあり、ミスコースポイントはわかっているのでまずミスコースはないだろうと思いつつ、大崩海岸など昨年通っていない区間もあるので、気を引き締めて次の区間へと向かう。

(つづく)

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2007年06月09日

6月8日の自転車通勤

【6月8日】(シラス)

走行距離 19.60km 走行時間0:46'31 平均速度25.3km/h 最高速度48km/h 積算走行距離 12860km

往路:家→適当→越中島通→清澄通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→六本木通→外堀通→外堀通・六本木通折り返し→内堀通→千代田通→明大通→明大通・千代田通折り返し→内堀通→永代通→三つ目通→適当→家

【前日の吉田自転車】

 前日は天気が悪そうだったため自転車通勤しない。確かに往路復路で自転車に乗る時間には雨は降っていなかったが、昼頃かなり激しい雨が降ってきた。役所の自転車置き場には屋根がないのでこうした激しい雨が降るとあっという間に自転車が濡れてしまい、あとのメンテナンスが面倒となる。そういうわけで前日自転車通勤をしなかったのは正解であった。

 前日帰宅途中に吉田自転車に寄っていく。時は午後9時を過ぎており吉田自転車の閉店時間である午後7時をとっくに過ぎているが、たぶん吉田自転車の人は店で仕事をしているだろうなぁと思うとやはり予想通り店で仕事をしている。缶コーヒーを差し入れとして持って行く。どうも午前0時を回っても仕事をする勢いである。近時自転車が実に脚光を浴びている。午前様で仕事をする自転車屋さんは珍しくはないのだろうか。

 私のマドンはもう6000km位乗っており、パリブレストパリ1200kmに向けてそろそろオーバーホールをしてもらわなければならない。また、ツール・ド・美ヶ原でヒルクライムをしたり、パリブレストパリでアップダウンの多いといわれるコースを走行したりすること、及びスプロケで11Tを使うことはほとんどないことを考えて、スプロケを12T-27Tにしてもらおうと思う。そういうわけで、土曜日にマドンを持って行って点検してもらい、スプロケを交換してもらうことを吉田自転車エディさんに依頼する。また、デュラエースのチェーンだとだいたい6000km〜8000kmが寿命であるとのことなので、チェーン交換も行うとのことである。
 また、パリブレストパリ1200kmブルベに工具、チューブ、ウィンドブレーカー、アームウォーマーを携帯するとなると、現在持っているスペシャライズドのサドルバッグでは小さいので、もう少し大きめのサドルバッグか又はフロントバッグをつけられないか相談する。するとエディさん、フロントバッグにするとハンドルのキレが悪くなるとのことなのでサドルバッグにする。エディさんが見せてくれたのは、シートピラーに取り付けるタイプであるが、カーボンのシートピラーだとやや不安があるのでこれはまた検討することにする。
 8気圧を入れられる携帯インフレーターはあるかと相談すると、エディさんトピークの携帯用空気入れを見せてくれる。これはエディさんがハワイセンチュリーライドのときに使用したものである。エディさんが使用したものなので信頼性はあると思われるが、空気圧のメーターがついていないので空気圧のメーターがついているものはないかと聞くと、エディさんいわく空気圧メーターがつくと重くなるので避けた方がよいとのことである。たしかに適正な空気圧かどうかは手触りでもある程度わかるのでメーターにはこだわらない。

 そういうわけで土曜日にマドンのオーバーホールをお願いする旨を述べて吉田自転車を後にする。やはり頼りになる自転車屋さんがいると安心できるものである。

【往路】

 この日天気予報だと曇りであり、雨にはならなそうなので自転車通勤することにする。あと何日かすると関東地方も梅雨入りの話が来るので、それまでにできるだけ自転車に乗りたいものである。

 この日越中島通〜清澄通と快走する。この通はそれほど自動車が多く通っているわけではないので、だいたい時速38km〜40km程度で走行することができる。この位のスピードで走行していると、おそらく自転車は実際の走行速度以上に速く走っているように端からは見えるだろう。ただ清澄通のうち相生橋を渡りきったあと300メートルほどは信号待ちの自動車が詰まっているので、ここは減速せざるを得ない。

 清澄通から晴海通に折れると結構な渋滞。動けなくなった自動車が極めて邪魔。しかし自転車は自動車に比して通行に必要な空間をとらないので、自動車の渋滞にかかわらず、速度は落ちるがスイスイと前進できる。築地から東銀座に行くと渋滞はやや緩和されるがそれでも自動車が多い。この、築地〜東銀座の混雑する晴海通は好きではないのだが、清澄通〜晴海通のコースは、他のコースと比べて信号が少ないので用いているのである。

 銀座4丁目交差点を越え、外堀通を過ぎるとようやく快走できる。日比谷通との交差点で信号に止められるがここまで来れば役所まであとわずか。内堀通〜桜田通を通って無事に役所にたどり着く。平均速度をみると時速24.8kmなので、やはり晴海通りでやや止められたかなぁという印象である。

【復路】

 この日帰りにサドルバッグや自転車用ウィンドブレーカーを赤坂のY’s バイクアカデミーで見ていく。先週の金曜日にブルベに出かけるときに尾灯を忘れたことに東京駅で気づき、家に引き返して取りにいくよりもY’s バイクアカデミーで買ったほうが早いと思ってここに来たところ、私が使用していたトピークの尾灯をいつもは置いているのにこのときに限って全くおいていなかった。それゆえこの店には在庫欠乏店の烙印を押そうと思っていたのだが、この日皮肉なことにはちきれんばかりにこの尾灯が入荷している。しかし、在庫が切れてからあわてて入荷するのではちょっとお客フレンドリーとはいえないのではないか。
 ウィンドジャケットをみると、モンベルのウィンドジャケットがある。折りたたむと手のひらサイズになるため、これならサドルバッグに入れられると思い購入候補に入れる。フランスは夏でもよる意外と気温が下がるらしいので、この程度の備えはしておくべきと思う。
 サドルバッグをみると、トピークのひもでつけるタイプのやつのLサイズが容量が多くてよさそうである。ただ、私は背が低いのでマドンのシートポストをあまり上げられず、大きめのサドルバッグをつけた場合にサドルバッグがタイヤに干渉することが考えられるので注意してサドルバッグを決めなければならない。
 携帯工具をみると、クランクブラザーズ「マルチ19」と、トピーク「ミニ18+」のどちらにしようかとちょっと悩む。一応候補を絞ることはできた。

 その後ディスクユニオン御茶ノ水ジャズ館に行き、CDを数枚購入する。一度に買うにしては比較的多い枚数である。私の好きなビル・エヴァンスの復刻版CDが3枚も出たので、これは買わねばなるまいと思ったから枚数がかさんでしまった。しかしよい買い物ができたので気分がいい。

 そういうわけでこの日もいつものように日本橋で信号に止められ、永代通りを快走し、途中葛西橋通との分岐点で左折車に注意し門前仲町でノロノロタクシーに注意しつつ帰宅する。平均速度が25.3kmだったので、まぁまぁのんびりペースだったかと思う。

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2007年06月08日

神奈川600km沼津ブルベ完走

 2007年6月2日から行われたBRM602神奈川600km沼津ブルベに参加し、約600kmの道のりを36時間27分で完走した。このブルベを完走することにより、私は昨年に引き続き以下に触れてあるシュペールランドヌールになることができた。

 ブルベは、主催者が定める一定の距離を有する一定のコースを規定時間内に走行すると完走として認定される自転車走行会である。そこでは無サポートで長距離を走行する耐久サイクリングが予定されている。特に順位をつけたり速さを競ったりするものではなく、単に一定の距離を有する一定のコースを規定時間内に走行するだけの自転車走行会である。従って、そこにどのような意義目的を見いだすかは全く参加者の勝手である。大人の自転車遠足と考えるもよし、トレーニングと考えるもよし。
 部門としては200km、300km、400km及び600kmがある。1年間でその全ての部門において完走すると、シュペールランドヌールという称号が与えられる。今年は4年に1度のパリ〜ブレスト〜パリ1200kmブルベが8月20日〜24日までの間行われる。90時間の部の場合90時間以内にパリブレスト間600kmを往復する1200kmを走行するというブルベである。このブルベにはシュペールランドヌールでないと参加できない。そのため今年シュペールランドヌールになることは格別の意義を有する。

 今回のコースは昨年6月3日に行われたBRM603神奈川600kmブルベのコースとほぼ同じである。沼津の学習院遊泳場をスタートして富士川鉄橋まで30kmほど海沿いの道を走行して沼津、富士市を抜け、富士川鉄橋を渡ってから県道396号線を通って国道1号線に出て静岡市清水区に至る(第1PC、この間46km位。)。沼津の松林や、由比の街道筋など特徴的な風景がところどころにある。
 引き続き国道149号線、150号線を通って御前崎に至る(第2PC)。途中大崩海岸など海沿いの道が多く、広々とした大海原の展望を左手にみて快走できる。その後国道150号線を走行してから県道を走行して掛川を通って天竜二俣に至る(第3PC、この間63km位)。御前崎からの遠州灘の風景を楽しんだ後、自動車通りの比較的少ない平坦な道を楽しく快走できる。
 その後天竜二俣から国道152号線及び473号線をとおり、国道151号に入って新野峠を越えた後いくつかの山越えをして飯田に至る(第4PC、この間123km位)。この間は天竜川の雄大な眺めに沿って気分良く走行した後アップダウンのある佐久間・東栄の町を通過し、国道151号線に入ってから登りに入る。新野峠で一応のピークを迎えるが、その後も飯田まで走りがいのある上り下りが続く。
 飯田から国道153号線をまっすぐひた走って駒ヶ根、伊那、辰野を通過し、善知鳥峠を越えてから国道19号線にはいり、塩尻、松本を抜けて豊科に至る(第5PC、この間約104km)。先の区間ほど大変な区間ではないが、町と町との間はまずまずの上り下りが続く。
 その後豊科から国道19号線を折り返してから国道20号線に入って塩尻峠、富士見峠を越えて韮崎の穴山橋に至る(第6PC、この間約88km)。この区間国道19号線沿いに健康ランドがあって仮眠できる。塩尻峠がおそらくこの区間最大の難所で、富士見峠近辺にもちょこちょこと上りがあるが、そこを過ぎると下り基調で楽な区間になる。
 穴山橋から富士川沿いに国道52号線を走行した後富山橋を渡って県道9号線、10号線を通って身延町、南部町を通過し芝川町に至る(第7PC、この間約77km)。富士川沿いの国道52号線では富士川の雄大な流れを左手に見て快走できるが、向かい風が吹くととたんに脚がパタッと止まり難所になる。また県道9号線、10号線の区間は身延町は比較的平坦であるものの南部町に入ってからは結構アップダウンが多く、500km以上走ってきた脚にはなかなかこたえる。最後南部と芝川の間の激坂、というか凶坂にとどめを刺される感じ。
 芝川から沼津遊泳場までが最後の区間。富士川沿いに10kmほど走行した後富士川鉄橋を渡り、沼津遊泳場までの間海沿いの道を30kmほど走行する。距離はそれほど長くないが、交通量と信号が多く、しかも既に550km以上走行しているので脚があまりない状態であるためスピードが出ず、この区間は意外と時間がかかる。

 昨年の600kmブルベで2カ所ミスコースをして大幅に時間をロスしたため、今回は地図を検討してミスコースがないように入念に準備した。また、今年の600kmブルベのキューシートは、昨年のそれよりも断然できがよかった。こうしたことがあって、今年の600kmブルベではミスコースは全くなく、ミスコースによる時間と労力のロスは全くなかった。
 しかし、第4PCを出てしばらく走行したところで自転車がパンクし、修理機材を持ち合わせていなかった私はリタイアすら覚悟した。昨年今年と8回ブルベに参加して初めてのパンクである。しかし、1時間ほどパンク現場に立ちすくんでいたところ、通りがかったブルベ参加者の好意で機材やチューブを手配していただき、修理の不得意な私をみるにみかねてパンク修理までしていただいたため、無事に完走することができた。ブルベの楽しさはもちろん、ブルベの怖さ、そしてブルベ仲間のありがたさを肌身で痛感した、とても勉強になる印象深いブルベであった。次回からはパンク修理の練習をした上、チューブ、工具、インフレーターなどの機材を持参せねばなるまい。

 途中パンクした以外は、走行自体は順調であり、健康ランドでの風呂と仮眠も確保できた。それゆえ600kmの道のりを36時間27分で完走できた。昨年の600kmブルベでは37時間ちょうどで完走したため、昨年よりもちょっとだけ記録を縮めることができた。もっともこのブルベは先述の通り記録とか順位とかを競うものではなく、とにかく定められた時間内に定められた距離を有する定められたコースを走行しさえすればよいのである。でもやはり少しでも早く到着できると、ちょっとうれしい気がする。

 サイコンやレシートチェックによる今回の走行記録は以下の通りである。

【6月3日仮眠前】(マドン)
走行距離:416km 走行時間:18時間20分5秒 平均速度:22.7km/h 最高速度:50.4km/h 最高ケイデンス:111 平均ケイデンス:67 最高心拍数199 平均心拍数134 消費カロリー10,142kcal

【6月3日仮眠後】(マドン)
走行距離:184.1km 走行時間:8時間55分45秒 平均速度:20.6km/h 最高速度:? 最高ケイデンス:109 平均ケイデンス:61 最高心拍数:235? 平均心拍数:126 消費カロリー:4430kcal 積算走行距離:1986.1km+3931.3km

スタート(沼津遊泳場)  6:00
PC1(清水)  7:58
PC2(御前崎)  10:35
PC3(天竜二俣)  13:23
PC4(飯田)  20:20
PC5(豊科)  3:25
PC6(穴山橋)  12:27
PC7(芝川)  16:29
ゴール(沼津遊泳場)  18:27

 ミスコースがなかったので天竜二俣までは昨年より1時間早いが、飯田までは昨年より30分早いに過ぎない。脚は昨年より衰えたか?また、豊科への到着は昨年より1時間遅い。やはりパンクによる影響がある。しかし芝川への到着は昨年並みであり、到着は昨年より30分早くなっている。600kmも走行すると走行時の状況によって走行時間はかなりの幅をもって変わりうるものであるから、昨年とそれほど変わりないタイムで走行できたところをみると、私の自転車脚は大きく衰えたということはなさそうである。なお詳細な走行記については後稿を期したい。

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2007年06月07日

6月6日の自転車通勤

【6月6日】(シラス)

走行距離:14.67km 走行時間:0:34'03 平均速度:25.8km/h 最高速度:42.2km/h 積算走行距離:12834km

往路:家→適当→越中島通→晴海通→内堀通→桜田通→役所
復路:役所→桜田通→内堀通→永代通→三つ目通→家

【往路】

久々の自転車通勤である。6月2日〜3日の600kmブルベで若干の筋肉痛があったのでここ2日くらい自転車を控えていたが、この日筋肉痛もなくなったので自転車通勤する。左膝が若干痛いが、自転車に乗るには障害にならない。むしろ、歩くとき、特に下り階段のときに膝に体重がかかって大きく負担がかかるが。自転車の場合サドル、ペダルそしてハンドルの3点で体重をささえるため膝への体重負荷は少なくなって膝への負担は少なくなる。そのため、膝にとっては歩行+電車通勤よりもむしろ自転車通勤の方が良いのである。

なかなかシラスの駆動部を洗浄できないでいるのでシラス本来のパフォーマンスを十分発揮できないでいるが、それでもそれ相応にスピードは出るし、電車通勤に比べると圧倒的に自転車通勤の方が楽しいので、シラス駆動部洗浄は遅れているがそれでも自転車通勤する。この日家の近くを適当に走行してから越中島通と清澄通を通行する。ブルベで鍛えられたせいか、重いギアを楽しく踏むことができるような気がする。せっかくブルベで脚を鍛えたので、これを退化させないようにトレーニングをしないとな。

この日清澄通で相生橋から初見橋交差点までの100メートルくらい自動車がじゅずつなぎになっていたので、その間歩道に避難して歩道をゆっくり走行する。この歩道結構広いが歩道は基本的に歩行者のものなので歩行者に留意してゆっくり走行しなければならない。近時自転車通勤が流行していて自転車に乗る人が増加しているが、何を勘違いしたか歩道を爆走する馬鹿があとをたたない。車道が怖くて歩道を爆走するのだろうが全くしみったれた根性である。爆走するなら堂々と車道を爆走しろ。

初見橋交差点から晴海通との交差点までの700メートル程度の間は往路の爆走ゾーンである。この日はなかなか調子が良く、この間を信号に止められることなく走行することができた。

晴海通に入って勝鬨橋を渡ると築地である。この日はそれほど自動車が多いというわけではないので、比較的楽に走行することができた。晴海通の築地近辺は、晴海通3車線のうち最左の車線が空いていることがある。この日その車線が空いていたのでここを快走できて楽であった。引き続き東銀座近辺では順調に自動車が流れていたので流れに沿って快走することができる。この通りでは自動車が流れていると言っても所詮時速30km程度に過ぎず、それは私が自転車で楽に流せる速度なので、この近辺では自動車が流れていさえすれば楽に走行できるのである。

外堀通を超えてからは自動車はかなり少なくなるのでここから役所までは渋滞の心配をせずに楽しく走行できる。日比谷通までを快走し、そのまま内堀通り〜桜田通りを通って無事に役所にたどり着く。平均速度をみると時速25.5kmなので、まずまずの快走をできたかなと思う。

【復路】

この日午後10時半ころ役所を出る。午後6時とか7時ころに比べると自動車の数は少なくなっており、朝の往路に比べると走行しやすいが、それでもタクシーが多いので注意しなければならない。

先週末の神奈川600kmブルベで尻の皮がむけたので、自転車走行しているとなかなか尻がひりひりする。昨年の神奈川600kmブルベでは両方の尻のほっぺの皮がむけたのだが、今年はどういうわけか左の尻のほっぺの皮がむけたに過ぎない。それでも皮がむけるとやはりひりひりするので、尻のひりひりに留意して自転車走行しなければならない。そのためそれほど快走するというわけにはいかない。

それでも、内堀通のように路面が良くて走行しやすいところはついうっかり快走モードで走行してしまう。走行に集中しているときは尻のひりひりはさほど気にならないのであるが、信号待ちをしていると他に集中するものがないので尻のひりひりが気になるのである。それゆえ、日本橋近辺のように信号が多いところは尻のひりひりが気になるのである。

この日も、日本橋コレド近辺の交差点の信号は切り抜けたが、その次の小さい路地のある交差点で信号にひっかかり尻を気にしながら信号待ちをする。

昭和通から永代橋を越えるあたりまでは快走ゾーンである。この日は新大橋通の交差点で信号に引っかからずなかなか楽しく快走できた。しかしその後永代通と葛西橋通の分岐点で、葛西橋通へと左折していく自動車に注意しながら走行しなければならない。ここはちょっと注意のしどころであるため快走というわけにはいかない。

ここを切り抜けると門前仲町。ここはノロノロタクシーがたむろしているがこの日はさほどノロノロタクシーはいなかったため走行しやすかった。しかし、ここは意外と信号が多く、細い路地と永代通りとの交差点で止められる。ママチャリなんかだとこういうところの信号は90%無視するのだがそれはいけない。無灯火運転をする自転車乗りを呼び止めて説教するのはとても結構なことだと思うが、こういう信号無視をするママチャリなんかも警察はバシバシと取り締まってほしいものである。

そういうわけで永代通〜三つ目通を楽しく走行して帰宅する。平均速度は時速25.8kmだったので、尻の皮をむいてひりひりを気にしながら走行した割にはまぁまぁか。
posted by goiss at 12:25| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月01日

神奈川400km沼津ブルベ走行記(その8・完)

<神奈川400km沼津ブルベ走行記(その7)からつづく>

 第7PCからゴールまでは約36kmの道のりである。これまで雨に降られなかったことに感謝しつつ残りの道のりを走行する。3月に参加した神奈川300km伊豆ブルベの時のように100km雨に降られっぱなしという事態を回避できてとにかくうれしい。もちろん残りの区間もたとえ1kmだって雨に降られるのは嫌である。しかし雨に降られたとしても山間部で降られることはなくなったので、何となく走りにゆとりが出る。

 まずは第7PCから富士川鉄橋までの10kmの道のりである。第7PCから少し走行したところでいったん小さめの橋で富士川を渡る。はるか下にどす黒い富士川の流れがかいま見られる。夜のどす黒い川の流れの光景は結構魅力的なのだが立ち止まって見入ることなくサッサと通過する。
 そこからだいたい10kmの道のりは基本的には平坦基調で時折下り。実に走行しやすく、あっという間という感じで富士川鉄橋にたどり着く。

 この長い長い鉄橋を渡りきると、残り20kmほど沼津市街地に向けてひたすらまっすぐ走る道のりである。いよいよこのブルベも最終局面まで来たかと感無量である。さすがに深夜だと交通量は少なく走行しやすい。しかし通算走行時間はもう15時間くらいになろうか。さすがに出発当時のフレッシュな脚というわけにはいかず、時速25km〜30km程度のペースで淡々と走行する。

 富士川鉄橋からしばらく走行すると、前を走行しているおじさんに追いつく。このおじさん、第7PCで話をしたときには最後の道のりはのんびり行く心構えとのことであった。「マイペースでのんびり行きましょう」と私が声をかけて私がおじさんの前に立って走行する。ここからは時速25kmくらいのほどよいペースで走行する。以後ゴールまでこのおじさんの前に立って時速25km程度のペースで走行する。この通り結構信号が多く頻繁に止められる。

 富士市を通過し、沼津市に入ったあたりでポツラポツラと水滴が落ちてきて、「こりゃ降ってきたかなぁ」と思ったが、幸い水滴がポツラポツラと落ちてくるだけで終わり、再び25kmペースで快適に走行する。「もう雨の心配はないだろう」と勝手に思いこんで、急ぐことなくほどよいペースで行くことにする。

 沼津市に入ると右手に延々と松林が展開する。この松林が終わると沼津市街地なのだが、この松林が長い。行けども行けども全く切れる気配がない。しかもほどよいペースでクランクを回しているので依然として時速は25km程度と大して速いわけではない。ただ道路の交通量は少なく、信号はほとんどないので楽しく快適な走行を楽しむことができる。「早くゴールして休みたいなぁ」という気持ちと、「ああこのブルベももうすぐ終わってしまうのか」という名残惜しい気持ちが交錯する。

 松林を右手に見ながら延々と走ってようやく沼津市街地にたどり着く。沼津市街地を信号に止められながらのんびりと走行して三園橋の交差点に至る。三園橋を渡ってまっすぐ5kmほど走行すると学習院遊泳場のゴールである。まだ雨は降ってこない。どうやら雨に降られることなく無事にゴールまで走れそうである。時折信号に止められながらも時速25km程度のほどよいペースを保って学習院遊泳場にたどり着く。ゴールまで雨に降られずに無事走行できたことをおじさんとともに喜び合う。

 学習院遊泳場敷地内は砂地なので、敷地内では自転車を降りてブルベの人がいる建物に向かう。木造平屋の建物である。すると、突如として大粒の水滴がバラバラと落ちてきて、あっという間に勢いの良い雨模様になる。あわてて自転車を建物の軒下に置き、ブルベの人がいる建物へと向かう。もしあと3分でも遅れて到着したら、びしょびしょになってゴールインしたであろう。本当に良いタイミングでゴールできて良かった。

 建物の戸を開けて「すいませーん、到着しましたぁ」と言うと、中から井手マヤさんともう1人の女性の方が出て来、部屋の電気をつけて迎えてくれる。早速建物に上がってブルベカードのチェックを受ける。到着時刻5月6日午前4時15分、19時間15分での到着であった。どうもわれわれが一番最初にゴールしたらしい。ブルベは速さを競うものではないので、順位なんかどうだっていいのだが、一番乗りであればそれはそれで気分のよいものである。部屋の中にはカップ麺やお菓子、ソフトドリンクなどが所狭しと並んでいる。私は若干おなかが空いていたのでカップ麺を食べる。何というか、このゴール地点、座敷でのんびりできるのでとても気に入っている。しかも奥の部屋で仮眠もできる。

 私がゴールしてから15分〜30分位の間に、数人の人が続々とゴールする。依然として雨は強く、皆びしょ濡れでゴールする。係の人があわてて部屋の中にビニールシートをしいて濡れた人の対応をする。私はしばらくブルベの人と歓談したりお菓子を食べたりしながらのんびりとする。次第に空が明るくなって夜が明ける。何とも充実してのんびりして良い感じで過ごす。その後眠くなったので、奥の部屋で午前5時頃仮眠させてもらう。

 仮眠から目覚めると午前9時頃。目覚めてからブルベの人たちにご挨拶して、風呂に入る。このゴール地点、別棟に風呂があって管理人さんのいる時間に利用できる。風呂は広く清潔で実に気分がいい。何百キロも自転車に乗ったあとの風呂は格別である。

 その後輪行支度をしてタクシーを呼び、ブルベの人たちにご挨拶してからタクシーで沼津駅へと向かう。沼津駅に向かうタクシーから、ブルベの人が走行してあとわずかでゴールするのが見える。依然として雨が降っている。

 沼津駅に着くと、どうも電車の故障の関係か何かでなかなか電車が止まっているようである。ホームに行くと、電車は朝の東京メトロ東西線のような大混雑。しかも全く動く気配がない。とてもそんな電車に自転車を持って乗れないので、適宜電車をやり過ごす。その電車が出発した後、すぐに三島行きの電車が出るようだったので、それに乗って三島に向かう。
 そんなことがあったので、新幹線に乗ったのはお昼近くになった。普段はこの時間の新幹線はガラガラなのだが、この日は連休最終日であり、連休から東京に戻る人で混雑していた。それでも新幹線の車両の一番後ろの席の後ろ側のスペースは空いていたので、そこに自転車を置いたあと空いている座席に座ることはできた。こだま号だからこそ座れたわけで、たぶんひかり号とかのぞみ号とかだったら座れるどころか自転車を乗せることも難しかったかもしれない。

 東京についても依然として雨であるためタクシーで帰宅する。雨+連休帰りの人でタクシー乗り場は長蛇の列だったが、タクシーの供給が多いためさほど待たずに乗れて良かった。

 そんなこんなで無事にブルベを終えて帰宅する。とにかく雨に降られないことを考えて自転車に乗り、ひたすら自転車をこぐことを楽しんで終わった楽しい2日間であった。次は6月2日の神奈川600km沼津ブルベである。こちらも楽しく安全にひたすら自転車をこぐことにしよう。

(完)
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posted by goiss at 14:01| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする