2025年12月21日

アマチュア無線局開局(3)無線局免許状取得

遂にアマチュア無線局を開局した。
7月に無線を愛好する法律家協会10周年記念総会で、第2級アマチュア無線技士(2アマ)の資格を取ってアマチュア局を開局します宣言を高らかに言い放った。その後、2アマの養成課程講習会(e-learning)を受け、その修了試験に合格したのち2アマの免許証が11月20日に来た(免許証は11月14日付)。
だが、アマチュア無線を行うにはそれだけではダメで、無線局の開局申請をし、アマチュア無線局の免許状を得る必要がある。
その前提として、まず無線機(リグ)を決定しなければならない。決定につき相当の逡巡の上10W機のIC705にして12月13日にこれを買った。これで開局申請ができる。
開局申請は電子申請により行われているため、まずは総務省の電子申請のためのアカウントを開設しなければならない。そこで12月13日(土)にアカウント開設の申請をネット上で行う。ところがアカウント開設にあたり2アマの免許証をもとに本人確認が必要なため、アカウントが発行されたのは12月16日(火)になった。
アカウントが発行された旨の通知がメールで来たので、即座にアカウントに入り開局申請を行う。開局申請書の記載事項は、住所氏名メアド電話番号、免許証の番号、欠格事由の有無、無線機の技適番号(市販の無線機に割り当てられている番号)、免許の有効期間や電波使用料、移動範囲(陸空海)、電波の形式・周波数・空中線電力(2アマが使用可能な全範囲)など、項目は多いがいたって簡単。さっさとネット上で記入して12月16日にとっとと送る。
アカウントのマイページには審査状況が逐次アップされる。翌17日(水)にはそこに受付処理中→審査中→手数料納付待と表示され、丁寧にメールでも手数料支払いの請求がきた。そこで即座にペイジーで手数料2750円を支払うと、再びステータスが審査中になる。
そして19日(金)の朝には「審査終了」がマイページに表示される。17日(水)に審査が開始され、3開庁日で審査終了!!関東総合通信局仕事早っ!!2アマの無線従事者免許証の受領まで1か月半待たされたのとはずいぶんと違う仕事っぷりである。
審査が終了したのでアマチュア無線局の免許状が取得できるかな〜と思ってアカウントのマイページを見ていたが、その日は免許状は発行されなかった。おかしい。19日に審査が終わったならその日のうちに免許状出るだろうと思ってネットで調べると、どうも審査終了の翌日の午前6時くらいにメールで免許状が発行された旨の連絡が来るらしいということが分かった。
翌20日にメールチェックすると、何と20日の午前6時2分にアマチュア無線局の免許状が発行された旨の連絡が!!ネットで調べた通りである。お役人さんが午前6時2分に免許状発行に関する連絡をするわけがないので(確かにこの時間近くまで働いている役人さんもいなくはないが他の仕事をしている。)、おそらく19日に処理した審査を自動的にこの時間にメールで流す設定をしているのだろう。
遂にアマチュア無線局開局だ!!おそるおそるという感じで免許状をみてコールサインを確認する。
それにしても開局申請してから4開庁日で審査が終了し、5日で免許状が来るとは!!ワタシが電話級アマチュア無線技士の免許を取った44年前は開局申請してから免許状が来るまで半年くらいかかったらしいので隔世の感がある。
小学6年生12歳の頃アマチュア無線にあこがれて国家試験の勉強をし、その後しばらくして高校1年生16歳の頃電話級アマチュア無線技士の資格をとったが開局せずに44年経ち、還暦過ぎた今になって半世紀近く前の宿願であるアマチュア無線局を開局できるとは、人生何とも趣のあるものである。人生万歳。さていつ電波を出そうかな。
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アマチュア無線局開局(2)リグを買う

ワタシは高校1年生だった1981年に、電話級アマチュア無線技士の免許を取ったが、以来無線局を開局したことはなく、ペーパーハムであった。そこで、今年の7月に無線を愛好する法律家協会10周年記念総会に出席し、第二級アマチュア無線技士の免許を取って無線局を開局します宣言を高らかに言い放った。
そこで、今年の8月以降、JARDという団体が主催する養成課程講習会を立て続けに受講し、ついに今年の11月14日付で、第二級アマチュア無線技士の資格の免許を得た。
第二級アマチュア無線技士の免許を取ると、空中線電力200ワットを使えるほか、アマチュア無線に認められた全ての周波数を使用することができる。特に海外交信(DX)のメインストリートとでもいうべき14MHzにオンエアーできるのは大きい。小学生の頃から持っていた14MHzでDXをやりたいという宿願を、半世紀たって実現できる。感無量。
そこで、11月20日に免許証が届いて以来、無線機(リグ)を何にしようかな〜と悩んでいた。ワタシはPOTA(Parks On The Air)という、公園での野外運用をやりたいと思っていた。自転車でブラブラすることを「ポタリング」というので、アマチュア無線のポタと自転車のポタを組み合わせて「ポタでポタ」という、オヤジ・ギャグみたいな試みを考えていた。
そこで候補になるのが、八重洲無線から出ているFT-897と、アイコムから出ているIC705である。いずれもコンパクトにまとまった無線機であり、自転車での携帯性はほぼ互角である。
FT-897は、移動局の最大電力である50Wを使える点が魅力。ただワタシがやろうとしているFT8という通信形式での運用のために独自のケーブルを自作又は入手しなければならないという若干の問題がある。また、バンドスコープがついていなくて、バンド内の様子が一覧できない。また、144MHz帯と430MHz帯での運用ができない。
そこ行くと、IC705は、出力が10Wである点を除き、明らかにFT-891を凌駕している。バンドスコープがついていてバンド内での様子が見やすいし、HF帯の全ての周波数帯と、50MHz、144MHz、430MHzと、アマチュア無線で通常使用するほぼすべての周波数帯をカバーしている。さらに、特段の措置を講じることなくワタシがやろうとしているFT8という通信形式での運用ができる。
IC705の問題は出力10Wという点であるが、ワタシがやろうとしているFT8という通信形式は、SSBやCWに比して微弱な電波を拾うことができる点に特徴があり、10Wというローパワーで発射した電波でも拾ってくれる可能性が高いことから、10Wでもまぁいいや〜と思った。また、インターネットの記事でも、IC705で存分にPOTAを楽しまれている方々が多く、CQ誌のFT8の特集でも、FT8のPOTAはIC705一択という力強い推薦があった。
そんなわけで相当の逡巡の上、「よしっ!!まずはIC705にしよう。その上でハイパワーが欲しくなったらその時はその時でFT891を考えよう」と決意した。
もう迷わない。12月13日17時に中大での授業を終えてas soon as で秋葉原の富士無線電機に向かった。富士無線電機は18時半くらいには店を閉めてしまうので、もし中大が多摩にあったら17時に授業を終えても富士無線電機の閉店にはほぼ間に合わないのだが、中大法学部が茗荷谷に移転したおかげで、授業を終えてからだいたい30分前後で富士無線電機に着く。
富士無線電機の店内をブラブラするとIC705が鎮座している。サイズは20cm×8.35cm×8.2cmと実にコンパクト。片手でわしづかみできる程度の大きさ。このサイズで1.8MHz〜430MHzと、通常アマチュア無線に運用される全ての周波数帯をカバーしている。かつてワタシがアマチュア無線に関心をもった半世紀前ではとても信じられない技術の進歩である。その当時の、例えばトリオのTS820とかTS520みたいな、威風堂々としたリグは実にカッコよくていかにも「無線!!」という感じだが、最新技術の粋を凝らして極限まで高性能をコンパクトにしたIC705も実に素晴らしい。
そこで店員さんに「すいませんIC705くださいっ!!」と、食堂で刺身定食を注文するような感じで申し向けると、店員さんがほいほいという感じで在庫を取り出してくれる。だいたい25cm前後の立方体の小さいハコに入っている。そこで店員さんが中身の説明を若干してくれる。
ちょうど本屋で多めの本を買うくらいの感じの大きさなので、紙の手提げ袋に入れていける。重さは2kg弱くらいなので米なんかよりもずっと軽い。大した荷物ではない。昔の無線機だとハコがデカくて重くてとても簡単に持っていけるような感じではなかったので隔世の感を覚える。
アンテナなどリグ周りの製品はおいおいそろえるとして、とりあえずリグはそろえたので、これでアマチュア無線局の免許状を申請して開局することができる。小学6年生の頃にアマチュア無線にあこがれを持ち、国家試験の勉強をしたころから半世紀。半世紀来の宿願が今ここにかなうことになり実にうれしい。還暦まで生きていると色々いいことがあるものだ。人生万歳。
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アマチュア無線局開局(1)無線従事者免許証の取得

11月20日に第2級アマチュア無線技士の免許証がワタシの許に到着!!ついに第2級アマチュア無線技士(2アマ)になってしまった。
1977年、小学6年生の夏ごろ、新聞に電話級アマチュア無線技士(電話アマ)の国家試験のための通信教育(ラジオ教育研究所)の新聞広告が出ていて、かねてからアマチュア無線へのあこがれを持っていたワタシはその通信教育の案内書を取り寄せて通信教育を申し込んだ。
無線工学には中学校程度の数学や理科の知識が必要で、かなりちんぷんかんぷんだったが、それでも何とかテストを提出したりして通信教育をやり遂げた。ちょうどそのころかなりアマチュア無線にかなり興味を持ち、アマチュア無線の本を買いあさっては読んでいた。その当時免許を取ったらDX(海外無線通信)をやってみたいと思っていた。そのためには電話級だけではダメで、将来2アマ以上の免許を取って、2アマ以上にだけ認められている14MHzというDX向けの周波数を使ってバシバシDXやりたいと思っていた。当時から2アマを取りたいと思っていて、なかなか野望のある子どもであった。
小学校卒業直後の3月に電話級の国家試験を受けたが不合格。以来アマチュア無線への関心は失せていた。
しかし1981年に高校に入学して物理部に入ったら、部室にTS520という古の名機があって、物理部でクラブ局を運用したいと思い、その年の夏休みに半月ほど日本アマチュア無線連盟の養成課程を受け、無線工学と電波法規をミッチリそこで勉強して修了試験に合格し、電話級アマチュア無線技士の免許を取った。
しかしその後生徒会やら受験やらでスッカリ物理部とはご無沙汰になりアマチュア無線のことはスッカリ忘れたまま35年ほど経過した。
その後JVCケンウッド=旧トリオの法務部長としての職を得た。ここはアマチュア無線機の製造をしており、先に言及したTS520も旧トリオの製造したアマチュア無線トランシーバーである。ちょうど折も折「無線を愛好する法律家協会」(無法協)という団体のことが「自由と正義」という業界紙のエッセイに書いてあって、アマチュア無線製造業の法務部長であるワタシは矢も楯もたまらず入会した。
そんなわけで、若干アマチュア無線への熱意が復活したが、まだ開局を現実のものとして考えていなかった。
しかし、無法協10周年総会にて大勢の法律家OMたちが結集し、それぞれの挨拶でアマチュア無線への熱意とか愛が示されていたので、ワタシもすっかりその情熱にほだされた。そこでワタシは、2アマを取って開局します宣言をその場で力強く言い放ってしまった。
昔は2アマを取るには年2回の国家試験に合格しなければならなかった。昔の2アマは無線工学10問、電波法規5問の記述式の問題の他、1分間45字の英文モールス符号の送受信(電気通信術)が課されるという、恐ろしいほどの難関であった、しかし現在、2アマは4か月のe-learningの養成課程講習会を受けて修了試験に合格すれば取得できる。昔に比べるとかなりハードルが低くなった。なお、2アマの国家試験も無線工学と電波法規が記述式から択一式になり、かつ電気通信術が廃止されたので、ずいぶんハードルが下がったようである。
そのe-learningを受ける前提として、まず3アマを取らなくてはならない。幸いワタシは電話アマを持っていたので、ワタシは1日の講習と修了試験で3アマを取れる養成課程講習会を受講できた。なので8月6日にその講習会を受け、修了試験に合格してまずは3アマを取る(このネタだけで十分長い記述を8月6日と13日の投稿で書いた)。
その上で、10月1日に開講する2アマのe-learning養成課程講習会を9月1日に申込み、9月の間予習期間ということでテキストにペロっと目を通したうえで、全100問の「中間試験」という問題を1日でひとまわしし、それを予習期間の間毎日繰り返した。そして10月1日の開講と同時に「判定試験」という、最後の修了試験の模擬試験みたいな試験に合格し、そこから最短で受けられる10月5日の修了試験を受けて10月8日に修了試験の合格通知を得たわけである(このネタだけで十分長い記述を10月8日の投稿で書いた)。
そんなわけで、10月8日に晴れて2アマ取得の資格を得たわけだが、そこから2アマの免許が届くまでが長い長い。ネットの記事をみると、「2週間できました」というものから、「2か月近くかかりました」というものまでピンからキリまでの免許証到着までの期間である。どうも私の場合「キリ」の部類である。3アマの時も1か月半近く待たされた。そして2アマの時も10月8日から11月20日だから、やはり1か月半くらい待たされたわけである。その間、毎日郵便受けを覗いては、「ああ、今日も来なかったか」と嘆息する日々が続いていた。
この日も在宅勤務の昼間郵便受けを見て、「ああ、今日も来なかったか」と嘆息していた。ところが今日の夜フィットネスに行っていた奥さんが「免許きたよー」と言って、関東総合通信局無線通信部航空海上課からの郵便を持ってきてくれた。ずいぶん遅くになって郵便を届けてくれたのだな。実にうれしかった。
そこで郵便の封を切って中を確かめると、例によって送り状も何にもなく単にゴロンと免許証のカードが入っているだけの趣も何もない送付である。しかし、12歳の頃から欲しかった2アマの免許を半世紀近い時を経て還暦の今になってようやく取得できたので、万感の思いがある。
ちなみに、電話アマと3アマだと、発行者の名義が関東電波監理局長ないし関東総合通信局長なのだが、2アマになると発行者の名義が総務大臣になる。2アマになって発行者名義がランクアップ笑
ちなみに、どうもワタシは資格に関しては2級ハンターのようである。高校の時英検2級を取って以来英検は受けていない。簿記は2級だしFPは2級。そこに第2級アマチュア無線技士が加わる。何か1級の資格を取ってみたいな。そういえば中学2年の頃オセロで1級とったが、今は五段だわ。
さてこれでようやく念願のアマチュア無線局の開局をできる。12歳の頃にアマチュア無線に興味を持ち、2アマにあこがれて以来半世紀近く経っての開局の試み。現在POTA(Parks On The Air)という、公園でのアマチュア無線局の運用が流行っているらしい。しかもワタシは自転車が趣味で、自転車でブラブラすることをポタリングという。なので、ポタリングしてPOTAをする、「ポタでポタ」とでも称するオヤジ・ギャグみたいなアマチュア無線運用をやってみるかなと思い、アンテナとリグを何にしようかなと思いを巡らせている。
とりあえず2アマを取っておけば、POTAのための移動局の最大空中線電力の50W出せるし、DX用の14MHzも使えるので、とりあえずのところは運用には十分かな。FT8による交信を主とし、おいおいCWの耳を鍛えることにしよう。
そういえばワタシの故郷である群馬県高崎市に、藤倉無線電機というアマチュア無線の店があって、ワタシの中学の同級生の親御さんが経営していた。ワタシが高崎で開局するときには、そこで無線機とアンテナを買おうと思っていたのだが、どうも店を閉めた模様である。もっと早く2アマの免許を取っておけばよかったとすごく残念である。
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2025年10月08日

第2級アマチュア無線技士養成課程修了試験合格!!

第2級アマチュア無線技士(2アマ)養成課程修了試験に合格し、2アマの無線従事者免許証を取得可能になった。

ワタシは1981年高校1年生の時電話級アマチュア無線技士の免許を取ったのだが、まだ無線局を運用したことがない。だが、その後10年ほど前にJVCケンウッドというアマチュア無線機の老舗の法務部長になったり、無線を愛好する法律家協会(無法協)に入会したりとアマチュア無線に関する刺激を受ける環境に入り、今年の7月無法協10周年記念のパーティーで、まずは第3級アマチュア無線技士(3アマ)へのアップグレードを行ったうえで第2級アマチュア無線技士の免許をとってOn The Airする野望を述べた。

第2級アマチュア無線技士を取るのは、昔は年2度の国家試験に合格することが必要だった。その試験科目は電波法規、無線工学、そして電気通信術。電波法規と無線工学はいずれも記述式(最近はマークシートらしい)。電気通信術はモールス符号の送受信の実技(2アマは45字/分の英文モールス符号の送受信、その後受信のみになり、現在は廃止)であった。結構な難関だった。
しかし、10年くらい前にJARDという団体による2アマの養成課程講習会ができ、3アマや4アマ同様e-learningによる養成課程を受講し、所定のコースの学習を終えて修了試験に合格すれば2アマを取得できるようになった。
そんなわけでワタシも2アマのe-learningによる養成課程を修了して2アマを取ってやろうと思った。

2アマの講習会は、3アマの免許持ちまたはJARDの3アマ講習会修了者であることが受講条件である。なのでワタシはこの2アマの講習会を受けるために8月6日に3アマ講習会を受けて8月14日付けで修了し、この2アマの養成課程の受講条件を満たした。
2アマ2-learningの募集は年4回(3月、6月、9月、12月)に行われ、募集月の翌月から4か月の養成課程が始まる。ワタシは9月1日からの募集開始と同時に受講を申し込んだ。
授業科目は電波法規(1章〜7章)と無線工学(1章〜13章)。受講料は48,250円開講日から4か月以内に電波法規と無線工学の双方をe-learningで受講して修了試験に合格することが必要である。一応金を払って2か月延長できるが、いずれにしてもその期間内に修了試験に合格できなければ受講料はパーになる。
修了試験は、電波法規100点、無線工学100点で、それぞれ60点以上が合格点である。
学習を修了して修了試験にこぎつける人は全受講者の86%くらい。そして修了試験の受験者の合格率は大体96%くらい。なのでかなり高い確率で2アマを取得できる。

9月1日に養成課程の受講を申し込むと、その日から養成課程のe-learningのサイトにアクセスできる。そこでは電子版でのテキストや、演習問題にアクセスできる。また、動画による講義を受講することもできる(ただし動画の講義受講は必須ではない)。さらに、申し込みから2日くらいで受講キットがJARDから送られてくる。そこには受講案内やテキスト、2アマの無線従事者免許証の申請用紙が入っている。2アマの無線従事者免許証の申請用紙を記入し、顔写真を貼ったうえで予めJARDに送付しておく。
基本的にはこのテキストを用いて勉強し、必要に応じて演習問題を解くという建付けになっている。その上で、電波法規(1章〜7章)と無線工学(1章〜13章)の各章に、「中間試験」という問題が設けられている。中間試験では各章に5問ずつ問題が設けられていて、5問全問正解すればその章の学習は終了となる。
そして、各章の内容を勉強し、全ての章の中間試験をクリアした上で、「判定試験」という修了試験の模擬試験みたいなものを受け、それに合格点を取れば、養成課程の進捗度100%となり、最後の修了試験を受験できる。その修了試験で合格点を取れば、養成課程修了となり、晴れて2アマの無線従事者免許を取れる。

この養成課程、正式には10月1日からの開講なのだが、申し込んだ9月1日〜30日までの間は予習期間ということで、養成課程の学習をし、各章の中間試験をクリアして養成課程の学習を終えることはできる。ただ、「判定試験」や「修了試験」は10月1日以降でないと受けられない。だから、私は9月1日〜30日までの間に各章の中間試験をクリアし、10月1日に判定試験を通ったあと、最短で受験できる10月5日の修了試験に合格することを計画していた。
9月3日にいきなりドカンと送付されてきた紙のテキストは370頁くらいあるなかなか大部のもの。なのでこれにいちいち目を通すのはなかなか大変。そこで勉強計画を立てる。

ネットを通じて修了試験の傾向を調べると、その大半は中間試験からでていることが分かった。なので、テキストを全部読まなくても、中間試験に出ているところに絞ってテキストを勉強すればいいことが分かる。
他方、中間試験は力試しのための試験であるため、最初っから何も見ないで解いても解けるわけがない。そこでまず、e-learningのサイトに用意されている「演習問題」を見ながら該当箇所のテキストを読み、ある程度知識を仕入れてから中間試験を解く。中間試験で全問正解を取れない場合、1時間経たないと再受験できない。だからその1時間の間に正解できなかった問題に相当するテキストの部分を読み、再度中間試験を解いて満点を取る。各章につきその繰り返し。
ワタシはJARDの受講生サイトからアクセスできるウエブ上のテキストのページを写真に撮ってiPadに入れ、goodnoteに取り込んで電子テキストの形にし、必要個所にマーカーで線を引いて必要に応じそこだけチェックした。なので結局紙のテキストはほとんど使っていないし、テキストを参照した個所も多くない。マークアップした箇所だけ目をとおすなら30分〜1時間もあれば終わるだろう。結局370頁もある大部のテキストをすみからすみまで目を通すことはなかった。
このような形で中間試験の問題を解くことを軸にして学習をすすめていくと、9月5日くらいまでには中間試験に全部合格してしまう。
中間試験は、一度合格してしまえば、その後は何度でも繰り返し受験することができるし、100点取れなかった場合に1時間待たないと受験できないということはなくなる。なので、中間試験に一度合格すると、中間試験を何回も回して本番の修了試験に向けての練習をする。本番の修了試験の問題の大半は中間試験から出るので、中間試験の問題を解けるようにしておけば(もっと言うと、暗記しておけば)、修了試験の合格点を余裕で取ることができる。だいたい2〜3回回すと、中間試験の問題を見れば「ああ、これね」とだいたい解法と解答がひらめくようになる。
そんなわけで、9月5日に各章の中間試験で全部満点を取った後は、ひたすらに中間試験を繰り返して解いた。慣れると、電波法規(1章〜7章)と無線法規(1章〜13章)の中間試験全100問を1日でひとまわしすることができる。これを9月30日までの間ほぼ毎日繰り返していた。

そんな感じで9月30日まで中間試験を鬼のように回し続け、10月1日の開講日に判定試験の受験を許可されるや否や、as soon asで判定試験を受けた。判定試験は自宅のPCで受験することができる。
判定試験では、本番の修了試験と同様、まずは電波法規の受験をし、電波法規の解答を終了してから次に無線工学を解答する。
電波法規は10問で制限時間60分、無線工学は20問で制限時間90分。出題形式は二つあって、A形式が四択問題。B形式が穴埋め問題。しかし判定試験では、ほぼ100%中間試験から出題されるため、ゆっくりやってもすぐ終わるw だいたい30分くらいで終了。しかも問題は何度も何度も繰り返しといてほぼ暗記に近いものだったので、電波法規と無線工学の双方で満点を取ることができた。

10月1日に「判定試験」に合格し、翌日JARDから修了試験の合格許可が下りた。修了試験は自宅ではなく、CBTSのテストセンターでの受験である。受験日の3日前に予約が必要なので、10月2日に申し込むと最短で10月5日に受験可能。自宅から近いテストセンターだと秋葉原と葛西だが、葛西にはほとんど行ったことがないのでCBT秋葉原中央通りテストセンターでの午前10時半の受験を予約する。
10月5日にテストセンターに試験30分近く前に着き、運転免許証による本人確認の後所持品全てロッカーに入れ、席が空いているので前倒しで受験させてもらえる。簿記2級以来久々のCBTでの受験だが、特にトラブルもなく受験できる。

ワタシが事前に調べた修了試験に関する情報だと、電波法規と無線法規、それぞれ2問程度中間試験で出ていない問題が出て、かつ中間試験で出た問題であっても肢の順番が代わっていたり、微妙に数値や文章が修正されていたりと、満点を取らさないように工夫がこらされているとのことだが、中間試験を軸に勉強していれば支障はなく、合否には影響しないとのことであった。また、無線工学での計算問題は2〜3問程度のことであった。
その情報は正しく、中間試験で出題されていない問題が各科目で2問くらいあり、かつ中間試験で出題された問題であっても微妙に文章や数値が変更されていた。無線工学の計算問題も2〜3問程度で、問題の数値が変更されているものもあったが、中間試験の問題が解ければOKだった。
なので、最初演習問題や中間試験を軸にしてテキストの中で学習すべきところだけマークアップして読み、あとは中間試験のみをひたすら回転させる勉強方法は正しかった。合格点さえ取れれればよいということであれば、この方法で十分である。
日々中間試験をまわしているときや、判定試験を解くときとは異なり、かなり注意深く問題の検討を行って解答をし、かつ見直しも相当入念に行った。そのため、いつもだったら長くても全部で20分くらいで終えるところだったが、修了試験の本番では、電波法規の制限時間60分のところ25分くらい、無線法規の制限時間90分のところ30分くらい、だいたい1時間近くかけて解答した。今回合格点をとれないと、また5500円払って再試験を受けなければならない。それだけは避けたかったので相当慎重になったわけである。時間は十分すぎるほどあるので無理に急いで解く必要もない。
感触としては、電波法規で四択の1問間違えてマイナス10点、穴埋め1〜2個間違えてマイナス2点の88点くらい、無線工学では四択の1問間違えてマイナス5点の95点という感じだろうか。別に満点を取る必要は全くないのでまぁ大丈夫だろうなとは思いつつも、何があるかわからないのでちょっとソワソワクネクネしていた。

ネットでの情報を集めると、どうもJARDでは毎週水曜日に合格発表の事務をまとめてロットで行っている模様。なので10月5日に受験した分はおそらく10月8日(水)に発表されるんだろうなと思って待っていた。そうしたら予想通り10月8日の午後5時ころにメールが!!まぁ受かっているとは思うが万が一のこともあるしどうかな〜と思ってソワソワクネクネしながらメールを見たら、「合 格」の二文字が!!! 実に安心したものである。

これでワタシも第二級アマチュア無線技士だ!!空中線電力200Wと14MHzでの運用ができる!! 小学6年生のころアマチュア無線にあこがれ、せめて2アマで14MHzと100W(当時)で運用したいなぁと思ってた夢が半世紀近い時を隔ててかなうとは感無量。2アマの無線従事者免許証が届くまで1か月〜1か月半くらいかかるもようだが、まぁ楽しみに待つことにしよう。

さて第一級アマチュア無線技士どうするかな。空中線電力200Wを超える無線機は市販ではあまり(というよりほとんど)見かけないし、14MHzを使えるので、ハムライフを楽しむ分には今のところ1アマまでは要らないかなとは思いつつも、いずれさらにハム道を究めたいと思った時に挑戦してみるかな。

(それにしても長げぇな。長文読了多謝)
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2025年08月14日

第3級アマチュア無線技士養成課程講習会

第3級アマチュア無線技士(3アマ)養成課程講習会に行ってみる。
私は高校1年生の時に電話級アマチュア無線技士を養成課程講習会に行って取った。小学生の頃からアマチュア無線に関心があり、小学校を卒業した直後の4月に電話級の国家試験を受けたが落選した。
その後高校に入って物理部に入り、部室にTS-520というトリオの古の名トランシーバーがあったので、そこでクラブ局を運用しようと思って仲間と夏休みの間電話級アマチュア無線技士の養成課程講習会に通った。
この養成課程講習会は日本アマチュア無線連盟(JARL)が主催していたもの。40時間、10日間にわたって行われる結構タフなもので、修了試験に合格すると電話級アマチュア無線技士の免許証を取れる。そこに通って高校1年生の時に電話級アマチュア無線技士の免許証を取った。
しかし、生徒会をやったり受験勉強が忙しくなったりして結局クラブ局を開くことはできなかった。その後も免許証だけは持っていたが自分の無線局を開局するには至らず、ペーパーハムのままであった。
その後、JVCKenwood(旧トリオ)で法務部長をやったり無線を愛好する法律家協会(無法協)に入ったりして刺激を受け、無法協10周年を機に無線局を立ち上げてみるかなと思い立った。そして無法協10周年記念のパーティーで、アマチュア無線局開設します宣言を行い、さしあたっては今までの電話級(現第4級アマチュア無線技士、4アマ)から、3アマへのアップグレードを行い、余勢をかって第2級アマチュア無線技士(2アマ)の免許をとってOn The Airする野望を述べた。
昔は2アマを取るには国家試験に合格するしかなかったが、今では日本アマチュア無線振興協会(JARD)が主催するe-learningの養成課程講習会を受講して修了試験に合格の上取ることができる。こちらの方が国家試験よりもハードルが低い。だがこれを受講する前提として3アマを取得しなければならない。
3アマも国家試験で取得することができるが、電話アマを持っていると、1日で済む3アマ養成課程講習会を受けて取ることができる。そこでは無線工学2時間、電波法規4時間の講義を受けた後に修了試験で6割の点を取れれば3アマ合格である。
昔の養成課程では数十時間の講義の受講が必要だったのだが、今では一日の講義で完了する。しかも、昔は3アマに相当する電信級アマチュア無線技士だと、電気通信術(モールス符号による通信)の送受信の実技が必要だったのだが、今では電気通信術は電波法規の一部に取り込まれている。アマチュア無線技士の免許を取るのもずいぶん楽になったものだ。
そんなわけで7月に入って3アマの養成課程講習会の日程を検討し、一番早い8月6日のコースを申し込んだ。昔みたいに講習会はJARLにより主催されているのではなく、三つくらいの業者が行っている、私はそのうちJARDが行っているものを受講する。ネットでの申し込みが可能で、受講料は14,950円。
8月6日の当日巣鴨駅から徒歩5分くらいのところにあるJARDの教室に赴く。8時半開場で、8時半ちょうど位に到着し、ちょっと早すぎたかなと思ったら、会場の大半の席が埋まっていた。ぱっと見だいたい30名くらいの参加者。平日にもかかわらず大盛況である。しかも、夏休みを利用した小学生は2名しかおらず、大半は大人。中にはワタシが所持しているもののように紙の二つ折りの免許証を持ったオッサンもいた。今はアマチュア無線の免許証はカードになったものであり、紙の二つ折りの免許証は数十年前のものである。
座席が指定されていて、指定座席には本日使用する「第3級アマチュア無線教科書」「模擬試験問題集」「短縮コース資料」が机上に置かれている。
「第3級アマチュア無線教科書」は、無線工学と電波法規(モールス符号含む)で、A4版で130頁くらいのもの。ワタシが40年以上前に養成課程講習会で使ったJARLの教科書は、その2.5倍くらいのページ数があって、内容ももっと詳細であった。この数十年間でアマチュア無線の免許を取るための勉強も随分少なくなったものだ。「模擬試験問題集」は、無線工学と電波法規の双方につき、10問一組の模擬試験が4セットついている。
9時から30分ほど受講上の諸注意や書類の記入。この講習会では、受講者の9割以上が修了試験に合格して3アマの免許を取るので、この段階で免許証の申請書を書いて出す。
9時半から、まずは2時間(1時間ごとに10分間の休憩が入る)無線工学。この日の講師は小磯光信氏。この人はCQ Ham Radioの元編集長。授業では「アマチュア無線教科書」と「模擬試験問題集」を教材として使用する。
「修了試験は模擬試験問題集の中から出ます!!」と小磯氏は高らかに宣言し、その上で、修了試験に出る部分だけをアマチュア無線教科書からかいつまんで読んで受講生にその部分をマーカーでマークアップさせ、さらに受講生に唱和させる。その上で関連する模擬試験問題集の問題を解説する、という感じで淡々と授業を進める。
受講する側にとっては、出題される問題と、その解答および回答のためのロジックだけを講義され、余計なことはほとんど言わないので、能率的でいい感じだった。
そんなわけで、午前中の2時間の講義だけで、修了試験の対策は完璧にできてしまい、無線工学については何の心配もいらなくなった。
50分間の昼休みを挟んで、午後4時間(1時間ごとに10分間の休憩が入る)電波法規。こちらも基本的には修了試験に出る部分だけをアマチュア無線教科書からかいつまんで読んで受講生にその部分をマーカーでマークアップさせ、さらに受講生に唱和させた上で関連する模擬試験問題集の問題を解説する、というものだが、無線工学に比し電波法規のパートは時間的に余裕があるため、電波法規のところは修了試験に出ないところも含めて一応テキスト全部読み上げる。
それでもテキストの解説(というより読み上げ)は3時間で終わり、最後1時間は仕上げ問題を行う。まずはモールス符号の聞き取りの練習。と言っても、この日出題されるモールス符号としては、「W」「L」「7」「8」だけ押さえておけばよいと授業中に小磯氏が述べていたので、これらのモールス符号の聞き取りの練習のみ。続いて模擬試験問題集の無線工学・電波法規のそれぞれの第4セットの問題を解く。その後小磯氏がその模擬試験問題集掲載の問題を独自に編集し、無線工学・電波法規各20問から成る模擬試験を解く。
模擬試験問題集は、無線工学・電波法規それぞれ10問×4セットから成るものだが、その中でも重複する問題が少なくないため、実際のところは各科目20〜30問前後になる。なので、小磯氏が編集した20問の模擬試験問題をやっておけば、6割の合格点は優にキープできる。もっと言うと、模擬試験問題集の問題と解答はほぼ暗記してしまっていて、修了試験には何の不安も感じなかった。
そんな感じで6時間の講習を終えて最後修了試験。無線工学10問、電波法規10問、計20問を1時間で解き、それぞれの科目で60%の得点を得れば合格である。17時半から試験であったが、私はものの10分も経たないうちに20問全部解答し、おそらく全問正解と思われる。
試験開始から20分経つと退場できるが、ほぼ全員と言っていいくらいの人たちが20分で退場していた。
そんなわけで18時前に巣鴨の講習会場を後にした。昔10日くらい養成課程講習に通って電話級の免許を取ったころに比べると、アマチュア無線の免許を取るのも楽になったものだ。
ちょうど巣鴨にいたので例によってファイト餃子に寄っていく。時間が早かったせいか混んでなかった。それほどおなかが空いたと言う感じではないので、この日は控えめに餃子15個と生ビール。例によって餃子パクリ!!ビールグビり!!ウメーッ!!ウメーッ!!餃子パクリ!!ビールグビり!!ウメーッ!!ウメーッ!!以下大人の復横跳び食べの繰り返し。日和って餃子15個にしたが、20個にしておけばよかったと後悔する。
8月6日に修了試験を受けて、まぁ間違いなく満点で合格だろうなとは思っていたものの、試験に弱いワタシとしては万が一のことも考えてこのところソワソワクネクネしていた。
大体試験が終わってから5日後くらいにはJARDのHP上で速報版で合格発表があるのだが、今回土日祝の三連休が入ったせいか発表は遅め。この日もJARDのHPの速報ページを見ては「今日もまた発表はナシかな」と思っていた。
ところが!!8月13日の午後6時47分ころJARDの速報ページを見ていると、何と8月6日の修了試験の結果の速報版が発表されているではないか!!恐る恐るページを見てみると、私の受講番号が書いてあって私が合格したことを確認した。そのとき受講したほとんどの方が合格している。
その後8月14日にメールが来て、正式に合格通知をいただく(合格通知は別途書面でも送付される。)8月6日にすでに3アマの免許証の申請書類は出していてJARDの方で当局(関東総合通信局)に出してくれ、かつ講習会の受講料に免許申請料は含まれているので、あとは関東総合通信局から3アマの免許証が来るのを待つばかり。
これで高校1年生、16歳の時に電話アマの免許を取ってから、何とおよそ44年の時を超えて3アマに免許をアップグレード。2,3日してJARDから正式に合格通知が来て、1か月後くらいに3アマの免許証が送付される見込み。
3アマの修了試験に合格したことで、JARDの2アマ養成課程講習会の受講資格をゲットした。9月から講習会の申し込みが始まり、10月から開講なので、こちらを受講してまずは2アマまで取得したい。
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2018年11月07日

グレイトアース石垣島ライド2018(その3・完)

グレイトアース石垣島ライド2018(その2)からつづく)

【平久保崎灯台〜吹通川マングローブ】

さて平久保崎灯台を出て自転車走行を再開する。上ってきた急坂を下り、比較的細めの道を少し走って突き当りのT字路を右折し、先ほど上ってきた長めの坂を今度はドヒャーと下る。石垣ライド参加の人たちが続々と上ってきている。途中ワタシの奥さんにも遭遇して声をかける。奥さんこっちに気が付いているようであるが、上り坂+向かい風で難儀しているもようでコチラに声をかける余裕がなさそう。

下り坂をドヒャーと下って平野集落を抜け、再び緑の山が迫る海沿いのアップダウンを気分よく走行する。さすが石垣島だけあって10月でも暑いことは暑いのだが、灼熱という感じではなく、いい感じの暑さ。気候と風景という観点ではこの上ない環境の中走行できて実に楽しい。往路よりも復路の方が心持ち下り基調という感じはする。

船越漁港を過ぎて少々走行した後ト字路を右折し、若干の上りに入る。上りといっても峠道みたいに何キロも延々と上りが続くというのではないが、石垣ロングライドでは比較的長いのぼりの部類に入る坂である。その坂を上って下ると、人里らしい感じのところを通り過ぎる。アップダウンは引き続くが、それほど激甚という感じでもないので、適宜上り下りする。途中ワタシが参加しているツアーの参加者が自転車を押して上り坂を上っているのを見かけるので声をかける。

この区間はエイドステーションとの間が20キロを超えるため、このロングライドでは比較的長い区間ではあるが、ブルべみたいな殺伐としたロングライドに比べれば大したことはない。海と山を目の当たりにして楽しく走行しているうちに、次のエイドステーションの吹通川マングローブに到着する。ここは何かの施設というわけではなくて、単に吹通川の河口のマングローブ林を臨める駐車場である。ここでは黒糖の飲み物がふるまわれていた。

20キロ少々であれば、取り立てて大休止するというほどのものでもないし、ここでは黒糖の飲み物くらいしかふるまわれていなかったので、黒糖の飲み物を飲んで河口のマングローブ林を見まわし、すぐに走行を再開する。

【吹通川マングローブ〜米子焼工房シーサー農園】

吹通川マングローブから次のエイドステーションまでは大体10キロくらい。だったら別に吹通川マングローブはスキップしてもよかったかな〜とは思ったが、まぁ主催者が一応エイドステーションとして用意してくれたからちょこっとだけ寄った感じ。引き続き海と山を目の当たりにして気分のいい走行。で、次のエイドステーションまではあっという間。気分よく走っていたら、「あれっ?もうエイド」という感じ。

このように、石垣ライドは、エイドとエイドの間隔がそれほどでもないため、ロングライド初心者でもそれほど負担なく走行できる。もちろんアップダウンはあるけれども、エイド間隔が短いので、休み休み行ける感じ。

この米子焼工房シーサー農園は、シーサーを焼いて売っている窯のようである。奥の方の庭には大きいシーサーがいくつもおいてあってなかなか面白い風景である。例年このイベントではグアバフラッペがふるまわれるが、今年はここのエイドステーションでふるまわれる。このグアバフラッペは結構おいしいので毎回楽しみである。

もうここまでで100キロ。残りもう20キロちょっとしか残っていない。山と海で風光明媚な中を1年に一度走行する石垣ライド。あと20キロ走ったらこの楽しいライドまでまた1年待たなければならないかと思うと少々さびしいものがある。

【米子焼工房シーサー農園〜石垣の塩】

グアバフラッペをいただいて米子焼工房シーサー農園を後にする。米原海岸を右に見て走行すると、山原のカフェ街を通過する。往路ではここはなかなかの上り坂であったが、こんどはなかなかの下り坂。カフェ街を下りにまかせて気分よく疾走する。

カフェ街を抜けると川平湾付近。川平湾は石垣島でも指折りの景勝地。石垣ライドのツアーのたびに何度も行ってその景観にいつも感動する。川平湾をはるか遠く右手に臨んで自転車走行する。

往路では御神崎灯台の方までまわってなかなかのアップダウンの道のりを走行したのだが、復路ではそちらの方は回らず数キロショートカットしている。このショートカットの道を通ってしまうと、もうアップダウンはほとんどなく、海岸沿いのド平坦な道のりをひたすら走行する。海沿いの道のりを海風に吹かれてひたすら走るのはとても爽快感があって楽しい。おおよそ8キロくらいド平坦な道のりを走行すると、最後のエイドステーションの石垣の塩。

この石垣の塩では、実際に塩を製造して売っている。ここでは塩の製造工程も見学させてくれる。石垣ライドのツアーでは2回くらいここを見学させていただいたことがある。

ここではパイナップルなどの果物が提供されている。ゴールまで残りあと数キロ程度なので、たいして休憩の必要もないのだが、パイナップルなどの果物がやたらとおいしいのでいただいていく。

【石垣の塩〜ゴール】

石垣の塩のエイドステーションで果物をいただいたあとここを後にしてゴールに向かう。もうゴールまであと5キロ6キロのところなので、歩いてでもゴールできるような感じではある。楽しかった石垣ライドももうあと5キロ少々で終わってしまうのかと思うと少々残念である。

まずはフサキビーチ横の上り坂をホイッと上る。ここが石垣ライド最後の上り。そこをドヒャーと下り、あとは平坦な道を爆走するだけ。なんか爆走スイッチが入っちゃって止まらない。前の方を走行している方々を次々とブッちぎって快走する。

そうこうしているうちにゴール地点の舟蔵公園の隣にそびえるホテルロイヤルマリンパレスが見えてくる。なんかそうした光景を目の当たりにすると、どういうわけかサザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」のイントロ部分「ラララ〜ララララララ〜 ラララ〜ララララララ〜 ラララ〜ララララララ〜」が胸中をよぎる。ワタシの場合、どういうわけかゴール地点にある海辺のホテルが遠くに見えると勝手にシンドバッドのイントロ部分が勝手に胸中をよぎるらしい。神奈川600キロブルべの時もそうだった。

そんなわけで、ホテルロイヤルマリンパレスが視界に入ってペースが上がり、いつの間にかワタシが宿泊している石垣リゾートグランヴィリオホテルも通り越し、ゴールの舟蔵公園に到着してしまった。

いつもはゴール地点にはグレートアースのゲートが立っているのだが、今年は風が強くてたてられないのかグレートアースのゲートは立っていなかった。しかし相変わらず元気なMCの片岡さんの「お帰り〜〜〜!!」の声に迎えられてゴール!!

公園の芝生に自転車を置くと、地元の小学生が弁当を差し出してくれた。おにぎり二つとその他おかずが入った弁当。船越漁港で八重山そばを食べていてそれほどおなかは空いていなかったが、おいしそうだったのでついうっかり食べてしまった。

受付でアンケートを書いて完走証をもらう。今年は地元の小学生の手書きと思しき完走証。「完走おめでとうございます。また石垣に来てください」という手書きのメッセージが微笑ましい。

昨年は雨だったが、今年は好天に恵まれ、風は強かったが風光明媚な中石垣島南北往復125キロを思いっきり楽しんだ。また来年も楽しく石垣ライドを走りたい。

(完)

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2018年11月06日

グレイトアース石垣島ライド2018(その2)

グレイトアース石垣ライド2018(その1)からつづく)

【米原ビーチ〜船越漁港】

さて米原ビーチを出発して次のエイドステーションの船越(フナクヤー)漁港までだいたい18キロくらい走行する。グレイトアース石垣ライドの場合エイドステーションの間隔が20q以内のところが多く、実に楽である。相変わらずアップダウンは多いが、長い峠みたいなのはなくて、500メートル〜1000メートルもエンヤコラホイサッサと走行すれば切り抜けられる程度のものなので、そうたいしたものではない。しかも、海の青と山の緑が交互に目の前に広がるという感じの、実にいい感じの風景のところを走行するので、ちょっとくらいアップダウンがあったところであまり気にならない。気になるとしたら向かい風。一定のペースで向かい風が吹き、時折激烈に強いのが吹き付ける。これは結構大変。そのため例年に比してペースはかなり落ちる。

この区間は、前の区間のように、たとえば山原というような個性のある集落を通るという感じではなく、ただひたすら海の青、山の緑、そしてアップダウンという趣が、前の区間に比べるとより強い。そのため、そうした趣が残って、「この走行区間どんな区間だったっけな」という、具体的な印象はあまり残っていない。しかしだからといってつまらないというわけではない。むしろ海の青、山の緑というなかで自転車をひたすら走る機会は得難く、とても貴重で、何よりも楽しいものである。

船越漁港まであと少しというところで、若干ののぼりがあった後ドヒャーと下るところがある。いい調子でドヒャーと下っているとその先に係員が減速を指示している。その指示に従って減速するとその先にT字路があってそこを左折してしばらく行くと、小学生が数人固まってエイドステーションの方向を指示する。そこを左折してしばらく行くと船越漁港のエイドステーションである。

このエイドステーションは漁港ではあるのだが、そこに公園が併設されていてエイドステーションにはおあつらえ向きである。ここでは例年八重山そばなどの食事がふるまわれ、ちょうど昼食の地点になっている。

ところがこの日、エイドステーションについても請福酒造の「飲む酢」をうすめたものがふるまわれているだけで、八重山そばが用意されていない。そして先導のオートバイを含むスタッフはその場にとどまっていて出発する気配を全く見せない。
どうも八重山そばの準備に手間取っているようだ。スタッフの話によれば、八重山そばができていないうちに予想外に速い人がドンドコドンドコと押し寄せてきて提供が間に合わなくなってしまったとのことである。

しかし、もう10回以上このイベントをやっているのだから、通常船越漁港に何時にどれだけの人が来るかくらいは把握できるだろう。それとも、今年の速い人の集団は例年になく速いということなのだろうか。ワタシは全くそうは思わない。このイベントに出始めたころのワタシの走力だったら、ワタシがエイドステーションに先頭集団に近いくらいに到着してまだ八重山そばができていないということはありえようが、それはもう10年くらい前の話。今ではワタシの走力はそのころからずいぶん衰えたから、本来はもう到着と同時に八重山そば食べられるくらいの感じにはなっているはず。にもかかわらず八重山そばがまだできてないってのは、やっぱり運営に不手際があるとしか思えない。

今回のイベント、大会スタッフが先頭集団に近い人たちのスタート時間を指定し、参加者の走行をやたらと拘束している。だから参加者の間でも「もっと好きに走らせてほしいよな〜」という声が上がっていた。第3回のグレートアースの時にも同じようなことがあった。当時元気だったワタシは先頭集団で走行していたが、先頭集団を引くスタッフがやたらと遅く、巡航速度が23km/h〜25km/h程度。しかも坂になるとワタシにブッちぎられて、「ちょっと待ってくださいよ〜」と情けない弱音を上げる始末。
もっと好きに走らせてほしかったワタシは、このイベントに全く魅力を感じなくなり、その後2年くらいこのイベントに参加しなかった。そのころに比べるとだいぶ走力は衰えているが、それでもこのイベントが参加者に好きに走らせてくれないイベントと化すのであれば、その魅力は相当減じるであろう。

そうこうしているうちに、八重山そばができたようなので、一緒にもらったスムーチー(おにぎり)と一緒にいただく。食事に関しては至れり尽くせりでいい感じ。

食事が終わって一休み。オートバイの先導者が出発し、先頭集団も出発したようなので、ワタシも便乗して出発する。昔に比べて走りが穏やかになったのでまぁいいのだけれど、やっぱり好きに走らせてほしいなぁと思う。

この先あとわずか14キロ程度で往路終わり。アップダウンがあるとはいえ、それほど大した距離ではない。もう往路が終わっちゃうかと思うと若干さびしい。

【船越漁港〜平久保崎灯台】

さて船越漁港を出て平久保崎灯台へと向かう。食事をしたばかりなので様子見という感じでゆるゆると走行する。しかも船越漁港を出たばかりのところは、ゆるいが割と長い上り坂なので、なおさらゆるゆるという感じで進む。

その坂の途中に、毎度毎度アイスクリームのフードトラックみたいなのが出ていて、チョコチョコ客が来ている。ブルべみたいな殺伐としたサイクリングイベントで、50キロくらい走行した後にこうしたアイス屋さんがあったら、矢も楯もたまらずアイス食べるのであるが、基本的には20キロもしないうちにエイドステーションが出て来る割とゆるいこのイベントだとそこまでの魅力をアイス屋に感じない。

このイベントに参加した当初、船越漁港から先の方がアップダウンが激しいかな〜と思っていたのだが、実際地図を見てみると、そうでもないことがわかった。船蔵漁港の先になると、より一層海の青と山の緑が際立つ展開になり、平野集落に至るまでほとんど集落らしい集落に遭遇しない。アップダウンと向かい風は依然としてあるが、自然に囲まれて実に気分よく自転車走行できる。おそらく一年の中で最も気分よく自転車走行できる場所であろう。14キロ程度で終わるのがもったいない。

しばらく走行していくと、目の前に牧場と思しき広々とした傾斜地が広がる、以前はそこに「石垣牛」という文字があって、牛が点在しており、「この牛さんたちあとでみんなお肉にされちゃうんだな〜」と思いながら見ていた。ここ2〜3年くらい牛を見かけなくなったが、あとで調べるとまだ牧場自体はやっているらしい。「とー家ファーム」という牧場のもよう。ここらへん短いがちょっとした坂なのでエンヤコラドッコイショと上る。

この牧場を過ぎてしばらく走行すると平野集落。平久保小学校があって、いかにもここは人々が住んでる町という雰囲気がある。そしてそこを通り過ぎると再び自然に戻る。

平野集落をすぎて自然に戻るといよいよ平久保崎灯台への坂。この坂が結構長い。峠みたいににょろにょろまがっているのではなくて、一直線の長い上り坂。向かい風と相まってなかなかスピードが出ずに若干大変ではあるものの、緑の中見通しのいい坂を風に吹かれてのんびり上るのもまぁ悪くないかなと思う。

そんな感じでのんびりと長い坂を上りきって左折すると、いよいよ最後平久保崎灯台までのみちのり。途中ゆるい下り坂を通り、その後ちょっと平坦地を走って最後短いが壁みたいな坂をエンヤコラサッサと上りきって平久保崎のエイドステーション。スタッフの人が「ナイスライド!!ナイスライド!!」と言って迎えてくれてうれしい。

とりあえずそこに自転車を置き、少しあるいて平久保崎灯台に到着する。ここはコース随一の絶景スポット。石垣島の最北端。広々と広がる青い海が実に美しい。毎年このイベントに出るたび、広くて青い海に接してこのイベントに出てよかったと思う。今年は風が強いため波が高く、海のいたるところに白いウサギがはねているようであった。

しばし青い海をみてノビノビ。そして近くの自動販売機にワタシの大好きな不二家レモンスカッシュがあったのでこれを飲んで一休み。実はこのコース、往路より復路の方が若干短い。往路がだいたい68キロくらいあるのに対して、復路は55キロくらいなもの。55キロなんてちょっと走っちゃえばほぼあっという間。1年に一度の楽しみなイベントも、もう55キロ走っちゃうと終わりなのかと思うとちょっと残念な気がするが、まぁ68キロ楽しんだからまぁいいやと思い、ゴールに向けてペダルを踏みだす。

つづく

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2018年11月01日

グレイトアース石垣島ライド2018(その1)

さて10月28日はグレートアース石垣島ライドの日である。グレートアース石垣島ライドは、デポルテというイベント企画会社が主催していて、石垣島の舟蔵公園をスタート/ゴールとし、舟蔵公園と平久保崎灯台の往復125キロを自転車で走行する自転車イベントである。レースではないので順位はつけない。青い海の風景と緑の山の風景をいっぺんに味わえる、箱庭みたいに風光明媚なところを、信号なしでストレスなく自転車で快走できるという実に楽しいイベントである。
基本的に海沿いを走行するが、石垣島は山が海に迫るような感じの地形なので、かなりのアップダウンがある。そのため、125qと距離はさほど長いという感じではないが、獲得標高が1300メートルを超えているので、意外とタフなコース。ただ何キロも上らせるという道のりはなくて、長くてもせいぜい1qくらいの坂を上ったり下ったりという感じのコースである。

グレートアース石垣ライドにはこのところ毎年参加している。昨年は雨が降って天気が悪かったので走行する気が失せ、ホテルでのんびりしていたが、今回は天気はいい。ただし台風の影響で風はメチャクチャ強い。特に往路はド向かい風になりそうな感じである。しかし自転車走行をするかしないかについては全く風は影響はない。気温はだいたい25℃前後と暑すぎず、自転車走行にはとても適した気候である。そんなわけで今年は自転車で石垣島南北往復できそうで楽しみである。

【スタート〜崎枝公民館】

午前7時半ころ宿泊しているグランヴィリオ石垣島を出て5分ほど自転車走行し、スタート / ゴール地点の舟蔵公園につく。このイベント従前午前7時スタートだったため、結構朝早く起きて準備しなければならなかったが、今年は午前8時スタート。1時間スタートが遅くなるとそれだけ朝食や朝の準備に余裕ができて結構な話。

おととしまで舟蔵公園に隣接するホテルロイヤルマリンパレスに宿泊していたのだが、昨年今年といっぱいみたいでグランヴィリオ石垣島に宿泊している。ここは立派なリゾートホテルでお値段も立派そうなのだが、プールなど様々な施設があって楽しめる。実際昨年雨のためグレートアース石垣ライドに出走しないことを決めたのも、グランヴィリオ石垣島にプールなどの施設があってそこで遊べたことが大きい。

スタート地点に到着してみると、スタート開始30分前というのに参加者が特にハッキリ整列しているわけでもなく三々五々集まってブラブラしている感じでなんともゆるい雰囲気。そうこうしているうちに司会の片岡由衣さんが出てきてMCを始めてようやくイベント開始という雰囲気になる。最初例によって沖縄方言でのラジオ体操。無駄に気合が入っていて北朝鮮のニュース番組みたいで何を言っているんだかさっぱりわからないが、小学校の頃夏休みに朝から強制招集させられてラジオ体操させられた経験もあってか体が覚えていて一応は反応できる。しかしビンディングはいているのにジャンプさせるか? 

ラジオ体操が終わってJTAの我那覇さんが「昨日に比べるとだいぶ風も収まってきて」とあいさつしていたが、一向に風が収まる気配はなく、むしろ昨日に比べると強まっている。うそつきー!!ちなみに例年あった石垣市長のあいさつは今年はなし。グレートアース石垣ライドも10年の節目を越え、石垣市との関係に変化が出たのだろうか。そういえば従前そこかしこに見られた八重山高校の高校生も今年はほとんど見られない。

そんなこんなでスタート前になってようやくスタート前に自転車がわらわらと集まってきて自転車イベントらしくなっている。もっともこのイベント、例年参加者が200〜300くらいのこぢんまりしたイベントなので、なかなかゆるくていい感じなのである。そして午前8時になってスタート。混雑を避けるため15名くらいに区切ってスタートさせる。

ワタシの属する群がスタートして、さぁバシバシ走るぞと思って走行を始めたら、周りの人はそれほどの走力がないようで、結果としてワタシひとりがロケットスタートしたみたいになってしまった。巡行速度が30km/hくらいなので、そうたいしたスピードではないはずなのだが。まぁいいやと思ってそのまま走行しているうちに、前にスタートした群に追いつき追い越してしまい、結果としてだいぶ前の方に出てしまった。

スタートから第一エイドステーションまでだいたい26qで、そのうち最初10qは海沿いド平坦、残りの距離はアップダウンの繰り返し。海沿いド平坦区間、いつもはバシバシ楽しく走行できるが、今年は強烈な横風〜ときにド向かい風で結構大変。しかしそれでも海沿いの風光明媚な中自転車で走行するのは楽しい。

ド平坦区間を10q走行し、崎枝の┤字路を左折すると道が細くなって凸凹区間になってくる。やえやまファームへののぼりが、短いがなかなか上り甲斐のある坂。その先の海沿いも細かいアップダウンの繰り返し。このあたりになってくると、走力差によって人がバラけてくるのか、ときおりポツリポツリという感じでライダーを見かける程度。もともとそれほど参加者の多いイベントではないので当然か。この先ももちろんアップダウンが多いのだが、この区間が一番アップダウンが細かく出て来るかなという印象。

海沿いアップダウン区間を抜けて集落らしいところに出て来ると、第一エイドステーションである崎枝公民館。ここではおにぎりやスープがふるまわれたが、ホテルで朝食をいっぱい食べてきてそれほどおなかが空いていなかったのでパイナップルのムースだけ食べていく。このムースはおいしかった。

通常行われている自転車走行イベントだと、大体20q前後おきくらいにエイドステーションが設置してある。大体自転車での時間あたりの走行距離を20qとみるのがまぁ自然で、1時間に1回くらいの小休止が本来適切であろう。しかし、ブルべのような時間に追われる割合殺伐としたロングライドの場合だと、大体50qおきにチェックポイントがあるので、26q程度だとそれほど小休止の必要を感じない。だから別にエイドステーションをブッチしてもいいのだが、せっかくエイドステーションがあってそこで心づくしのもてなしをしてくださるので、無下にブッチするということもない。また、人並みに小休止を取る方が体にも優しい。そんなわけで、とりあえず崎枝公民館で小休止していく。

【崎枝公民館〜米原ビーチ】

崎枝公民館を出発して再び自転車走行を始める。アップダウンと向かい風は相変わらずだが、しかし風光明媚なところを走行できるのは相変わらず楽しい。次の米原ビーチまで大体10q程度の距離ではあるが、アップダウンで若干の走り甲斐があって、しかも風光明媚なので結構楽しめる。

この区間、かつてはクラブメッドの方まで行って海を臨むことができた。ちょうどクラブメッドがエイドステーションになっていて、外国人と思しき従業員な方々がファンキーなダンスでお出迎えしてくれた。しかし今年はクラブメッドがエイドステーションになっていないので、若干距離が縮まっている。

このあたり、景勝地の川平湾をかかえていて実に海がきれい。しかもコースの沿線には写真ポイントがあって、景勝地を一望にする場所を撮影することができる。ワタシもこのイベントに参加した最初のころは嬉々として写真を撮り絶景を堪能したものであった。しかし、ワタシの主眼はそういう場所にとどまって景色を堪能することよりは、むしろそうした景色をバックに自分のペースで楽しく自転車で快走することにある。だから、自転車を降りてその場にとどまって景色を堪能することにはあまり関心はない。自転車を降りようが降りまいが、自分なりの風景の楽しみ方をしているわけである。

しばらく走行していると、比較的長い上り坂の区域の割にはこ洒落たカフェのような店が林立しているという区域を通過する。この区域、毎年通るたびにすごく印象に残っていて、ここを通るたびに「ああまたここののぼりか。今年も石垣ライドを走っているんだなぁ」という感慨を持つ。ちょうどこのあたりが往路への道のりの中間地点であることもあって、より一層印象深い。後で調べると、この一帯「山原」(ヤマバレ)と呼ばれる一角であり、洒落乙なカフェが林立する地帯として知られているようである。

洒落乙な山原の一帯を抜けて再び緑の山々と青い海に囲まれて淡々と自転車で走行する。前のエイドステーションから10キロ程度とたいして距離がないので、「あれっ」という間に次のエイドステーションの米原ビーチに到着する。米原ビーチは石垣島でも比較的有名なビーチで、キャンプ場が隣接している。例によってもう何回も訪れている場所であり、ビンディングシューズで浜辺をブラブラするのには魅力を感じないので、適当にスポドリをいただいて小休止する程度。

対してくたびれているわけではないので小休止して出発しようとしたが、どうも先導のオートバイの人が休んでいて先頭集団がなかなか出発しない。10年くらい前に自転車乗りとしてトンガっていたころなら先頭集団に加わってバシバシ走行するところだが、今は人間が丸くなったので、とりあえず先頭集団には行かせておいて二番手くらいでノビノビ行くかと思う。別に先頭集団でバシバシ行ってもいいのだが、ワタシの場合、「他人と走ると疲れる」ので、できるだけひとりで走りたい。そんなわけで、とりあえず先頭集団を見送り、そのあとひとりでマイペースで走行する。

つづく

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2018年10月26日

BRM1013あおば400km諏訪(その4・完)

BRM1013あおば400諏訪(その3)からつづく)

【通過チェックポイント2〜PC5まで】

さて一向に雨勢が衰えないので、覚悟を決めて雨中ブルべに出撃する。まずはおひめ坂通りへ左手に郵便局がある交差点を左折するのだが、その交差点を通り過ぎてしまったようで引き返し、ゆっくりと走行してその交差点を見つけておひめ坂通りに入る。道を探しながら雨に打たれるのはすごくイヤ。そこを1キロ少々走行し、福源寺東交差点を左折して国道139号線に入る。

大月までの国道139号線はずっと下りで走行はかなり楽。依然雨ではあったが、やや雨勢いは衰えた感があって走行しやすかった。この間に少しでも走行時間を稼いでおきたいと思いまずまず快調なペースで走行する。国道139号線の区間は大体12キロくらい。

大月から国道20号線に入って次のPCのある藤野まで大体26キロ少々。なかなかの道のりである。このあたりから再び雨勢が強くなって豪雨模様。顔面に雨が打ちつけ、顔面を伝って口に水が入ってくるような感じ。
しかもこのあたり意外とアップダウンが多くてなかなかつかれる。往路で「ここにこんな大変なアップダウンあったかな〜」と思わせるくらいのアップダウンである。アップダウン区間においては、豪雨のためブレーキの利きに懸念があって、下りではそんなに勢いよく走行できないが、それでいてのぼりはなかなかタフ。こんな中を25キロ以上も走行しなくてはならないので結構大変。

唯一救いだったのは、深夜だったのでそれほど自動車の交通量が多くなかったこと。それでも時折2〜3台連なって自動車が通りがかる。「このクソ夜中にこのクソ田舎を自動車で走りやがっていったい何の用があって走っているんだ」と自分のことを棚に上げて走行する自動車を呪う。

こげどもこげども漆黒の闇と豪雨で全く進んでいる気がしない。全く自転車イベントでこんなにタフな経験をしなくてもいいのにと思うが、もう深夜で電車に乗るとかホテルに泊まるとかの退路を断たれてしまった以上やむを得ない。逆の言い方をすると、脱日常のチャレンジのネタを得ることは意外と難しくないということであろう。

往路と異なり、笹子トンネルへののぼりのような長くて割合タフな上りがこの区間になくてよかった。漆黒+豪雨+タフ坂、という組み合わせだったら、かなり心が折れる。

漆黒と豪雨のなか、一見あまり進んでいないように見えても、一応こげばこいだだけ進むわけなので、とにかく安全に留意して自転車をこいでいれば目的地には一応たどり着く。そんなわけで豪雨の中辛抱強く走行した結果、どうにかこうにかセブンイレブン藤野町店にたどり着く。

だいたい午前4時40分ころの到着。PCクローズが午前6時12分なので、1時間半ほどの余裕をもっての到着である。残り40q弱。制限時間まであと4時間あるので、普通に走行して完走は余裕でできる。残りの難所らしい難所は大垂水峠くらい。依然として雨は衰える気配がないので、慎重に走行する。

【PC5〜ゴールまで】

依然として雨勢は衰えないが、ゴールまでもうさほどの距離でもないので、覚悟を決めて走行を再開する。ここから9.6qで大垂水峠。大垂水峠は、八王子側から上るよりも、相模原側から上る方が長くて大変。上っても上ってもなかなか終わらない感じでイヤになる。そうこうしているうちに夜が明けて空が白んでくる。依然として雨。しかし徐々に豪雨という感じではなくなりつつある。山の中をエンヤコラホイサッサと上る機会も一年のうちそう多くないからまぁいいやと思って上る。

そんなわけでノロノロと坂を上っていったら、いつの間にかという感じで大垂水峠らしきところに到達してしまった。あとは平坦ないし下り基調と勝手に思って精神的に楽に走行する。大垂水峠から15キロほど走行している間、高尾〜北野〜長沼と、中央大学で学生時代を過ごしたワタシにとってはなじみの地名が次々と出て来る。

長沼からさらに10キロほど走行すると、聖蹟桜ヶ丘の街並み。自転車イベントで聖蹟桜ヶ丘の街を走行するなんて予想だにもしなかった。もっともかつて中央大学に教えに行くときには自宅から45キロほど自転車走行していったこともあり、その時聖蹟桜ヶ丘の街を通過することもあったが。このあたりになるとだいぶ雨も弱まり、降ったりやんだりという感じの天候になる。

聖蹟桜ヶ丘の街並みを通り過ぎ、連光寺の坂をエンヤコラホイサッサと上る。この坂結構長くてタフである。ここが最後の山場。ワタシがエンヤコラホイサッサと坂を上っている横を、自動車が無駄にスピードを出して通り過ぎていく。無駄にスピードを出さないと坂からずり落ちてしまうかのように、無駄すぎるスピードを出して走行している。自分の力を使わないからってこのスピードの出し方は無駄すぎ。エンヤコラホイサッサと連光寺の坂を上ってあとはズビャーと坂を下り、ゴールの大丸公園まで一直線。大丸公園が見えてきたときはなんだかすごく安心した。

そんなこんなで大丸公園にゴールイン。午前7時32分の到着。なんと25時間半もかかってしまった。残り100キロ豪雨だったのでやむを得ないか。ワタシは雨ブルべは必ず避けることにしているので、2006年から12年間ブルべに参加した中で雨ブルべは3度目。
1度目は2007年3月24日の伊豆300キロで、後半150キロほどずっと雨だったこと。これでもう雨ブルべは金輪際イヤだと思った。2度目は同じく2007年のパリブレストパリで、史上最高に悪天候で雨ばっかりだったとき。4年に一度、しかもおフランスまで来ているイベントなので、雨でもやむを得ず走行したが、国内の通常のブルべだったら絶対リタイヤしている。しかし雨中ながらも89時間半とギリギリながらもパリブレストを完走できて、自転車に乗って最高に感動した。そして今回なんとそれから10年以上経っての雨ブルべ。もうあと20年たっても雨ブルべは走りたくない。

ゴール地点ではスタッフの方々があたたかく迎えてくれた。VCRあおばのブルべは、コースが酷いのが有名で、ツイッターのハッシュタグに「アオバヒドイ」というのがあるくらい。しかし、今回はコースもさることながら天候が酷く、通常と違った意味での「アオバヒドイ」になった。ゴール受付を終えて、併設されている休憩処でココアをいただく。走行を終えた数名の方々が休んでいて、道中の感想を語り合って笑いあう。こういうのはなかなか楽しい。

走行している間に晴れ間が出てきた。もう雨は上がった模様。頃合いを見計らってスタッフの方々に挨拶してゴール地点を後にする。ゴール地点から数キロのところに前泊したホテルマロウドイン東京があって、そこで預けた荷物を引き取る。ついでにビショビショになった自転車着から普段着に着替え、最寄りの東府中駅で自転車を輪行袋にいれて京王線の各駅停車新宿行きに乗り帰宅する。いや実に長いブルべの日だった。

前年のブルべシーズンでは、神奈川400キロ、神奈川600キロ、群馬600キロ、ロンドンエジンバラロンドンと、参加したすべてのブルべで完走することができなかった。今年のブルべシーズンは、日本橋300q(試走)を皮切りに、神奈川600q、日本橋200q(試走)、そして今回のVCRあおば400qを完走し、200q、300q、400q、600qのブルべを1シーズンで完走してシュペール・ランドヌール(SR)を獲得することができた。

今年400qブルべについては、今回の400qブルべの前に3回ほどエントリーしていたが、急な仕事があったり、天候が悪かったり、自転車の調子が悪かったりして参加を見送っていた。そのためいったんはSRをあきらめていたが、最後このブルベに参加するチャンスを得、これを完走してSRを獲得することができて感慨ひとしおである。毎度パリブレストパリの前年には必ずSRを取得していただけに、今回も来年のパリブレストパリに先立ちSRを取得でき、来年のパリブレストパリに向けて弾みがついた感じである。

(完)
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posted by goiss at 15:48| 東京 ☁| Comment(2) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月24日

2018年10月23日の自転車通勤

自転車通勤の記事はホント久々。しかし、別に自転車通勤をしていなかったわけではない。自転車通勤はほぼ毎日のようにしている。片道6キロ程度で距離的には大したことはないが、電車通勤に比べて混まないし速いし運転間隔の調整で止められることもない。最近サイコンを紛失したため、サイコンをつけずに自転車走行している。そのため、走行記録は特にとっていない。気が向いたので久々に自転車通勤を書いてみる。

【往路】

さて10月24日天気予報だと曇りのようで、安心して自転車走行を始めたばかりのところで、いきなりドヒャーと雨が降ってくる。ここで自転車通勤から電車通勤に切り替えると、定時に間に合わなくなる可能性があるが、他方レインジャケットなしでの自転車走行はちょっと辛いものがあるので、家にレインジャケットを取りに行ってから自転車通勤とする。

それにしても10月13日のブルベ時といい、この日といい、実によく天気予報が外れる。これならまだ下駄の方が信頼性があるんじゃないか天気予報に関しては。

雨中の自転車通勤は必ず避けるようにしている。雨中の自転車走行はブレーキの利きがよくなかったり路面が滑りやすかったり視界が悪かったりしてそれほど安全なものではないし、雨に濡れるので走っていて楽しくない。しかも雨中走行後のメンテも面倒。
しかしこの日は自転車通勤から電車通勤に切り替えると明らかに定時に間に合わなくなるし、走行距離が6キロほどなのでさほどでもない。とりわけ先日100キロほど豪雨の中を走行したことを考えれば6キロほどの走行なんか屁みたいなものである。そんなわけでこの日やむを得ずレインジャケットを着て自転車通勤する。

先日100キロほど豪雨の中を走行した時ほど雨は強くないが、傘が大嫌いな私ですら傘がないとダメな程度には降っている。そんな中を自転車で走行するのは死ぬほどいやだが仕方がない。もっとも混む・遅い・止まるの三拍子そろった東西線に乗ることを考えると、ちょっとくらいの雨だったら別に自転車でもいいかな〜とも思い始める。

3キロほど走行したところで自転車などはかなりビショビショ。しかしさほど急がなければ、まぁまぁ日常走行程度のスピードをちょっと落とすくらいで走れるかなと思った。レインジャケットの効能は一応ちゃんとあって、レインジャケットがなければ服が来ていられないほどビショビショになるが、レインジャケットを着ていると、ちょっと汗をかいた程度に服の濡れ具合が収まる。

残り3キロ少々の間、依然として降ってはいるものの、やや雨脚が弱まってきた感じがしないでもない。まぁよかったなと思いつつ残りの道のりを走行し、自転車基地にたどり着く。考えてみれば、高校生のころは雨が降っても毎日自転車で登校していたので、それほどタフなことをやっているわけでもないかなと思う。

【復路】

復路大体午後6時くらいに自転車基地を出発して帰路に向かう。復路ではもう雨は降っていなかったので通常通りの自転車走行。さすがに10月ともなると日が短くなって午後6時だともうあたりは暗い。

まずは春日通りを走行する。この通りはそれほど交通量は多くないのでまずまずの快走をできる。春日通りを1.5キロ少々走行して三つ目通りに折れ、ここをひたすら4.5q少々まっすぐ走行する。

途中チンタラと走行する小さめのワンボックスカーをぶっちぎる。運転が下手くそなのに自転車にぶっちぎられたのが悔しいのか激しくクラクションを鳴らして通り過ぎる。しかしそいつ信号に引っかかったので、これ見よがしにそいつの横に出てやる。
自動車はどんなにスピードを出そうが信号の多い都心部においては信号に引っかかって自転車に追いつかれる。都心部においては時間当たりの移動距離は自転車も自動車もそんなに変わりはしない。にもかかわらず自動車の運転手は自動車の方が速いと思っている。そうした考えは明らかに馬鹿であるが、世の中というものはその程度のアタマの人間によって成り立っていることを一応理解しておかねばならない。

まぁそんなわけでアホなワンボックスカーを適宜あしらっているうちにそのワンボックスカー、どこかに行ってしまった。そしたらもう木場公園。だいぶ家も近くなったので安全運転で帰宅する。

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posted by goiss at 19:49| 東京 ☀| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月19日

BRM1013あおば400km諏訪(その3)

BRM1013あおば400km諏訪(その2)からつづく

【PC3〜PC4まで】

さてPC3はほぼ200キロ地点(厳密には198.5q地点)。今回の東京諏訪湖折り返しブルべのまさに折り返し地点。そのため、「待ってろ東京、これから帰るぜ」という感じで再び自転車走行を始める。

この70qある区間は、ほぼ神奈川400キロブルべとか神奈川600キロブルべと同じ区間。富士見峠に至るまでのそれほど長くない上り以外はほとんど下りないし平坦基調なので、すごく楽。しかも毎年のように何回となく走行しているので、走行につき全く不安がない。
ワタシはブルべを2006年に初めてもう12年目になるが、そのたびに一年に一度か二度くらいここを通過している。一年に一度か二度のこの区間の通過といっても、12年となると結構な回数である。なじみの区間であるが、ブルべでもしないとこのような道は通過しないであろう。

まずは岡谷市街地を抜けて諏訪湖沿岸部を走行する。昼間にここを走行すると諏訪湖が左手に広がっていていい景色なのだが、夜に通過する場合でも空が広くていい感じ。諏訪湖沿岸を3キロほどのびのび走行する。

小坂交差点を右折して諏訪湖を離れる。小坂交差点で信号待ちをしている間に追いついてきたブルべライダーがワタシの後ろにペッタリとストーカーみたいにくっついてくるので先に行くように促す。案の定その人ワタシよりもウサギさんなライダーで、すぐさま先行してあっという間に遠くに行ってしまう。パリブレストパリやロンドンエジンバラロンドンでみられるような海外のブルべライダーと異なり。どうも日本のブルべライダーの場合、ウサギさんの人でも後ろにペッタリストーカーみたいにくっついてきてなかなか先行しない。不思議なものである。そんなに人のケツを見ながら走行したいのかな。

このあたり諏訪大社が道沿いにあってなかなか趣がある。このあたりをちょっと脇に入ると杖突峠。諏訪湖を中心としたあたりは平坦地だが、ちょっと行くと山間部であることがよくわかる。小坂交差点から9キロほど走行して中河原交差点を右折し、国道20号線に入る。

国道20号線を少し走行すると、ドバーンと坂室トンネルに至るまっすぐ続く長い坂が出てきてエンヤコラホイサッサと上る。坂室トンネルへの坂ができてずいぶん経つが、ワタシがブルべを始めた10年以上前はこの坂室トンネルに続く長いまっすぐ続く坂はなくて、二つくらい小さい峠みたいな感じの道を越えていた。どっちかというと、坂室トンネルへ続くまっすぐな長い坂ができた方が楽になった感じ。

坂室トンネルを越えて少し行くと「富士見5q」という標識。富士見峠へののぼりがはじまる。しかし富士見峠へは長野県側からののぼりは大したことはない。山梨県側からののぼりの方が大変。山梨県側からののぼりは、富士見峠を頂点として大体20q以上続いている。なかなか壮大な規模の峠道である。そんなわけで、緩い坂をホイホイと上っていたら、いつの間にか富士見峠の歩道橋に到着していた。ここももう何度となく神奈川ブルべで通過していて思い出深いなじみのところ。

富士見峠を越えると25q位ほぼ下りっぱなし。ちょうど昼間往路で上ってきた七里岩ラインを逆行するような形になるので当然のことである。七里岩ラインで苦労して上ってきた分をここで吐き出してドヒャズビャーと下っていく。さほど自動車の走行量も多くないので快適に走行できる。

円野郵便局前交差点を右折して県道12号線に入る。この道のりでは10キロほどアップダウンを繰り返し、その後桜橋東詰交差点まで8キロほど下りになる。アップダウンといっても七里岩ラインみたいなえぐいものではなく、まぁまぁ楽しく走行できる程度のもの。人によってはアップダウンのうちに入れないかもしれない。この道のり、晴れていると南アルプスの山々や、時には富士山が見えてなかなかいい景色なのだが、この日は夜なのでそうした光景は見られない。

まずはアップダウンの道のりを10キロほど走行する。で、それが終わったところの右手にセブンイレブン。疲れたらそこで小休止しようかと思っていたが、残りあと10キロチョイだしそんなにタフな坂もないのでまぁそのまま行くかと思って通り過ぎる。そこから少し先に行くと今度は右手にローソン。ワタシがブルベに出始めた2006年ころの神奈川400キロブルべだと、ここが100q / 300km地点のPCになっていた。ちょうど往路復路の半分の地点である。初めて400キロブルベに出た時、ヘロヘロになりながら夜中にここにたどり着いてあたたかいペットボトルの日本茶を飲み、カフェインを摂って目を覚ましたな〜との思い出が胸中をよぎる。ブルべに参加することでもないと、このような田舎のコンビニに感慨を抱くことはないであろう。

ローソンを右手にみてそんな感慨を持ちつつ県道12号線を走行し、ほどなくして桜橋東詰交差点までの下りに入る。実にラクチン。そこからは未知の道のりであるが、特に問題はなく、PC4のローソン富士川増穂インター店に到着する。

残りの距離も100キロ少々となった。コースの4分の3近い距離を走り終え、精進ブルーラインなど上りは大変そうだが、そこを切り抜けてもうひと踏ん張りだなと思いながらPC4で休憩を取っていたところ、突如としてかなり強い勢いのにわか雨で、路面はあっという間にビシャビシャになった。この日の天気予報は曇りなので、おそらく山間部に特有のにわか雨なのだろうと思った。ヤフーの天気予報の雨雲レーダーをみても、雨雲はまもなく去りそうなのでまぁ今後の走行上問題はないであろうと思っていた。

それがそのあととんだ誤算になるとは…….

【PC4〜通過チェックポイント2】

さてにわか雨も小降りになって自転車走行に障害にならなくなったので、東京に向け自転車走行を再開する。だいたい25キロほどの間に800メートルほど上る感じ。これはこれで結構な上りである
まずは5キロほど走行して川浦交差点を右折し、県道36号線を走行する。すっかり雨は上がっているが、道路はビショビショに濡れており、先ほどのにわか雨が結構激烈だったことを物語っている。まずは11キロほど走行する。ここは完全な山間部。この区間は心配したほどののぼりではないが、それでも平坦というわけではなくてゆるやかに上っており、時々タフな上りがあったりする。

県道36号線のT字路を右折して精進ブルーラインを走行する。これが短いながらもなかなかの勾配でつわものライン。このあたりから結構勾配が増してくる感じ。精進ブルーラインを2.4キロほどエンヤコラと走行した後は、再び県道36号線に入って芦川ののぼり。これがまた結構タフな上り。しかも次の曲がり角まで8.5qはたっぷりある。平坦個所で脚を休められたかと思うと短いがえげつない坂がドバーンと出てきて結構ヘタる。完全な山間部の坂道。この県道36号線の区間が復路で一番タフな感じ。

ようやく次の曲がり角らしいところを見つけてそこを右折ししばらく走行していると、ハッピードリンクショップらしき自動販売機群を見つける。20キロ以上も上り坂を上ってきてヘトヘトになっていたので、渡りに船とばかりに小休止。そこにはなんとワタシの大好きなウイルキンソン炭酸もおいてあったので、当然のことながらウイルキンソン炭酸を買って飲む。いや〜生き返るね〜。ここらで最後に景気をつけるために、持参していたアミノバイタルも飲んでいく。う〜んアミノバイタルまずい!!しかし、ブルべにおける効き目は抜群。飲んだ後の効力が体で明らかに感じられるほど効く。

ワタシが小休止している間、二人のブルべライダーがエンヤコラホイサッサという感じで坂を上っていく。坂の下りの方向をみていると、結構な勾配になっていることがわかって、「俺はこんなところを上ってきたのか」と感じ入る。

十分休んだ後自転車走行を再開する。アミノバイタルを飲んだせいか、先般とはうってかわって足がよく回るようになった。先行しているブルべライダーのうち、ペースの遅いひとをぶっちぎってしまった。もうチョイ早めにアミノバイタルを飲んでおくんだった。
すると若彦トンネルが見えてきて、上りもあとわずかという雰囲気が漂っている。そこでひとがんばりして若彦トンネルに入ると下りになっていて、ようやく一息つけると思った。そしてトンネルを出たらくだりだからバシバシ行くぞ!!と思っていた。

ところが!!トンネルを抜けた瞬間豪雨!!トンネルに入る前には雨なんか一滴も降っていなかったのにトンネルを抜けた瞬間すごい雨!!トンネルの前後でこうも天候が違うのかと思うくらいの天候の違いである。まぁにわか雨だからそのうち止むだろうと思っていたが、一向に雨の勢いは衰えない。今朝の天気予報では山梨長野はくもりだったはずなのにこの豪雨はなんだ!!話が違う!!気象庁いったいどうしたんだ!!と思いながら走行していた。

河口湖方面に向かって気分よく下るはずが、豪雨の中濡れた路面に配慮しながらペースを落とさなければならない。パリブレストパリ以来11年ぶりの雨ブルべかと嘆息しきり。

河口湖に至って、「河口湖美術館前」の信号だと思ったところを左折したが、実はそこは河口湖美術館前ではないことがわかり、新倉河口湖トンネルの前に出てきてしまった。そこで例によってスマホでルートラボのこのブルべのコースをみてみると、とりあえず新倉河口湖トンネルをくぐればいいことがわかった。そんなわけで新倉河口湖トンネルをくぐると、ちょうど通過チェックポイントであるセブンイレブン富士吉田朝日三丁目店が目に入った。数名のブルべライダーが休んでいるようだ。やれやれこれで一休みできると思った。

雨の勢いは全く衰える気配はない。ヤフーの雨雲レーダーをみると、かなり強烈な雨雲が山梨県一帯を覆っている模様。残り約90キロ弱ほどの間雨ブルべになるかと思うと愕然とする。ワタシは雨ブルべは大嫌いで、前日の天気予報の降水確率が50%以上なら絶対にブルべはDNS(Do Not Start、不出走)である。この日も、事前にこんな雨になることがわかっていれば絶対にDNSだし、仮に途中でこんな雨になった場合にも、もし日中で電車が走っていたり、ホテルが営業していたりしたら、絶対にDNF(Do Not Finish、リタイヤ)にして走行を取りやめ、どっかに宿泊するなり電車で帰宅するなりしたであろう。

しかし、時すでに深更。大体夜中の午前2時ころ。もうとっくに東京行きの電車なんてないし、ホテルが宿泊客を受け入れる時間でもない。この豪雨の中完全にDNFの退路を断たれ、もはや自転車自力で東京にたどり着くほかはなくなった。豪雨の中100キロ近い道のりを自転車で走って完走する他ない。10年以上ぶりの雨ブルベ、しかも山岳地帯を通る豪雨ブルべである。通過チェックポイントで覚悟を決めて、漆黒の闇と豪雨の中再び自転車で走り始めた。

つづく

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posted by goiss at 21:39| 東京 ☁| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月18日

BRM1013あおば400km諏訪(その2)

BRM1013あおば400km諏訪(その1)からつづく

【PC1〜PC2】

さて第一PCであるセブンイレブン大月インター店を出ると笹子トンネルへののぼり。大体ここから笹子トンネルまで10キロ少々ののぼりである。基本的には緩やかな上りではあるが、一応峠に向かっているのでところどころ勾配が増し、笹子トンネルに近づけばなおさらである。そんなわけで笹子トンネル直前までエンヤコラホイサッサという感じで坂を上り、上りきったあたりが笹子トンネルになるのでここで尾灯をつけて笹子トンネルに入る。
笹子トンネルは交通量が多いと聞かされていたので、尾灯をつけて自動車から目立つようにした。しかしその時はさほど交通量はなく、3キロの間無事に走行することができた。

笹子トンネルを抜けるとしばらくの間甲府盆地に向かって下り坂。両ノ木神社北交差点までおよそ10キロ少々の間下り基調で走行する。その後は比較的平坦基調のところをだいたい20キロくらい走行する。笛吹川沿いでまずまず気分のいい自転車走行である。

笛吹川を渡って少し走行し、第二PCであるファミリーマート田富東花輪店に到着する。前のPCとこのPCとの距離は大体50キロ弱なので、前のPCからのインターバルとしてはちょうどいい感じの距離。今大体12時前後。依然としてPCは結構な賑わい。次はおそらく最大の山場になろう七里岩ライン。そんなわけで十分休んできちんと補給をし心して走行する。

【PC2〜通過チェックポイント1】

さてこの区間でこのブルべ最大の山場と思われる七里岩ラインを通過する。PC2を出てしばらくは平坦基調であるが、数キロくらい走行して徐々ゆるやかではあるが上り基調になってくる。しばらく走行していると、神奈川600キロブルべで何度となく通過している小笠原橋北詰交差点に遭遇する。別のブルべで何度も通過しているところをたまたまではあるが通過すると何となく親近感を感じる。
「小笠原橋北詰交差点」なんて、もし神奈川ブルべに出ていなければ一生かかわりを持つこともないような小さな交差点である。それがたまたま神奈川ブルべに出ているがゆえにワタシにとってとても印象深い交差点になるのだから不思議なものである。

さて小笠原橋北詰交差点から、神奈川ブルべだと県道12号線の方に行くのだが、今回のブルべでは全く違う県道42号線富士川街道をひた走って韮崎へと向かう。神奈川ブルべで小笠原橋北詰交差点から県道12号線を走行すると上り基調のところを走行するのと同様、県道42号線富士川街道を走行する場合にも上り基調のところを走行する。

韮崎市に入ってやや平坦になり、市街地風のところを走行する。下宿交差点を左折ししばらく走行すると、「小淵沢・長坂」方面の標識のあるト字路が見えて、そこを右折するとなかなかの坂。このあたりから七里岩ラインののぼりの始まりである。大体36キロほどかけて780メートルほど上る。しかも地形図をみると、ところどころのこぎりのようにアップダウンがある。上りの好きな人には結構いい感じの地形であろう。

全体的にまずまずののぼりであるが、ところどころタフな上りが出て来、時折短い下りがあるかと思うと、また延々と上りが出て来るという感じ。まぁここを30キロほどブラブラと切り抜ければとりあえず往路にはもうタフな道のりはないなと思って我慢の走行である。神奈川400キロブルべでは、円山郵便局交差点から国道20号線を25キロほど延々と緩い坂を上らされたが、それをもうチョイタフにしたような感じ。まぁ許せる程度のダラダラ上り。

七里岩ラインには、ところどころ「ハッピードリンクショップ」と称して、飲料の自動販売機が三つくらいある場所がチョコチョコある。こういうのってサイクリストの休憩にうってつけでありがたい。ワタシも七里岩ラインをちょうど半分くらい走ったあたりで「ハッピードリンクショップ」を見つけて小休止。
自動販売機が三つくらいあるので、飲料の品ぞろえはより取り見取り。ワタシの大好きなウイルキンソン炭酸が100円で売っていてすごくありがたかった。上り坂をエンヤコラホイサッサと自転車で上った後に一休みしてシュワシュワを飲むと本当に生き返る。ここではほかにも1〜2名のブルべの人が休憩を取っていた。

ハッピードリンクショップでウイルキンソン炭酸を飲んで一休みし、すっかり生き返って再び上り走行を始める。やはり適切な小休止は体力回復にはばかにならず、クランクを回す脚の回転が違う。調子を回復して延々とさかのぼり。「小淵沢市街」の表示のあるト字路を右折する。この近辺が小淵沢になるんだな〜と思いながら走行する。

高森交差点あたりまで来るとそのあたりが富士見町であることがわかり、「そういえば復路富士見峠越えは一応あるな〜。富士見峠も神奈川ブルべのときは良く走った」と思う。ブルべをやらなかったら富士見町にこれほどの感慨を持つことはなかった。なんだか不思議な縁である。

高森交差点から3キロほど走って七里岩ラインに別れを告げ、次は八ヶ岳エコーラインへと向かう。八ヶ岳エコーラインへの道のりは1キロ足らずだが、一件平坦に見えて実はなかなかの坂という、ワタシが勝手に読んでいるところの「Blind Slope」である。それであまりスピードが出なくていやだったが、まぁ切り抜けて八ヶ岳エコーライン。このあたりが往路のピーク地点と思われる。
そこに達してからはとりあえずひたすら下り。しかしあまり調子に乗って下っていると、次に左折する「払沢」交差点を見過ごしてしまうので、そこは注意して走行する。現に、「払沢」交差点を左折せずに下りの勢いに任せて直進してしまった参加者の方もいらした。

払沢交差点を左折して500メートルほど走行すると、通過チェックポイントのセブンイレブン信州原村店である。従前の予定ではここはPC、すなわち一定の制限時間までに到着することが必要な場所であったが、急遽PCではなくて単なる通過チェックポイント、すなわち特に一定の制限時間までに通過する必要はなく、単にそこで買い物をして通過証明のレシートをもらえばいい、という場所に変更されていた。

通過チェックポイントから次のPCまでは大体23キロくらいで、まぁ1時間もあれば余裕で到着できそう。タイムアウトの心配はまずないので適宜休憩してから出かける。

【通過チェックポイント1〜PC3】

通過チェックポイント1のセブンイレブン信州原村店を出てきた道を折り返し、払沢交差点を左折する。ところが次に郵便局がある┤字路を左折するのをうっかり見落としてしまった。しかしその┤字路からほどないところで気が付いたのであわてて引きかえし、その┤字路を左折して事なきを得た。

その後引き続き5キロほど下り坂で脚休め。途中、下り坂をドヒャーと下っていると、先ほど本来払沢交差点を左折するところを間違えて直進してしまった人が恨めしそうにノロノロと上り坂を上って払沢交差点に向かっているのとすれ違った。ミスコースをした上に上り坂を上っていかなければならないのでイヤであろう。
ちなみにその人、それ以前の区間で、どういうわけかワタシに道中追い越されるとシャカリキになってワタシに追いつき、気が付くとどういうわけかワタシを追い越すでもなくワタシの背後にペッタリとストーカーみたいにくっついて走行しているやつだった。なんかそういうのっていやらしくてイヤなので、そいつがペッタリ後ろにくっついて走行しているところをキッとにらんでやると、なんだか恐縮したみたいに前の方に進んで行ってしまった。
海外のブルべの場合、速い人はサッサとワタシを追い越して前の方に行ってしまうのだが、日本のブルべの場合、どういうわけかワタシよりもおそらく速いであろう人が私に追いつくと、そのままストーカーみたいにいつまでもペッタリくっついていてなんかイヤラシーのである。ひとのケツ見て長い間走るより周りの景色でも見ながら快走した方がずっと楽しいのにいったい何を考えているんだか。

まぁそれはそれとして、宮川坂室交差点を右折して再び国道20号線に入り、茅野交差点を右折して茅野市に入る。もうそろそろ諏訪湖だな〜ということがわかる。途中国道20号線で旧道とバイパスみたいなのが分岐していてどっちに行こうかまようが、スマホを通じてこのブルべの道筋が乗っているルートラボを見ると、旧道に行くことがわかったのでそちらに進む。
ワタシはブルべで道順をチェックするときに、GPSを使わずに、もっぱら主催者が配布するキューシートという曲がり角の目印や距離を書いたシートをもとに走行しているが、時々キューシートでよくわからないときにスマホでこうやって道を調べることができて便利になった。

国道20号線の「ミスタータイヤマン」のある┤字路を左折してそれほど大きくない道を通る。アチラコチラ曲がり角をまがって走行すると高島城跡。現在天守閣等が復元されている。

高島城跡からしばらく走行すると、諏訪湖岸。このブルべは諏訪湖まで行って帰ってくるという感じのブルべなので、とりあえず往路の目的地には到達した感じ。神奈川400キロブルべとか600キロブルべではいつも諏訪湖を通過していくので、ブルべでの諏訪湖はホントおなじみ。夕方という時間帯もあってか若干の渋滞はあったがそれほどでもなく、いい感じで走行できる。

そんなわけで夕暮れの諏訪湖畔を走行してPC3のファミリーマート岡谷田中町店に到着する。今回のブルべは東京諏訪湖往復。一応諏訪湖に到達して往路終了、復路の始まり。「待ってろ東京これから帰るからな」という心境。神奈川400キロブルべとか600キロブルべの場合、発着点が静岡市の興津なので、道半ば過ぎてもあまり「これから帰るぞ」という感じにはならないのだが、今回は東京発着なので、「これから東京に自転車で帰るぞ」という気持ちになる。

つづく

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2018年10月17日

BRM1013あおば400km諏訪(その1)

さて10月13日はBRM1013諏訪400の日である。これはブルべというイベント。このイベントの主催者であるVCRあおばが定める400kmあるコースを、27時間の制限時間内に自転車で走行すると完走と認められるイベントである。

この日のコースはスタートの東京都稲城市大丸公園と諏訪湖を往復するコース。往路は大丸公園からおおむね国道20号線を走行した後韮崎から七里岩ラインを通って再び国道20号線に戻り、そして諏訪湖に至る。復路は諏訪湖から国道20号線を通った後精進ブルーラインを走行して精進湖方面、河口湖方面から富士吉田に向かい、その後国道139号線〜国道20号線と通ってゴールの大丸公園に至る。

ちなみにこのブルべは2018年ブルべシーズンでは最後の400qブルべ。ブルべには200qブルべ、300qブルべ、400qブルべ及び600qブルべの4種類があって、4種類を1シーズンで全部制覇するとシュペール・ランドヌール(SR)の称号が与えられる。ワタシは今シーズン400qブルべを除く全種類のブルべを制覇していた。そして、今シーズン400qブルベには数回エントリーしていたが、いずれも仕事上の急用とか天候不良とか自転車コンディション不良のため出場を見合わせていた。そのため今回の400qブルべはワタシがSRを今シーズン取得するためのラストチャンスである。昨年のシーズンでは、出場したブルべすべてにおいてDNF(Do Not Finish、途中リタイヤ)だったため、今年はひそかにSRを狙っていた。

【スタート〜PC1】

BRM1013 は午前6時スタート。家から大丸公園まで30キロくらいの距離があってちょっと離れているし、前日六本木でSwing Out Sisterのライブを見ていったこともあり家から自走するため早起きするにはちょっと苦しい感じがあるので、東府中にあるマロウドイン東京に前泊する。ここから大丸公園まで自転車で10分程度なので都合がいい。ちなみに大丸公園のすぐ近くに東横インがあるが、こちらはこのブルべ後1週間後にオープンとのことでちょっと残念。来年以降にもし大丸公園発着のブルべに参加することがあるなら使ってみたい。

だいたい午前5時半くらいに大丸公園に到着すると、すでにブリーフィングがはじまっていて大勢の人々が集まっている。パッと見50〜60名くらいな感じ。ワタシがブルべを始めた2006年には、400キロブルベにはせいぜい20名くらいしかいなかった感じなので、ずいぶんとブルべ人口が増えたものだと思う。

ブリーフィング後受付を済ませ、検車をしていただいたあとに午前6時大丸公園をスタート。まずは連光寺の坂を上って下る。この近辺は多摩丘陵のため、アップダウンが少なくない。連光寺の坂を下ると聖蹟桜ヶ丘の街並み。ワタシは中央大学に昔通っていたためこのあたりはすごく馴染み深くて懐かしい。引き続き自転車で走行する過程で、「百草園」「高幡不動」「南平」「平山城址公園」「長沼」「北野」「片倉」などという地名が出てくるたびに、京王線で中央大学に通った日々を思い出す。

スタートからだいたい20キロくらい走行してから国道20号線に入ると、徐々に緑が深くなってきて山っぽくなる。高尾山口駅に遭遇していよいよまずは大垂水峠へののぼりだなぁという感じがする。この大垂水峠、まずまず緩やかな上りで、アウターで十分上れる感じの峠。「あれっもう峠についちゃったの?」というあっけない感じで上れる峠である。

大垂水峠に達するとしばらくは下りで楽をする。この近辺相模湖があってなかなか見晴らしはいい。それが終わると大月に至るまで藤野とか上野原とかのあたりまずまずなアップダウン。やはり山岳方面に向かっているだけあって、上り下りのうち上りの方に重点が置かれる。まだ足がフレッシュなのでほとんど困難なく切り抜ける。

大垂水峠から大体38キロ少々走行し、大月に入って最初のPCであるセブンイレブン大月インター店に到着する。午前6時に出発して70キロ弱走行し、午前9時20分ころの到着。アップダウンが結構あったがまぁまぁのペースか。このあたりまではそれほどのタフなコースというわけでもなく、参加者間で走行ペースにそれほどばらつきがないためか、大勢のブルべの人が到着して休憩している。次の区間では笹子峠=笹子トンネルが控えている。それほど激烈な上りというわけでもないが、まぁまぁの労力を使うため、とりあえず十分な休憩を取っていく。

つづく

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posted by goiss at 12:54| 東京 ☀| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月19日

2018年6月19日の自転車通勤

【往路】

走行距離:6.29km 走行時間:0:15.13 最高速度:40.7q/h 平均速度:24.8km/h

さてこの日久々に往路の自転車通勤である。先週1週間天気が悪かったり家から直行会議があったりと自転車通勤する機会がなかった。そんなわけで久々の往路自転車通勤。明日は天気があまりよくなさそう。梅雨の時期自転車通勤できるときにはしておかないと自転車に乗る機会が少なくなる。

前日出勤前にNHKの朝ドラ見ようと思ってテレビをみていたら、いきなり大阪方面で震度6弱の地震が起こったとの速報。あっというまに朝ドラどころのさわぎではなくてニュースは地震速報一色。そのためこの日の朝ドラは、あさイチをつぶして月曜火曜の両方の分を放映していた。ところが私は8時20分までには家を出なければならないため、前日放映分までしか見られず、本来8時〜8時15分まで放映される火曜放映分が8時15分からの放映になったため見ることができなかった。思わぬところで地震の余波が。

家を出ると道路いっぱいに広がって並走する自転車。若いサラリーマンという感じの風情の男二人。てめぇら男同士で朝からイチャイチャしてるんじゃねえよと声をかけたくなるのをぐっとこらえてそいつらをぶっちぎる。

三つ目通りに入って永代通りを渡ると早速首都高木場入口に入る自動車の列で渋滞している。そこを通り過ぎてまずは順調に走行する。時速32q位で巡行して無理はしない。途中赤信号手前で自動車が列をなしているが、まぁそれはご愛嬌でやむを得ないか。例によって●●橋通りとか、京葉道路とか、そうした大きい通りでは止められる。いつものごとくインターバルトレーニングみたいなもんである。

この日いつも左折する本所三丁目交差点の手前の石原三丁目交差点で間違えて左折する。そのため曲がり角ポイントが二つ増えてしまった。おまけに石原一丁目交差点から本所一丁目交差点に行く途中横網二丁目交差点などという小さめの交差点で止められた。久々に道間違えるとろくなことがない。まぁ仕方がないかと思ってチンタラと走行する。そんなわけでこの日いつもより平均速度低め。

【復路】

走行距離:10.99km 走行時間:0:26.19 最高速度:42.1q/h 平均速度:25.1km/h

さてこの日復路ではディスクユニオン御茶ノ水中古センターに寄ってCDを買ってから帰宅しようと思う。前日フェイスブックの「名盤・裏名盤・迷盤探究部」というグループで、「Rare Earth / Midnight Lady」という魅力的な作品がアップされていた。アップされていたのはその作品のLPだったので、CDはないかと調べてみると、ディスクユニオン御茶ノ水中古センターに未開封のものが売っていて、しかも「Band Together」という作品とカップリングされている。これはお得なので帰りにそこに立ち寄って買っていこうと思う。

それにしても東京で再び働けるようになってよかった。今年の1月まで工場と倉庫が立ち並ぶ灰色の街新子安で働いていたのだが、帰りにチョット寄り道してCDを買っていくというと、横浜になる。しかも移動時間が結構かかる。その点現在は浅草近辺に職場があるため、御茶ノ水に行くなら4キロ少々も自転車で走行すれば十分である。とても手軽にお茶の水にでかけられてしかもその後さほどの距離と時間もかからず帰宅できる。実に人間的な生活。再び東京で働けるようになって本当によかった。もう二度と、たとえ1兆円積まれても新子安で働くことはないであろう。

そんなわけでまずは自転車基地から寿三丁目交差点を右折して台東4丁目交差点まで春日通りを直進する。この間ずっと青信号で、しかも自動車の走行量が少なく、とても走行しやすくて楽しかった。

台東4丁目交差点を左折して国道4号線を秋葉原まで走行する。その後過度に書泉がある交差点を右折して直進し、万世橋交差点を越えて昌平橋を渡る。この近辺昔の石丸電気のあったあたり。30年ほど前学生だった頃、よく石丸電気に行ってジャズCDを買っていたことを思いだした。今では石丸電気はエディオンに買収され、石丸電気のビルの一部はカラオケ屋になっている。

昌平橋を渡って神田郵便局前交差点を右折してチョイと坂を上るともう御茶ノ水。この間4キロ少々。早い!!! ディスクユニオン御茶ノ水中古センターに行ってR&Bの棚を見ると、目指すCDがちゃんとあるのでこれを即座に取得してレジに持って行き購入する。この日は他にここには用事はないし自転車が心配なのでトットとディスクユニオン御茶ノ水中古センターを後にし自転車で帰宅の途につく。

帰りは来た道を国道4号線まで戻って国道4号線から永代通りに入って永代通りを快走する。永代通りソコソコの交通量はあったが、特に自転車走行の障害になるというものでもなく楽しく走行できる。木場4丁目交差点を右折して三つ目通りに入って帰宅する。市街地を走行した割には平均速度は25.1km/hだったので、まぁまぁのペースだったか。

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posted by goiss at 20:24| 東京 ☀| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年6月18日の自転車通勤

さて先週天気が悪かったり家から直接外出会議に出かけたりということがあって、結局先週は自転車基地に自転車を置いたまま一回も自転車通勤しなかった。そんなわけでこの日は自転車基地に置いたままの自転車を自転車通勤復路に使う。

例によって自転車基地を出て寿三丁目交差点を左折し、まずは春日通りを走行する。この日は特に渋滞することもなくまずまずの走行ができる。久々に自転車で通勤路を走行するが、やっぱり自転車通勤は楽しいなと思う。

ワタシが電車通勤で東京メトロ東西線の、しかも最も混雑する木場〜門前仲町を使用している。それ以前に京浜東北線の有楽町〜浜松町間の激混みで大分通勤電車の混雑には慣れたが、それでもやっぱり木場〜門前仲町の混雑は格別である。この混雑を平日の5日間耐え抜いたのだから、たいていの困難なイベントは耐え抜けることだろう。

本所三丁目交差点を右折して三つ目通りに入る。三つ目通り自体は二車線道路で結構広いのだが、そこと交差する道路は、○○橋通りとか京葉道路とかをのぞくと、意外と細い生活道路みたいな道路が多い。何となく下町の風情が漂い、生活場所の趣がある。

往路に比べると復路の時間帯の方が自動車の走行量が何となく少なくて走行しやすい感じ。そのためかいつもは赤信号で止められる菊川駅前交差点も赤信号で止められずに快走できる。その先の交差点で止められるが、前方を見ると銭湯があったりしてなんだかマッタリとした雰囲気が漂いいい感じ。

その先しばらく走行すると左方緑が豊かにみえて木場公園であることがわかる。都心部でありながら意外と緑が豊か。それに随所に運河だったところがあってそこで釣りをして遊んだりできる。

木場公園を過ぎ永代通りを渡ってしばらく三つ目通りを走行し帰宅する。この日もサイコンをつけずに走行したので走行記録なし。

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posted by goiss at 19:47| 東京 ☀| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする